第5章−[5]:JKの恐ろしさ此処に至れり

予定調和とはいえお昼の弁当交換会は継続し、しかも何故かピクニックシートまで敷いて、まるで気分転換のために場所を外に移しただけかのような結果に終わってしまっている。

まぁ、琴美は訳あって不在なのだが、それでも女子生徒が3人も集まれば十分に騒がしい。

とはいえ単に騒がしいだけであればBGMとして聞き流すこともできるのだが、あいつらの会話はまるで俺に突っ込みなさいと言わんばかりにボケまくっていて俺を放置してくれないのだ。

しかし、どうしてこういう展開になるのだろう?


俺がそんなことを考えながら自転車を押しながら学校の校門を出ようとした時、不意に後ろから声を掛けられた。


「おい、新見も今帰りか?」

「あぁ、なんだ日没か」

「日没じゃねえし、日出(ひので)だし!」


おお、日出、ナイスツッコミ!

って、思わず心の中で親指を突き立てた拳を作ってしまったではないか。


「なんだよ。また喧嘩売りに来たのか?」

「だからそれは若気の至りだって言っただろ。そうじゃなくて新見を見掛けたから一緒に帰ろうと思って声を掛けたんだよ」


やっぱりこいつは培養液に浸かっていたみたいだな。


「なんで俺がお前と一緒に帰るんだよ?」

「同じ方向なんだからいいじゃないか」

「はぁ? お前は電車だろうが。俺は自転車だ」

「じゃあ、歩いて帰ろうぜ」

「だからどうしてそうなるんだよ?」

「まぁまぁ、そう言うなよ。久し振りなんだし」

「はぁ? 久し振りもなにも初めてだろうが。で、用がないなら俺は先に帰るぞ」

「おいおい、ちょっと待てよ。それはないだろ」


ああ、もう、こいつはなんなんだ?

突然現れたかと思えば馴れ馴れしく接してきやがって、本当に調子の狂う奴だ。


「それより新見さぁ。お前、すっげーモテモテじゃん」

「はぁ? 何のことだよ? 俺は高校じゃあまだ一度も校舎裏には呼び出されてないからな」

「いやいや。そうじゃなくて生徒会だよ」

「生徒会?」

「ああ、生徒会の女子にモテまくりじゃないか」


は? こいつは何を突然トチ狂ったことを言ってんだ?

日の出と共に陽気に当てられて頭も清々しく晴れ渡ってしまったのか? 今日は曇ってるけど。


おそらくこいつは先日の生徒会室でのやり取りを見て言っているのだろうが、あれは誰がどう見てもボッチ養成教育の一環としか思いようがないだろうに。

それとも何か? リア充ではあれをモテると言うのか?

って、ひょっとしてリア充の奴らは全員ドMなのか? ねえ、そうなのか? ドMしかリア充になれないのか?


「はぁ? お前の眼は節穴か? あれの何処がモテてるんだよ?」

「えっ? ひょっとしてお前気付いてないの?」

「気付くも何もモテる要素がないだろうが。嫌味か? それとも新手の虐めか何かか?」

「………、新見、お前、ホント変わってないな」

「なんだよ。さっきから。喧嘩売ってんのか?」

「いやいや。そうじゃなくて。………というか、お前、その考え方やめた方がいいぞ」

「はぁ? 考え方ってなんだよ?」

「………、なあ、お前、自分はモテないと思ってるだろ?」


こいつは何を当たり前のことを言ってるのだろう?

俺の普通は他の奴の普通とは違うが、さすがにその程度のことは理解できる。

ボッチを舐めるな。ボッチの観察眼と自己分析力は誇れる程に優秀なのだ。


「何を当たり前のこと言ってんだよ? そんなの当然だろうが。くだらない質問するな」

「………、前から思ってたんだけど、お前、ひょっとして自分の価値が分かってないんじゃないか?」


自分の価値? こいつはバカか?!

さっきから当たり前の質問ばかりをして、何が言いたいんだ?

というか、俺はひょっとして馬鹿にされているのか?


