25.憤怒の呪い
「師団長!」
師団長室の扉が激しい音を立てて開き、サフィーの声が、静寂の中にある師団長室に響いた。
「なんじゃなんじゃ、騒がしい」
「師団長、機械文明軍が砦に潜入しています。しかも、相手は高威力の武器も持っています。下手をすれば、この砦が乗っ取られる程のです!」
サフィーは早口で捲し立てた。
「少し落ち着いて話してくれないかのう。それと、儂の部屋に入る時は三回ノックしてから入って欲しいんじゃがなあ……」
「それについては、俺からきつーく言っておきましょう!」
ブリーツは、サフィーの方を見ながら楽しそうに言った。
「で、何やら強ーい人が、ここに侵入して暴れまわってるみたいなんすよ、どうしましょう?」
「あんたも端折り過ぎでしょ!」
サフィーがブリーツに、うんざりしながら怒号を浴びせた。
「いやいや、二人の言ったことで大体は把握できたよ……ふむ、困ったもんじゃのう……ふーむ……」
ザンガは顎に人差し指と親指を添えながら俯き、暫く唸ると、続けた。
「仕方がない、腕の立つのを数人付けよう。そうすれば追っ払えるじゃろ」
「ザンガ師団長、マクスン副師団長の部下八人が、既にやられています。オレンジ髪の女一人にです。それに、相手は
サフィーが、なおも興奮した様子で言った。
「……ほう、
「分かりません。けど、副師団長は、戦い方がそっくりだって感じていたみたいです。なので、その可能性は高いと思います」
「なるほどな……ならば、直ちに捜索隊を結成し、
「捜索……? し、しかし、それではこの砦の守りが……オレンジ髪の女はかなりの戦闘力を持っているんです。これ以上、巡回へと人員を割くのは自殺行為です!」
「
「
ブリーツが二人の会話に割って入る。
「……いや、ウォーゴッドの捜索を先に行おう」
「ですが、この砦の守りが……」
なおも食い下がるサフィーだったが、その言葉は、不意に放たれたザンガの怒鳴り声に遮られた。
「いいから、兵達を捜索に向かわせろ! 奴らはその後じゃ!」
「!」
サフィーは、今まで常に温厚だった師団長の、怒りを剥き出しにした姿を目の当たりにして狼狽えた。
「師団長……でも……!」
それでも食い下がろうとしたサフィーだが、師団長の怒号はさらに続いた。
「いくら儂でも、これ以上しつこく食い下がるのであれば、只じゃおかんぞ!」
「な……師団長……」
「やっぱかー、信じたくなかったんだけどな……」
ブリーツは、人差し指で頬を掻きながら、そう言った。
「ブリーツ? それ、どういう意味よ」
「むふふ……それはだなー……」
「……またいつものボケだったらぶっ殺すわよ!」
ニヤニヤとしつつ喋り出ろうとしたブリーツを見て、サフィーが怒った。
「マジで!?」
「やっぱりボケるつもりだったんかい!」
「まーまー、怒らないでくれよ……いやなぁ、カラスや鼠を使った呪いって、あるじゃんか」
怒るサフィーを尻目に、ブリーツはマイペースに続けた。
「呪い……? ……まさか、バルコニーでのことを言ってるの? あそこにカラスの羽があっても全然不思議じゃないじゃない!」
砦の周りには、カラスなど無数に居る。南西のバルコニーに師団長が居たことと、そこに落ちていたカラスの羽を関連付けるのは無理がある。
「いや、でもさ、鼠やカラスは減ってきてんだろ?」
「そういえば……でも噂みたいなもんだし……でも体感的には実際に少なくなってる気もするけど……」
鼠やカラスや蝙蝠が、ティホーク砦守備師団が砦に来てから少なくなったという噂をしているのは、マリーだけではない。みんな、面白がって、そんな噂を流し流されしているが……それはあくまで噂だと思っていて、真剣に考えた事は無い。もし噂が本当ならば、カラスや鼠を使った呪いが、このティホーク砦で行われていてもおかしくはないが……。
「で、加えてこの言動だぜ? 俺の考え方、普通だろ?」
「でも……」
「ちなみにな、その呪いには術者の感情が必要なんだ。憤怒がな」
「憤怒……」
「これまたちなみにな、生贄は、殺す時にな、苦しませれば苦しませるほど効果が大きくなっていってだな……」
「でも師団長は、普段は……」
憤怒。サフィーにとっては、その言葉が一番師団長に無関係に思える。
「普段温厚な人間が、いきなりあれだけの剣幕で怒りだしたんだぜ? でもって、怒り出した原因がな、俺が昨日食べた、師団長のプリンアラモードでな……」
「
「あの……突っ込みをですね……」
サフィーがすっかり考え込んで、一向にブリーツに突っ込みが来る気配が無いので、ブリーツは突っ込みを要求した。
「プリンアラモードは一週間前の私のでしょ」
サフィーは早く話を進めたいので、早口でさらっと突っ込んだ。
「えっ……そういえばそんなことがあったような……す、すまなかった」
ブリーツは予想外の突っ込みに焦りながらそう言った。
「師団長、ブリーツの言うことは殆どが憶測。でも……」
「うむ。それ以上は言わなくていいぞサフィー。……ブリーツ君、やはり中々の素質を持っているな、君は。私が見つけるのがもう少し早ければ、味方に引き入れてやれたのじゃがのう」
「あ、そりゃ、どうも。」
ブリーツは頭をぺこりと下げた。
「え……ってことは……」
サフィーが目の前の真実を察し始めた。
「ふう……これは内緒にしておきたかったんじゃがのう。まあ、ここらが丁度良い潮時かもしれんのう」
「そんな……ことって……」
しかし、サフィーは今起きていることを、にわかには信じられずにいる。
「信じられんか? 信じられんのなら、そこをどいて欲しいんじゃがな」
ザンガはそう言うと、徐に立ち上がり、ゆっくりと部屋の出口へと歩き始めた。
「……」
サフィーが無言で剣を抜き、構えると、ザンガは足を止めた。
「ふむ……」
「師団長。私は前で戦おうとしない貴方を嫌いだった。でも、それは仲間や、自軍の勝利のためを考えてのことだと思ってた……なのに……全部このためだったなんて!」
サフィーは叫んだ。その眼には、うっすらと涙が浮かんでいる。
「え……」
直後、サフィーは強烈な脱力感を覚え、立っていられなくなった。
「しまった……こりゃ……」
ブリーツも同じ感覚を覚え、二人は見る見るうちに力を失っていき、床に倒れた。
「うむ。良くやってくれたな、マリー」
「これくらいのこと、何でもありません、師団長。……ごめんね、二人共。ジンクス破られると、私が困るんだ」
薄れゆく意識の中で、サフィーはザンガとマリーの声を聞いた。
「ザンガ……師団長……マ……リ……」
サフィーの頭の中で、今までのことの辻褄が合った。が、次の瞬間には、サフィーの意識は闇に落ちていた。
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