21.天然自然の要塞
砦の中でも特に人通りが少ない、南西の端にある廊下を、ブリーツとサフィーは歩いていた。このティホーク砦は自然の要塞なので、周りに町などは無く、辺りは静寂に満たされている。そのティホーク砦の中でも、特に人通りが少なくて静かな南西に位置している廊下では、二人の足音は会話の次に目立つ音だ。そのことがサフィーに、ブリーツと二人きりで居る気まずさを強く感じさせることになった。
しかし、部屋で二人きりになるよりも、サフィーにとってはずっとマシだ。なので、サフィーは時々、自分からブリーツを誘って、こうやって夜の砦を散歩して回っているのだ。
「巡回部隊が何部隊かやられたんですって」
部屋での二人きりよりは何倍もマシだが、だからといって、この気まずさは耐えられない。サフィーはこの気まずさを打破するために、業務連絡に近い話題をブリーツに振った。
「やはり、巨兵か……」
ブリーツが少し気取った様子で言った。
「……! そ、そうだけど、あんた何で分かったの!?」
サフィーは驚いた。巡回部隊の破壊された痕跡から、やったのは
「えっ、マジで
「ああ……言ってみただけだったのね。これ、まだ他の人に言っちゃだめだからね」
サフィーの興奮が、一気に収まった。
「ん……軍事秘密を引き出してしまったか……」
「当てずっぽうでね。はぁ……戦況がそのまで読めてたのかと思って、ちょっと見直したんだけど、私の勘違いだったみたいだわ」
サフィーは落胆し、ため息混じりに言った。
「がっかりすることないだろ、当てずっぽうでも当てたんだから。しかし、何でまた、あんなのが近くでうろつき始めたんだ? あちらさん、巨兵を前線に出すの、嫌がってるんじゃなかったのか?」
「私に聞かれても困るわよ。そんなのテルジリアの人しか知らないことでしょ。でも、現に巨兵のものであろう痕跡が見つかってるのよ」
「うへぇ……あんなのが近くに居るなんて、気が滅入る話だな。突然榴弾砲が飛んで来たらどうするよ?」
「巡回部隊の人数と頻度が増えたのは、そのためだったのかもしれないわね。でも大丈夫。
「ああ、そうだよなぁ、なんか、そんなに大きなイメージ無いけど、相当でかいよな、アレ」
「スピードもあるし、足の部分はそれほど太くないから小回りも効くからでしょうね。でも、ここには
「なるほど。ここには容易くは近寄れないし、近づいたとしても分かるって事ね」
「そう。だから、榴弾砲のレンジ内に
サフィーは徐に窓から外を見た。砦の中だけあって、単に石に硝子がはめ込まれているだけに見える。そんな無骨な窓から月明かりの光が漏れているのは、なんとも不似合に思える。
窓越しにバルコニーが見えた。夜の闇に包まれたバルコニーに、一人の人影が浮かんでいる。
「あ、師団長がのんびりしてる。こんな事を話してるのを聞かれたら、いくら呑気な師団長でも怒るだろうから、黙っててよ」
「分かってるよ。で、師団長はのんびり温泉に入ってるのか、それとものんびりと風呂を覗いてるのか……?」
ブリーツが真顔で言った。
「……違うでしょ、師団長、いつも時々バルコニーでああやって鳩に餌付けをしているのよ」
サフィーは突っ込むのも馬鹿らしく感じ、さらりと流してとっとと話を進ませた。
「へえ……」
関心がないのか、うっとりしているのか。ブリーツは息を吐くように、そう相槌を打った。
「よくもまあ、あんなことを飽きずにやってられるわね。ま……気持ちは分かるけど。ここ、娯楽、無いし」
そんな会話をしつつ、二人がゆっくりと廊下を進んでいくと、ザンガ師団長は身を翻し、バルコニーを去った。
「師団長、満足したみたいね」
「丁度空いたところだし、俺達もちょっと行ってみようぜ、あそこから何が見えるのか気にならないか?」
「女湯は見えないわよ?」
「マジでか!?」
「……ボケてないで、行くんでしょ」
二人はバルコニーへと足を運ぶことにした。
「へえ、中々いい眺めじゃないか」
「師団長も結構気に入ってるみたいね。さっきみたいに鳩に餌付けしてる姿は、みんな、この場所で目撃してるわ。ここも鳩も、師団長はよっぽど好きなんでしょうね」
ここからみる、数々の巨木に囲まれた眺めは、夜といえど壮大だ。巨木に囲まれたティホーク砦は、天然の要塞だ。いかに
「へぇー……あれ? この羽、滅茶苦茶黒いなあ。随分と黒い鳩なんだな」
「いやいや、どーみても、烏とか別の鳥の羽でしょうが!」
「ああ、なんだ、やっぱり違うのか」
「あったりまえでしょ! ほら! これが見えないの!?」
サフィーは足元から、徐に一枚の羽を手に取り、ブリーツの目の前に突き出した。
「ああ、フツーの鳩の羽だな、うん」
その羽は、薄い灰色をしていた。鳩の羽だ。
「その羽が師団長が餌付けしてた鳩かどうかも分からないわよ。なにしろ、こんな草木に囲まれた天然の要塞なんだから、野生の鳩だって、野生のカラスだって、沢山居るでしょ」
「うん、そうだな」
ブリーツがこくりと頷いた。
「……はぁ。またつい本気で突っ込んじゃった……もう部屋に戻りましょう、寝たい」
サフィーは急にげんなりし、そう言った。
二人がバルコニーを後にし、自室に戻ると、幸いなことにサフィーはブリーツと二人だけの時間を感じる間もなく、ベッドに横たわってぐったりして、そのまま寝付いたのだった。
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