40.眠り姫

「どういうことだよ、こりゃあ……!」

「見ての通り……だ」

 ブレイズが魔踊剣舞まようけんぶのコックピットを覗くと、そこにはブリーツの膝に横たわってぐったりしている、カノンの姿があった。

「説明してもらおうか、ブリーツ!」

 ブレイズが怒り狂い、ブリーツの胸ぐらを掴んだ。

「俺にも分からない。ただ、魔力が消耗しきってるってのは、何となく分かる」

「魔力が消耗しきってるから何だってんだ、コラァ!」

「落ち着いて、ブレイズ!」

 今にもブリーツに殴りかかりそうになっているブレイズを、杏香がたしなめた。

「これが落ち着いてられるかよ!」

「ブレイズ、カノンは今、危険な状態にある。すぐに処置が必要だわ」

 杏香がカノンの顔色を観察して、そう言った。

「じゃあ早くしろよ!」

「あたし達には出来ないわ。ちゃんとした施設と、専門の医者が居ないと……」

「じゃあ、さっさと……!」

「だから、こんな事してる暇無いんだって!」


 杏香とブレイズの言い合いを止めたのはマクスンだった。

「俺が運ぼう。この中では、俺の縦横無尽じゅうおうむじんが一番足が速い」

 マクスンが言うと、杏香は一言「お願い」と言って、ブレイズとブリーツに、コックピットの前からどくようにと、手を一回降ってジェスチャーした。

「任せておけ」

 マクスンはそう言うと、カノンの体を抱きかかえ、縦横無尽じゅうおうむじんへと向かった。


「ふぅ……」

 少し熱くなり過ぎた事を、杏香は反省した。

「杏香! 何か知ってるなら話せ!」

 ブレイズは、なおも怒号を上げている。

「多分、魔力を使い切ってしまったのよ。自分の体を維持する分まで、全て」

「理由にならねえ。俺だって杏香にだって、魔力は無えだろう?」

「魔法が使えないだけよ。魔力自体は誰にでも宿っているものなの。生まれた時から機械に囲まれて過ごした人は、魔法使いの資質が無かったり、魔力が少なかったりするから魔法が使えないだけなのよ」

 ブレイズは怒りの表情を浮かべながらも、黙って杏香の説明を聞いている。

「体を維持するのにどれだけの魔力が必要なのか、どれだけ個人差があるのかは未だに分かってないし、カノンの場合、機械文明の栄えている地域で生まれたのにもかかわらず、膨大な魔力を抱えてる特異体質だから、なおさら原因は分からないのよ」


「……くそっ! 良く分かんねえが、お前、カノンの側に居たんだよな?」

 ブレイズはブリーツを睨んだ。

「言いたいことは分かる。だけど……あの時はそうするしかなかった」

「どういうことだ?」

「感じたんだ。なんとなく。彼女の意思を。魔力が尽きれば死ぬかもしれない。でも、あれを止められるのは自分しかいない。だから絶対、離しちゃいけないって……本当に何となくだけど、彼女の体を通して、俺はそう、感じ取ったんだ」

