24.操者
サフィーが牽制し、ブリーツが補助し、マクスンが攻撃する。それを杏香が凌ぎ、カノンはそれをサポートする。そんなやり取りが何度も続き、なおも拮抗している戦いの流れの中で、杏香は思い切って攻勢に出た。
「今……っ!」
サフィーの、積極的ではなくとも無視はできない攻撃をあしらい、ブリーツの不意の攻撃を回避しつつも、杏香はマクスンの一瞬の隙を見逃さなかった。
「このおっ!」
しかし、
「しまっ……!」
「……むっ!」
マクスンはその攻撃を紙一重でかわし、無駄の無い動きで杏香の懐へと踏み込み、速攻の一撃を放った。
「これくらい……!」
杏香は、自らの体勢が崩れることを度外視し、大きく体を仰け反らせた。そして、それと同時に無理矢理に体を動かし、
――結果、頬に浅い傷が出来たのみで、辛うじて立ったまま攻撃を受けることができた。が、もう少し気付くのが遅れたら、恐らくは、命が無かったかもしれない。
「む……」
マクスンは、自分の左腕に痛みを感じると、危機感を感じて間合いを取った。見ると、小手の一部は引き裂かれ、そこからは赤い血が滴り落ちている。
「危なかった……でも、この戦い方……」
杏香はマクスンが間合いを取ったこと見て、安堵した。
「私の戦い方にピンと来たようだな」
マクスンは、自らの構えは全く崩さずに、杏香に話しかけた。
「……!」
「私も分かったぞ、巨兵の操者」
「……」
杏香は何も言わなかったが、マクスンは確信していた。身のこなし方こそ、それほど似てはいないものの、状況判断力と、そこからの動きが、巨兵と対峙した時に感じたそれと酷似しているのだ。
「ブリーツ、サフィー、お前たちは師団長の所に向かい、このことを報告しろ。
「副師団長、それって……」
戸惑いつつも、サフィーが言った。
「このオレンジ髪の女に勝つには、巡回へと向かった兵達を呼び戻す必要がある。そして、それが迅速に出来た時、オレンジ髪の女を捕らえ、巨兵をも御し得るだろうとな」
「巨兵を手に入れることもできるってことかあ……いいな、行こうぜ! 俺、あれに乗ってみたい!」
「あんたね……副師団長! 私も残ります!」
「いや、足止めは一人でいい。お前たちは行け!」
「副師団長……」
「安心しろ、私も頃合いを見てそちらに行くつもりだ。師団長への、ひとまずの説明は頼んだぞ!」
「でも……」
「行こうぜ、サフィー、でないとどんどん巡回部隊を呼び戻すのが遅れちまう」
「ブリーツの言う通りだ。サフィー、お前一人の我侭で、ここに残ることは許さんぞ」
「……分かりました」
「んじゃ師団長室へGOだ! いいや、
ブリーツの嬉しそうな声を辺りに響かせながら、二人はその場を去っていった。
「買い被られたものね、あんた一人だって、足止め以上のことができるでしょうに」
「その言葉、そっくり返そう。その
二人は賛美とも謙遜ともとれる言葉を吐き捨てつつも、それぞれの間合いを探る。部屋にはそれによる暫しの沈黙が流れていた。
「ねえブリーツ、副師団長、本当に大丈夫かな……」
息を弾ませながら、サフィーが言った。ブリーツにとっては、もうすっかり通り慣れた廊下に、二人の足音が響いている。
「なんだ、まだそんなこと考えてたのか? 副師団長は、俺をも黙らせる豪傑だぜ?」
「あんたの、冗談だか分からない冗談なんて、今、聞きたく……マリー?」
二人の行く手にマリーが一人、立っている。
「あ……あちゃー……会っちゃったね、二人共」
マリー不安そうな顔押してそう言った。顔では必死に笑顔を作ろうとしているが、動揺は隠せていないようだ。
「大丈夫、現にマリーと再開するまで、こうして生きてたんだぜ?」
ブリーツが相変わらず気楽そうに言った。
「あ……サフィー、話しちゃったんだね……」
「あ……あの、ごめん、マリー、あたし……」
「いいの。それより急いでるみたいだけど……?」
「これから師団長とのお見合いだからな、時間厳守じゃなきゃ、第一印象が悪いだろ?」
「お見合い?」
マリーが聞き返した。
「いえ……こいつのわけわからない冗談は置いといて、今から師団長室へ行くの。サフィーは一人なの?」
時と場所を考えないブリーツの冗談を、話がややこしくならないうちに流すと、サフィーはマリーに解説した。
「うん、探してるうちに、他の人と逸れちゃってさ」
マリーは頭をポリポリ掻きながら言った。マリーの顔に浮かんでいる不安な表情が一層増したように、サフィーは感じた。
「一人は危険だわ。一緒に行きましょう」
「うん……そうだね……行こうかな……」
マリーは歯切れの悪い声で言った。サフィーには、その歯切れの悪さの原因が分かっていた。カノンが好きになった男は、死ぬか行方不明になる。気のせいなのか、そうではないのかはともかくとして、何故か実際に起こってしまうことなのだ。
「でもサフィー、一人は危険よ。私達、侵入者に会ったけど、あのオレンジ髪は油断ならないわ。他にもあれレベルの奴が居ないとも限らないし、出来るだけ固まった方がいい」
サフィー自身にとっても、そのことが気にならないと言ったら嘘になる。でも、ブリーツはこうして、今、生きている。ブリーツなら、この法則を断ち切ってくれるかもしれない。と、サフィーは思った。
それでも決めあぐねているマリーに、ブリーツも語りかける。
「大丈夫、俺は一度ジンクスを破ってるんだぜ? 泥船に乗ったつもりで行こうぜ!」
「大船でしょ! ……ああ! ベタなボケにベタベタな突込みを入れちゃった!」
ブリーツのボケに、もはや無意識のうちに突っ込みを入れてしまったサフィーは、自身の行動をすぐさま後悔した。
「……あはは!」
「おい! もっと手を込んだ突込み入れろよ、サフィーに笑われちまったぞ!」
「それで本望なんでしょ? とっとと行くわよ、師団長室へ!」
とにかく、これでブリーツが生き残ってくれれば、法則なんて無いことを証明できるのだ。サフィーはそんな願いを胸に抱いて、ブリーツ、マリーと共に師団長室へと向かった。
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