5.チドゥチュ山脈

 チドゥチュ山脈中腹部、比較的開けたその一帯に集まりつつある一団があった。


「お疲れ様です、マクスン副師団長。惜しかったですね」


 赤いツインテールの少女、サフィーが言った。サフィーの長い髪は、この山の下手から吹き付ける風に、派手になびいている。


「いや、こいつの性能をもってしても、奴に有効打を与えられなかったよ。むしろ、撤退するのにすら必死だった」


 この一帯に集まる、ティホーク砦守備師団の副師団長、マクスンが言った。マクスンは、黒い髪に口ひげ、黒い鎧を纏っている。そして、自身と同じく、黒を纏った機体を見上げている。


「『縦横無尽じゅうおうむじん』の性能と、副師団長の腕でも無理だったんですか……とんだ化け物ね」


 ギャリソンキャバリアー『縦横無尽じゅうおうむじん』。肩部の魔力砲二門と、高位こうい魔具まぐ『フラムベルグ』を装備している。瞬発的な速度ならば風術ふうじゅつ推進ブースターを上回る性能の水術すいじゅつ推進ブースターも搭載している重機動型強襲用じゅうきどうがたきょうしゅうようのエクスリーゼだ。


「単騎での奇襲は思い通りいったんだがな、どうやら、こいつの火力や機動性でも、奴には傷一つ付けられないらしい。同等のリーゼが三機は欲しいところだが……」

「無理ですよね。こいつでさえ、高コストの特別仕様、エクスリーゼなんだから」

 緑の髪の青年が言った。リーゼの中でも、とりわけ強力な力を秘めたリーゼには、縦横無尽じゅうおうむじんなどの勲名が授けられ、リーゼの枠から外れた、格別に上等なリーゼ、エクスリーゼとされる名誉が授けられている。


 青年の髪は短髪で、サフィーほど派手ではないものの、やはり吹き付ける風になびいていた。


「ちょっとあんた! いきなり会話に入ってきて無理とは何よ!」

 緑髪の青年に向けて、サフィーの怒号が飛ぶ。


「んっ……おお、そうだ。申しわけありませんでしたマクスン師団長。新入りなもんで」

「いや、いい。ブリーツの言う通りだ。我々が保有している特別機は、こいつ以外には、砦にある未調整のが一体と、師団長の『泰然自若たいぜんじじゃく』しかないからな。特に、『泰然自若たいぜんじじゃく』は少人数で前に出るには向いてない機体だ。指揮官用の支援タイプとしてなら一級品なんだがな」

「それに、本人の性格が……あっ」


 サフィーは言いかけたが、すぐさま口に出すのをやめた。近くに人の気配を感じたからだ。サフィーが気配の方を振り向くと、申し訳程度に髪型を整えた白髪、白い口ひげに曲がった腰、そして、しわしわの顔がサフィーの目に入った。ザンガ師団長だ。


「おお、マクスン副師団長、今回は惜しかったのう」


 ザンガ師団長がゆっくりと話し始めた。その手には、細かく彫刻が施された精霊樹せいれいじゅの杖が握られている。


「これはザンガ師団長。ご苦労様です。自分は巨兵に傷一つ付けられませんでした、自分のリーゼの操縦技術の無さに失望するばかりです」

「よいよい、いつかは何とかなるじゃろう。それより、日が暮れるまでには、どこかに落ち着いた所にキャンプでも張って、ゆっくりしたいものじゃのう」


 ザンガ師団長はそう言うと、ふらふらとどこかへ行ってしまった。


「あれだもの……ね」


 サフィーは露骨には態度に出さないようにしているが、ザンガ師団長のことが、どうしても気に入らないのだ。


「平和そうな人だなあ、ああいう人も居た方が、場が和むんじゃないのか?」

「それが私達の砦の中では一番の決定権を持ってるから困るのよ! 戦闘に出ても、後方で支援しているだけで、自分は矢を二、三本打って終わりだし、日が暮れそうになると撤退するか、自分だけ帰っちゃうしさ」

