27.マリー
「ここまで上り詰めるのには苦労したぞ。何せ、隠すことが山ほどあるからのう。儂がテルジリア出身なこと、この呪いのこと……もっとも、気付きそうな者には死んでもらったがのう。おお、それか、マリー君のような頼れる協力者になってもらうかじゃな。まあ……二者択一じゃな」
「マリー、あんた……」
「えへへ……私が好きになった人が行方不明になるんじゃなくて、行方不明にするために好きになったりしてたんだ。ごめんね、サフィー、ずっと信じてたでしょ、私のこと」
「マリー!」
サフィーがマリーを睨み付けた。しかし、サフィーの首は動かない。サフィーは、マリーの声の聞こえる所の出来るだけ近くを睨み付けることしかできなかった。
「サフィーもさ、何か欲しいものがあったら協力してみない? 分かり易いのだと、お金とか権力とかさ」
「まあ、儂に出来る範囲じゃが……その二つなら与えやすいのう。……おお、そうじゃった。君達は駄目なんじゃったな。この呪いは、もうすぐ完成するんじゃから」
「そっか……残念! ごめんね、サフィー」
マリーはおちょくっているような口調で喋りながら、ぺろりと舌を出した。
「言われなくても、そんなもの、こっから願い下げだわ!」
「うむ、そうじゃろうそうじゃろう。サフィー君はそれでいい」
ザンガはそう言いつつ、さらに一枚、サフィーの爪を剥いだ。
「うあっ!」
「さぁ……その感情を……捧げるのじゃ……」
ザンガは気が済んだとばかりに喋るのをやめ、淡々とサフィーの爪を剥いでいった。
「あっ……うあっ……」
ザンガが爪を一枚剥ぐ度に、サフィーの口から喘ぎ声が漏れる。そして、やがてそれもなくなった。
「ふむ……中々の悲鳴じゃった。呪いの良き原動力となるだろう」
サフィーの両手両足の先端が真っ赤に染まっている。爪をすべて剥がされたサフィーの目は、恐怖を浮かべながらもザンガを真っ直ぐに睨んでいる。
「マリーや」
「はい」
ザンガが合図をすると、マリーは水を満たしたバケツをサフィーの近くに置いた。
「う……」
ザンガは徐に、サフィーの髪を掴み、顔がバケツの上へと位置するように、サフィーの体を引きずりよせた。
そして、ザンガはサフィーの顔をバケツに突っ込んだ。バケツの中は水で満たされていたため、サフィーは呼吸が出来ず、もがいた。
「ぶはっ……ぶ……!」
ザンガは手慣れた手つきで、淡々と、何度も何度もサフィーの頭をバケツの水の中に、突っ込んだり、出したりを繰り返した。サフィーの目が、見る見る虚ろになっていく。サフィーの感情が恐怖に支配され、意識が混濁し始めるのには、それほどの時間はかからなかった。
「や……やめ……!」
死ぬ。サフィーはそう思い、恐怖した。そんなサフィーの気持ちを察してか、ブリーツが大声でサフィーに呼びかける。
「サフィー!」
「……」
しかし、ブリーツの呼びかけに答えられるほど、サフィーの意識ははっきりはしていなかった。
「そろそろじゃな……ブリーツ君の方はどうしようかのう。同じ手段では驚かせんし……」
サフィーの手は垂れ下がり、目は虚ろに、体はぐったりしていた。が、ザンガはなおも、サフィーの頭をバケツにねじ入れている。
「やめろっ! 死んじまうぞ!?」
ブリーツはもがいた。が、どんなに激しくもがいたつもりでも、体は僅かに横に揺れる程度でしかなかった。
「くそっ……サフィー! うおおおっ!」
必死に体を揺らしながら叫ぶブリーツの声が、部屋に響き渡った。その瞬間、不意に天井が崩れ落ち、部屋に光が差し込んだ。
「む……」
ザンガは手を止め、上を見た。
「お、さっすが、俺の火事場の底力、あんなでかい穴ぼこ開けちゃったぜ!」
「違うな……少しゆっくりし過ぎてしまったようじゃ」
ザンガの目線が正面へと戻される。ザンガの予想していたものは、既に地下へと降りてきていた。
「ここなの、凄い邪気って!?」
「うん……間違いない」
舞い上がる土煙の中に、うっすらと二人の人間の影が浮かんでいる。ブリーツも、そしてザンガも、その正体には、既に察しがついていた。
「……って、ドンピシャみたいね。何だかすっごい状況……」
土煙が徐々に薄くなる。そこから現れたのは、
