番外編Ⅲ

番外編:若松双葉の献身

今回は、皆様にアンケートでご協力頂いた若松家の1幕をお届けします。

本編 第5章の間に起こった若松家の出来事になっています。

ということで、第5を読んで頂いていないと分からない点が多いと思いますが………お許しください!(本編のどの辺かの注釈は入れております)


5月中旬の土曜日の陽も沈みかけた夕方、家のドアを開き一人の少女が帰ってきた。

此処は街から少し離れた場所にある高級住宅地の一角。

その中でも一際目立つヨーロッパ調の白い豪邸。表札には若松と書いてある。


※……… 第4章 最終話の直後の出来事です ………※


「ただいま〜」

「双葉、おかえりなさい」

「お母さん、これ」


少女はそう言うと空っぽになった3段重ねの重箱をキッチンの流しに水を張り浸けた。


「あら、綺麗に食べてるわね。もしかして双葉、あなたが全部食べたんじゃないでしょうね?」

「違うよ。みんなで食べたんだよ」

「ならいいけど………。本当?」


お母さんが不審そうな目付きで双葉ちゃんを見ている。

何故ならこの3段重ねの重箱は双葉の大好物であるご飯で埋め尽くされていたからだ。


そうそう。お母さん、ここはもう一歩踏み込んだ方が良いと思いますよ。

9割を双葉ちゃんが食べて、残り1割をみんなで分けたかもしれませんからね。

この子ならやりかねませんから。


「それはそうとね、お母さん。じゃじゃ〜ん!これ、いいでしょ〜」


おっと、さすが双葉ちゃん。すかさず話題転換ですか!

双葉がお母さんの質問を華麗にスルーし、鞄からある物を取り出し自慢気に突き出す。

でも負けるなお母さん! 追求の手を緩めるな! この反応は絶対黒で間違いないから!


「あら? お弁当箱なんて買ってきてどうしたの? しかもこれ男性用じゃない?」


あれ? 追求は? そんなにあっさり流されていいんですか?

って、それじゃあ、盛り上げた私がバカみたいじゃないですか!

この空気どうするんですか?! 次、本番ですからね。頑張ってくださいよ。


「えへへ。え〜っとね、月曜日からこのお弁当箱にしようと思って」

「えっ………? それは絶対ダメですよ!」

「ええ〜、どうして?」

「だって、それでご飯の量を増やそうという魂胆が見え見えですからね」


おお、お母さん鋭い!

追求は流したけど、追加は許すまじ、ですね。


「違うよ〜。娘をもっと信用してよ〜」

「そうは言ってもね。あなたはご飯のためならなんでもしそうだから」

「ええ〜、でも最近はちゃんとおかずも残さず食べてるでしょ!」


えっ? あれ? おかしいなぁ。おかずを食べてるのは新見君ですけど。

って、お母さーーーん、騙されてますよ! 信じちゃダメですよ!

それ双葉ちゃんが食べてないから!

双葉ちゃんは新見君の弁当箱に詰め込まれたいっぱいのご飯を食べてるんですから!


「確かにそうだけど………。うん。そうね。最近は食べてるしね」

「うんうん。そうだよ!」


って、やっぱりそうですよねぇ。期待に応えられたらバカやってないですよねぇ。

私が悪かったです。無茶振りでした。ごめんなさい。


「でもそうするとお弁当箱を大きくしてどうするの?」

「おかずを増やすんだよ」

「えっ? おかずを? 双葉、大丈夫? 熱があるんじゃない?」


お母さん、その反応はどうかと思いますが………、

でも銀シャリ脳の娘がおかずを増やすと言うんですから普通そうなりますよね。

その気持ち分かりますよ。


「えっ? 熱はないよ?」


双葉が自分の額に手を当てながら答える。

って、双葉ちゃん、お母さんの心配はそこじゃないと思うけど?!


「そう? ならいいけど」


って、お母さんも納得するなよ!頼むよ!


「でも、それってお母さんが朝におかずをもっと作るってこと?」


そうですよね〜。おかずの量を増やすとなると大変ですからね。

しかも朝の慌ただしい時間ともなるとね。


「それなら大丈夫。双葉も一緒に作るから!」


えっ? 双葉ちゃんも作るの?

ご飯以外の料理ってしたことあるの? 味付けとか大丈夫? 炒飯とかピラフとは違うよ?


「えっ? 双葉、本当に大丈夫? やっぱりお医者さんに行った方が良くない?」

「うん? そんなに熱っぽい? 双葉は元気だけどなぁ?」

「そう? ならいいけど」


う〜ん。何気に会話が噛み合ってませんね。

でもまぁ、そんなに心配しなくて大丈夫じゃないかな?

