13.暗殺者

(暗殺者は八人で、警備兵は全滅……か……)

 杏香は思考をめぐらす。

(こちらはあたし一人。あっちは誰にも気づかれずに、此処へと潜入できて、かつ警備兵を全滅させる程度の手練れが八人……後四分くらいじゃ分が悪いか……)

 杏香はそう考えつつ、右手のナイフをしまい、腰の属性銃ハイブリッドブラスターを手に持った。そして、土の属性弾を、属性銃ハイブリッドブラスターに装填した。

「属性弾<土>!」

 拳ほどの岩の塊が属性銃ハイブリッドブラスターの銃口の先に現れ、暗殺者の一人に向かっていった。

「があっ!」

 暗殺者の一人がその岩に弾かれ、宙を舞う。

 それを見た暗殺者達全員が、音も立てずに杏香へと向かい始めた。

 杏香は<土>の属性弾を撃った直後に取り出していた、土と風の属性弾を素早く弾倉に入れ、引き金を引いた。

「<土>と<風>岩雪崩ロックバルカン!」

 拳より少し小さい岩の塊が、次々と属性銃ハイブリッドブラスターから射出された。属性銃ハイブリッドブラスターは見た目こそ三十八口径のリボルバー拳銃だが、そんな見た目などはお構いなしに、次々と拳より少し小さいくらいの岩の塊が属性銃ハイブリッドブラスターから発射されていく。


「うああっ!」

「ぐわー!」

 暗殺者が悲鳴を上げる。杏香はそれを聞き、慎重に、かつ素早く次の行動を定めた。

「次は……」

 属性弾をを手早く属性銃ハイブリッドブラスターに装填し、放った。

「<炎>と<光>集束熱線マグナレイ!」

 赤細い光が、己から発する強烈な輝きで部屋中を照らしながら、一直線に暗殺者の一人へと向かっていく。

 集束熱線マグナレイは一瞬で暗殺者へと命中すると暗殺者の腹を貫いた。

「さすがに素早いわね……!」

 杏香が仕留めたのは属性弾<土>で一人、岩雪崩ロックバルカンで三人、そして集束熱線マグナレイで一人の合計五人。残り三人の暗殺者は、なおも杏香に近付き、攻撃を仕掛けた。

「……」

 他の暗殺者がやられている隙に、杏香との距離を詰めることに成功した三人の暗殺者は、声の一つも発さず、次々に杏香にナイフを振るっている。


「くぅ……暗殺者三人と接近戦じゃあ……!」

 暗殺者の杏香への攻撃は緩むことはなく続く。このままでは不利だと感じた杏香は、多少の浅い傷は覚悟のうえで、暗殺者との距離を出来るだけ取り、属性銃ハイブリッドブラスターに<斬>と<縛>の属性弾を装填した。

「<斬>と<縛>金属鞭ロッドラッシャー!」

 属性銃ハイブリッドブラスターの銃口から鞭のようなものが飛び出した。

「鞭のリーチなら……!」

 金属鞭ロッドラッシャーは金属の鈍い輝きを放っていて、いかにも重く、固そうだが、杏香が金属鞭ロッドラッシャーを暗殺者に向けて振ると、金属鞭ロッドラッシャーは柔軟にしなり、風を切る音を発しながら暗殺者にぶつかったり、鈍い音を放つ。

「うぐあっ!」

 くぐもった悲鳴を上げた暗殺者は、その場に崩れ落ちてしまった。

「後二人! これな……」

 そう言いかけた時だった。杏香を強烈な眠気が襲った。

「毒だけじゃない……眠り……」

 杏香はどうにか意識を保ちつつも、二人の暗殺者の攻撃を凌いでいる。しかし、朦朧とする意識の中では、杏香は防戦するだけで精一杯だ。

「まずい……かな……」

 杏香は、この症状を魔法によるものだと推測した。この暗殺者の中に、魔法使いが居る。杏香はそのことに気付いたが、暗殺者は、どれも同じ格好をして、ナイフを持っている。そのうえ意識が混濁しているので、魔法使いの判別は難しそうだ。


「ぐ……うあっ……!」

 暗殺者のナイフが、杏香の胸に突き刺さる。杏香は朦朧とした意識の中で、ナイフと暗殺者の足取りを観察し、暗殺者の狙いは胸の急所だと判断していた。しかし、気付いた時にはナイフは杏香の胸の間近に迫っていたので、重い体をどうにかずらして僅かに急所を外さるくらいしか出来なかった。

「く……」

 杏香の衣服が赤く染まっていく。急所を外したとはいえ、出血は激しい。眠気も更に強烈に襲いかかり、意識がますます混濁する。毒が体にまわるのが先か、完全に眠るのが先か、それとも出血によって意識を失うのが先か。どちらにせよ、時間は更に切迫してきてしまった。

「こ……のっ!」

 杏香は暗殺者の体に蹴りを入れようとしたが、暗殺者は杏香の体から素早くナイフを引き抜きつつ、後ろに跳躍して距離を取った。

「ち……」

 杏香の危機感が増大する。暗殺者の方も急所をひと突きできなかったことを分かっている。杏香の状態を見れば、下手に接近戦を続けるよりも、距離を取って時間を稼いでいる方が有効だと思ったからだ。時間を稼ぐだけで、杏香はもうすぐ気を失うはずだ。


