第2章−[2]:おかずいっぱい弁当と勧誘

俺は今、校舎の廊下を俺の弁当を持って逃げ回っている女生徒を追い掛けている。

それにしても素早しっこい奴だ。一向に追いつかない。

よくもこれだけの速さでお昼休みの廊下を走れるものだ。

驚く程の華麗な足捌きで人混みを掻き分けながら走っている。お前は南斗の星の生まれか!?

それにしても速すぎる。

とはいっても、俺が全力を出せば追付けるのだが、話はそう簡単ではない。

俺は『闇に紛れて生きる大作戦』決行中だ。こんな人の多いところで俺の高スペックを晒すわけにはいかないのだ。

仕方なしに離されない程度のスピードで追い掛けているのだが、このままでは埒があきそうにない。何とか追い込む手立てはないだろうか?

俺が手を拱いきながら追い掛けていると、その時、不意に誰かが教室の扉から出てきた。


危ないっ!


俺は一瞬ぶつかりそうになるも咄嗟にその人影を避け、「すみません」と一言だけ声を掛けるとそのまま走り過ぎようとした……、次の瞬間後ろから、


「こらーーーー!新見君!廊下は走っちゃダメです!」


という声が聞こえてきた。


えっ?俺が走りながら後ろを振り返ると、そこには若葉先生が前のめりの姿勢で大きな声を出して唸っていた。

あれ?先生が何故こんな所に?

