第6章:彼女の辞書は変わりゆく
第6章−[1]:意図せず心労は降り積もる
中間試験も終わり俺の生徒会残留が決まった翌日。本日最後のホームルーム。
「は〜い。皆さん、静かにしてくださいね〜。でないと先生悲しんじゃうから、ね」
今日も今日とてサキュバスモード全開で女子生徒を敵に回しならがら若松先生が男子生徒を誘惑する。
絶対、こいつは選択する職業を間違ったよな。
そのうちこの教室が爆焔に覆われる日も近いだろう。早く仮説校舎を建てといてくれよ。
「それじゃあ、これから6月に行われるスポーツ大会の注意事項を説明しますね〜」
あ、そう言えばもうすぐスポーツ大会があるのか。
俺の下駄箱ゴミ投棄事件や中間試験ですっかり忘れていたが、あいつらちゃんと考えているのだろうか? 少し、かなり不安になってくる。
「先生、スポーツ大会の競技は決まってるんですか?」
「あ、大山君、競技はまだなの。もう少し待っててね♪」
「は、はいぃ……」
大山陥落! いやこの場合、歓楽の間違いか。鼻の下がスライムになってるし。
あれ? でも、おかしいぞ。
「でも先生、もう2週間後ですよね?」
「速水君、そうなんだけどねぇ。競技の選定にもう少し掛かるみたいなの」
「それって、何かあったんですか?」
「う〜ん。先生も詳しいことは知らされてないの。ごめんね〜♪」
「そうですか。分かりました」
速水歓楽………せず! その代わりと言ってはなんだが女子生徒が速水に歓楽している。
しかし、これで教室の炎上は免れた。速水、お前をメサイアに任命してやろう。
って、それどころじゃないな。俺の不安が的中しているっぽい。
「それじゃあ、注意事項を説明しますね〜。まず、スポーツ大会は体育の授業の一環だから授業と同じと考えてね。だ・か・ら、休むと6時間の欠席扱いになるから休んじゃダメだよ〜♪」
ああ、再び形勢逆転だ。速水の努力が無に帰した。再び女子生徒の眼が紅くなってるし。
こいつはどうしても教室を消滅させたいらしい。
「それと携帯電話とカメラの持ち込みもダメだからねっ!」
「「「「「「「えぇ〜」」」」」」」
若松先生の一言で教室中が騒めき出す。
ほらみろ。サキュバスモード全開で言うから女子生徒の反感を買ったじゃないか。
それにしてもスポーツ大会ごときに携帯もカメラもいらんだろ。どうしてこんなに騒めくんだ?
って、おい! そこのお前! 呪文を詠唱してんじゃねぇ!
「そ・の・か・わ・り。ご家族のために皆さんの勇姿は学校で写真に収めるからね♪」
うん? それって、勝手に人の魂を抜き取るってことか?
いやまぁ、魂を抜き取るだけならいいがその理由が問題だ。ご家族のためってどういうことだ?
ああ、なんか嫌な予感がする。
よし! そこのお前、呪文の詠唱を続けろ! 撃て! 撃てるもんなら撃ってみろ!
「それと、学校で撮った写真は美術室の前の掲示板に張り出すので、欲しい人は写真の番号と枚数を用紙に書いて申請してね。 あ、因みに1枚50円だ・か・ら、ね♪」
出たー! やっぱりそうきましたか!
最近俺も気付いたんだが、この学校、貧乏ボッチに厳し過ぎないか?
しかも1枚50円とはぼったくりにも程がある。俺の晩飯が2〜3枚の写真と等価っておかしいだろ。
魂と晩飯の同時抜きなんて荒技使うんじゃねえよ。しかも若葉に限っては精力まで抜きにきてやがるし。
はぁ、それにしても、一難去ってまた一難とはこのことだな。
どうも競技に出ないだけでは済まされないようだ。
こうなったらスポーツ大会当日は自主休校するしかないのか?
でも、体育の授業の一環だから休むのは問題があるか? 成績自体は赤点を取らなければ問題ではないが出席日数が気になる。入学してまだ3ヶ月も経ってないのに6時間の欠席は痛い。
大体、うちの母ちゃんが休むのを許してくれるとは思えないしな。
これは何か対策を考えないと。
っと、それもそうだが、先にもう一つ気になることが残っていた。あいつら本当に何やってたんだ?
