11.雷と風

「<雷>と<風>旋風轟雷撃サンダーボルトスクリュー!」

 木々の疎らに生えた広大な渓谷に急造された、テルジリア共和国軍のベースキャンプから、電気を帯びた空気の渦が、空へと放たれた。

「広い所だったら、それほど周りに被害を与えなそうね。これ、使い易そう」

 杏香はそう言いつつ、属性銃ハイブリッドブラスターのマガジンに、次に使う属性弾を二つ装填し、引き金を引いた。

「<光>と<闇>混沌による滅亡への誘いアポカリプティックエクスティンクト!」

 白い光と黒い光が、燃えるように禍々しく渦巻き、空高く舞い上がると、白い光と黒い光が互いに混ざり合い、辺りに突風が吹きすさぶ。

「ん……ちょっと、な、なになに……?」

 杏香の流れるような髪は、突然の突風の中でも軽やかにたなびいているが、杏香自身は、その光景に得体のしれない恐怖を感じて、身構えた。


 白い光と黒い光は、そんな杏香の感情をよそに、暫くお互いが喰いあうように混ざり合った後、徐々にその輝きを弱め、消滅していった。

「なによ、思わせぶりな……でもこれ通常の属性弾なのに、なんだかうすら寒いものを感じたわ。やっぱ高価な<闇>と<光>の属性弾は違うわね……」

 杏香が使っているのは通常の属性弾。いわばレプリカといっていい物だが、威力の高いオリジナル属性弾をも超える何かを、杏香は感じ取った。


「コホン……杏香君、試し打ちもいいが、その弾もタダじゃないんだ。いくらこちら側が払うといっても、あまりバカスカ撃たれちゃあ……」

 マズローが、杏香の後ろから話しかける。

「ああ、すいません、色々な種類の弾が自由に使えるうちに、試しとこうと思って」

 杏香はマズローの方へと振り返りつつ、左手で頭をかいて、ぺこりとお辞儀をした。確かに<闇>と<光>の属性弾は、レプリカであっても他の属性弾よりも高価な弾だ。検証や訓練のためにボカボカと使っては良くなかった。

「節度を保ってやってくれたまえよ。それに、中には大魔法クラスの組み合わせもあるんだ。暴発でもして、ここに被害が及んだら、それこそ、目も当てられん」

「はい、気を付けます」

 大魔法ほど高位な魔法の威力には、さすがにレプリカの属性弾では届かないと思うが、さっきのように、妙に危険そうな組み合わせがあるのも確かだ。


「それに、『黒閃こくせん』の存在もあるのだ。戦いはさらに厳しくなる。いざという時に弾薬が足りずに、カノンを守れなかったなんてことがあったら目も当てられ……」

「なあ、別にいいんじゃねえの? 杏香が属性銃ハイブリッドブラスターを暴発させたことなんてあったかよ。それに、杏香は俺なんかより、よっぽどカノンを気遣ってるし、先のことも考えてるんだぜ」

 マズローの後ろからブレイズの声が響いた。

「……そんなことは分かっている。ブレイズ、君はもっと常識を学ぶべきだと思わんかね?」

「あんたこそ、仲間をもっと信頼した方がいいんじゃねえか?」

 ブレイズは、半ば睨みつけるように、怒りを露にした。杏香には、その赤い瞳と髪が、更に燃え上がっているように感じられた。

「ひ……!」

 ずんずんと自分の方へ歩いてくるブレイズにマズローは怯み、危うく倒れそうになった。

「ちょ、ちょっとブレイズ!」

 今にも殴りかかりそうなブレイズを見て、杏香は慌ててブレイズの肩を掴み、ブレイズを制止した。

「……」

「ぐ……ふ、ふん、まずはその態度から直すことだ。それに汚い言葉遣いもな」

 そういうとマズローは急ぎ足でそこを去っていった。


「……ちっ、いけ好かねえな、あの野郎は」

「『黒閃こくせん』の登場でカリカリしてるんでしょ。まあ、いつでもカリカリしてるっちゃしてるんだけどさ」

 黒閃こくせんWGウォーゴッドΣシグマを背後から襲った、あの黒い機体。あれはチドゥチュ山脈にも現れていて、そこでの追撃戦に参加していた人達は、ゼゲでは全く歯が立たなかったと言っている。