なんとかは風邪引かないって言うし。それにバカにつける薬もないしね。


「でも、双葉、そんなに朝早くから起きられるの?」

「うん。これも嫁としての務めだからね!」


えっ? 嫁? 誰の? それってもしかして新見君?

ねえ、新見君の許可もらった? 言ったもん勝ちじゃないからね。それだとネ○ゲの嫁になっちゃうからね!


う〜ん。でも、そうすると双葉ちゃんは新見君のお弁当を自分で作る気なのかな?

それはそれで健気だけど。


「そうなのよね。妻の仕事も大変なのよ。お父さんももう少し分かってくれると嬉しんだけど」


えっ? お母さん、そこ?

双葉ちゃんの嫁発言は放っておいて良いの?


「うんうん。お母さんも大変だね。でも男は胃袋を掴めばこっちのもんだよ!」


双葉ちゃん、それは概ね間違ってないけど………、豪快過ぎじゃないかな?


「あら? 双葉、よく分かってるのね。そうなのよ。お父さん、お母さんのご飯を美味しいって言ってくれるの。だからお父さんもお母さんのこと大好きなんだと思うのよね♪」


お母さん、それは胃袋を掴んでるんじゃなくて、あなたが心を掴まれてると思いますよ。

まぁ、お母さんと結婚したんだからお父さんも相当のもの好きでなんでしょうけど。

って、それより本当に双葉ちゃんの嫁発言はスルーで良いの? もう知らないよ?


「うん。だから双葉も月曜日から早起きして作るからね」

「そう。じゃあ、一緒に作りましょうか」

「うん」


あぁ、嫁発言は良いことにしたんですね。

しかも協力することになってるし。それで良いんですかね?

って、バカ松家だからな。仕方ないよな。もう決まったみたいだし。


それにしても不思議だなぁ。メビウスの輪を会話にするとこんな感じなのかな?


◇◇◇


そして日は過ぎ月曜日の朝。


※……… 第5章 1話目の朝の出来事です ………※


「お母さん、おはよ〜」

「あら、双葉、本当に起きてきたの?」

「当たり前だのクラッカーだよ」


う〜ん。古い! どこでそのネタ仕入れたんだか。

因みに双葉ちゃん、左腕を斜め上に上げて弓を引くようなポーズをしてるけど、そのクラッカーじゃないからね。『パンッ!』って音はしないからね。それ食べたら口の中がえらいことになるから。


「朝から元気ね。じゃあ、今日は何から作るの?」

「えーっとね。唐揚げにタコさんウィンナーでしょ。卵焼きは外せないしぃ。それとハンバーグにミートボールもいいかな。あとはポテトサラダとか?あっ、一口カツもいるかな………」


それって片っ端から考えらるものを挙げてない?

どこぞの洋食屋さんのメニューみたいになってるけど、そんなに材料あるの?


「双葉、お弁当箱にはそんなに入んないでしょ」


あっ、問題は材料じゃなくてスペースなんですんね。

ということは材料はあるってこと? それ、一家庭に備蓄するには多過ぎません?

大丈夫? 腐ってない? お腹壊すの新見君だからね。


「ふぅわぁ〜。お母さん、おはよう」

「あなた、おはようございます」

「あっ、お父さん、おはよう」

「ああ………、って、双葉、何してるんだ?」

「えへへ。お弁当を作ってるんだよ」

「えっ? 双葉がか? ひょっとしてお父さんのか?!」


おぉ、お父さん、眼をうるうるさせながら感激してますね。

でもねぇ………。


「違うよ」


瞬殺! しかも一言!

あぁ、お父さんの眼がわなわなして泣きそうになってるよ。

うんうん。娘って残酷ですよね。俺も一緒に泣いてあげるから。


あっ、お父さんの手が双葉ちゃんの作った唐揚げに………。


「ダメだよ! 双葉のお弁当のおかずなんだからね!」


って、今、菜箸がお父さんの手に刺さったように見えたけど大丈夫?

お、お父さんが身悶えて泣いてるよ!

これ大丈夫じゃないよね?! お母さん、早く処置してあげて!


「お父さんのお弁当のおかずは私が作ってますから安心してください」


って、ああ、親子揃ってお父さんの苦鳴は無視なんですね。酷い!

お父さん、自業自得とはいえお可哀想に。ちゃんと成仏してくださいね。


「うぅ………。双葉、お父さんには作ってくれないのか?」


お父さん、立ち直ったのはいいですけど諦め悪くないですか?

