3.機械と魔法と
「普通の傭兵だったら話は早いのよ、ただ敵を倒すだけなんだから。でもこれはほんと、面倒臭いわね。機体を損壊させちゃいけないし、変な三人乗りの機体には乗らなくちゃいけないし。報告書とか書かないといけないし……」
「……杏香、通信回線開いたままで愚痴るのはやめてくれないか?」
ブレイズは、じとりとした恨めしそうな視線を通信機のスピーカーに向けた。
「この状況でオフれって?」
「そうは言ってないが……」
「じゃあそのまま聞いてよ。あたしはテストパイロットとしてこの仕事を請け負ったのよ。でも、いきなり実戦投入って、理不尽よ。テキトーに動かして、感想やらレポートやらを書く仕事とばっかり思ってたのにさ……」
「ぶっ……くく……杏香がそんな大人しい仕事出来るのかよ。お前、そんなタマじゃねえだろうが……くくく……」
ブレイズは腹がよじれるほどの笑いを必死にこらえている。本当は大爆笑したいところなのだが……こんなゴリラみたいな女が大人しく机に向かったレポートを書いていたら、常に今みたいに笑いをこらえないといけない。そんなのはたまったもんじゃない。初めて会った時は、随分と華奢な女が来たもんだと思ったが、蓋を開けてみれば、やることは正反対だったのだ。
女は本当に分からないものだと、誰か忘れたが言っていた覚えはあるが、正にその通りだ。手足は棒切れのように細くて、体も相当小柄なのだが、中身はゴリラなのだ。本当に分からないものだ。
「んっ……プー! ぐふふふ!」
ブレイズは、杏香の中にゴリラが入っている図を思い浮かべて、更に笑いが込み上げてくるのを必死に我慢する。これ以上変な想像をしたら、歯止めが利かなくなって、大爆笑しそうだ。無心にならないといかん。
「笑い過ぎだっつーの! ……てか、あんたに言われたくないわよ。あたしはあんた程、脳味噌が筋肉で出来てはいないし、地味で大人しい仕事だって、色々やってんだから。今回は、こんなガチの抗争をやった後、やっぱり報告書とかの面倒な書類を書かなきゃいけないから、それが報酬と見合わないって言ってるだけよ。ああ、そうそう。問題児のお守もしなきゃいけないのも忘れてたわ。あーあ、目が回りそうだわ」
杏香がわざとらしく、問題児のくだりだけ大袈裟に言った。
「ああ? 誰が問題児だって?」
「そうやって聞き返すって事は、自覚はあるのよね……」
自分の悪口への反応だけは早いと、杏香はあきれた。
「ん……また誘導尋問かよ。汚えぞ! 汚えことしてる暇があるんだったら、レポートでも書いたらどうだ? 目が回る前によう!」
「むっ……言ってくれるわね。てか、あんたがそれを言っちゃう!? むしろそれ、あたしがあんたに言いたいわ!」
「ああん?」
「人のこと笑えないでしょって言ってんの! 特にレポートの事はね!」
「ん……」
ブレイズは、痛い所を突かれたと自覚したのか、言葉に詰まった。
「……杏香、レポートちゃんと書いてる。ブレイズ、レポート十一文字だけ」
カノンが更に追い打ちをかける。
「ほら、あれだよあれ……愛情がこもってんだよ、愛情が」
「平仮名ばっかのレポートにぃ? 十文字ちょっとくらい、漢字でも書けるようにしなさいよ、漢字でも」
「る……るせえぞ、二人共」
ブレイズの声のトーンが急激に下がっていく。爆笑していた時の勢いはどこへやらといった様子だ。
「……昨日は二十文字書いてた。ブレイズ、頑張った」
「やっぱり平仮名ばっかりだったけどね。……ほら、ブレイズ、カノンが褒めてるわよ」
「る、るせえっ!」
ブレイズは頬を赤くした。
「あ……敵、九時の方向」
カノンがレーダーに、敵機の赤いマークが映り始めたのに気付く。