「……」

 ブレイズはそれを聞くと、沈黙した。杏香は何も言わず、ブレイズとブリーツを見守っている。

「……なるほど、分かった」

 暫くの静寂の後、再びブレイズが話し始めた。

「お前がそう感じたなら、そうなんだろう。ああなったのが、カノン自身の意思なら、俺は何にも言うことは出来ねえ」


「落ち着いたみたいね。じゃ、Σシグマへ戻りましょう」

「いや、俺はこいつと話があるんだ。杏香は先に戻ってろよ」

「ブレイズ……変なこと、考えてるんじゃないでしょうね?」

「馬鹿言え」

「ならいいけど……じゃ、あたしは一足先に戻ってΣシグマの調子を見るわ。損傷具合によっては、帰るのに相当時間がかかるだろうしね」

「ああ、そうしてくれ」

 杏香はブレイズの方へ向けて軽く手を上げながら、WGウォーゴッドΣシグマの方へと向かった。

「さてと、俺達も行こうぜ。ここじゃあ落ち着いて話が出来ねえ」

 ブレイズが魔踊剣舞まようけんぶのコックピット脇から降り、ブリーツもそれに続いた。


「やれやれ、派手に暴れたもんだぜ」

 ブレイズが辺りを見渡しつつ、言った。

 木々は倒れ、草は削れて地肌が見えている。

「全くだなあ、これじゃまるで焼け野原だ」

 空の夕焼けとも相まって、ブリーツには尚更そう見えた。

「ああ……リーゼのパイロット。てめえ鍛えてねえ体してんだな、肉食ってトレーニングしたほうがいいぞ」

「あんたが巨兵のパイロットだな……巨兵も近くで見ると、今にも踏み潰されそうでおっかなかったが、あんたもムキムキで、何だか怖そうだなあ」

 というか、あの時踏み潰そうとした張本人は、絶対こいつだろ。と、ブリーツは心の中で呟いた。

「ああ、その通りだ!」

「ぐおっ……!」

 ブレイズは、ブリーツの右頬を思いきり殴った。


「怖そうなんじゃねえ。今の俺は怖えぜ……!」

「いててて……」

 ブリーツは、そう言いながら立ち上がった。

「悪いな、カノン自身の意志でやったってことは分かってるし、お前だって、できりゃ止めたかったってことは分かってるんだがな……こうしねえと怒りが収まらねえんだ!」

 ブレイズは、今度はブリーツの左頬を殴った。

「ぐっ……まぁ……当たり前だよな……いいぜ! もっとぶってくれ!」

「へ……見かけによらず、いい度胸じゃねえか!」

 ブレイズは更に右頬を殴ると、続けざまに左頬も殴った」

「ぐああっ……! ほ、本当に遠慮なしだな、おい」

「当たりめえだろ、怒りを収めるためにためにやってるんだからよ。ほれ」

 ブレイズが頬を突き出した。

「な、何だよ、急に、照れるな……」

 ブリーツは徐に目を閉じ、唇を突き出した。その瞬間、ブレイズの拳がブリーツの後頭部にヒットした。

「違えよ! 俺を殴ってくれ」

「……はい?」

「こんなことしなけりゃ、怒りを発散できねえ俺を殴ってくれって言ってるんだ!」


「ほほう……いいぜ、そら!」

 ブリーツは突き出された左頬を殴った。

「ぐっ……思ったよりはいいパンチだ!」

「へへ、今までの色々な恨みがこもったパンチだぜ。さて、これでお互い……」

「だが……!」

 ブレイズはお返しとばかりにブリーツの左頬を殴り返した。

「ぐわ! え……ちょっと、聞いてない……」

「もう一回だ! 俺を殴れ!」

「いや……でも殴ったら、お前さ……」

「何やってんだ! 来ないのならこっちから行くぜ!」

「ええっ!? ……わがままだな……」

「うん……?」


「こっちにだってね、失った人が居るんだよ!」

 ブリーツは思いきり、ブレイズの顔を殴った。ブレイズはその衝撃で崩れ落ちた。

「ぐ……」

「悲しいのは、あんただけじゃないんだ」

「……そいつは悪かったな。さっきのパンチ、ずしっと効いたぜ」

「だろ? こう見えて格闘も得意なんだ」

 ブリーツはシャドウボクシングをしてみせた。

「……さまになってねえなあ、おい」

「あんたの言った、トレーニングが必要かもな。付き合ってくれるかい? 殴り足りないだろ、あんたも」

「へっ……勿論だ! いいぜ!」

 ブレイズは立ち上がり、拳を構えた。


「あちゃー……やっぱり変なこと考えてたか……こりゃ、帰る頃には完璧に夜になりそうね」

 遠くからそれを見つめていた杏香が嘆いた。

 燃えるような夕焼けを背にして、二人の殴り合う音は荒れた森の中に響き続けたのであった。

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