16.カースドアーティラリー
「フフフンフンフンフンフーンフフフフフフーーン」
鼻歌混じりの杏香の頭に、熱いお湯が降りかかる。そのお湯は、杏香にとっては少しばかり熱過ぎるが、テント同様、シャワーも簡易的なものなので、温度調節が難しいのだ。これ以上温度を弄ったら、熱くなりすぎるか、それとも冷たくなりすぎるかの両方なので、杏香はこの温度で妥協している。
杏香は頭についたリンスを流しきると、体全体に、もう一度シャワーのお湯をかけて流し、相変わらず鼻歌混じりに脱衣所へ出た。
脱衣所で体を拭き、暗殺者の一件でボロボロになったTシャツとキュロットスカートのかわりの、薄手の白いワンピースに着替えると、シャワー用のテントを出た。
「はあ、涼しいわ」
外は、日本の一般的な四季で例えるなら、夏が終わり、秋に入る時期くらいの気温だろうか。薄手のワンピースだと、吹く風が少し冷たいが、その冷たさが心地良い。
とはいえ、湯冷めも心配なので、杏香は寄り道せずに、さっさと自分のテントへと向かった。
「あー、いい湯だった」
自分のテントに着いた杏香は、そう言って気持ち良さそうに椅子に体を預けた。
「杏香、風呂、長えよ」
ラジオでサッカーの実況放送を聞きながら、椅子でぐったりとしていたブレイズが言った。
「今日、埃っぽかったでしょ。ちょっと念入りに洗っててさ」
「にしても頭洗いすぎだろ、水が勿体無えよ」
「髪には拘ってるのよ。少しくらい長かったからって、ぐちぐちうっさいわよ」
「杏香の髪……さらさら……」
カノンが、杏香の髪に手を伸ばしながら言った。杏香はカノンの方へと少し顔を寄せ、触っていいという合図をした。
カノンは僅かに微笑んで、慎重に杏香の髪を触りはじめた。
「なんだよ、女同士で密着しやっがって、イチャイチャイチャイチャとよー……てか、そんな長い時間、ゴシゴシ頭洗ってたらハゲるぞ?」
「ハゲないわよ! 大体、女性に向かってハゲって、あんたにはデリカシ……うん? ちょっと待って。ブレイズさ、どうして念入りに頭洗ってたこと、分かったの?」
「うん……?」
「あ、言葉に詰まった」
杏香がブレイズの停止してしまった頭に、すかさず突っ込んだ。
「……あ、そうだ。俺もちょっくら風呂に入ってくるわ」
「おい……ちょっと待て」
テントを去ろうとするブレイズに、杏香は素早く近寄り、後ろ襟を掴んだ。
「……自業自得」
カノンがぼそりと言った。
「どこからどこまで覗いてたのか、白状してもらいましょうか」
杏香はそう言いながら、ブレイズの後ろ襟をぐいっと引っ張って自分の方へと引き寄せると、今度は左手で喉輪をし、ブレイズの首を絞めはじめた。
「ぐえええっ! ま、待て、話せば分かる!」
ブレイズがもがき苦しんでいると、突然、けたたましいサイレンが辺りに響き始めた。
「ぐえええ……おい杏香! なんか鳴ってる、鳴ってる!」
「何!?」
杏香が腕を緩めると、ブレイズはゴホゴホと咳をした。
「緊急スクランブル……敵が攻めてきたの?」
杏香はポケットから取り出した携帯端末の画面を見ながら言った。
それによると、ティホーク砦の勢力は、すぐそこまで来ているらしい。
「あれが
歩行中のナイトウィザードに乗ったブリーツが、感嘆の声を上げた。
ブリーツの視線の先には大砲の形をした巨大な金属の塊が、遥か彼方の丘の上にあるというのにもかかわらず、はっきりと見えている。
紋章は表面だけでなく、内部の見えない部分にも、びっしりと刻まれているらしい。これだけ大掛かりな装置なら、テルジリア共和国のベースキャンプにも届く筈だ。
「届かないわよ」
サフィーがさらっと否定した。
「なぬっ!? だってこういうのって、ドバーって打って、艦隊に穴を開けたりさ」
ブリーツが狼狽しながら言った。
「漫画の見過ぎ! ……まあ、艦隊に穴を開けるって所は間違ってはいないけど、それには私達が誘導しないと」
「誘導……ですか」
「まさか、
「ままままままっまさか、そそそんなことはお、思って無いですよよよ」
「……なにも言わなくていいわよ。分かり易過ぎるから」
「分かり易いか。ならしょうがないな!」
「開き直るな!」
「いやな、俺のナイトウィザード、早速ガタがきてるんだよ」
「ガタっていうか、あんたがまた派手にぶっ壊したせいでしょ、それは」
「そうなんだ。もっとぶっ壊れてくれれば、また新しい機体に乗れるんだが……」
「あんた……最低」