「はぁ? だからさっきからなんなんだよ? 何? 俺が自分に価値があるなんて錯覚してるとか言いたい訳? 残念だったな。俺もそこまで馬鹿じゃねえよ」

「お前、何言ってんの?」

「だから分かってるって言ってるだろう」

「いや。全然分かってないだろ」

「はぁ? さっきから何言ってんだよ?」

「いやいや。それは俺の台詞だし。つうか、お前には才能があるだろ」


ああ、そういうことか。

日出の言っている才能と俺の思っている才能の認識が違うのだ。

日出が思っている才能というやつは、俺の思っている基礎能力のことだろう。

一方、俺が思っている才能というのは環境などの要素を含めたものだ。


それを簡単に式に表すと『環境×基礎能力=才能』といった感じだろうか。

端的に言うと基礎能力が世の中に『有効と認識される状態』になって初めて才能になる。

認識されない、もしくは、認識されたとしても有効でないものは才能とは呼ばない。


今の日本において、一部の例外を除けば環境と基礎能力のどちらもゼロになる者はいない。

確かに個人差はあるだろうし、ひょっとしたら環境もしくは基礎能力が1以下という人もいるかもしれない。しかしゼロではない。

そういった環境下では特段環境という要素を無視しても才能を語ることができる。

これが全国民中流階級、日本という国の特徴だ。


ところが俺の場合はこの環境が無視できない。何故なら俺の環境はゼロに等しいからだ。

これにより計算式で求められる俺の才能は『=非才(ゼロ)』となる。

そして、この結果は俺という存在に関わる全ての基礎能力に適用される。

それは『俺=ALL ZERO』を意味すると同時に、価値などどこにも存在する余地がないことを明確にする。


小学生でも理解できる簡単な問題だ。こいつは本当に高校生か?


「それは才能じゃない。単なる基礎能力だ。使えねえものを才能とは言わねえだろ」

「いや、まぁ、新見の場合はそうかもしれないけど。でも、その基礎能力を含めてお前だろ」


ああ、そうだ。この基礎能力も含めて俺だ。

だからこそ俺は『闇に紛れて生きる大作戦』を決行しているのだから。


「ああ、意味のないもんだけどな」

「意味はあるだろ。使えないかもしれないけど、その力はお前のものだし、お前自身の価値がなくなる訳じゃないだろ」


ああ、やっぱり俺はこいつが苦手だ。

蔑む訳でも、妬み恨む訳でもなく、俺個人を見て評価しようとしてくる。

しかし、だからこそ俺は譲れない。俺の存在を肯定するためにも。


「だったら日出、お前個人はどうなんだよ?」

「えっ?」

「お前はどうして親の金で高校に通ってるんだ? 何故、親に養ってもらってるんだよ?」

「そんなの学生だったら当たり前だろ」

「ああ、そうだな。当たり前だと思うぞ」

「お前、何言ってんの?」

「親に養ってもらっているから今のお前があるんだろ? それがなくてもお前は今のお前と同じままか?」

「あ、いや、それは………」


「そう言うことだ。俺個人の価値なんて言うだけ無駄なんだよ。大体、才能にしたって周りと比べるから才能なんだろうが。そう言う意味で俺は非才で無価値なんだよ」


「新見、お前、それ真剣に言ってるの?」


「ああ? 当たり前だろうが」


「おいおい、お前、ふざけるなよ。俺よりスポーツも勉強もできるのに非才で価値がないって、俺を馬鹿にしてるのか?!」


「はぁ? 誰もお前を馬鹿にしてないだろうが。ふざけてるのはどっちだ。今、その力を活かせてるのはお前か俺のどっちだよ? 将来性があるのはどっちだ?」

「………」


「曇った眼で人を勝手に美化するな。俺はお前の上にはいないんだよ」

「………」


「現実を見ろ。下を見てんじゃねえ。上を見ろ上を」


ああ、クソッ! 自分で自分に反吐が出る。

俺が非才で俺に価値がないのは当然のことだ。しかし俺だけはそんな俺を認めて好きでいようと決めている。だから俺は恨みもしないし卑下もしない。

しかし、それを口に出すとまるで恨み言を言っているようで自分が許せなくなる。


「もういいか? これ以上用がないなら俺は自転車で帰るからな」


俺が自転車に跨りペダルに足を乗せたところで、再び日出が声を掛けてきた。


「ちょっと待てって。それでお前は満足なのか?」

「ああ? そんなの当たり前だろうが。それが俺の普通で俺がいる場所だからな」


鯉は淡水魚の王様と言われている。しかし鯉は海では生きられない。

もし、鯉をもっと広い場所で泳がせてやりたいと思い海に放そうものなら鯉は死んでしまう。

しかし鯉は海で泳げずとも嘆くことはない。何故ならそれは不自由なことではなく当たり前のことなのだから。それを受け入れその状況の中で信念を持って強くあろうとしたからこそ鯉は王様なのだろう。


「そうか。じゃあ、俺もそのつもりで新見と付き合うわ」


えっ? こいつは何言ってんの? ひょっとして、お前そっち系?