「ハハッ! 正に泰然自若たいぜんじじゃくか、面白い人なんだな!」

「冗談じゃないわよ。マクスン副師団長が指揮すれば、あいつらだって、こんな所まで攻め入っては来なかったのに!」


 突如として始まった、テルジリア共和国の侵攻は、すでにティホーク砦にまで届こうとしていた。テルジリア共和国は、今回の戦いで、さらにティホーク砦への侵略を進ませてしまったことになる。


「俺とて、この師団を指揮する立場なら、こうは自由に動けまい」

「でも……マクスン副師団長みたいに自ら前線に出て戦う人、私は尊敬します!」


「サフィー、少し度が過ぎるんじゃないか? お前は誰への批判を言っているか、分かっているのか?」

 マクスンが言った。その眼は険しく、サフィーを睨み付けるように見ている。

「はっ……それは……申し訳……ありません」

 サフィーはこうべを垂れつつそう言った。


「えっと……ところで、俺の機体の替え、ありませんかね」

 少し物々しくなってしまった空気を感じつつ、ブリーツは恐る恐る話を切り出した。

「機体ならそれがあるでしょ、何のために修理してもらったと思ってるのよ」

 サフィーはブリーツのナイトウォーカーを指差しながら言った。右手に剣を持っているだけで、左手には何も装備していない。


「いや、想像以上に傷んでたらしくてさ、左の脚が、もう殆ど動かないんだ。さっきはオーブ中心で戦って誤魔化してたが……それも壊しちゃってさ」

「じゃあ歩けば? 私が助けなきゃ巨兵にやられてたんだから、命があるだけでもありがたいと思いなさいよ!」

 サフィーの苛立ちが大きくなる。


「いや、そう思いたいのは山々なんだが……いつ奇襲されてもおかしくないこの状況じゃ、機体がないとこの先の命の確保が出来ないだろ?」

「ふむ……もっともだな、だがオーブを持った機体となると……」

「何でもいいですよ。俺、剣が一番得意だから」

 剣を持っている機体なら、何か余っているだろうと思い、ブリーツは言った。

「えっ!? そんな格好してて、剣が一番得意なの!?」


 ブリーツは紺のローブを着て、片手には杖を持っている。サフィーが驚くのも当然なくらい、これでもかというくらいオーソドックスな魔法使いの衣装だ。


「生身とリーゼとは違うだろう。生身じゃ剣なんて使えないが、リーゼでは剣が一番得意なんだよ」

 ブリーツは、右手に持っている杖をブンブンと振り回しながらそう言った。

「うーん……生身で剣が苦手なのは、見てて分かるけど……」

 サフィーは半ば馬鹿にしたように、苦笑しつつ言った。

「生身の俺は、魔法特化だからな! ほれファイアーボール!」

 ブリーツが自慢そうに杖を一振りすると、杖の先に炎の玉が現れた。ブリーツはそれを下に向けて飛ばすと、飛ばされた火の玉は、地面に当たってはじけ飛んだ。

「どうだ?」


 ブリーツは、ファストキャスト、つまり略式の呪文を唱えてファイアーボールを撃ったのだ。

「ファストキャストのファイアーボールかぁ、基本はできてるみたいだけど……てか、足、大丈夫なの?」


 サフィーの言葉を聞いたブリーツが足元に視線を移すと、左足の先に火がついていた。さっきのファイアーボールの炎が引火したんだろう。

「うわっ! あっち、あっち!」

 ブリーツは、慌てて足をバタバタさせた。

「ふむ……それなら向いてそうなのが一体あるが……」

 マクスンは、そんなブリーツの姿を見ながら、気が進まなそうにそう言った。

「あの半端機体の事ですか……確かに、誰も乗りたがらないから余ってるわね。まあ、無いよりかマシだと思うけど?」

「あるのか!? 何でもいいから乗せてくれ!」

 ブリーツがせかすとマクスンはこくりと頷き、体を翻して、その機体の場所へと歩き出した。

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