23.激突!

「属性弾<雷>!」

 杏香の持つ属性銃ハイブリッドブラスターから青い稲光が放たれ、プレートアーマーを着た兵士に向かっていく。

「うわあああ!」

 それに当たった兵士は電気を纏い、痺れ、倒れた。

「ふう……これで何部隊目かな。いよいよ騒ぎが大きくなってきたみたいだけど……ま、ここまで気付かれなかったんだから、むしろ幸運かな」


「一瞬で八人もの兵士を倒したか。あちらにも、これ程の手練れが居たとは……」

 八人の兵士と共に攻撃を仕掛けてきた男が言った。男は杏香の属性銃ハイブリッドブラスターをことごとくかわし、一人、立っていた。

「属性弾<雷>!」

 杏香は<雷>の属性弾を放った。が、またも男はそれを当然のようにかわした。

「遠距離からじゃ、埒が明かないか。でも……!」

 杏香には、接近戦では相手の方が上のように思えた。男が着ている、凝った装飾をされた黒い鎧が、その考えを更に強いものとしている。

「でも……」

 相手からは仕掛けて来ない。男は悠然と剣を構え、そこに立っている。他の兵士が居た時に比べても、明らかに動きが少なくなっている。接近戦を誘っているようにも見えるし、避けられるぎりぎりの距離を保っているようにも見える。

「だったら、行くしかない!」

 時間が経てば経つほど、杏香にとって不利になることは明白だ。接近戦を試してみるしか、杏香に手は無かった。


 杏香は属性銃ハイブリッドブラスターを腰にしまい、代わりに腰のナイフを両手に持ち、男に向かって走り出し、距離を詰めた。

「……シュワルツ・アングリフ!」

 男の剣が目にも止まらぬ速さで動きだし、杏香を襲う。

「くっ……!」

 杏香はそれを紙一重で裂けた――つもりだった。

「ぐあ……!」

 慌てて距離を取った杏香の肩に鮮血が滲む。

「<炎>と<斬>業火の剣フレイムソード!」

 杏香は後ろに跳び退きながら、腰から属性銃ハイブリッドブラスターを引き抜き、シリンダー弾倉を手で回転させて二つずらすと、引き金を引いた。

 下を向いた銃口から燃え盛る炎が伸びると、それは床へと到達しそうになったところで止まり、固定された。

 杏香が銃の持ち方を変え、それを構える。すると、まるで魔具まぐのような、燃え盛る長剣の風貌となった。

「あいつ相手には、属性弾の節約も、手加減もしてる余裕なんて無いわね……」

 やはり、剣の腕は達人レベルだ。同条件で接近戦を仕掛けるのは不利極まりない。ましてナイフなんて論外だ。属性銃ハイブリッドブラスターの性能をフルに活かさないと、あいつには勝てない。

 とはいえ、遠距離戦では相手に軽く避けられてしまう。杏香は止むを得ず、男との距離を詰め、業火の剣フレイムソードを振り下ろした。すると、男はそれを受け流した。


「いける……」

 自分にしか聞こえないような声ではあったが、杏香は思わず口に出した。男は今までのように受け止めず、業火の剣フレイムソードを受け流した。それまで受け止めていた男が、受け流すスタイルに変えたということは、恐らくは剣の方が持たないということだろう。ならば剣の腕で差があっても、杏香に勝ち目はある。