そんなこと言ったら腐女子の皆さんが大喜びしちゃうよ。鼻から鮮血が飛び出ちゃうよ。大丈夫?

大体、俺はそっち系じゃないし。付き合わないし!


「はぁ? 馬鹿じゃないか?」

「いやいや。俺は馬鹿じゃないし。それと新見が非才で無価値なら俺が生徒会に入って彼女達と仲良くするから。お前、モテないから関係ないだろ?」


いやいやいやいや。こいつの言っていることがさっぱり分からない。

この前、沈められて日没君になったところだろうが。やっぱりリア充はドMなのか?


しかし………、

それも良いのかもしれない。

俺が生徒会からいなくなったら代わりに力仕事や雑務をする人間も必要だ。こいつなら何とかやっていけるだろう。


「ああ、俺には関係ないから好きにしろよ」

「ああ、じゃあ、またな」


ああ、クソッ! やっぱり俺はこいつが苦手だ。


◇◇◇


今日は天気予報の通り生憎の雨。

窓の外を眺めると昨日の夜から降り続く雨が今も弱まることなく降り続いている。

こんな日は気分が重くなる。その所為か先日の夏川先生や日出、そして双葉先輩との会話が頭の中を巡り殊更俺の気分を重くさせる。


そんな中、俺は3時限目終了のベルと同時にお昼休みの集合場所を伝えるために、2年生のクラスへと足を運んでいる。

いかんいかん。沈んでいる場合ではない。少なくとも双葉先輩の吹聴だけは潰さないとな。


俺は双葉先輩の教室まで辿り着くと、扉から顔だけを覗かせ静かに教室の中を見てみた。

と、その時、背後から肩を叩かれる。


「君誰か探してるの? ………、って、君確か生徒会にいた……、ニット君だよね」


そう声を掛けてきた女生徒には見覚えがある。

以前、伊織先輩の下着目当てに剣道部と柔道部が武道場室で揉め事を起こした際に生徒会室まで伊織先輩を呼びに来た先輩で、確か風紀委員の………に、西陣織? じゃないな。あっ、そうだ。香織(かおり)先輩だ。ちょっと遠かったか。


「ねえ、お米の王子様がどうしたの? 双葉に用事? それとも伊織?」


えっ? お米の王子様? どうしてあなたがそれを知ってるの?

俺の顔って銀シャリ並みにテカってます? ちゃんと顔を洗ったんですが足りてません?

しかもその意味不明な満面の笑みは何?


「ちょっと待てってね。いおり〜、お米の王子様が来てるよ〜〜」


香織先輩はそんな俺の動揺など微塵こ(ミジンコ)の如く無視して教室中に聞こえるような声で伊織先輩を呼び出した。

その途端、教室中の視線が一斉に此方に降り注がれる。


これに似た光景には覚えがある。

俺が教室で女子生徒と話した時に注がれるそれと酷似している。しているのだが………、

何故かこいつらの眼には好奇な何かが宿っており口は三日月の如く口端が吊り上っている。

いつもと違う、いやそれ以上にヤバい感じがヒシヒシと伝わってくる。


ガタッ!ガタッ!ガタッ!


そして、その好奇の眼をした恐ろしい生命体達は一斉に席から立ち上がると、


「「「「「「「「きゃあ〜〜〜、お米の王子様だ〜〜〜」」」」」」」」


という声と共に怒涛の如く一気に此方に向かって押し寄せてきた。


えっ? 何? 何が起こってるの?

口から黄色いのが出てるんですけど! どうして? 声に色が付いて見えるんですけど! 呪い? 呪縛?

って、待て! こっちに来るなーーーー!

おい、香織! 俺の逃げ道に立ち塞がるなーーーー!


『うっ、ぎゃ〜〜〜〜〜〜!!』


◇◇◇


「ぐすんっ! 犯された! 俺の初めてを奪われた」


俺は今、階段の隅に体育座りで膝を抱えならが膝に顔を埋めて座っている。

恐ろしい! JKがあれ程恐ろしい存在だとは知らなかった。


「す、すまない。に、ニット」

「いや。伊織先輩の所為じゃないですから。へっ!」


俺が恐ろしいJKの集団に無抵抗なまま好きなように弄ばれ始めたところに伊織先輩が颯爽と割って入って俺を助け出し、そのまま二人して此処まで逃げてきたのだ。


「そ、それより、に、ニット、そ、そのぉ………」


なんなの? 伊織先輩まで俺から視線を逸らして。


「なんですか? 俺の体はそんなに汚(けが)れてますか? ぐすんっ!」

「あ、いや、そ、そうじゃなくて………、た、たぶん、ズ、ズボンのチャックが……開いているぞ」


えっ?

