32.魔踊剣舞

「あった! 私のナイトウォーカー!」

「あっ、それ俺の!」

「どー見てもあたしのでしょ! あんたはまた機体ぶっ壊しちゃったんだから、適当なの乗りなさいよ!」

 格納庫内に、瓦礫の砕ける音に混じり、サフィーとブリーツ、二人の声が響く。

 壁は未だ引っ切り無しに崩れ落ちていて、コックピットへと続く木製の足場もいつ壊れてもおかしくない。危険な状況だ。


「……ちぇっ、いいもん。こっちの方が、そっちよりも強そうだもん」

 強いかどうかは、本当は定かではないが、危険でこれ以上探すことはできない。今だって、瓦礫が上からも横からも迫ってきて、ブリーツの近くを通り過ぎている。 瓦礫にぶつかったのであろう、倒れて、こと切れている人達も、そこかしこで目に入る。ブリーツは渋々、手近にあったリーゼに乗った。


「さてと、どうやって動かすんだろ、この子」

 ブリーツは、コックピットに座るなり、操縦系が微妙に違うことに気付いた。

「んーと……」

 傍らに備え付けられたポケットの中の、幾巻もある羊皮紙の巻物の一つを取り出すと、中を見た。中身はマニュアルと呼ぶには複雑で、機能や部位の詳細まで書いてあるみたいだ。

魔踊剣舞まようけんぶ……そうか、こいつ調整中だって言ってた……」

 ブリーツは更にポケットの中を探り、マニュアルと思しき一巻を取り出した。

「やっぱ、普通の機体じゃねーな……」

 マニュアルにも、パピルス紙ではなく羊皮紙が使われていることから、この機体が特別なものだということが窺い知れる。


 ブリーツが、座席の両側にある水色の球体に手をやると、それは発光し、少し間を置いた後、コックピットが明るくなった。

「動くぞ……これ……」

 ブリーツは自分の視野が広がり、感覚が鋭敏になるのを感じた。これはこの魔踊剣舞まようけんぶに限ったことではなく、殆どのリーゼに搭載されている、感覚強化呪文と、限定遠隔通話呪文の自動バフがかかったのだ。

「へぇ……ナイトウォーカーとは様変わりしてるけど、ナイトウィザードとは共通の部分が結構あるなぁ」

 ブリーツが、明るくなったコックピット内を、改めてまじまじ見た。特別機の先入観からか、何だかゴージャスに見える。


「さて、まずは脱出がてら、慣らし運転を……」

 ブリーツは覗きガラスの方を見た。その途端、自らの目に飛び込んで来た状況を見てブリーツは戦慄し、絶句した。

「え……?」

 赤く、黒い、巨大な人型の何かが、砦や格納庫に放置されているリーゼを破壊しながら、こちらへと向かってきている。まじまじと見ると、顔にはいくつも目があり、体は暗赤色の岩で構成されているように見える。

「うおっ! 何だ何だ!?」

 周りの格納庫の壁が、今まで以上に急速に崩れ落ちていく……いや、崩れ浮かんでいくと言った方がいいのだろうか。


「おいおい……」

 赤黒い人型は、予想以上の速さでこちらに向かっていていた。

「やばやばっ!」

 ブリーツは急いで魔踊剣舞まようけんぶの踵を返させ、赤黒い人型とは逆方向に走らせた。

「冗談じゃね……うわっ!」

 間近に迫っていた赤黒い巨人が魔踊剣舞まようけんぶに拳を振り下ろした。ブリーツは思わず回避行動をとり、赤黒い巨人の拳をサイドステップでかわした。

「おおっ! 神反応! この機敏さ、いい乗り心地じゃないか!」


 設計書らしき紙によると、装甲には主に虫の外骨格が使われているらしい。

大小様々な外骨格をいくつも張り合わせたそれは、手間やコストはかかるものの、金属を使った一般的なリーゼにも劣らぬ硬さがあり、そして、どんな金属よりも軽いと聞いたことがある。


「噂じゃ聞いてたけど、凄いな。自分の体まで軽くなったみたいだ……って、うおおっ!」

 赤黒い巨人との距離は徐々に離れていっているものの、なおもその拳は魔踊剣舞まようけんぶを捉えている。

「何なんだよこいつーっ」

「ブリーツ、大丈夫!?」

 サフィーの声が、ブリーツの耳に響く。

「大丈夫じゃねー! なんとかしてくれー!」

「やってる! けど、歯が立たないの! 全然……切れない!」

「うそーん! 誰か助けろー!」

 赤黒い巨人は、サフィーの攻撃など全く気に留めず、なおも前進をやめることはなかった。

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