「来たか! 前線維持はゼゲに任せて、こっちはひとまずここに留まって、榴弾砲で数を減らすわよ! ……分かってるわよね?」
「いちいちうるせーな、言われなくても分かってるよ……ったく、人を暴走機関車みたいに言いやがって」
「……杏香、どこが違う?」
カノンは、どこが違うのか本当に分からないので杏香に聞いた。
「難しい質問ね、あたしにも分からないわ」
杏香はカノンにそう返しつつ、右側に備え付けられている、モニターとキーボードからなる榴弾砲用の入力装置を引き寄せた。
「そう……」
カノンは杏香も分からないのだと納得して、精神統一に入る。いざという時にすぐに魔法を使える準備をしておかないといけない。とはいえ、レーダーも大事だ。精神を乱さないようにゆっくりと呼吸をしながら、ちらりとレーダーを見る。
レーダーには、この周辺の地形情報と、敵味方の位置情報が映し出されている。縦に真っ直ぐに引かれた線と、それに垂直な線。それが交差している所に表示されているの大きな青い点が
そして、遠くに表示され始めた赤い点が魔法文明の機体であり、今回の相手『リーゼ』だ。
「さてと、まずはこの辺りに打ち込みますか」
杏香がモニターを見ながらキーボードを打ったり、直接画面を触ったりを一通りした後、そう言って実行ボタンを押し、榴弾砲を発射させた。
「よっしゃあ! 榴弾砲発射だぁ!」
ブレイズの声が、二人のコックピットの通信機から響く。
「ブレイズ、うるさい」
カノンの耳は、いきなりの通信機からの爆音でキンキンしている。
「本当、気が散っちゃうわ……えと、角度を四……X座標をマイナスコンマ五修正……っと。ま、こんな所かしらね」
杏香は軽やかにキーボードを叩いてパラメータを入力し、実行ボタンを押した。
「よっしゃあ! もう一発だぜ!」
「……ブレイズ、何で大声出す?」
ブレイズの声がスピーカーから聞こえる度に耳がキンキンする。カノンはたまらず両手で耳を抑えた。
「暇だから。榴弾砲だけじゃ、俺、することないだろ?」」
「だったら、おとなしくしてて欲しいもんだけどね。X座標コンマ二、Y座標コンマ三ってとこかな……」
杏香は相変わらず忙しなく入力装置を操作している。
「しかしまあ、敵味方の区別、し易いよな」
ブレイズは暇に任せて思った事を何も考えずに口にした。
「まあ、赤と青だからねー。単細胞のあんたにも一目瞭然よね」
杏香は入力装置を弄りながら言った。
「ああん? ……てか、肉眼での話だよ、肉眼でも」
「ああ、そっちもそうね、かたや中世のナイト風、かたやいかにもマシンって感じの無骨な兵器だしねー」
杏香が適当に回答し、それに対してカノンも付け加えた。
「呼び方も違う。前者は『リーゼ』、後者は『
「魔法と火器の両方が使えたら、どんなデザインになるんだろうな」
「今乗ってるじゃない、火器と魔法が両方使える機体に」
「こいつは発掘兵器だろうが。現代の兵器ならどうなんだよ」
「知らない、そんなの見たことないし」
杏香が投げやりに言った。機械技術ベースの火器と、魔法技術ベースの魔法出力の融合が、何故この
「……技術的に無理」
カノンが呟いた。
「ま、そうじゃなきゃ、こいつのデータだって、こんなに必死には集めないしね」
カノンの言葉に、杏香が頷きながら答えた。
「過去に実験機、いくつかある。でも弱い」
「機械技術と魔法技術は相性悪いからねー」
「うん、だから、文化も違う」
「機械文明と魔法文明、それぞれいい所があるから、どっちかを切り捨てることも出来ないしね。かといって、リーゼと
杏香は外の映像を凝視しながらも、キーボードを操る手を止めずに話している。 外では榴弾砲を掻い潜ってきたリーゼが
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