俺が自分の股間に眼を向けるとそこには全開になった俺の社会の窓。

そしてそこから厳かに顔を覗かせるパンツがいた。


えっ? いつの間に開けられたの?


J、JK、こえぇぇぇぇぇぇぇええええ!


ねえ、あのまま伊織先輩が来なかったら俺の貞操はどうなってたの?

俺は婿にいけない体になってたの? 学校で? 大衆の面前で?

しかも見境なし? 誰でもありなの?


J、JKって、えげつねぇぇぇぇぇぇぇええええ!


も、もう二度と2年生のクラスには来ないからな! 死んでも来ないからな!

誰だよ!? 双葉の吹聴を潰すって意気込んでた奴は? バッカじゃねえの? JK舐め過ぎだっつうの! 身の程知らずにも程がある。JKは人類の覇者なんだからなっ!


「こ、こほんっ! そ、それでニット、ひょっとしてお昼の集合場所を知らせに来てくれたのか?」

「あ、はい。そうですけど。ところで双葉先輩はどうされたんですか?」

「ああ、双葉か。双葉は学校に来て直ぐにお弁当を間違えたと言って取りに帰ったまま、まだ戻って来てないんだよ」

「えっ? この雨の中をですか?」


この雨の中を取りに帰るって、どれだけ俺の弁当を食いたいんだよ。

忘れたなら忘れたで、そこまでしなくても購買とかで買えば良いだろうに。

お米好きにも程がある。やっぱりあいつの頭にはツルツルツヤツヤのデッカい米粒が入っているに違いない。


「ああ、私も間違えてても問題ないだろうと止めたんだがな」

「えっ? 間違えたって? 忘れたんじゃないんですか?」

「ああ、お父様のお弁当と間違えたそうだ」


えっ? ということは一応お弁当は持って来たってこと? それなら別に問題ないだろうに?

ひょっとして双葉家では個人ごとに弁当の内容が違うのか? 好みに合わせて変えてるのか?

う〜ん。それなら納得もできるが………、って、できないな。そんな贅沢許されません!


「なら既にお父さんが双葉先輩のお弁当を持って行ってるんじゃないんですか? 大体、なんですか、その贅沢」

「やはりニットも贅沢だと思うのか………?」

「そんなの当たり前じゃないですか」

「そ、そうか。そうなのか………。や、やはりそんなに嬉しいものなのか………」

「??? 伊織先輩? どうしたんですか?」

「あ、い、いや、な、なんでもにゃい」

「??? まぁ、いいですけど。それよりもう4時限目も始まってますが、まだ戻られてないんですかね?」

「あ、そうだな。教室に行くにはこの階段を通るはずだから、まだ………のようだな」


まさか父親の職場まで交換しに行ったとか?

う〜ん。双葉先輩ならあり得るだけに怖い。

『突然職場に弁当を持った美少女JK現る!』

おお、なんと恐ろしいまでのシュールな光景だろう。うん。これでお父さんの出世は閉ざされたな。ご冥福をお祈り致します。


「そうですか。だったら戻って来られたら集合場所を伝えといてください」

「ああ、分かった。で、どこに集合だ?」

「部室棟の西階段の屋上に出る扉の前でお願いします」

「ああ、あそこなら人は来そうにないな」

「ええ、ただ、あそこであの恐ろしいJK軍団に襲われでもしたらと思うとゾッとしますけどね」

「あ、いや、ホントにすまなかった」

「いや、伊織先輩が悪い訳じゃないですから。ああ、双葉の奴! 覚えてろよ!」

「よ、呼び捨て!」

「え、あ、すみません。ちょっと頭に血が」

「あ、ああ………」

「それじゃあ、よろしくお願いします」

「あ、ああ………」


はぁ。それにしても散々な目に遭ってしまった。

しかも既に4時限目が始まってしまっているので明らかに遅刻だ。

授業の途中に教室に入ろうものなら先生からの小言ばかりか嘲笑の視線にまで晒される羽目になる。ああ、考えるだけで気が重い。


「よ、呼び…捨て………」


あれ? 何か聞こえたか? ひょっとして幻聴?

はぁ、何気に疲れが溜まっているのかもしれないな。

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