6.ランドワーム

「こいつの事かぁ……うーん……普通のリーゼに比べて妙に柔らくて、丸っこくて……まるで生きてるみたいだなあ」

 ブリーツが見ているのは、巨大で茶色い、ずんぐりむっくりな芋虫だ。芋虫には太い綱が巻かれていて、それに吊り下げられたプレートには、大きく「3」と書かれている。

「どう見ても生きてるでしょ! こいつは輸送用のランドワーム、どこをどう見てもリーゼじゃないでしょうが!」

 サフィーが全身全霊で、ブリーツに突っ込んだ。

「わかってるって、ちょっとボケただけだろう」

「あんたは普段からボケてるようなもんなんだから、区別がつかないのよ、馬鹿!」

 サフィーが顔を真っ赤にして怒っている。


「おや、サフィーちゃん、今日も賑やかだねえ」

「あ、ポールさん、こんにちは」

 獣使いのポールは、ブラシのような物でランドワームを懸命に擦っている。

 ブリーツは「精が出ますね」とポールに話しかけた。

「ここを発ったらずっと歩き通しだろうからね。待機中にこいつを綺麗にしとかないと」

 ポールはブラシをブリーツの方に見せながら言った。

「鉄のブラシ! プニプニのこいつをそれで磨いたら、穴が開きそうだな……」

「あんたね……」

 サフィーが呆れ返っている。

「はは、見た目は柔らかく見えるかもしれないが、ランドワームってのは、大抵の種は相当頑丈に出来てる。むしろこの弾力が衝撃を和らげるために大切なんだよ」

「何か、すいません、こいつのボケに付き合せてしまって……」

 サフィーは凄く申し訳なさそうに頭を下げた。

「いやいや、おかげで退屈しないで済んだよ」


「ポール、少しいいか?」

「おや、マクスン副師団長、何か御用ですかい?」

「すまん、少し探したいものがあってな」

「何番ですかい?」

「三番だ」

「三番で、了解しやした、ちっと待っててください」


 ポールはマクスンと、普段からやり慣れたように、流れるようなスムーズさで会話を進めている。


「いや、動かさなくていい、歩いて行こう」

「水臭いですぜマクスン副師団長、遠慮しなさんな!」


 そう言うとポールは、足早にランドワームの後ろに縄で括り付けられている車両へと向かって小走りに走っていった。


「うん……?」


 これまでテンポ良く会話が進んでいただけに、マクスンの戸惑いが目立って見えたブリーツだったが、マクスンが、やれやれといった様子で溜め息混じりに僅かにかぶりを振った様子から、それほどの異常事態ではないなと感じた。


 ポールはランドワームに括りつけられた車両の傍らに着くと、車両の側面に付いているコの字型の足場を登った。登り切って車両の一番高い所へと上がると、そこへ備え付けられている座席に座った。運転席だ。


 ポールが、ポールの目の前にある綱を掴み、上下に軽く振ると、ランドワームの無数の足が一斉に動き出した。


「相変わらず、ランドワームを走らせるのが好きなのだな、ポールは」

 マクスンは少し困った顔をした。

「見せたかったんですよ、マルゲリータが走る姿を。ブリッツに会うの、初めてだから」

「ああ、なるほど、そういえばそうだったな」

 サフィーの言葉に、マクスンは再び溜め息をつきながらも納得した。


 三人の目の前を、ランドワームの後に続く荷車が滑っていく。ブリーツは、ランドワームに括り付けられている運転席と、さらにその運転席から、連なるように連結されている荷車の数々を注意深く見た。

「前の二つは食料、後ろの二つは武器防具、そして真ん中、三番目のこいつが例の機体だ」

 中身が気になっていたブリーツを見かねたのか、マクスンが教えてくれた。

「二つは食料で、二つは武器防具、一つはリーゼってことか……へぇー、五つも荷車が付いてるのか、力持ちなんだな、こいつ」

 ブリーツが感心する。これだけの荷物を一匹で運べるランドワームは珍しい。

「現役の時は七つはいけたのよ。もう歳だから、力は衰えちゃったけど」

「そうなのか、凄えんだな……おっ、こいつか?」

 木箱が積んである荷車二つが通り過ぎ、台車の上に大きな布が被さっているだけの荷車が、三人の目の前に止まった。

 さっきの話ならば、この荷車にブリーツが乗ることになるリーゼが積んであるはずだ。

「そうだ」

 マクスンは、運転席の方に手を振りながら言った。その先にはポールが自慢げに手を振っている姿がある。

「行こうか」

 マクスンは、ブリーツを一別しながらそう言うと、布をくぐり、中へと入っていった。後からブリーツとサフィーも続く。


「へえ、これが……」

 ブリーツが感嘆の声を漏らした。ブリーツには、正直なところ、機体の全貌が見えないため、どんな機体なのかはっきりとは分からなかった。が、とにかく、この薄暗い中で見える灰色のボディーに、ブリーツは漠然とした期待を感じた。

「ナイトウィザード。近魔両用のリーゼだ」

「おおー、これに乗れば、君も今日から憧れの魔法剣士ってやつですか」

 魔法剣士という響きに、ブリーツは歓喜した。


「まあ、間違いじゃないわね。でも、それを期待したら残念な思いをするでしょうね」

 サフィーがいたずらっぽくブリーツに笑いかける。


「ん? どういうこった?」

「所詮は量産型だから、コスト相応の能力しかないのよ。近接戦闘を前提として作ってあるから足回りは割としっかりしてるんだけど、接近戦をやるにはちょっとヤワなのよね。魔法に関しても、一般的なものは一通り使えるようにはなってるけど、魔力コンバーターの性能が低くて大した威力が出ないのよ」

「へえー、でも思ってたより使えそうじゃんか。俺、ナイトウォーカー乗ってる時は、大概、剣とオーブを使ってるから、こいつとは相性がいいかもしれないぜ」

「ならいいけど……ナイトウォーカーに剣とオーブを装備させた方が、使い勝手は多分いいわよ」

「そ、そうなのか……?」

「そう。ちなみに、左手には付け替えできない人工水晶が備え付けられてるから、オーブは持てないわよ」

「右手にならオーブを持てるぜ」

「……あんた、剣が得意って言ってなかったっけ?」

 自信たっぷりに言うブリーツに、一瞬、自分が間違っているのかと思ってしまったサフィーだが、ブリーツの方が軽薄な考えをしているのだと考えると辻褄が合うので聞いてみることにした。


「ああっそうだった! オーブ使えねーじゃねえか!」

 ブリーツが頭を抱えて、荷車に覆いかぶさっているホロの方へと嘆いた。


「はあ……やっぱり考えないで言ってたのね。てか、右手に装備するにしても、それじゃあウィザードストライカーとか、ウィザードエンチャンターとかの、魔法特化型の下位互換になっちゃうわよ」

「なるほど、確かにな……こいつ、中途半端だなあ……」

 ブリーツはがっくりと肩を落とした。


「だから、最初からそう言ってるでしょうが! あんた何を聞いてたのよ!」

 肩を落としたいのは私だと言わんばかりに、サフィーが怒鳴る。


 サフィーのあまりの勢いにブリーツがたじろいだ時だった。外で強烈な爆発音が鳴り響いた。

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