◇◇◇
「あ、新見、君。ちょっと待って!」
ホームルームを終え俺が一抹の不安を抱えながら生徒会室に向かっている中、部室棟への渡り廊下に差し掛かったところで後ろから声を掛けられた。
この世には2種類の人間が存在する。
それは太古の昔から、人間がこの世に生を受けた時から存在する絶対的なルールであり、人間が子孫を残す上で避けられない必然的要素。
そして今俺に声を掛けてきたのは俺とは異なるもう1種類の人種。
そう。女性だ!
まぁ、最近では2種類×2種類で4パターンほどの組み合わせが存在するっぽいけど。
う〜ん。これはいけませんね。
もし俺が校内で女性と話しているところを見られでもしたら俺のボッチが加速してしまう。
アンリミテッドバー○トなんてしたら生きて帰ってこれないしな。女神様の代わりに黒○姫様が出てきて切り刻まれて終わりだ。
よし! ここは聞こえなかったことにしよう!
「新見、君! 無視って酷いじゃないのよ! き、キモい!」
その声の主は俺が気付かぬ振りをして立ち去ろうとしたにも関わらず、俺の横まで駆けてくると開口一番罵声を浴びせ掛けてきた。
いやいや。お前の方こそ俺に声を掛けてくるって酷いじゃないのよ! キモい!
それに一々『君』の前で区切るんじゃねえ! 呼びにくかったら君は要らねえから。
「はぁ、で、茅ヶ崎、なんだよ?」
「あ、いや。そのぉ………」
どうもこいつの威圧に弱いというか、無駄に遠慮するところは変わってないみたいだ。
まぁ、人間そんなに簡単に変われるわけはないしな。
仕方ない。ほら、笑わないから言って味噌。
「えーっと、少し時間、いい?」
ここなら人通りも少ないからいいだろう。
「ああ。いいから、何だよ?」
「うん。あり、がとぅ」
だ・か・ら、変なところで区切るな。蟻が十って聞こえるから。
「まだ、お礼を言われるようなことはしてないだろうが。いいから早く言えよ」
「うん。えーっとね。実は私、そのぉ、交渉人に選ばれたんだけどね」
えっ、何? いきなり交渉人とか意味不明なんですけど?
事件は現場で起こってるんだとか言い出さないよな?
というか俺に何を交渉しよって言うんだ? まさかサナトリウムに行けとか言う気か?!
「………、えーっと、すまん。交渉ってなんのだ?」
「えっ? そこから?」
えっ? どこから? ねえ、そこからってどこから?
「いやいや。そこからも何も話をしてきたのはお前だろうが」
「あ、まぁそう、だけど、交渉人ぐらい知ってると思うじゃない!」
「俺でもさすがに交渉人ぐらいは知ってるわ! そうじゃなくて、聞いてるのはなんの交渉だってことだよ」
「なんの交渉? だからこの学校でこの時期の交渉人って言ったら一つでしょ?」
なんだ? その言い方だとかなりのメジャーなことだったりするのか?
「おい、茅ヶ崎。お前、ボッチを舐めるなよ。俺がそんな情報知ってるわけないだろ!」
そうだ。俺に情報を与えたかったら、茅ヶ崎、お前のグループで話題に挙げろ。そしたら俺の耳にも入るから。って、聞き耳を立ててる訳じゃないからな!お前等の声が大きいんだからな!そこ、決して間違えるなよ。
「あ、いや。それを、自信満々に言わないでよ! キモい!」
「いや。少ししかキモくないから」
「少しキモいのは認めるん、だ? でも………そんなにキモくない、けど」
「はぁ? もっとちゃんと喋れよ。聞こえないだろ」
「あ………、うん」
「で、悪いけど、その交渉人ってなんなんだよ?」
「あ、えーっと、交渉人って言うのは………、写真を買わせてもらえるように交渉する人?のこと、かな!」
??? えーっと、そのぉ、茅ヶ崎さん?
上手く纏めたような顔をしてますけど、まーーーったく意味が、分かりません!
まぁでも、一つだけ分かることがあるとすれば俺への交渉ではないことぐらいか。なにしろ俺には無縁の単語が含まれていたしな。
「写真?」
「そう。学校でスポーツ大会の写真を撮るでしょ。それを買わせてもらえるように交渉するの」
「???………」
「新見、君、どうしたのよ?」
「えーっと、どうしたもこうしたも………、全く意味が分からん!」
「もう。どうして分からないのよ!?」
「いや、それはお前の説明が不十分だからだろ! ていうか、要点抜き過ぎだ。大体、写真なんて好きなの買えばいいだろ?」
「もう、だ・か・ら………」
それから数分、茅ヶ崎は顔を真っ赤にしながら俺に説明を試みているが、主語が抜けていたり主語と述語の関係がぐちゃぐちゃだったりでさっぱり事を得ない。
説明する時は5W1Hを簡潔に述べろって習っただろうに。
これだと時間の無駄だな。ここは少し作戦変更だ。
それにしてもこれで会話が成立しているリア充というのは恐ろしい世界だ。絶対、分かった振りしてるだけだろ?