俺が不思議に思って教室の札を見ると、そこには『職員室』とデカデカと書かれている。

やられたーーーー!あの女生徒、走りながらトラップを仕掛けてやがった。

わざわざ校内を走り回ってたのはこのためか。なかなかの策士だ。

しかし、今はこんなところでトラップに嵌っている場合ではない。

若葉先生には申し訳ないが、『お説教は後で受けさせてもらいます』と俺は心の中でそれだけ呟きその場を走り去った。

あぁ、俺が悪い訳じゃないのに、またお説教コースだよ。泣けてきた。


◇◇◇


幕間

職員室での一幕になりますので、モノローグでお届けします。


「もう!新見君ったら、走っちゃダメだって言ってるのに!」

「若松先生、どうしました?」

「あっ、夏川先生。いえ、今、うちのクラスの生徒が廊下を走っていたので注意したんですが…、走って逃げられちゃいました」

「職員室の前を走って、しかも逃げるとは良い根性の持ち主ですね」

「笑い事じゃないですよ〜」

「あはは。すみません。しかし若松先生のクラスは困った生徒が多いようですね?」

「えっ?」

「いや。先日も部活の新設申請を出して教頭先生に叱られた生徒がいたとか…。あれも若松先生のクラスの生徒じゃなかったでしたっけ?」

「あっ、あぁ、あれ……ですか?あれは生徒が悪い訳じゃなくて、私の説明が悪かったというか…」

「?、若松先生は優しいですね」

「そ、そんなことは…ないです。でもでも、本当に申請内容には感動したんです」

「ほほう。ちなみにどんな申請内容だったんですか?」

「えっ?」

「あっ、いや。私も生徒指導の立場上、知っておきたいなと思いまして」

「あぁ、そういう事なら持ってきます」

………

「ありました。これが申請書です」

「ありがとうございます。読ませてもらいますね」

………(詳しくは第1章−3話目を読んでください)……

「なるほど。これはなかなか巧妙ですね。経験がなければ疑いませんよね」

「巧妙?経験?…ですか?」

「ええ。生徒指導をしていると屁理屈を捏ねる生徒もいて、そんな生徒に揉まれるんですよ。しかし…、これは屁理屈を超えてますね。立場が違えば正しいとも言えますから…」

「ですよね。私も志は素晴らしいと思うんです」

「あっ、あはは。若松先生は純粋ですね」

「えっ、あっ、ありがとうございます」

「あははははっ(汗)……、それにしても申請してきた部活が帰宅部とアルバイト部ですかぁ…。何か事情がありそうな気もしますね」

「あの〜、社会貢献部と高齢化社会対策部…です…?」

「ああ、そうでしたね。………、あの、若松先生、中学から送られてきたこの生徒の内申書を見せてもらっても良いですか?」

「えっ?内申書ですか?」

「あっ、私もこの生徒に少し興味が出てきたもので」

「夏川先生も感動されたんですか?!分かりました。少し待っててください」

「………(汗)」

………

「すみません。お待たせしました。これです」

「ありがとうございます。では読ませてもらいますね。………成績優秀……スポーツ万能………母親が病弱で収入が少ない……。うーん……。なるほど、そういうことですか」

「えっ?そういうことって、なんですか?」

「あっ、彼が悪い子ではないという意味です」

「はい!私もそう思います」

「えーっと、生徒名は……、新見っていう生徒ですか?」

「あっ、はい。先程、廊下を走っていた生徒です」

「ほう。それは生徒指導としても放っておけないですね」

「あっ、いえ〜、新見君は悪い子じゃないんですよ!」

「大丈夫ですよ。私も分かってますから。ただ少し…放っておいてやることでもなさそうですからね」


幕間終わり


◇◇◇


既に追い掛けっこを始めて10分ぐらい経つが、未だ捕まえる手段が見つからない。

このままでは、捕まえたとしてもお弁当を食べる時間がなくなってしまう。

校舎内ではなく、人気のないところを走ってくれればなんとかなるのだが。

俺がそう思っていた時、彼女も逃げ切れないことを悟ったのか、突然、ある教室へ飛び込んだ。

おしっ!これで逃げられないぞ。袋の鼠だ。自ら教室に飛び込むとはバカな奴だ。


俺は少し遅れて彼女が入った教室の扉に手を掛ける。

確かこのフロアにあるのは2年生のクラスだったはずだ。

上級生のクラスにいきなり飛び込むのはさすがにマズいので、俺は教室の外から中を覗き込んだ。

しかし、そこには、俺の弁当を広げて、まさに今食べようとしている女生徒がいた……。


「おーーーい!こらーーーー!待てーーーーー!」


俺は一目散に彼女に駆け寄り、弁当に向かって右手を差し出した。

のだが……、


スウーーーーーーーーー


あれ?俺の視界の中の風景が右から左に流れてる………?

ドンッ!!!!!

えっ?何が起こった?気がつくと俺は床に倒れていた。

「はっ!」俺は慌てて上半身を起こし、俺が居たであろう場所を見た。

すると、そこには片方の脚を蹴り上げ、もう片方の脚で立っている女生徒が………、


「あっ、水玉模様」

「双葉(ふたば)を襲っただけでは飽き足らず、私のスカートの中まで覗くとは、今度は顔面に蹴りを喰らいたいのか?!」


俺を蹴り飛ばしたと思われる女生徒 ー とりあえず少女Aとする ー は顔を真っ赤にしながら、サッと脚を降ろしてスカートの裾を押さえ、そんなことを言ってきた。

待て待て待て待て!どうやったらそういう解釈になる?

勝手にスカートの中を見せてきたのはお前だろ!?狂暴&痴女行為の被害者は俺だろ!理不尽にも程がある。

しかし、まぁ、これ以上謂れのない蹴りを入れらるのはもっとごめんだ。


「待てーーー!」


俺は慌てて起き上がると、俺の弁当に向けて指差した。それに釣られて少女Aも弁当の方を見る。


「???」


少女Aは、しばらく弁当を眺めていたかと思うと、「はっ!」と目を丸くした。

そして首からギギギという効果音が聞こえてきそうなぎこちない動きで此方を向く。


「ははっ、はははっ(汗)」


その顔には少し引き攣った笑顔を浮かべている。

良かったぁ。どうやらこれ以上、蹴られずに済みそうだ。


◇◇◇


「すまない。本当に申し訳なかった」


今は、俺が少女Aに何が起こったのかの説明をし、状況を理解した少女Aが、深々と頭を下げて謝っているところだ。

それにしても、腰から上を前に90度に曲げた見事なお辞儀だ。余程厳格な家庭に育ったのだろうことが窺える。

そして、この少女Aは、名前を『伊藤(いとう) 伊織(いおり)』というらしい。少し赤味掛かった茶髪をポニーテールにしてる。身長は女子にしては高い方だろう。170cm近くありそうだ。やけに脚が長い。

