22.潜入……

「ええと……こっちのカメラは生きてて……んー、こっちは映ってないけど、あの位置だと隠さないとバレバレだから……」

 WGウォーゴッドΣシグマのコックピット内に、杏香の緊張した声が響いた。

「やっぱり、葉が茂っていて太い木が群生しているこの辺りなら、WGウォーゴッドΣシグマを隠しておけるくらいには目立なくできたわね。全く、原色に近い青の地に、黄色が少しの色配分なんて、どこの目立ちたがり屋が塗ったのかしらね」

「杏香、そろそろ行く?」

 愚痴る杏香にカノンが話しかけた。


「そうね。WGウォーゴッドΣシグマも隠せたから、後は基地へ向かうだけよね。当面の問題は、下りた後、砦に辿り着くのに骨が折れそうなことだけど……ここまで来た以上、行くしかないわよね」

 杏香が続けると、ブレイズは荒々しい声を上げた。

「ああ! 行こうぜ! こっちは暴れられなくていらいらしてんだ!」

「ブレイズ、暴れたらだめ。私達、予定よりも戦闘してる」

 カノンが言った。敵に見つからないように、慎重にティホーク砦へと近づいたWGウォーゴッドΣシグマだったが、何回かの遭遇戦を行うことになってしまったのだ。

「うん、本当はもう少し穏やかに近付くつもりだったのよ。おかげでここまで近づくのも大変だったんだから。ま……こいつに気を取られてる分、砦の方は手薄になってる筈だから、どっこいどっこいになるかもしれないけどね」

「何でもいいから早く行こうぜ! こっちは暴れられなくていらいらしてんだ!」

「ブレイズ、Σシグマで戦うわけじゃないのよ?」

「分かってる! いいから行こうぜ! こっちは暴れられなくていらいらしてんだ!」

「……ブレイズ、自分の言ったこと、忘れてる?」

 同じ言葉を繰りかえすブレイズに、カノンが困ったような、呆れたような顔をしながら言った。

「覚えてるよ! とにかく、こっちは暴れられなくていらい……」

「ブレイズ、あんたは留守番よ」

 杏香が淡泊な声で言った。

「へ……?」

「じゃ、行こ、カノン」

「うん」

 杏香とカノンがコックピットハッチを開け、WGウォーゴッドΣシグマを降りようとすると、ブレイズは慌てて叫び、それを止めた。

「ちょっと待て! 俺だって銃を持ってんだ! 足手まといにはなんねえって!」

「え?」

 杏香が間の抜けた声を出した。


「何勘違いしてんの、WGウォーゴッドΣシグマのメインパイロットが下りちゃったら、だれがWGウォーゴッドΣシグマを守るのよ」

「うん? ……どういうこった、そりゃ?」

 ブレイズは、更に言い返そうとしたが、杏香の言ったことが理解しきれなかったので、言い返すことが出来ずにいる。そんなブレイズに、杏香は出来るだけ噛み砕いた形で、再び説明をしだした。

「ここだったらΣシグマを隠しておくのに十分だけど、ここはもう、奴らのテリトリーなのよ。もしΣシグマが見つかって奴らに奪われでもしたら、どうするつもりなのよ」

「ん……そうか……なるほどな……」

 ブレイズは、徐々に杏香の言っている事の意味を理解出来てきた。

「風とかで、カモフラージュの木の葉とかも飛んじゃうかもしれないし、WGウォーゴッドΣシグマの中に残るのって、結構重要な役割よ」

「お……おう、確かにな……」

 ブレイズはまんざらでもない様子で頷いた。

「頼むわよ、ブレイズ。あんただけが頼りなんだからね」

「ああ! そういうことなら任せとけ! 杏香こそ、砦でヘマするなよ!」

 完全に納得したブレイズが、杏香に激を飛ばした。

「ええ! 必ず成功させて戻って来るから、しっかりΣシグマを守っててよ!」

 杏香もそれに答えると、カノンと共に、巨木密林の奥深くへと姿を消していったのだった。






「おいおい、何の騒ぎだ、こりゃ」

 周りの慌ただしさに反して、ブリーツは平然と言った。

「侵入者よ。私達も探しに行かないと」

 ぼけっとしながらのんびりと話しているブリーツに、にサフィーは少しの怒りを覚えたが、ブリーツはまだ、事の大きさを知らないのだから、その反応は当然なのだ。サフィーは努めて落ち着いて、冷静に返した。

「侵入者?」

「なんでも、こっち側が暗殺者を放ったから、その報復らしいよ」

 そばに居たマリーが答えた。

「あくまで噂レベルよ。本当に侵入者が居るかどうかは分からないわ。むしろ、こっちの本拠地に、基地に侵入するまで気付かないくらいな少人数で来るなんて無謀にも程があるんだから、本当に侵入者が居るなんて考えにくいわ」

 サフィーが早口で話し出す。

「でも、可能性はゼロじゃない。今はとにかく、探さないと」

 サフィー自身も、侵入者には懐疑的だが、可能性は無いわけではない。砦の人員総出で探して、侵入者の可能性は早急に潰すべきだ。

「あ……私、二人とは別の所、探すね」

 サフィーは走り出そうするかしないかのタイミングでマリーが言ったので、サフィーと、サフィーに付いていこうとしたブリーツの二人は、一旦走り出すのをやめた。ブリーツはその時、一瞬だけサフィーの顔が曇るのを見逃さなかった。

「マリー……分かったわ、気を付けてね!」

「うん! ……ブリーツ、死なないでね!」

 マリーが明るくそう言った。マリーは笑みさえ浮かべているが、ブリーツはその眼に、悲痛な何かを感じた。

「ん……? もしかして俺の顔、死相出てる!?」

「……死なないで」

 マリーは真顔で、再び言った。

「……そりゃ、勿論だ」

「……良かった。約束だからね!」

 マリーはそう言うと、サフィーが行こうとする方向とは逆方向に駆け足で去っていった。


「ほら、ブリーツ、私達も行くわよ!」

「あ……ああ」

「あんたもそんな顔するのね。そんなに意外だった?」

 サフィーはブリーツの、きょとんとした顔を見ながら言った。

「まーなー、マリーに強引に死亡フラグを立てられちまったからな」

「……それ、冗談になってないから。彼女の前では絶対に言わないでよ」

 サフィーはブリーツを睨み付けた。

「……なんだ、訳ありだったのか」

「彼女が愛した男……ううん、少しでも好きになった男は、全員行方不明になってるのよ」

 サフィーはブリーツから顔を逸らすと、悲しい顔をした。

「へえ、そりゃ……随分と笑えない話だな」

「偶々だとは思うんだけど……彼女、そのことで神経質になってて……」

「そうなのか……じゃあ話は簡単だな」

 俯いたサフィーに、ブリーツはそんなこと無視しているように、けろっとした様子で話しかけた。

「え……?」

「おれが死ななきゃ、そんな法則は無いってことになる」

「ふ……期待してるわよ、ブリーツ!」

 サフィーの顔には、自然に笑みがこぼれだしている。サフィーにとっても、ブリーツの言葉は希望であり、救いでもあったのだ。それはきっと、マリーにとっても救いに違いない。サフィーはそう思いながら、ブリーツと共に、改めて走り出した。

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