「うぅ。もう! どうして分からないのよ!」
「えーっと、じゃあ、俺が質問するからそれに答えてくれ」
「うぅ。分かったわよ」
「よし、それじゃあ、先ずは、誰が何の目的のために誰に交渉するんだ?」
「えーっと………、交渉人が、写真を買えるように、その本人に交渉する?」
うん。失敗。ひょっとして俺の質問が悪かったのか?
「すまん。質問を変える。何の写真を誰が欲しいんだ?」
「え、そ、それは………。す、好きな人が写ってる写真を、ほ、欲しい人がいて………」
おっ、少し進展。
「じゃあ、次の質問。誰に交渉するんだ?」
「それは写真に写ってる本人しかいないじゃん!」
いやいや。いないじゃんって言われてもなぁ。お前の説明で分かったら聞いてないし。
でも、そうすると交渉人というのは、好きな人が写ってる写真を買えるように、写真に写っている本人に交渉するってことか?
しかし………、交渉人という言葉からして自分のためじゃないよな?
「そうすると………、その写真が欲しい人に代わって、交渉人が、写真に写っている本人に、写真を買えるように、交渉する、ってことか?」
「うん。そう! やっと分かってくれた?!」
ああ、俺の努力でな。
まぁ、俺が最初から知ってればこんな苦労はしなかったんだが。
「でも、どうして交渉なんてするんだ? 勝手に買えばいいだろ?」
「うん。そうなんだけど、昔それで問題になったことがあるみたいで」
「問題?」
「うん。ほら、何ていうの。す、好きでもない人に自分の写真が買われるのって、その、嫌じゃない。それで本人の了承がないと買えないようになってるみたいなのよ」
ああ、確かに!
俺の写真を他の誰かが買ったと思うと夜も眠れなくなるな。
夜な夜な俺の写真を貼り付けた藁人形が釘で打たれてるところが目に浮かんでくる。
朝起きたら目覚めませんでしたなんてことになったら恐ろしい。って目覚めてないから起きないけど。
それより、茅ヶ崎、その言葉を喋った後にチラチラ俺の方を見るな!
分かっていても地味に心が折れるから!(泣)
「ああ。でも、だったら交渉人なんか使わずに直接本人に交渉したらいいだろ?」
「そうだけど、も、もし、断られたらショックだから………」
ああ、そういうことか。
直接交渉するっていうことは、何気に告白してるのと同じだからな。
俺の場合は死の宣告がされたのと同義だけど。
あれ? でも、そうすると………。
「うん? それじゃあ、交渉相手には誰が欲がってるとか伝えないのか?」
「うん。その代わり何かあった時は交渉人が購入者名簿を持ってるから本人に教えることになってるみたい。それに購入者名簿を学校に提出することにもなってるしね」
なるほど。写真を悪用された場合の救済処置も一応考えられているということか。
でも、救済処置があっても朝目覚めなかったら時既に遅し、だけどな。ホント、藁人形って怖いからやめて欲しい。
「なるほど。しかしよく考えてるよな」
「うん。ホントにね」
と、まぁ、交渉人という制度は分かったが。
「ところで、その交渉人が俺に何の話だ?」
「あ、うん。それなんだけどね………。そのぉ………。新見、君にお願いがあって」
まさか俺の写真を買うのを了承しろって言わないよな?