サフィーの汚いものでも見ているかのような視線が、ナイトウォーカーの覗き窓など余裕で貫通してブリーツに刺さる。
「な、何て目で見るんだよサフィー。悪かった、俺が悪かった。さっき言ったことは撤回する。俺だって出来る限りこいつで頑張るつもりだが……継ぎ接ぎだらけで、無理したら壊れちまうんだよ」
「その辺は私がフォローしてあげるから、わがまま言ってないで長持ちさせなさいよね」
「はいはい、分かりましたよ」
「返事は一回!」
「……はい」
ブリーツが投げやりな返事をした時、後ろからマリーの声がした。
「ブリーツーっ!」
ブリーツが振り向くと、マリーのリーゼが手を振っていた。
「マリーか」
「ウィザードエンチャンターね」
「今回の作戦だと、補助魔法が重要になるからって、これに乗れって言われたんだ」
「そうなのか。羨まし……いや、いい機体じゃないか。しかも新しそうだ」
「うん。この作戦のために新調したんだって」
マリーはウィザードエンチャンターをくるりと回転させて、その新品ぶりをブリーツに見せつけた。
「逆に言えば、これが届いたから、この作戦がやれるようになったのよ」
サフィーがマリーの言葉に補足した。
「なるほど、大盤振る舞いだな」
「そうでもないわ。マクスン副師団長は、今回は
「そうなのか。
「みんなも「
「ああ、だからあんなに前にアーチャーウォーカーの集団がいるのか」
防衛作戦に適しているのは、アーチャー系のリーゼだ。弓の弾幕は、防衛対象に近づけさせないようにするのにはうってつけだ。
「そう。……あ、始まったわね」
三人がアーチャーウォーカーの集団い目を向けたところで、タイミング良く、アーチャーウォーカーの集団がロングボウを上に向け、発射しだした。
「あ、始まった。じゃあ、そろそろ魔法使いも準備しとかないとだから、私、行くね」
マリーはそう言って機体の歩行速度を速めた。
「分かった。敵が来たら、私が守るから」
サフィーがナイトウォーカーの右腕部でガッツポーズを作ってマリーに見せる。
「あの、俺も魔法使いなんですけどー」
しれっとそんな事を言うブリーツに、マリーは「補助魔法が得意じゃなきゃ駄目だよ!」と返しながら、ウィザードエンチャンターのブースターを吹かし、同じウィザードエンチャンターの集まりつつある集合場所へと向かわせた。
「おーい! 補助魔法も使えるぞー! ……一応」
「いや、最後の一応って何よ! てか、そもそもあんたは機体が補助魔法特化じゃないじゃない!」
「えー、じゃあ俺もあっちの機体がいいなぁ」
「なーにが『じゃあ』よ。最初に何でもいいって言ったのはあんたでしょうが。しかも、また壊しちゃったでしょ! そんな人に新機体は回せないわよ!」
所々継ぎ接ぎになっているナイトウィザードを見ながら、サフィーが言った。
「……にしても、師団長は相変わらずね」
ザンガ師団長は、自身のリーゼも弓を持っているのにもかかわらず、相変わらず、たまに補助魔法をかけているだけだ。
「さ、そろそろゼゲが矢の雨を突破してくる頃よ。私達もアーチャーの前に出る準備をしましょう」
ブリーツとサフィーは機体を弓を射っているアーチャーウォーカーの近くへと移動させ、アーチャーウォーカーのすぐ後ろについた。
そして暫くの後、激しい弓の雨を突破することができた幸運なゼゲ達を、二人は捉えた。
「来たな」
「前に出るわよ」
ブリーツが呪文を詠唱し始め、サフィーは前に出てゼゲを迎え撃つ。
「……
ブリーツのファイアーボールがゼゲに命中した。集中してフルキャストすれば、ゼゲくらいにならファイヤーボールで有効打は与えられる。
「おし、まず一体撃破!」
ブリーツが喜んでサフィーの方を見ると、サフィーのナイトウォーカーの周りには三体のゼゲの残骸があった。
「う……や、やるじゃいかサフィー」
「ふふん、どこぞのエセエースとは違うのよ!」
「へいへい、エセエースは本物エースの後ろでちびちびやりますよ」
そんなやりとりをしつつ、サフィーが十数体、ブリーツが五体のゼゲを撃墜した頃、伝令係の声が戦場に響いた。
「あと十三分で
その声を合図に、アーチャーウォーカー達は弓を打つ頻度を低くし、一斉に移動し始めた。
「来たわ。私達も移動するわよ」
「ああ、了解だ」
サフィーとブリーツも
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