 杏香は間を開けずに、斬撃を畳み掛けた。男はそれを受け流したり避けたりして凌いでいるが、次第に後退せざるを得ない状況になっているようだ。

 そして、男が一瞬の隙を見せると、杏香は男の剣を思いきり弾いた。それでも男は剣を離さなかったが、次の一撃は防げないだろう。

 剣は弾き飛ばせなかったが、この体勢なら、次の一撃で男に深い傷を付けられると、杏香は踏んだ。

 男に致命傷を負わせれば、男が反撃可能だろうと不可能だろうと関係無くなる。どちらにせよ、反撃出来なくなるだけだ。

「とった!」

 杏香はすぐさま業火の剣フレイムソードを振りかざし、出来る限り踏み込んで斬り付けようとした。が、そうする前に、杏香は体中に激痛を感じた。

「うぐあぁぁっ!」

 この痛みは、魔法の痛みだと、杏香は直感した。男の時間稼ぎにまんまとかかってしまったというわけだ。

「うぐ……あたしの負け……か……」

 この勝負は、杏香をここまで不利な状況へと追い込んだ、この男の方が勝者だ。杏香はそう思うと、ここからどうやって、この状況を立て直すかに思考を傾けた。

「マクスン副師団長、大丈夫ですか!」

「ほーら、俺、魔法、得意だろ?」

 杏香は、女と男の声を、恐らく援軍だろうと察しつつも、首を振って、朦朧とした意識をはっきりさせた。

「ぐぅ……いったたー……今のは効いたわ。カノンの補助が無かったら危なかったわね」

「杏香、大丈夫?」

 カノンが杏香に駆け寄ろうとしたが、杏香はカノンの方へ手の平を突き出して、それを止めた。

「大丈夫、この程度、問題無いわ」


「マクスン副師団長、加勢します!」

 サフィーは両手に剣を持つと、杏香に向かっていった。

「一人は二刀流か……厄介ね……!」

 サフィーが杏香を間合いに入れると、二つの剣を振りかぶり、袈裟がけに斬ろうとした。

「サフィー! まともに打ち合うな!」

 サフィーの後ろから、マクスンの声が響く。

「えっ!?」

 サフィーは剣を振り下ろすのをやめ、代わりに足を一歩だけ引かせて杏香との距離を取った。すると、その刹那、杏香の業火の剣フレイムソードが、サフィーの二本の剣を弾いた。

「う……これ……!」

 サフィーはたじろぎ、後ろに跳躍して、更に杏香との間合いを広げた。

魔具まぐと同じだ。まともに打ち合ったら、武器が持たんぞ!」

「武器以外ならいいんでしょ、ファイアーボール!」

 ブリーツの放ったファイアーボールが杏香へと向かっていく。

「ファストキャストのファイアーボールなんて!」

 杏香は業火の剣フレイムソードで、そのファイアーボールを切り払った。

「うげっ! んな無茶な!」

「この炎を、只の炎と思わないことね!」

 杏香は、業火の剣フレイムソードを三人の居る方向に構え直しながら言った。


「魔法的な炎か」とマクスンが言う。

「魔法的なもの同士だから、こんなにあっさりと干渉できるってわけ? 下手な魔具まぐよりも性質たちが悪い!」

 サフィーは攻めあぐねている苛立ちを隠せず、毒づいた。

「サフィー、業火の剣フレイムソードは私が防ぐ。お前は牽制をしてくれ。隙があれば斬りかかっても構わん。ブリーツ、お前は魔法で支援を頼む」

「「了解!」」

 マクスンの言葉に、二人は同時に返事をした。

「的確な命令だわ。こりゃ、骨が折れそうね」

 杏香がそう愚痴をこぼしている間にも、マクスンは先頭を切って杏香に攻撃を仕掛けた。


「く……!」

 杏香の額に汗が滲む。マクスン一人のままだったら、そう手こずることはなかったかもしれない。が、ブリーツとサフィーが加わったことで、予想以上に手強くなったことを、杏香はひしひしと感じていた。サフィーとブリーツは、先程の命令通りに、牽制と補助に徹しているのだが、杏香にはそれが、たまらなく厄介なものに感じられている。

「こいつら……やるじゃないの!」

 杏香が三人との間合いを離そうと、後ろに下がりながら言った。


「三人がかりでこれなの!? マクスン副師団長も居るのに!」

「凄い……たった三人で杏香と互角に戦ってる」

 サフィーとカノンの声が、ほぼ同時に部屋に響いた。

「え!? 何ですって!?」

 サフィーは思わずカノンに聞いた。声ははっきりと聞こえていたが、その内容自体、サフィーには信じられないものだった。

「『何ですって!?』って、褒めてるんだろ、ありがとう! 水色の髪のダウナー少女!」

 ブリーツがカノンに手を振りながら言った。

「敵に感謝してどうすんのよ! どう考えても皮肉でしょ、皮肉!」

「いや……あの少女の言ったことは的確だ。あのオレンジ髪は、既に私の部下八人を一人で倒している」

「なっ……!」

 マクスンの言葉に、サフィーは驚愕した。自分と同じくらいの背丈で、体は自分よりも華奢に見えるあの女が、マクスンを含む九人を相手にしていたというのか。

「試してみれば分かること……はああっ!」

 サフィーは杏香に攻撃を仕掛けようと駆け出したが、数歩も進まないうちに止まった。杏香がサフィーの方を警戒し、構えなおしたのだ。

「ぐ……」

 サフィーは、できることなら一対一で直接打ち合って、その真偽を確かめたかった。が、今、ここで仕掛けたところで、この武器では何も出来ない。いや、同等の武器があったところで、太刀打ちできるかどうかは分からない。少なくとも、彼女はマクスン副師団長と互角に戦っているし、その立ち回りにも隙が無い。

 サフィーは直接打ち合って実力を確かめられないもどかしさと、この瞬間にも示され続けている杏香の実力との間で葛藤しながらも、今は牽制に専念することを心に決め、杏香に向かっていった。

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