「『黒閃こくせん』か……あいつ、強かったな」

 ブレイズが遠くを見ながらしみじみと、かつ楽しそうに言った。ブレイズはたとえ敵側でも、強い相手には称賛して称え、あわよくば次も戦いたいと思っている。 杏香の方はそんなブレイズを見て、いつもヒヤヒヤしている。相手を強く感じるということは、相対的に自分達が追い詰められていることに他ならないと、一言、言いたくもなるのだが……ブレイズにはそんなことまで考えられる頭が無いのは分かっているし、それが少しのことでは怯まない勇猛さに繋がっているのだろうから、ヒヤヒヤする価値はある。この事についてはとやかく言わない方がいいだろう。


「ええ、一歩間違えば、Σシグマもただじゃ済まなかったかもしれない」

「強くて通り名持ちとは、今度会う時は楽しみだぜ」

「まあ、強いから、通り名が付いたんでしょうけどね。あの後も一騎当千の活躍してたらしいわよ。あれが現れた所にはゼゲのスクラップが山になってたとか」

 ティホーク砦防衛師団が被害を最小限に留めて撤退できたのは、黒閃こくせんによるものが大きいとされた。皆、あれを脅威に感じて、ここに居る兵士たちの間では、いつしか『黒閃こくせん』と恐れられるようになった。

「カノンが居なけりゃ、Σシグマだって、危なかったかもしれねえな……うん? そういや、カノンの姿が見えねえんだが」

 ブレイズが辺りを見回してきょろきょろとしている。

「ああ、それでこんな所、ふらふらしてたわけ?」

「ああ。ちょっと用があってな。てっきり杏香と一緒かと思ったんだがな」

「用って?」

「ん……」

 ブレイズが言葉に詰まる。額には僅かに汗もかいている。


「あ、レポートが進まないから、頭の冴える魔法でもかけてもらおうとしたのね」

「なっ……!」

「あー、図星なのね。ま、聞かなかったことにしましょ」

 いつもの事すぎるブレイズの浅はかな考えとリアクションを相手にすると、無駄な時間を食ってしまうことは分かっているので、杏香は軽く流した。

「カノンだったら、またメディカルチェックに行ってるんじゃないの?」

「まだそんなことやってるのか? やけに遅えなあ」

「そうかしら?」

「よし、俺、ちょっくら見に行ってみるわ!」

「そう、好きにすれば……あ、待って」

 さっきのこともあって、妙な不安を感じた杏香は、属性弾の試し打ちもそこそこにして、ブレイズに付いて行くことにした。なんだか胸騒ぎがおさまらないのだ。

「じゃあ、あたしも行こうかな。あんた一人じゃ、何しでかすか分かったもんじゃないし」

「おう」

 杏香は手早く属性弾を片付けると、属性銃ハイブリッドブラスターを腰に差して、一緒に行こうと、目でブレイズに合図した。

 二人は杏香の合図で歩き出し、医療テントへと向かう。


「しかしまあ、これだけの人数が移動してるって凄えなあ」

 二人が医療テントに向かう途中には、軍服を着ている人の他に、忙しく洗濯物を運んでいる人や、スパナを持った作業服の人も居る。

「何を今更……うん?」

「どうした、鳩がそんなに珍しいのか?」

 杏香が怪訝な顔つきをしながら足を止めたので、ブレイズも同じく足を止め、言った。

「違うっつの! ……あの人、ちょっと様子がおかしいなって……」

 杏香は、疎らに草が生えている地面を歩いている鳩ではなく、そんな鳩を気にせず、下手をすると鳩を踏んづけてしまうのではないかと言わんばかりに行きかう人々に、そこはかとない違和感を感じていた。

「ん……? そうか?」

「何となくだけど……うーん……」

 杏香が辺りを見回す。違和感はあの人だけではない気がする。

 具体的にどこに感じたかは分からないし、凄く漠然としたものだから、はっきりとは口に出せないが……。

「何キョロキョロしてんだよ、みっともねえぞ」

 ブレイズが無関心そうに言った。

「存在自体がみっともないあんたに言われたくないわよ! ……といっても、いつまでもここに居てもしょうがないわよね。行きますか」

「おう!」

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