14.ブレイズ
「おらっ!」
「甘い!」
――カン!カン!
布で囲まれただけの簡素な訓練場の中に、杏香とブレイズの掛け声が。そして、訓練用のナイフとブレードのぶつかり合う音が響き渡っている。
「そら!」
「うおっ!」
杏香はブレイズの振りおろしたブレードを軽やかにかわし、訓練用ナイフの切っ先をブレイズの首へと突き付けた。
「……勝負あり、杏香の勝ち」
審判係のカノンが、杏香を手の平で指し示した。
「まだだっ! まだ俺は動けるぜ!」
ブレイズは、自分に突き付けられた杏香のナイフをブレードで弾き、杏香に突進した。
「うわっ!」
杏香はブレイズの攻撃を再び紙一重でかわし、訓練用ナイフの柄で頬を思いきり殴った。
「ぐああっ!」
訓練場に、ブレイズの悲鳴が木霊している。
「こらっ! 勝負ありっつてんでしょうが!」
「ん……すまん、つい熱くなっちまった」
「ったく、あたしの方がまた発熱しそうだわ。こっちは病み上がりだってのに……」
「杏香、まだ無理しない方がいい」
カノンは杏香を気遣い、ドリンクを渡した。杏香は暗殺者戦の後に、怪我と毒の影響で発熱し、今日の午前中まで寝込んでいたのだ。解毒や治療ががもう少し遅ければ、命の危険もあっただろう。
「そうね、まだ体も本調子じゃないみたいだし、ここら辺で休憩しましょうか」
杏香はカノンから渡されたドリンクを飲みながら言った。
「ふぅっ!」
ドリンクを一口飲むと、杏香は息を勢いよく吐き出した。
「しかし、強えな杏香は。これで本調子じゃないんだろ?」
「当たり前でしょ。病人相手なんだから、ちゃんとやってよ、もー!」
杏香が不機嫌そうに返した。勿論、ブレイズは言われずともに分かっている。今の打ち合いの中でも、杏香の半袖のTシャツやキュロットスカートから包帯がチラチラと見えていたからだ。
「もう
ブレイズは杏香の腰のナイフを見ながら、杏香と同じく、カノンからのドリンクを受け取った。
「何言ってんの、昨日のありさま、見てたでしょ。むしろこの
杏香が愚痴混じりに言う。
「そうだな……よっしゃ、次は役に立ってやるぜ!」
ブレイズはそう言うなり、その場で素振りをしだした。
「あんたの武器は銃でしょう。射撃訓練した方がいいんじゃないの?」
「うん……? それもそうだな……いや待て! 昨日の奴らみたいに、銃が効かない奴も居るじゃねえか!」
「昨日の、特別」
ブレイズの、まるで大発見をしたような大袈裟な喋りに、淡々とカノンが突っ込む。
「科学の発達してるこっち側に、魔法も無しで飛び込むんだから、防弾対策くらいしてあるわよ。でも、それは一部の特殊な任務の場合だけよ。全員にそんなことしてたら、お金がかかってしょうがないでしょ」
「なるほど、そうなのか……じゃあ鍛えるしかねえな! はぁっ! はぁっ!」
分かったような、分からないような顔で、ブレイズは素振りに声を付けだした。
「ブレイズ、多分、分かってない……」
カノンががっくりと肩を落とす。
「でしょうねー……てかブレイズ、あんた、いつも素振りばっかりしてるから、少しは銃の方の練習もした方がいいんじゃない? ……と思ったけど……でもまあ、素振りもありっちゃありよね、あたし達が戦うっていったら、普通の小競り合いじゃなくて、昨日みたいな状況は、案外多いと思うし」
「だろ? そうと決まればトレーニングあるのみだ!」
ブレイズはそう言って、また訓練用のブレードを降り出した。
「……ふう、この調子で、少しは生身でも戦えるようになってくれたらありがたいんだけどねえ」
杏香はそう言いながら、部屋の端にあるベンチに腰を下ろした。
「杏香、お疲れ」
カノンはその隣に座ると、杏香にタオルを渡した。
「サンキュ、カノン。誰かさんと違って、カノンは随分魔法を使えるようになってきたじゃないの。助かるわ」
「ううん、大したことない。私よりブレイズの方が頑張ってる」
「単純に力が付いてるって点では、ブレイズが一番成長してるんでしょうけどねぇ……それに、元々、あたしみたいに生身の戦闘を前提として雇われたわけでもないし、カノンみたいに生まれつきの膨大な魔力量があるわけでもないから、この場合は仕方がないと思うのよ。ただ、だから、あたしとしては、脳味噌を自分の身を守る方に向けてくれた方が、余っ程楽なのよね……」
「最初、生身の戦闘は杏香に任せて、ブレイズは隠れてる筈だった」
「うん。でも、あの性格じゃ、逃げるの『に』の字すら、頭に浮かんでこないんでしょうね」
「ブレイズ、人の言うこと聞かない。さっきもそうだった。杏香、大変」
「全くね。素振りばっかしてるし、暗殺者の時も後先考えずに飛び出すし。ま、あの調子で、接近戦で少しは身を守れるようになってくれれば御の字だとも考えられるけど、実際のところはねえ……」
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