31.離脱

「っしゃあ! とっとと逃げようぜ!」

 ブレイズは、WGウォーゴッドΣシグマの手を砦から抜き、もう片方の手の平で包み込むように、四人の頭上を覆った。

「ブレイズ! コックピットに寄せて! 二人もひとまずコックピットへ。流石に三人じゃ狭いから、私のとカノンのに分かれて乗りましょう」

「待って! 私達をそのまま格納庫に連れて行って!」

 サフィーが叫ぶ。

「おいおい、この状況で、まだここに留まってろってのか?」

 ブレイズの声を聞いて四人が周りを見ると、そこには多数のナイトウォーカーがWGウォーゴッドΣシグマを包囲していて、今にも攻撃しそうに構えていた。

「ゴタゴタしてるっていっても、敵の本拠地だもんね、そりゃ、そうなるわよね……」

 杏香の声色が緊張感を帯びた。


「お願い、私、どうしてもあそこに行かないといけない。そして……」

「悪いけど、一部始終を聞かせてもらったから、気持ちは分かるわ。でも、崩れかけてる砦にもう一回入るのは、いくら貴方達でも危険よ」

 崩れる砦、WGウォーゴッドΣシグマを取り囲むリーゼ。事態は急を要する。杏香はやむなく、サフィーの話を遮った。

「オレンジ髪さん、お願い、私……」

 杏香は、サフィーが困ったような目をして懇願する姿を見て、戸惑った。しかし、いくらWGウォーゴッドΣシグマでも、この状況で脱出以外の動きをしてしまったら危ない。それを分かってもらうためにも言葉を続けた。

「そ、それに、あいつらも、いつ攻撃開始するか分からないし……こうも敵機に囲まれてちゃあ格納庫までなんて……」

「オレンジ髪さん……」

 杏香には、サフィーの顔がますます悲痛に感じられたが、更に続けた。

「それに……それに、本当に行けるかどうかの保証は無いわ。格納庫の近くには、慌ててナイトウォーカーに乗り込んだ人達が大勢いると思うから、今よりももっと、包囲は固くなるはず」

「大丈夫、彼らはそんなにすぐには攻撃できない。師団長はもう、死んでる筈だから……」

「いやいやサフィー、師団長、自分が生贄になった後にもどーのこーのって言ってたじゃんか」

 ブリーツが言う。

「それでも……もしそんな状況になっても、私が止めるから……命懸けで止めるから!」

「でも……」

 あまりにも危険過ぎる。ここは敵の本拠地で、得体の知れない呪いも作動しているのだ。しかし……杏香の心は、その悲痛なまでの叫びと表情をさせているサフィーに打たれ、折れた。


「ふぅ……分かった。なら、もう何も文句は言わないわ。行きましょう」

「オレンジ髪さん!」

 サフィーの顔が、一気に明るくなった。

「いえ、一つだけ文句が」

 杏香が思い出したように言った。

「え……何? あたしに出来ることなら何でも……」

「名前で呼んでよ。あたしの髪は明るい茶色なだけでオレンジじゃないし、杏香っていう、ちゃんとした名前があるんだからさ」

 杏香が微笑みかけた。

「あ……ごめんなさい、杏香」

 サフィーがホッとしたような、申し訳ないような表情をした。それを見た杏香は、その様子がどことなく可愛く見えた。自然と唇が緩む。

「ありがと、早速の注文、聞いてくれて。よろしくね、サフィー」

「よろしく、杏香」

「あ、ちなみに、これ地毛だからね。育ちが悪いとか思わないでよ」

 杏香が言うと、サフィーは少し首を傾けにっこり微笑んだ。

「勿論」

「いや、その髪抜きで、十分育ちが悪いと思うが……コックピット、入らないのか?」

 ブレイズの空気をぶち壊す声が響いたので、杏香が苛立つ。

「あんたに言われたくないけどねっ! ……あたしが入ったら、カノンの方も頼むわよ」

 杏香はそう言いつつ、WGウォーゴッドΣシグマへと乗り込んだ。


「ふう。えっと……システムオールグリーン……外部出力マイクをONに……サフィー、聞こえる? 格納庫はどこ?」

 杏香はコックピットの乗り込むなり、慌ただしく動きながら言った。

「砦の右側面にあるわ! でっかい門があるから、すぐに分かるはず!」

「了解。カノンは乗った?」

「今、乗った」

 通信機から、カノンの声が聞こえる。

「よっしゃあ! 一気に行くぜ!」

 ブレイズはそう言うと、これ以上我慢できないと言わんばかりに勢いよくレバーを動かし、WGウォーゴッドΣシグマの踵部のブースターを全開まで吹かした。

「それが最上策ね。慎重に行ってたら、かえって状況は悪化するだろうし」

 杏香もブレイズに同意する。


 WGウォーゴッドΣシグマは砂埃を巻き上げながら、全速力で格納庫へと向かった。そして、それからサフィーが叫ぶまで、そう時間はかからなかった。

「えと……もうすぐ……あそこ!」

 サフィーの指差した先には、WGウォーゴッドΣシグマの膝くらいの高さの、大きな両開きの木製の扉があった。その隣には人間サイズの片開きの扉も存在している。


「よっしゃ、分かった!」

 ブレイズはWGウォーゴッドΣシグマのブースターを止めると、足を九十度方向転換させて地面に突き立て、踏ん張らせた。

 激しい砂煙が舞い上がり、WGウォーゴッドΣシグマの足裏部によって地面の削れる音が収まると、そこはもう格納庫の間近だった。

 ブレイズが手を地面に近付けると、サフィーとブリーツが立ち上がった。

「ありがとう杏香、それと、巨兵に乗ってる人達も!」

 そう言いつつ、サフィーはWGウォーゴッドΣシグマの手の平から飛び降り、ブリーツもそれに続いた。

「さ、あたし達は早くここから離れないと。もたもたしてたら完全包囲されるわよ」

 格納庫へと走り出した二人を、モニター越しに見ながら杏香が言った。

「おうよ! 二人共、舌噛むんじゃねえぞ!」

 ブレイズは、片足のブースターを吹かしてWGウォーゴッドΣシグマを逆方向へ方向転換させると、再びブースターを全開に吹かし、ティホーク砦から離れていった。

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