それはすぐに購入者名簿を警察に提出することになるからやめた方がいいと思うぞ。
「お願いってなんだよ?」
「うん。実は、琴平さんの写真を買えるように、頼んでもらえない、かなと、思って………」
ああ、良かった。俺の写真が暗黒儀式に使われることはないようだ。
「琴平? あぁ? だったら茅ヶ崎が直接交渉したらいいだろ?」
「え? あ、うぅ〜ん。そうなんだけど、ね………」
茅ヶ崎が先程までとは打って変わって困った顔をしている。
まぁ、そうだよな。こいつは俺の下駄箱にゴミを投棄した際に愛澤と琴美に連行されるかのように生徒会室に連れて行かれてるからな。それもあって頼み辛いのだろう。
しかしそれを言うと俺の方が頼み辛いと思うんだが………。でもまぁ、今のこの状況を考えるとあの時の誤解は解けていると思っても良いかもな。今更だけど。
「でも、俺が琴平に頼んでも交渉にならないと思うぞ」
「えっ? どうして?」
「それはその、なんだ、俺の方が序列が低いから、な」
そう。生徒会には明らかに序列が存在する。
「え? 新見、君が琴平さんより?」
「ああ。そうなんだ」
俺と琴美は他の三人と違って大きく掛け離れたところで最下位位争いをしている間柄ではあるが、しかし、琴美と俺の間にも越えらない大きなボッチという壁が立ち塞がっているのだ。
そんな俺が交渉したところで了承が得られるとは思えない。
「茅ヶ崎、それより気になってることがあるんだけど、いいか?」
「えっ? 何?」
「そのぉ…、もし、交渉に失敗したらどうなるんだ?」
「えっ? 交渉に失敗? ………それは………、困る、かな」
茅ヶ崎がさらに困ったような顔をして俯いた。
やっぱりそうか。交渉に失敗すれば頼んできた奴等から寄って集って責められるのだろう。
自分は交渉をできないくせに、頼んでいるということも忘れて。
「茅ヶ崎、お前どうして交渉人なんか受けたんだよ?」
「えっ?」
「いや。それ、お前が一番苦手な分野だろ。なんだ、その、断れなかったのか?」
「えっ? 何? 新見、君、心配してくれてるの?」
心配? 俺が? どうして? 俺は理不尽が許せないだけだ。勘違いするな。
大体、俺は人の心配をできるような偉い立場じゃない。
「あ、いや。そういう訳じゃないけど………」
「うん。あり、がと。でも、大丈夫。今回は私からやるって言ったから」
「えっ? どうして?」
「う〜ん。私も少し変わりたいな、………って思って」
茅ヶ崎は少し恥ずかしいそうにハニカミながら呟いた。
そうか。変わりたい、か。
何故だかその響きに羨ましさを感じてしまう。
「それは悪かったな。ごめん」
「ううん。それに………メリットもあるし、ね」
「うん? メリット? なんだそれ?」
「シャンプーじゃないからね?!」
「分かってるわ! って、俺に突っ込むな! それは俺の縄張りだ!」
「へへへ。内緒! 新見君は知らなくていいことだし、ね」
何? その人をからかったような言い方は?
楽しそうに除け者にするんじゃねえよ。
相手が俺のようにボッチ慣れしてなかったら闇に落ちてるぞ。
「ああ、そうかよ」
「うん」
「でもまぁ、俺が言うのもなんだけど、無理はしなくていいと、思うぞ」
「うん。その時は新見君に助けてもらうから」
「はぁ?」
「だから琴平さんの件もお願いね!」
「えっ? いや、それとこれとは別………」
「それじゃあ、頼んだからね。絶対だからね〜!」
「って、あ、ちょっと待てよ〜!」
ああ、クソッ! なんなんだよ、あいつは!?
勝手に締め括って逃げんじゃねえ!
それでなくても俺は今いっぱいいっぱいなんだぞ。これ以上悩み事を増やすなよ。
「おい、ニット。あなたは茅ヶ崎さんと何を話していたのですか?!」
俺が文句たらたらに茅ヶ崎が走り去っていくのを見送っているとまたしても女子生徒から声を掛けられた。
「はぁ? 琴平、なんで生徒会室以外で声を掛けるんだよ?!」
「なんですか! 茅ヶ崎さんは良いのに私はダメなのですか!」
「煩い! 大体、お前の所為だろうが!」
「私の所為ってなんですか! 私が何をしたと言うのですか?!」
「ああ、もういいから早く行くぞ」
俺は早々に琴美との会話を打ち切り生徒会室に向かおうとした。
すると、
「うぅ。ニットのくせに。見掛けたのでちょっと声を掛けただけでは、ないですか………」
琴美が少し寂しそうにシュンとした表情をしながら呟く。
ああ、ちょっと八つ当たりが過ぎたか。
「うぅ………。そんなに私が話し掛けると、迷惑ですか………」
って、おいおい。そこまで泣きそうになるようなことじゃないだろ。
「ああもう。悪かったから、早く行くぞ」
俺は衝動的に小さな子供をあやすように琴美の頭に掌を乗せて謝った。
「うぅ。分かれば良いのです。グスン」
なんだよ? 今日は女難の相でも出てたのか? うぅ、なんだか俺の方が泣きたくなってきた。
それにしても最近登場人物のキャラブレが酷くないか? 何を拗らせたんだ?
一体全体何がどうなっているのかさっぱり分からないのだが、これで良いのか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます