42.一旦の終了

「あら、久しぶりね、お二人さん」

 二人が近寄ると、杏香が言った。

「久しぶり、杏香」

「久しぶり、オレンジ女」

 二人もそれに答えた。

「……ブリーツ、あたしの名前、知ってるのよね?」

 杏香が不満そうな顔をした。

「うん? 当然だろ、知ってるよ」

 ブリーツはさらりと言った。

「……」

 杏香がなおも不満そうな顔をし、それに加えてじとりとした視線も向けた。

「どうしたオレンジ女、俺と分かれるのがそんなに辛いのか?」

 ブリーツがさらりと言った。

「……何でもない。もうそれでいいや」

 杏香が項垂れ、うつむいてかぶりを振った。


「ごめんね、こいつ、意外と鈍感なのよ」

 サフィーが気の毒そうに苦笑いした。

「いいわ、もう。……それよりサフィー、酷い怪我だけど……」

「死ぬよりはマシよ」

「ごめんなさい、そんな体なのに見送りに来てもらっちゃって」

「それは言いっこなしよ。杏香が見つけてくれなかったら死んでたんだから、これくらい当然よ。それにしても、こんなに早く、こうしてお互い話せるようになるなんて思わなかったわ」

「この戦いを仕組んだ張本人が行方不明なんだ。そりゃ、こうなるだろ」

 ブレイズが言った。

「そんな単純な話じゃないわよ。まあ、あんたに言っても分からないでしょうけど」


「行方不明か……」

 サフィーは遠くを見つめるように、そう言った。

「不本意でしょうね、あの爺さんのこと」

「ううん、ここまで関係が回復したんだから、それで十分よ」

 サフィーはかぶりを振った。

「とはいえなあ、俺も目の前で生贄になったって言ったんだけどな……俺って信用無いのかなあ……」

 ブリーツが項垂れた。

「あら、今頃気付いたの?」

「なるほど鈍感だわ」

 サフィーに続いて杏香畳み掛けるように言った。

「あーっ! 二人共ひっでー!」


「俺は信じてるぜ、この三人が見たって言ってるんなら間違いねえ!」

 ブレイズが爽やかに微笑んだ。

「おおっ! やっぱり拳で語り合った仲だ、話が分かるぜ兄弟!」

 ブリーツはブレイズに抱きつこうと、ブレイズに向かって思いきり飛び込んだが、ブレイズは少し横に移動し、それをかわした。

「……気安く触んじゃねえよ。ナヨナヨが映る」

「えーっ! やっぱり酷え!」


「ま、ブレイズがいくら言ったところで、あたし達三人の話だけしか証拠が無いんじゃ、どうしようもないのよ」

 杏香が言った。

「といっても、そっちには、あの時に戦闘に参加してた大勢の証人が、こっちにはWGウォーゴッドΣシグマのレコーダーがあったから、大概の部分は大丈夫だったんだけどさ」

 杏香が続けて言った。

「ええ、少なくとも、こうやって和解ができるだけの証拠はあったんだから、それで良かったんだと思う」

「まあ、そんなの無くても終わってたかもしれないけどな。お偉方の間では、ティホーク砦にいつまでも戦力やら財政を裂いてられないから、そこでバナナの叩き売りでもしようって話になってたみたいだしな」

 ブリーツは両手を頭の後ろで組み、気楽そうに言った。

「はいぃ?」

 サフィーは、突っ込むのも面倒くさいらしく、気怠そうに一言発した。

「冗談なのか例え話なのかややこしいブリーツの話は置いといて、要はティホーク砦の叩き売りね。そんなに欲しけりゃ売り渡しちゃおうって。まあ、こっちはこっちで、チドゥチュ山脈を越えた頃には予想以上に戦力を消耗してて、あたしの侵入作戦が上手くいかなければ撤退も考える状態だったみたいだけど」

 杏香が言った。


「お互い疲弊してたのね……」

 サフィーは考え込むように、そう言った。

「最初から意味の無い出費をしてたとも言えるけどね。あの爺さんが居なけりゃ、起こるはずの無い戦いだったんだから」

「うーん……ますますザンガ師団長の踝の上で踊らされてた感が……」

「手の平の上ね」

「そうね」

 ブリーツの言ったことを杏香が無機質に訂正すると、サフィーも当然の如く、こくりと頷いた。


「多分、この結末も師団長にはある程度予測できてたんでしょうね」

 サフィーはそれ以上ブリーツには構わずに続けた。

「この結果を見ると、そうとしか思えないわね。ありもしない争いの火種を作って、お互いの飢餓感を煽り、挙句の果てにはWGウォーゴッドΣシグマを燻り出した」

「気が遠くなる話だなぁ、そのお膳立てをしつつ、呪いもきっちりこなしてたんだろ。しかも、表には出さずに」

 ブリーツは空を仰ぎ見ながら、そう言った。

「誰にも心を開くことはせずに……ね……」

 杏香の顔が一瞬曇ったが、すぐに首を振り、気分を変えて続けた。


「さて、ブレイズの頭が爆発しそうだから、この話題はここまでにしましょうか」

「おう、気が利くな杏香!」

「……あんたには自尊心ってものは無いの?」

「あるぜ、俺は喧嘩じゃ負けねえ。例え負けたとしても、気持ちだけは絶対に負けねえ!」

「そうじゃないんだけど……ま、ブレイズはそれでいいのかもね……っと、電車が来たみたい。カノンは頼んだわよ、ブレイズ」

「え……ちょ、ちょっと待てよ」

 さっさと電車の方へと向かってしまった杏香を、ブレイズは慌てて追いかけた。


「残念だけど、時間よ。大丈夫。おまじない、してあげたでしょ」

「それはそうだが……いや、そうだな! カノンは俺が命に代えても守ってみせる。だから、杏香は安心していいぞ」

 杏香がその言葉を聞くと、自然と涙腺が緩み、目を潤んだ。

「……ありがと、頼もしいわ」

 杏香はそのことをブレイズに悟られないように注意しつつ、言った。そして、二人は少しの間見つめ合った。

「タイムリミットね。じゃあまたね、ブレイズ」

 ドアが閉まり始めると、杏香が言った。

「ああ、またな、杏香」

 ブレイズが言い終わるか終らないかのうちに、ドアは完全に閉まった。


「行っちまうな」

「そうね」

 そんな様子を、ブリーツとサフィーは遠くから見守っていた。

「杏香ぁぁぁ!」

 電車が走り出すと、ブレイズは思わず走り出した。

「あの二人、再開できると思うか?」

「できるわよ、きっと」

「いい関係だもんな、勿体無いよな」

「そうね」

 ブレイズが電車を追いかける様子を見ながら、ブリーツとサフィーはそんなことを話し始めた。お互いが自然と寄り添っていることには、まだ気付かずに。

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マスカレイド@異世界現代群像のパラグラフ 木木 上入 @kikifunnel

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