第5章−[4]:やはり予想は裏切らない

今日は昨日と打って変わって穏やかな時間が流れている。

とはいえ完全に穏やかかというと実際はそうではない。昨日、俺が恵那(えな)に放った言葉によって教室内での俺への視線が冷たいのだ。

だが、こんなことは俺にとっては特筆するようなことではなく、いつもの日常の一コマだ。

しかし、恵那の方はそうでもないようで周りの視線を気にしてか俯き加減に席に座って静かにしていた。少しお灸を据え過ぎただろうか? でも、これで少しは教室も静かになってくれるといいが。


そして俺はそんな教室から逃れるべく今はぼっちの定番である駐輪場の横、通用口入口前にある階段に座っている。


ダッ!ダッ!ダッ!ダッ!ダッ!ダッ!ダッ!キィーーーーーー、タン


「ニット君、見っけ!」

「双葉先輩、どうして来たんですか?」

「うん? だってニット君、昨日教室はダメって言ってたからね」

「だから此処に来たと?」

「うん。そうだよ」


なんとも双葉先輩らしい身勝手な解釈だ。

さすが会話連結強制接続斬(ワードチェインブレイカー)の保有者といったところか。

まぁ、その解釈は間違ってないので、これも予定調和というやつだろう。


「それじゃあ、これどうぞ」

「わ〜い」


双葉先輩はまるで子供がおもちゃを手に入れたときのように無邪気にはしゃいでいる。

ホント、どれだけ米好きなんだよ。

俺の弁当を貰って喜ぶ奴はこいつくらいなものだろう。ここまで喜こばれると俺の貧乏も満更ではない気がしてくるのが不思議だ。


「それじゃあ食べますか」

「うん」


そう言えば双葉先輩と二人だけでご飯を食べるのは初めてではないだろうか。

何故か弁当交換会が始まった初日から生徒会メンバーが全員集合していた気がする。

そのおかげで今まで双葉先輩の弁当を碌に味わえた記憶がない。

あれ? でも最初に双葉先輩に弁当を盗まれた日は味わえたっけ。どうしてだろう?


「ニット君のお弁当はいつも美味しいよね」

「でしょ! 米は上等なものじゃないんですけどね。炊き方にコツがあるんですよ」

「えっ? どういうコツ?」

「えーっとですね。少し水を多目に炊くんです。指の半関節ぐらいですかね。すると米がふっくらと炊き上がるんです。まぁ、硬めのご飯が好きな人には好まれませんけど」

「水を少し多目にするだけで変わるんだね」

「そうなんですよ。お弁当とかに入れてもご飯が硬くなり難いのでお勧めですね」


まぁ、本当のところは貧乏家庭の水増し術なのだが、弁当に入れても水分が多目なので硬くならないのは経験済みだ。


「ニット君はやっぱりお米の王子様だね!」

「えっ? なんでそうなるんですか?」

「えへへ。だって、お米の美味しい食べ方をよく知ってるんだもん」


う〜ん。そもそも身に付けたくて身に付けた訳ではなく、貧乏人にとっては生きていくための必須技能なので、そこを褒められても微妙な気分だ。


「そうすると農家さんは皆さんお米の王子様になりますよ」

「あっ、う〜ん。でも王子様がいっぱいなのは良いことだよ」

「それ、もう王子様じゃないですけどね」

「えぇ〜、そうかなぁ?」


なんともくだらない会話だ。しかし不思議と和んでしまう。

って、ひょっとして俺は双葉先輩に順応させられている? 会話連結強制接続斬(ワードチェインブレイカー)に侵されてる? サナトリウムに連れてかれないよね?


と、二人でこんな意味もない会話をしているうちに俺も双葉先輩も弁当を食べ終えていた。


「ああ、美味しかったぁ」

「俺の方こそ旨かったです」


うう〜ん。久しぶりに双葉先輩の弁当を味わうことができた。天にも昇る気分だ。

やっぱり超豪華弁当は味わわないと勿体無いない。こういうのを至福というのだろう。


そう言えば、昨日から弁当箱が大きくなって、おかずの量が増えている気がするな。

ひょってして双葉先輩のお母さんにまで気を使わせてしまっているのだろうか?


「えへへ」

「本当に美味しかったですよ。いつもありがとうございます」

「それはそれはお褒めに頂きありがとうございます」


いやいや。双葉先輩を褒めてませんよ。双葉先輩のお母さんを褒めてるんです。


「ところで、双葉先輩は教室に戻られますよね?」

「えっ? まだ戻らないよ」

「えっ?」

「へへぇん。双葉は読書タイムです!」


双葉先輩はそう言うと俺に1冊の本を見せ付ける。

そこにはデカデカと『お米の教◯書』と書かれていた。

それ読書? ねえ? 何か間違ってない?

って、お前の頭の中はお米一色かっ! 銀シャリの白銀色で溢れてるのかっ!?

う〜ん。大丈夫か? 脳味噌ツヤツヤツルツルになってないか?


「そうですか。じゃあ、俺は勉強するんで静かにしていてください」

「うん。大丈夫だよ」


…………………………………………

………………………

…………


ヒュゥゥゥゥーーーー!


俺が教科書に眼を向けてから十数分が経過した時、不意に少し強めの風が吹き抜ける。

それと同時にその風は勉強に集中していた俺の意識を現実の世界に引き戻した。


…………


そして、俺の横にはそんな風も気にせず読書をしてる双葉先輩の姿がある。

双葉先輩の髪は先程の風によって少し乱れている。しかし、それを無意識に手櫛で髪を整えるように梳かしながらも視線は本に向けたままだ。

その横顔は穏やかで微笑みすらたたえいて、見ている者の心を鷲掴みにする。


………………………

…………


と言いたいところだが、

さっきの風でも物ともしないこいつの神経の図太さに驚かされてしまう。


その本にそこまで没頭するとはお米好きにも程があるだろ?!

絶対こいつが料理をしたら、おかずが炒飯で主食が白米とかだな。将来の旦那様が毎日ご飯ばかりを食べさせられて悲しむ姿が目に浮かんでくるようだ。お可哀想に。ご愁傷様です。


…………

…………

しかし………………………、


悪くはない空気だ。

気が付けば隣に誰かがいる。俺と一緒に俺の隣にいてくれる。

何を話す訳でもなく気が付けばただただ隣で和かに佇んでいる。

それは同じ時間を共有しているようにも感じられて。それは俺と同じ歩調で俺の隣を歩いてくれている気がして、俺を見守ってくれているようにも感じられて温かい気持ちになる。


壊したくない時間。声を掛ければ壊れてしまうんじゃないかと思える時間。


俺にもそんな時間が訪れることはあるのだろうか?

一緒に歩んで疲れたら一緒に休む。お互いに好き勝手しながらも笑い合い語らずとも分かり合える。それが壊れることなく永遠に続くそんな関係。そんな時間は訪れるのだろうか?


