26.ザンガ

「師団長、気が付いたみたいです」

「うむ、ご苦労じゃったな。では始めようか」

 徐々に意識が明確になってきているサフィーの耳に、ザンガの杖の音が、コツコツと不気味に響く。

「師団長……? ……ここは……ぐあっ!」

 師団長の杖が、サフィーの顔に激しく打ち付けた。サフィーは状況が飲み込めず、ただ茫然とするしかなかった。

「ああっ! し……師団長? うぐぅっ!」

 サフィーの腹に、杖の先が食い込んだ。


「一体……何が……」

 サフィーが辺りを見渡すと、薄暗い部屋に、師団長とマリー、そして、倒れたブリーツが居るのが分かった。師団長の右隣りには、小さな檻に雑然と押し込まれた獣達が見える。はっきりとは見えないが、鼠やカラス、蝙蝠だろうか。また、隣に、それとは別に、鳥が入った小さな鳥籠があるのも分かる。


「うぐっ……」

 腹に更なる一撃を受けたサフィーはうずくまった。いや、うずくまろうとしたが、体が動かず、衝撃で体の位置がずれた。そして、その視界もずれ、それによって新たに目に入ったのは、散乱した人間の頭蓋骨と、別の何かの骨だった。

「……!」

「ふふ……怖いかのう? 面倒だからと思って放っておいたが、思わぬところで役に立つものじゃな」

「う……サフィー!?」

「ブリーツ! 起きたの!? ……ぐっ!」

 なおも師団長の責めは続いている。

「サフィー!」

 ブリーツが叫ぶ。


「ブリーツ君か。君はまだじゃ。そこでゆっくり見ているがいい」

「おいおい! 男が目を覚ましたんですよ? こっちから狙うのが筋でしょうよ!」

「サフィー君を守りたい気持ちは分かるんじゃがのう。サフィー君には恐怖を、ブリーツ君にはもどかしさを感じてもらう方が有効だと思ったものでな……そら」

 騒ぐブリーツをよそに、ザンガはサフィーを殴り続けている。

「ぐふっ!」

「サフィー!」

「ぐ……ブリーツ……」

「師団長! あんたにこんな趣味があったなんて幻滅したぜ!」

 ブリーツの言葉に、不気味な笑みを浮かべながら、マリーは傍らの台からナイフを取り、ザンガに手渡した。

「とぼけなくてもいいんだよブリーツ。知ってるんでしょ? この呪いが本当にあるってこと」


「え……ま、まさかさっきの、本当に冗談じゃ……」

 サフィーは激痛を感じながら、精神的にも動揺し、目を白黒させている。

「やっぱ、そうなのか。えーと……サフィー、お前の精神に良くないと思って言わなかったんだけどさ、この呪いって、本当なんだよな。しかもだ。……多分、生き物なら何でもいいんだよね」

