38.サフィー
カノンにとって、リーゼへ搭乗するのは初めてだった。コックピットの、そして機体の全体から魔力を感じる不思議な感覚に、カノンは包まれている。
ブリーツが触れている水晶球のような物体からは、特に強力な魔力が流れていることが、普段、魔力に触れる機会が無いカノンにも分かる。
「しっかり掴まってろよ……そう、胸をぎゅっと寄せて……」
「こらーっ! そんな小っちゃい子を誑かしてるんじゃないの!」
ブリーツの耳に大音量のサフィーの声が響いた。
「はいはい……」
「そろそろ来る頃よ」
胸部ガウスガドリングと肩の榴弾砲で瓦礫を打ち落としながら杏香が言った。
「各機、例の攻撃に備えろ……いや、様子がおかしい……」
マクスンの声を聞き、誰しもが七つ目の方を見た。
そこには、先程の瓦礫の塊ではなく。いや、四つん這いの、やはり瓦礫の塊がそこにはあった。瓦礫の塊を支えている手足も相当太く、辛うじて動かせる程度に見える。
「うーん、四つん這いとは。どことなく変態チックな……」
「あ、あんた、何想像してんのよ……」
サフィーは軽蔑するように、低い声でブリーツに突っ込んだ。
「想像じゃない! 感じてるんだ……!」
「来るわよ!」
ブリーツの声を、杏香の声が遮った。
七つ目は、その手足をばねにして大きく跳び上がった。
「狙いはこいつか! いいぜ! かかって来いよ!」
「馬鹿! 出来るだけ遠くに逃げるのよ! この至近距離じゃ、いくら
杏香は急いで
「我々もだ! 各機散開しつつ、七つ目から可能な限り遠くへ退避しろ!」
マクスンの怒号がそれぞれの耳に響く。それぞれが七つ目から離れだした頃には、七つ目は既に落下状態に入っていた。
「これが限界ね……ブレイズ、防御態勢とるわよ!」
「おう!」
「うおおおっ!」
「ぐ……何て衝撃……」
ブレイズと杏香が思わず声を上げる。七つ目から放たれた無数の瓦礫が、次から次へと
「盾が持たねえ!」
「仕方ないわ、立ってかわしましょう」
「やるしかねえな!」
激しく揺れるコックピットの中で、二人は注意深く、飛び交う瓦礫を見ながら
「図体が大きくたって、機動力は
杏香がブースターを吹かせると、それの噴出音が辺りに激しく響いた。
「
「ぐわ! ……っと、危ない危ない」
「……当たった」
ブリーツの肩にしっかりとしがみ付きながら、カノンが言った。
「直撃しなければ大丈夫だって。そのくらい大目に見てくれよ。とはいえ、掠った程度でも、結構なダメージはあるらしいな」
肩の一部が抉れている。これが直撃していたら、恐らくブリーツ自身も命は無いだろう。
「情けないわね、特別機に乗ってんのに。私なんて量産型のナイトウォーカーよ」
サフィーが言った。
「サフィーみたいな部隊のエースとは違って、こっちは他部隊から転属したばかりの新人でね。こんな機体に乗ってても、避けるだけで精一杯……うわっ!」
巨大な、まるで壁のような瓦礫の塊が、
「くそっ……んなろーっ!」
ブリーツは
「うおおお……っしゃあ!」
「ブリーツ! まだ!」
「ぐうっ!?」
ブリーツは、自分がたった今回避した巨大な瓦礫から目を逸らし、さらに奥を見た。そこには、大きさは小ぶりだが、最早、避けきれない程ブリーツの
「無理だろこれ……!」
「この……のろまっ!」
サフィーの声が聞こえるのと同時に、ブリーツは激しい衝撃を感じた。
「ぐわっ……サフィー、お前!」
ナイトウォーリアが
「きゃぁぁぁぁぁぁ!」
ブリーツは、遠ざかる景色の中に、赤黒い瓦礫がナイトウォーカーに激突する瞬間を見た。
「おい! サフィー!」
ブリーツは機体を飛ばされた方向とは逆に向け、再びブースターを噴出した。瞬発力の高い、ナイトウォーカーの
「サフィー!」
サフィーのナイトウォーカーは、左肩部から右腰部にかけて抉れている。
「おいおい、大丈夫かサフィー」
「く……ブリーツ、私がここまでやってあげたんだから、失敗したら、ただじゃ……っ!」
サフィーのナイトウォーカーは、激しい音を立てて爆発。それと同時にサフィーの声も途切れた。
「サフィー! サフィィィィィ!」
ブリーツが叫ぶ中、ようやく瓦礫の嵐は収まった。
「杏香! 損傷は?」
「部分的に異常が発生してる! けど、今まで通り動けるわ! 多少いかれた場所には目を瞑ればね!」
既にモニターをコンディション表示画面に切り替えていた杏香は、損害状況も、既に把握していた。
「上等だぜ!」
「ブリーツ、手筈通りに魔法は打てる?」
杏香は、ブレイズとのやりとりも程々に、ブリーツに話しかけた。
「あ……ああ」
ブリーツが上の空で返事をする。
「こちらは片足と魔力砲をやられた、が、七つ目の外側を剥ぐ手段はある! ……ブリーツ、今はサフィーのことを考えている時ではないぞ!」
マクスンの声が、一同ののコックピットに響く。
「く……分かって……ますよ!」
ブリーツはそう言いながら、ちらりとカノンを見た。カノンは口を開こうとはしていないが、心配そうな顔でブリーツを見ていた。
「……心配すんな。ここでやられちゃ、元も子もない」
ブリーツはそう言うと、
一方、マクスンは、
「使わせてもらうぞ、サフィー」
マクスンはそう言うと盾を捨て、大破したナイトウォーカーの傍らから、フレムベルグとフリズベルグを、
「
マクスンが、
「ええ、了解。ブリーツ、そちらの準備は出来てる?」
杏香がマクスンに答え、同時にブリーツに確認をする。
「ああ、問題ないぞ。とっととやっちまってくれ」
杏香の問いに、ブリーツが答えた。ブリーツは内心穏やかではないが、それが声色に出ることはない。いや、決して声に出してはいけなかった。理由は一つ。今、そんな感情が外に出てしまったら、勢いで感情が爆発してしまうかもしれないからに他ならない。
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