………、そんなものはある筈もない。

ましてや俺にそんなものは訪れる筈もない。

分かっている。俺の周りに、傍に人はいない。いたことはない。

俺に近付く人間もいなければ、近付いたとしても直ぐに離れていく。

離れるなら近付かないで欲しい。それは少しの期待を抱かせ、そして打ち砕き痛みだけを残していくから。

そんなことは嫌という程経験した。

だから俺は期待しない。してはいけない。俺にはその資格がない。

だから俺は、俺だけは自分を認めて、どんな時でも自分だけは自分の傍にいようと決めた。

そうだ。それで充分だ。それ以上は望まない。望んではいけない。


「うん? ニット君、どうしたの?」

「………」


「大丈夫だよ!」


「えっ?………、大丈夫?」


「うん。大丈夫だよ!」


「………、って、何を言ってるんですか? 大丈夫って………?」

「う〜ん。分かんない。でも、なんだかニット君が辛くて寂しそうだったから」

「………、いや。何のことですか。俺は辛くも寂しくも………ないですよ………」

「う〜ん? そうかなぁ?」

「………ええ、そうです………。勝手に闇に落とさないでください。これは地顔です」

「う〜ん? おかしいなぁ?」

「おかしくない…ですから………」


それ以上近付くな。入り込むな。俺は、俺だけで充分なん………だ。

………………


「ふぅ………、大体、分からないのに『大丈夫だよ』なんて無責任なことを言うもんじゃないですよ」

「ええ〜? 無責任じゃないよ〜」

「そんなことを言ってたらそのうち責任取らされますよ」

「えっ? う〜ん。でも、その責任だったら取………」


そして双葉先輩が何かを言おうとした時、その言葉を遮るように、


「こらーーー! 双葉ーーー! こんなところにいたのか! お前はいつもいつも勝手なことをしてっ!」


伊織先輩が駆け付けてきた。


「ニット、すまない。目を離した隙にまた逃げられてしまった」

「ええ〜? 双葉は逃げてないよ〜」

「あっ、ああ、別にいいですよ。勉強の邪魔はされてませんからね」

「えっ? そうなのか? 双葉がか?」

「いおりん ひどーーい! それじゃあ、双葉が悪い子みたいだよ」

「ええ、珍しく大人しかったですからね」

「ニット君までひどーーい! ブーーー!」

「ああ、双葉、すまない。しかし、そもそもお前が逃げるからだぞ」

「だから逃げてないよーーー。双葉は教室には行ってないもん!」


「ああ、こんなところにいらしたんですね」


と、その時、またまた新たな参加者が飛び込んでくる。


「愛澤までどうしたんだよ?」

「いえ。伊藤先輩が新見君のクラスの周りを走り回っておられたので声を掛けたら双葉先輩が逃げたと聞いたもので一緒に探してたんです」


そうか。そういうことか。伊織先輩と愛澤らしい。こういうところは素直に尊敬できる。


「ええ〜、いおりん、ニット君の教室行ったの?」

「あっ、いや。それは双葉が逃げるからだな、仕方なく………」

「ああ〜、それはいけないんだよ。双葉は行ってないもんね」

「あ、いや。だから、そ、それは………」


って、あれ?………


「それよりどうして若松先輩は此処に居られるんですか?」

「えっ? それはね。ニット君とお弁当の交換を………」

「それはいいんですか? お弁当交換会は中止になってますよね?」

「う〜ん。でも、教室には行ってない………」

「新見君の勉強を邪魔しないように中止にしましたよね?」


う〜ん………………


「ええ〜。で、でも、そしたら あいあい はどうしてニット君の教室の近くにいたの?」

「えっ? いえ、新見君の教室の傍にいた訳ではなくて、そ、それは………たまたま………」

「ええ〜。その格好でぇ? 三つ編みメガネでぇ?」

「あっ、いえ、これは、その今日の気分に合わせて………」


う〜〜〜ん………………


「ええ? 愛衣君、そうだったのか?」

「い、いえ、違います。そ、それより伊藤先輩もちゃんと若松先輩を監視して頂かないと困ります」

「いや、だから、それはだな………」

「昨日お願いしましたよね?」

「あっ、いや、でも………」


「って、うるさーーーーい! それだ、それ! それが俺の勉強の邪魔をしているんだ! お前ら少しは自覚しろーーーー!」


「「「うっ、うぅ」」」


ああ、なんだよこれ? どうしていつもいつも最後はこうなるの?

ねえ、誰か教えて。どうやったら静かな高校生活が送れるの?

少しでも和んでしまった俺の気持ちを返してっ!


◇◇◇


「ところで愛澤さん? このマットはなんですか?」

「これはピクニックシートですが?」

「ピクニックシートねぇ。そうですか。って、そんなことは見れば分かるわ! どこから持ってきたんだと言ってるんだ!」

「えーっと、私の家からですが?」

「ふ〜ん。4人がゆったり座れて弁当まで広げられるようなものをわざわざ家から持ってきたと?」

「はい。当然です」

「いやいや。当然じゃないよね? ここ学校だよね? これ持ってきちゃダメだよね?」

「どうしてですか?」

「どうしてって、こんなデカいもの嵩張るだろ」

「それなら大丈夫です。折り畳めばリュックに入りますから」

「じゃあ、教科書とかは?」

「教科書は手提げのカバンで持ってきたので問題ないです」

「ふ〜ん。じゃあ、ピクニックシートを入れたリュックを背負いながら教科書の入った手提げカバンを持って三つ編みメガネの格好で通学したってことか?」

「ええ、そうです」

「へぇ。なるほど。そうですか。って、そうじゃねえよ! お前はどこのコミケ帰りだ! ここは学校だ! 疎開してくるな!」


ああ、どうして今日は初っ端からこんなことになっている?

今どういう状況になっているかというと、昨日とは打って変わって今日のお昼休みは何故か最初から双葉先輩、伊織先輩、愛澤が揃ってやってきたかと思うと、当然の如く通用口入口前にピクニックシートを広げて寛ぎ始めたのだ。


しかし、こいつらは揃いも揃って、どうしてこうも予想の斜め上をいくのだろう?

正直全員が此処までぶっ飛んでいると俺の方がおかしいのかという気になってくる。


それにしても、これ、俺がいなかったらどうなるんだ?