しかも多分それ、またフラグですよ。


「お父さんは私のお弁当だと不服なんですか?」


ね?! そうくるでしょ。

お母さんの顔は笑ってるのに眼が笑ってないから。確実に地雷踏みましたよ。

しかもこれ誘爆地雷だからね。


「あっ、いや。も、勿論、お、お母さんのお弁当が一番、だよ」

「うふふ。お父さんったらぁ〜♪」


いやいや、お母さん。チョロ過ぎません?

というか、今のお父さんの発言は明らかに言わされてますよね? 喜ぶとこじゃないですよね?


「お母さん、良かったね」

「あらまぁ。お父さん、娘にラブラブなところ見られちゃったじゃない♪」

「あ、ああ、そうだね………」


う〜ん。別の方向に誘爆したみたいですね。頭に花が咲き乱れてネジが飛び散ってるし。

って、そうか! バカってこうやって作るのか!


「うん。できた! じゃじゃ〜ん!」

「双葉、頑張ったじゃない!」


ありゃ? 本当に作っちゃったの。珍しい!

さて、あとは新見君が実際に毒味をすれば完了かな?

新見君、頑張れ! 武運を祈ってるからね!


◇◇◇


そして双葉がお弁当を作り始めてから5日目。

外は雨模様だというのに今日も台所には双葉ちゃんの元気な声が響いている。


※……… 第5章 6話目の朝の出来事です ………※


「よし! できた〜」

「双葉も作るの早くなってきわね」

「うん。このお弁当が私の活力になってるからね!」

「双葉がおかずの多いお弁当で喜ぶなんて。こんな日が来るなんてお母さん嬉しい」


いやいや。双葉ちゃんはおかずに喜んでるわけじゃないからね。

ねえ、もう1週間も経つんだからそろそろ気付いてもいいんじゃないかな?


「えへへ。娘も頑張っております!」

「双葉、お母さんも頑張るね」


って、たぶん、二人の頑張る方向性は一致してないよね? 大丈夫?


「それじゃあ、双葉は着替えてくるね」

「ええ、お弁当はちゃんとカバさんのナフキンで包んでテーブルの上に置いとくから忘れないようにね」

「うん。分かったぁ」


えっ? カバさんのナフキンですか? バカ松家だけに? そんな低級親父ギャグで許されるの?

ねえ、バカはなんでもありなの?

うん? あれ? ああ、逆か。なんでもありだからバカなのか! おお、納得!


あれ? 今日はお父さんがやけに静かですね?

まるで潜伏スキル発動中並みに静かですけど何か企んでませんよね?

って、お父さん! それはダメじゃないですかねぇ?!

そんなことしたら………、知らないよ?!


「それじゃあ、お母さん、私も会社に行ってくるね」

「はい。お父さん、気を付けて行ってくださいね」

「ああ、それじゃあ、行ってきます」


あ〜あ、お父さん、ニヤニヤしながら行っちゃったよ。

でもまぁ、その気持ちも分からなくはないですけどね。


そして双葉も学校へと出掛けてから1時間程経過し母親が朝の一息をついた頃、突然玄関の扉が勢いよく開け放たれる。


※……… 第5章 6話目の裏で並行して繰り広げられた出来事です ………※


「お母さ〜ん。大変だよ〜」

「あら? 双葉どうしたの? 学校は?」

「それどころじゃないよ〜。お弁当がお父さんのお弁当になってるんだよ。ほら〜」


いえいえ、それどころですよね? お弁当ごときで授業サボっちゃ駄目ですよね?


「えっ? お弁当が? あら、本当! それは大変だわ。それで帰ってきたのね」


って、納得した? 学校は? お弁当の方が大事なの?あなた母親ですよね?


「そうなんだよ〜」

「でもおかしいわね。お母さん、ちゃんと間違えずにカバさんのナフキンで包んだんだけど?」

「それより、双葉のお弁当は?」

「う〜ん。お弁当は残ってなかったから、たぶんお父さんが間違えて持って行っちゃったのかも」

「ええ〜。じゃあ、どうしたらいいの?」

「困ったわねぇ。作り直すしかないからしら?」


あちゃー、やっぱりそこに辿り着いちゃいましたか。

でも、娘を一刻も早く学校に行かせた方が良いんじゃないかな?


「そうだね。でもこのお父さんのお弁当どうする?」


おっ、双葉ちゃん偉い! よくぞそこに気付いた! 珍しい!


「それなら大丈夫。お父さんの晩御飯にするから。きっとお父さんもお母さんのお弁当を食べれなくて悲しんでるから」


あぁ、そうきましたか。なるほど。どうしても作り直したいのね。もう好きにしたら?


