41.結末

「……本当に行っちまうのか、杏香?」

 ガタゴトと電車の音が飛び交う中で、ブレイズが少し淋しそうに言った。

「ええ、カノンもああなっちゃったし、Σシグマも損傷が激しくて当面は動けないだろうから、私のやるべきことも無いでしょ」

 杏香が言った。カノンの意識は未だに戻っていない。命には別条は無いと医師は言っていたが、意識がいつ戻るかは、医師にも分からないのだそうだ。

「もう少しゆっくりしていけばいいんじゃねえか?」

「気持ちはありがたいけど、これに乗らなきゃ野宿する羽目になるから」

 次の電車が来る頃には午後になってしまう。そうなったら、まだ電車のある時に宿泊先まで着けるか分からなくなってしまう。


「マズローの野郎はどうするんだ?」

「報告はきっちりしておいたんだから、後はお偉方が何とかするでしょ」

「属性弾の在庫、あれ、杏香以外に使えないだろ」

「それは今回発生したイレギュラーの分の手当てとして強請ったら、くれたわ」

 杏香は肩から下げたケースを軽く叩いた。そのケースの中には属性弾が目一杯入っている。

「む……抜け目ねえな」

「こっちはフリーターなんだから、少しでも節約しとかないとね」

「じゃ、じゃあよお……そう、俺の訓練相手はどうすんだよ?」

「そんなくらい自分でどうにかしなさいよ。その為だけに残るわけないでしょ」

「じゃ……じゃあよ……じゃあ……うっ……うわーん! 淋しいじゃねえかよ! 杏香が居なくなると!」

 ブレイズは号泣しながら豪快に杏香に抱きついた。

「だあっ! いきなりメソメソして抱きつくな! 気色悪い!」

 杏香はそんなブレイズの頭を一発殴った。ブレイズはたまらず両手で頭を押さえた。


「いってててて……ううっ……」

「最後くらいはビシッと決めなさいよ、だらしないわねー……」

「杏香……うん?」

 ブレイズは何か言おうとしたが、口をつぐんだ。杏香に意識を逸らされたのだ。ブレイズの頬には、杏香の唇が触れている。

「杏香?」

 杏香はゆっくりと、ブレイズの頬から唇を離すと、一呼吸置いて口を開いた。

「お別れのキッスよ。古代ヤーマ文明のおまじないでね、右のほっぺたにキスをすると、例え遠く分かれても再開できるんですって」

「杏香……」

「カノン、頼んだわよ」

「……ああ、カノンは俺が命に代えても守って見せるぜ!」


 そんな様子を遠くから眺めている二人の姿があった。

「杏香とブレイズか……」

 サフィーの唇は、僅かに緩み、口角が少しだけ上がっている。

「どうした、急にしみじみしちゃって」

「ああいう関係っていいなあって思ってさ……」

「そうなのか? じゃあ……」

 ブリーツは徐に唇を突き出した。

「そうじゃないっつの!」

 サフィーはブリーツの頭を殴った。

「どわっ! こっちのことだったか……」

「そうでもない!」


「よくもまあ、そんな包帯だらけのミイラ女みたいな恰好で殴れるよなぁ」

 ブリーツがサフィーに殴られた部分をさする。

「青痣だらけのあんたに言われたくないわよ」

 サフィーはブリーツの方をちらりと向き、さらっと突っ込んで、再びブレイズと杏香に視線を戻した。杏香達を見ながらも、更に喋る。

「……ま、あんたみたいにヤワには出来てないからでしょうね。でも、あの時は死ぬかと思った……ってか、死んだかと思ったわよ、実際」

「あの後オレンジ女が見つけてくれなけりゃ、死んでただろうな」

「でしょうね。あんた達が殴り合ってて良かったわ。杏香が暇じゃなかったら、今頃は天国に行ってる所よ」

「て……天国……!?」

「……何が言いたいの?」

 サフィーのじとりとした視線がブリーツに刺さった。頭の中に「じ」の付くものが浮かんだなんて、口が裂けても言えない。ブリーツはそう思って、言いたい気持ちを必死にこらえた。

「じご……いえ……何でもありません。てか、俺達も見送りに来たんだし、行かなくていいのか?」

「それもそうね、あっちの会話も一段落したみたいだし、行きましょうか」

 二人はブレイズと杏香の元へ歩を進めた。

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