ツッコミ不在で全員ボケまくるだけ?

う〜ん。収拾のつかないお祭り騒ぎしか想像できないが、ひょっとしてそれはそれでアリなのかな?

まぁ、2学期からは黙っていてもそうなるのだが。


「はぁ、もういいよ。それより双葉先輩、さっきから空を見上げてどうしたんですか?」

「う〜ん。今日は曇ってて暗いなぁって思って」

「そうですね。今日は夜から雨が降るそうですよ。明日も一日中雨だそうです」

「ああ、朝の天気予報で言っていたな」


そうなのか。どおりで陽が出ていない訳だ。

自転車通学の俺としては雨は天敵みたいなものだ。

今日帰ったら忘れずにカッパを出しておかないといけないな。

あっ、それより日出(ひので)に日照り乞いをさせた方が良いのかな?


「ああ、それでこんなに曇っているのか。でも、双葉先輩、それがどうかしたんですか?」

「う〜ん。明日雨が降ったら何処でお弁当交換会するのかな?って」

「ああ、そうだな。雨が降ったら此処ではできないからな」

「そうですね。いつもなら一人なので適当に場所を探して食べてましたが」

「だったら生徒会室で食べたらどうだ?」

「でも琴美ちゃんがいないですからね。生徒会室だと少し気が引けませんか?」

「うんうん。このお弁当交換会は非公式だからね」


えっ? 非公式って何? 弁当交換会に公式非公式があったの?

いやまぁ、建前上は中止中だから非公式には違いないが、そもそも生徒会室でのいつもの弁当交換会が公式だと認定されていたのが初耳なんですけど。

どこかにスポンサーが隠れていたりするのだろうか?


「それじゃあ、適当に探しておきますよ。明日のお昼休みまでには双葉先輩のところに教えに行きますので、愛澤にも教えてやってください」

「えっ? どうして私には直接教えてくれないんですか?」

「それは前にも言っただろうが。双葉先輩は2年だから周りも俺のことを知らないだろうし生徒会室以外で話し易いんだよ」


「えっ? あっ、いや、それは………どうだろうな?」


うん? それはどういう意味だ? 俺のボッチは2年生にまで知れ渡っているのか?


「えっ? でも俺はまだ目立つようなことはしてませんよ、ね?」

「そういうことではないんだが………」


って、おいこら双葉! 何を視線を逸らしてるんだ?

口を尖らせてふぅ〜ふぅ〜してんじゃんねえ! それは口笛のつもりか?!


「あっ、いや。うん。たぶん………大丈夫だと思うぞ」


たぶん、か。

まぁ、犯人が誰なのか大体想像できるのと伊織先輩の態度から悪いことではなさそうだが。

こいつはいったい何を吹聴したんだ?


「それでは明日も私が変装してきますので、私が聞くということでどうでしょうか?」

「えっ? 愛衣君がか? あ、いや。あ、えーっと、そ、そんな気を遣わなくても大丈夫だ! うん。きっと大丈夫だから。私がいるから。心配しなくても、わ、私達が聞くぞ!」

「伊藤先輩、心配はしてませんよ。それより2年のクラスに行くより私が聞いた方が早いですからね」

「あ、いや。愛衣君、それには及ばないぞ。そもそもこのお弁当交換会は双葉が勝手にやり始めたことだ。それに愛衣君の手を煩わせるのは申し訳ない」

「それなら伊織先輩の手を煩わせるのも悪いってことになりますが」


えーっと、お二人さん?お互い相手の手を煩わせないように気遣いしているのに、どうして眼は睨み合ってるんですか? もの凄い火花が飛び散ってますよ。って、譲り合いを奪い合ってどうするんだ? どれだけ善人者なんだよ。


「って、はいはい。ストォーーーップ! それじゃあ、明日にでも双葉先輩のところに教えに行きますんで」

「や、やったーーー!」

「えっ? どうしてですか?」

「大した理由はないよ。そもそも双葉先輩に伝えるのが目的だからな」


それに何を吹聴したのか知らないが、良からぬことなら早めに潰しておいた方がいい。

でも………、俺に潰せるんだろうか? 潰せるよね? そこまで酷いことしてないよね?


「そうですか。今回は仕方ないですね」

「よし! それじゃあ、待っているぞ!」


それにしても、これって既に公式化している気がするのは気の所為だろうか?

確か勉強するために中止にした筈なんだが、既に2日目にして崩壊してるし………

ねえ、どうして?

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