「うん。そうだね。じゃあ、作り直すね。で、お母さんお弁当箱残ってる?」

「あぁ、どうしましょ? 双葉の古いのは捨てちゃったのよ。こんなことなら残しておけば良かったわね。今は3段重ねの重箱しかないけど………」

「仕方ないよ。じゃあ、3段重ねの重箱だね」


う〜ん。お昼の弁当交換会に3段重ねはどうかと思いますけどね?

まぁ、一番下の1段だけ使うって手はあるけど。


「そうね。じゃあ、いっぱい作らなきゃね」

「うん。そうだね」


ふ〜ん。3段全部使うんですか。何も考えてないんですね。

しかもそれをこれから作ると?

しかし、母親なら娘がお昼に3段ものお弁当を食べるか疑問に思わないのかな?

どうやったらこういう思考回路になるんだろ?

………って、あぶねぇ。危うく深淵を覗いてしまうところだったわ。


「よし! できた〜」

「うん。良かったわね。あっ、双葉、早くしないとお昼休みに間に合わないわよ」

「あっ、本当だぁ。じゃあ、急いで行ってくるね〜」

「雨が降ってるから気を付けるのよ〜」

「は〜い」


おっ! 私が闇に落ちかけてる間にも、なんとか無事に作り終えたみたいですね。

それにしても、親子揃って学校をなんだと思ってるんだか。

一度、若葉ちゃんに相談した方が良いと思いますよ? あれでも一応先生………でしたよね?


◇◇◇


※……… 第5章 6話目の夜の出来事です ………※


「ただいま〜」

「あっ、お父さん、お帰りなさい」

「お父さん、お帰り〜」

「あ、双葉もリビングにいたのか」

「うん。お母さんとお弁当に入れるおかずの話をしてたからね」

「お弁当かぁ。そう言えば双葉、料理が上手くなったな」

「「???」」

「いや〜。双葉のお弁当、美味しかったよ」


ああ、お父さん、それは言っちゃあ駄目な奴じゃないかな?

それは自爆ってやつだと思うけど。


「「………」」

「うん? どうした?」

「えーっと、お父さん、どうして双葉のお弁当って分かったの?」

「そりゃあ、お弁当がカバさんのナフキンで包まれてたからね」

「「………」」

「お父さん? お父さんのお弁当のナフキンはトラさんですよ?」

「えっ? あっ、ああ………、そう、だったね………。そ、それは………、そう。お弁当箱がいつものと違ったから、だよ」

「ふ〜ん。じゃあ、あなた?」

「う、うん? どうした?」

「このお弁当をナフキンで包んでもらえます?」

「そ、そんなことをして、どうするんだ?」

「いいから。お願いします」


あれ? お母さん? 目が座ってますけど、ひょっとして何かに気付きました?

日頃は馬鹿なのに、こういう時だけ感が冴えるんですね?

おぉ、ひょっとしてこれが嫁の感て奴ですか? 愛は馬鹿をも越えるのか! 怖ぇ!


「あ、ああ………。ほら、結んだ、ぞ」

「じゃあ、私がこっちのお弁当箱を包みますね………。双葉、見比べてみてくれる?」

「………、あれ? お父さんとお母さんで結び目が逆だ」

「えっ?」

「そうなのよ。お父さん、紐を結ぶ時だけ逆なのよね。双葉、それを解いてみてくれる?」

「うわ〜。解き難い………、って、あれ? 朝に学校で包みを開ける時もこんな感じだったよ?」

「え? ふ、双葉? 何を言ってるんだ?」


おぉ、お父さん、かなり追い詰められてますね。

でももう諦めて謝った方がいいんじゃないかな? こういうことは早目の対処が肝心ですよ。


「「………」」

「あ、いや。お前達………?」

「そうですか。お父さんは私の作ったご飯が気に入らないんですね? なら、これからは双葉に作ってもらった方がいいですね?」

「え〜。やだよ。だって泥棒さんだよ?」


あれぇ? 双葉ちゃん? あなたも新見君のお弁当を置き引きしてませんでしたっけ?