「おお、そなたがオレンジ髪の娘か。噂は聞いておるぞ」
「あなたは? あの惚けた奴を拘束してるみたいだけど……この様子じゃ、味方でもなさそうよね」
「オレンジ女! 俺がお前の噂、広めておいたんだぞ! 助けろ! あー……いや、先に、そこのバケツの中の、頼む!」
ブリーツがとっさに叫んだ。
「……え?」
聞き返す杏香に、隣のカノンが指を差した。
「……あれ」
カノンの指差した先にはバケツの中へと顔を押し付けられたまま、ぐったりとしているサフィーの姿があった。
「わ……! 何てことしてんのよ!」
ザンガは走り寄る杏香を見ると、サフィーを後ろへと放り出した。バケツは引っ繰り返り、中の水は床へと流れ、サフィーの体は床に仰向けになった。しかし、サフィーは相変わらずぐったりとしていてピクリとも動かない。
ザンガは、サフィーに歩み寄る杏香を、横目に見ながらすれ違い、部屋の端にある木製の机へと向かった。
一方、杏香は、すれ違いざまに何かやるか分かったもんじゃないとザンガを警戒しつつ、サフィーの元へ駆け寄った。
「ええっと……サフィー? 大丈夫!?」
おぼろげに覚えている名前を思い出しながら、杏香はサフィーを呼んだ。
「うう……」
杏香の耳に、呻き声のような音が、辛うじて聞こえた。
「意識はあんまりはっきりしてないわね。水、結構飲んでるのかしら?」
杏香は注意深くサフィーを観察すると、サフィーの胸元を両手の手の平で何回も押し始めた。
「助かるかは、ちょっと分からないわね。呼吸が止まってる」
そう呟きながら、杏香はサフィーの胸元を押し続けた。
杏香はある程度の回数、サフィーの胸元を押したら、徐にサフィーの顎を持ち上げた。
大きく息を吸い、サフィーの口に、そっと息を吹き込む……。
「ううむ……」
それを見たザンガが唸る。
「この状況では仕方がないか……」
ザンガはそう言うと、木机の引き出しから、小さいナイフと小さい紙片を取り出した。紙片には、六芒星が描かれていて、更に、六芒星のそれぞれの角に形作られている、六つの小さい三角形の中に、凸レンズ状の、先のとがった楕円形の図形が書かれている。更にその中には、同様の凸レンズ上の楕円が描かれている。内側の楕円は黒く塗りつぶされていて、外側の楕円とは九十度違う角度で、外側の楕円の端とは端を繋ぐように配置されている。
「最後の生贄は術者本人、この老いぼれたじじいの軽い命でいいのなら、喜んで差し出そう」
ザンガは腕をナイフで裂き、したたった血を六芒星の中心に垂らした。
「えっ……ちょ、ちょっと待って下さい! 師団長が居なくなったら、私はどうなるんですか!?」
杏香とブリーツをじっと見守っていたマリーだったが、サンガが一言を発したことで、マリーは杏香とブリーツを気にしている場合ではなくなって、ザンガに歩み寄った。
「何を言っておるのじゃ、もう十分な報酬を与えたじゃろう。故郷の母の暮らしも、ずっと楽になったと言っておったじゃろうが」
「それはそうだけど……でも、もっと欲しいんです、その約束の筈です!」
マリーが更に狼狽して、声を荒らげる。
「残念じゃが、それは無理じゃな……儂はもうじき居なくなる」
「そんな……」
マリーは放心してぐらりと体を傾かせたが、すぐに体勢を元に戻してザンガの肩を掴み、体を激しく揺さぶった。
「そんなの聞いてない! 呪いが完成した後も、この関係は続けるって言ったじゃない!」
「すまんなあ、儂の居なくなった後にも動いて欲しい者達がおったのじゃがのう……この様子では、他の者をあてにするしかないかのう……母を思うお主なら一番信用できると思っておったのじゃが……欲というのは恐ろしいものじゃ……」
「せめて……せめて、ここにこいつら連れてきた分だけでも……!!」
「出来んのじゃ、もう時間が無い。持ち合わせものう……何か持って来れば良かったのだが……仕方ない。許しておくれよ、マリー君」
「ザ……ンガ……師団長……?」
マリーの手が止まった。マリーが唖然としながら下を向くと、自らの腹部が赤く染まっていくのが見えた。
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