「杏香! くそっ!」

 ブレイズは徐に腰の拳銃を抜き、暗殺者を打った。が、暗殺者は腕で軽く防御するだけで、銃弾を弾き飛ばしてしまった。

「何!?」

「眠りにいざなわれし者に覚醒の慈悲を……アローズ!」

 ブレイズが狼狽える横で、カノンが呪文を唱えた。

「!」

 杏香の意識が突然はっきりとした。すると、杏香は瞬時に飛び退き、暗殺者から改めて距離を取り直した。

「ナタクフェイバー!」

「これは……炎の加護の力! カノン、こんなのも使えるようになったのね……」

 ファストキャストといえど、杏香は自分の体に力がみなぎってきたのを感じている。

「フィアーレス!」

 カノンがさらに呪文を唱えた。

「……! これ……」

 これは対象の闘争心を掻き立てる魔法、杏香はそれを分かっていながらも、自身の気持ちから恐怖心が抜けていくのを自覚した。意識も更にはっきりしていく。

「うおおお!」

 杏香は素早く前進し、金属鞭ロッドラッシャーの間合いぎりぎりに暗殺者を捉えたところで、間髪入れずに金属鞭ロッドラッシャーを振るった。

「ううっ!」

「あと一人!」

 杏香は左側から接近してきた暗殺者に向かって、思いきり体を回しながら金属鞭ロッドラッシャーを打ち付けた。金属鞭ロッドラッシャーは大きくしなり、暗殺者へと勢いよくぶつかった。

「うぐああ!」

 暗殺者が叫び、倒れる。

「はあ、はぁ……」

 杏香は二人の暗殺者が倒れて動かなくなったことを確認すると、がくりと膝を付いた。

「ぐ……はっ……」

 杏香の口から、赤くて粘着質な赤い液体が飛び散った。杏香はそのままぐらりと体を傾かせ、地面に横になった。


「終わったか、毒消しを!」

 ブレイズは銃を投げ捨て、手近に居る医師に手の平を突き出した。

「あわてるな、もうじき医者も来るし解毒剤ならいくらでもある。属性弾よりも安いしな」

 テントの入り口に立っていたマズローが、親指と人差し指の間に解毒剤を挟み、それをちらつかせながら、ブレイズにゆっくりと歩み寄る。

「いいから早くよこせ!」

 ブレイズは急いでマズローに近寄り、半ばぶんどる形で強引に解毒剤を受け取ると、走って杏香に近付き、杏香の上半身を起こすした。

「ブ……レイズ……」

 杏香の瞳は虚ろで、声もかすれている。

「杏香! 解毒剤だ!」

 ブレイズが解毒剤の蓋を開け、杏香の口に流し込んだ。

「ううっ……ごほっごほっ!」

 杏香は咳込んだが、解毒剤は杏香の食道を通過している。

「はあ……はあ……サ……サンキュ、ブレイズ……ちょっと、寝かせて……」

 ブレイズが、ゆっくりと杏香の上半身を地面に下ろした。

「はぁ……はぁー……」

 杏香は仰向けになって呼吸を整える。杏香の意識を脅かす原因の一つ、毒素の効果が少し和らいだからだろうか。

「杏香、君も甘いな、相手は暗殺者だぞ、気絶させるのではなく、殺せ」

 マズローがゆっくりと杏香に近付き、仰向けの杏香を見下ろしながら言った。

「そう……ですよね……」

 杏香が荒い息づかいの混じった返事をした。

「死にかけたんだぞ! お説教は後にしろよ!」

 戦いが終わり、静けさを取り戻した医療テント内にブレイズの怒号が響く。

「……ふん」

「てめえ、ずっと見てただけなのかよ! その警備兵は飾りか? ええ!?」

 マズローの両脇には、一人ずつ警備兵が待機している。

「私は作戦参謀という立場上、簡単に死ぬわけにはいかないのだよ……行くぞ」

 マズローはそう言うと、身を翻し、警備兵と共に、早足で出口へと向かっていった。

「けっ! 気絶させてどうにかなったんだから、そっちの方がいいじゃねえか」

「いえ……自分でも、そこは情けない所だと思ってるわ。こんなことやってたら、いつかは痛い目見ると思う」

「杏香……」

 ブレイズは納得できなそうな顔をして、杏香を見ている。

「無意識のうちに、手加減しちゃうのよね。ナイフを胸に突き立てれば一発だし、安心もできるんだけどさ」

「……杏香は、それでいいと思う」

 カノンはぼそりと言った。

「ふふ……ありがとう。そうだ、フィアーレスの効果って、無効化できる?」

「……多分、もうすぐ切れる。フィアーレス、得意じゃないから」

「そう……」

 人間、誰しも得意な事と不得意な事があるように、魔法にも、勿論、得手不得手がある。

「アローズも苦手だから、フィアーレス、一緒に使ったの」

「なるほどね、確かにそうすれば意識ははっきりする……か……」

 アローズもフィアーレスも、炎属性で補助寄りの魔法だ。その系統の魔法は、カノンは得意ではないらしい。

「それなら、良かったわ……ちょっと……疲れちゃったから……ちょっと、寝かせて……よ……」

 杏香の意識を奪うものは、毒による消耗か、催眠魔法の効果か、それとも出血によるものなのか。どれかは杏香自身にも分からなかったが、意識を失う事で、様々な苦痛から逃れられるのは、杏香にとって、ありがたかった。

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