ねえ? バレなきゃなんでもありなの? バカはなんでもありだけど。


「あら、そうだったわね。泥棒さんに作ってあげる必要はないわね」

「うん。そうだよ〜」

「あ、いや。ちょっと待って………」


「ただいま〜」


と、此処でこの家のもう一人の住人が帰ってきた。

おぉ、なんというバッドタイミング! お父さんが謝るタイミングを奪っちゃたよ。


「あっ、お姉ちゃん、お帰り〜」

「若葉、お帰りなさい」

「あっ? お父さん、今日は早かったんだね」

「あ、ああ………」

「それじゃあ、みんな揃ったし晩御飯にしましょうか? すぐ準備するからちょっと待っててね」


………


そして全員がテーブルを囲んで椅子に腰掛けた。


「………、あれ? お母さん? お父さんの晩御飯は?」

「ああ、若葉、父さんはお母さんのご飯は食べたくないんだって。外でい〜っぱい美味しいもの食べてきたみたいだから」

「うん。お姉ちゃん、そうみたいだよ。仕方ないよね」

「えっ? そうなの? お父さん、何食べてきたの?」

「若葉、それは聞かないであげて」

「えっ? どうして?」

「お姉ちゃん、誰にも人には言えないことがあるもんだよ」

「う、うん……、まぁ、そうだけど………」

「ええ、だから当分うちではご飯は食べないそうよ。そうですよね。あ・な・た!」

「え、え、は、はいぃぃぃ………」


あ〜あ、お父さん、暫く食事抜きになっちゃたよ。

だから、早目に謝った方がいいって言ったのに。お可哀想に。ご愁傷様です。

あ、因みにこの夜、お父さんはリビングのソファーで寝たそうです。

食べ物の恨みは怖いですね。みなさんもぐれぐれもご注意ください!


◇◇◇


それから数日後、未だ寝室で寝ることを許されないお父さんがリビングで睡眠を取るようになって数日目の夜、一人の女性が玄関を潜って帰ってくる。


※……… 第5章 8話目の直後の出来事です ………※


「ただいま〜」

「お姉ちゃん、おかえり〜」

「えっ? 双葉、どうしたの? 何かあったの?」


若葉ちゃんを出迎えた双葉ちゃんの顔には何やら不敵な笑みが浮かんでいる。


「お姉ちゃん、聞いたよ」

「え、え、何を?」

「お姉ちゃん、入学式の日に学校で怪我した時の保険の話、しなかったんだってぇ?」

「え? どうして双葉が知ってるの?」

「それは双葉が生徒会長で、ニット君が生徒会だからだよ」

「ニット君?」

「うん。お姉ちゃんのクラスの新見君だよ」

「あ、あ、そういうことね。びっくりしたぁ。私の失敗が噂になってるかと思ったよ」

「それは今はまだ大丈夫だよ。まぁ、事と次第よっては噂になるかもだけど」

「え、え、双葉、どういうこと?」

「でもね。そうならないように双葉が協力してあげるよ!」


えーっと、事と次第はどこにいった? どうして噂になるの? 気になるんですけど。非常に気になるんですけど!

なのにどうしてそこを飛ばして協力する話に展開するの? おかしいよね?


「えっ? 双葉が? 本当に?」


ねえねえ、若葉ちゃん、本当にじゃないよね?

それ騙される時の典型だよね?


「うん。本当だよ」

「で、どうすればいいの?」


あれぇ? 若葉ちゃん? どうして協力を前提に自分から差し出しにいくかな?

それ、おかしいよね? それ詐欺られてるよね?


「それは、お姉ちゃんがニット君のクラスでの様子を双葉に教えてくれればいいだけだよ」

「え? それだけ?」


いやいやいや。それ、情報漏洩ってやつだから。『それだけ』じゃないから!

頼むから、もっと教師の自覚持とうよ!


「うん。そだよ」

「そしたら噂にならないの? 本当に?」

「うん。大丈夫だよ。双葉は口が固いから! 任せて!」

「双葉ありがとう!」


あ〜あ。理由も聞かずに情報提供することになっちゃったよ。

しかも双葉ちゃん、自分の口が固いって自白したよね? それ、どう考えても情報提供しないと噂を流すって脅しだよね?

それなのに『ありがとう』っておかしくない? 感謝するとこじゃないでしょ?!


「うん。任せて! じゃあ、明日からね!」

「うん。分かったわ。双葉、よろしくね」


あっちゃー。固い握手が交わされてるよ。

これって明日から新見君の情報は双葉ちゃんに駄々漏れってことですね?

新見君、これもバカ松姉弟が悪いと諦めてください。ご愁傷様です。


こうして今日もバカ松家で一つの犯罪が産声を上げたであった………。


それにしても双葉ちゃんって本当にバカなのかな?

お弁当の件といい、今回といい、双葉ちゃんだけが目的を完遂している気がするけど?

う〜ん。でも考え過ぎかな? 双葉ちゃんにそんな芸当は無理だもんな。バカ松家の一員だしね。

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