「な……ぐっ! ああっ!」

 ザンガはナイフを器用に使い、サフィーの手の爪を一枚剥がした。

「ブリーツ君の言う通りじゃ。つまり、君達を苦ませて殺さないとならないんじゃな。悪く思わんでくれよ」

 ザンガはまた一枚、サフィーの爪を剥いだ。


「今のままでも十分に巨兵を破壊できる力はあるが……念には念を入れておきたいからの」

 ザンガがサフィーの爪を剥ぐ度に、サフィーの悲鳴が部屋に響き渡る。

「いい悲鳴だわ。超強気のサフィーが、こんな悲鳴を上げるなんて!」

 マリーはニコニコと楽しそうに言った。

「うむ。これなら呪いの力も、うんと大きくなるじゃろう」


「ザンガ師団長、こうやって、どれくらいの人を殺してきたんだい?」

 ブリーツが聞いた。

「さあ……なにせ、儂が二十代の頃から、毎日やってきたことだからのう」

 ザンガは、手慣れた手つきでサフィーの爪をもう一枚剥がした。

「ああっ……に、二十代の頃から、毎日ですって!?」

「そうじゃ。儂がWGウォーゴッドΣシグマを憎むようになった時から、ずっとな」

「うぐ……っ……憎むようになった時……?」

「それよりさ、ヲーゴトクマって何だよ?」


WGウォーゴッドΣシグマじゃ。遺跡からの発掘兵器『WGウォーゴッドシリーズ』には、ギリシャ文字が宛がわれることになっているんじゃよ」

深紺の巨兵ブルーギガンテスのあっち側での呼び名だよ。ここじゃ一般的な呼び名じゃないから、そんな風に読んだって、通じる人は少ないでしょうけど」

 マリーが言った。

いくさの神か……大層な名前を付けたもんだ。二つ名の深紺の巨兵ブルーギガンテスに負けてねえぜ」

「実際、巨兵なんてものではないじゃろう。今の奴は、大幅にダウングレードさせてあるんじゃからな」

「ダ……ダウングレード? ぐぅっ!」

 爪を剥がされる激痛に耐えながらも、サフィーが聞いた。

「そう。奴の武装は本来、物理、ビーム、魔法の三種類の、遠距離及び近距離兵器で構成される筈だったのじゃ。シールドについてもしかりじゃな。魔法については、最低限、運用できるくらいの人材は居たようじゃが、ビームを使った武装が、今の奴のどこにも見当たらないのは実に小気味のいいものよ。ホッホッホ……」


「随分と詳しいじゃないっすか師団長。それに何だか嬉しそうだ」

「久しぶりじゃからのう、WGウォーゴッドΣシグマのことを……いや、機械側の文明のことを気兼ねなく話すのすらも……か……」

「師団長は……テルジリアの人だったってこと? ……うぐっ!」

「そうじゃよ。WGウォーゴッドΣシグマはテルジリアで研究、そして、封印されていた機体じゃからな。もっとも、ザンガの名を知る者はマズローくらいじゃろうがのう。ジェークマイヤーの方は、果たして覚えている者が居るかどうか……」

「ジェークマイヤー……それが師団長のテルジリアでの名前……」

「そうじゃよ、今は何の意味も持たんようになってしまったがのう……それ」

「っ!」

 ザンガが爪を剥ぎ取ると、サフィーは短い悲鳴を上げた。

「ふむ……手の爪が無くなってしまったか……」

 ザンガはそう言うと、徐にサフィーの具足に手をかけた。


「次は脚の爪ですかい?」

「そうじゃ。話が長くなりそうなんでな」

 ザンガはブリーツの質問を軽く流し、サフィーの足から具足を外した。

「儂がWGウォーゴッドΣシグマを恨むようになったのは、WGウォーゴッドΣシグマの初の起動実験の時じゃった。そこには儂の妻と、子も居た……」

「……嫌な予感しかしない話ですね、こりゃ」

「うむ、ブリーツ君の想像の通りじゃろう。案の定、奴は暴走した。その時は、仕込まれていた自己防衛プログラムのせいだとも、エネルギー供給ミスによる火器の誤作動とも言われておったが……すでに去った儂にはどうでもよいことじゃな」

「なるほど。それで、妻と子も失ってしまったわけですか……」

「うむ。妻は跡形も無く消え去ってしまった。バルの方も無惨なもんじゃったよ。儂が見た時には、体は半分も無かった気がするのう……」

「ぐ……バルって、お子さんの名ね。師団長にそんな過去があったなんて……」

 サフィーの声色に含まれる怒りが、少し薄れた。

「同情してくれるのかな? 気持ちは嬉しいが……儂にはこうすることしかできんのじゃ」

「あぁ……っ!」

 ザンガはサフィーの足の爪を一枚剥いだ。


「儂はその日のうちに調べたよ。妻と子を生き返らせる方法を。じゃが、そんなものは、そう簡単に見つかるもんじゃない。代わりに目に止まったのは、呪術じゃった」

「それがこの呪いなんですね!」

 マリーが言った。サフィーは、このマリーの語気に興奮を垣間見た。マリーにとっても始めて聞くことばかりなのだろう。

「そうじゃ。その日から……WGウォーゴッドΣシグマが暴走したその日から、呪いの力を溜める日々が始まったのじゃ。思えば、毎日が緊張の日々じゃったのう。出先でもやらんといかんから、なんとか簡易的な儀式をして間に合わせたし、あまり大っぴらにやるわけにもいかんから、獣を使わざるを得なかった。人間の方が、入手は簡単なのじゃがのう」

「人間の方がって……ぐっ!」

 サフィーの爪が、また一枚剥がされる。

「儂は師団長じゃよ? 呼べば人間なぞいくらでも来る。もっとも、あまり頻繁にやれば、このことを気付かれてしまうが……獣が手に入らない時には、実に重宝したよ」

「そんな……ことって……」

 サフィーは放心状態になった。ならば、我々ティホーク砦守備師団が、これまでやってきた事は何だというのだろうか。

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