顔立ちは、美少女というより、その容姿に見合った感じの美女だ。

色に例えるならシャープな赤といった感じか。


「ほら!双葉!お前も謝れ!」


伊織先輩は、置引き少女の頭を押されて頭を下げさせようとしている。

置引き少女の名前は『双葉(ふたば)』というらしい。


「えー、どうして?私もらったんだよ」


まだそんなことを言ってやがる。


「それはもらったとは言わん!」


まるでアホな子に言い聞かせる母のようだ。


「伊藤先輩、もういいですよ。怪我もなかったですし。それに、ちゃんとお弁当も食べられましたから」


弁当と言っても俺の弁当ではない。俺の弁当を置引きした女生徒の弁当だ。


「しかしなぁ?君のお弁当を見る限り、双葉のお弁当は君の好みに合わなかったように思うのだが…」

「いえいえ。俺は米好きじゃないですから。そんな偏食家じゃないです。むしろ双葉先輩のお弁当は、年に1回食べらるかどうかってぐらいのご馳走で涙が出そうですよ」


そんなご飯を主菜にご飯を食べるような偏食家が居てたまるか!そんな奴が居たら一度会ってみたいものだ。


「まぁ、そこまで喜んでもらったのら良いのだが…」


伊織先輩は少し引き攣った笑顔を浮かべている。


「えーっと…、それよりも、双葉先輩はどういて俺の弁当を盗……、持っていったんですか?ご自分のお弁当があるのに?」

「あぁ、それは双葉が米好きだからだよ。こいつは放っておくと、ご飯を主菜にご飯を食べるからな」


居たーーーー!偏食家が目の前に居たよ。すぐに会えたよ!


「それより、君は、双葉にお弁当を取られるまで気付かないほど部活一覧を眺めていたそうだが、何かあったのかね?」


この時期になってまだ部活一覧を見ているのが不思議だったのだろう。今度は、伊織先輩が質問してきた。


「あっ、それはですねぇ………、」


俺は事情を説明しようか思案する。説明するとなると、自分が超ビンボーであることもバレてしまう。

俺は少しの間黙考したが、すぐに答えを出した。

既に俺の弁当を見られてしまっているし、行き詰まっている現状を考えると、先輩からのアドバイスも欲しいとろだ。


「それは、うちの家庭が超ビンボーでして、お金が掛からない部活を探してたんですが、見つからなくて…」

「…………。あぁ、なるほどぉ」


伊織先輩は、双葉先輩の前で空になった俺の弁当箱を見ながら、そんな返答をした。

この伊織先輩は、かなり察しの良い人のようだ。この学校に入って初めて真面な人と話した気がする。早とちりの狂暴ささえなければ完璧だ。って、ダメじゃん!


そして、伊織先輩は少しの間黙考し、双葉先輩に語り掛けた。


「双葉、彼にうちに入ってもらってはどうだ?」

「えっ?う〜ん。そうだねぇ………、あっ、いおりん、それいいね!そしたら毎日ご飯がいっぱい食べれれるしね」

「待てーーーー!」

「………、あっ!すみません。大きな声を出してしまって。えーっと…ですね。その〜、お二人方の話が見えないのですが…、それに後半、俺の弁当の危険を感じたんですが…」

「お弁当なら大丈夫だよ。双葉のを君にあげるから♡」


お前は黙ってろ!話が進まないから!ややこしくなるから!でもまぁ毎日あの弁当が食べられのは唆られるが。

そんな双葉先輩の言葉をスルーし、伊織先輩が答えた。伊織先輩カッコいい!


「ああ、そうだな。説明がまだだったな。私達は生徒会のメンバーだ。そこにいる双葉が生徒会長で、私が副会長をやっている」


ええーーーー!生徒会役員?しかも置き引き犯が生徒会長?いいのかこの学校?

あれ?そういえば先日どこかで生徒会の話題を聞いた覚えがあるぞ?

えーっと、あれは…は、林?いや速水だ。奴のグループが話していたな。

確か、生徒会は…、美少女揃い…とか言っていた気がする。

なるほど。確かに双葉先輩と若葉先輩を見れば納得はできる。まぁ、中身は置引き魔と早とちり狂暴痴女だけどな。

思春期の同志よ!見た目に騙されてはいけない。目を覚ませ!これが現実だ!


「はぁ、お二人の立場は分かりましたが、でもどうして俺なんですか?」

「ああ、今生徒会メンバーが不足していてな。丁度探していたところだったんだ。それに話を聞くと君は適任だと思ってね」

「適任…ですか?」

「ふむ。生徒会メンバーは職務上、部活との両立が難しいので部活を免除されているんだが、目ぼしい生徒は既に部活に入っていてなぁ。それに、君は結構物事に臆さないタイプのようだし、なにより、生徒会はお金も掛からない。君の希望にもかなっているんじゃないかと思ってね」

「なるほど、確かに希望通りの環境ですが………」


でも、少し引っ掛かる。生徒会といえば学校運営に関する生徒代表のような立場だ。さすがに目立つんではないだろうか?

しかも美少女揃いともなると別の意味でも注目を浴びてしまう。

俺は目下『闇に紛れて生きる大作戦』決行中の身。できる限り目立つのは避けたい。

とはいえ……、部活に詰まっているのも事実だ。

ここは即答は避けてしっかり考えるべきだろう。


「すみません。少し考えさせてもらえますか?」

「うむ。当然だ。でも良い返事を待っているよ」

「うん。明日からもお弁当の交換しようね。楽しみだな♡」


お前は黙ってろ!まだ明日から入るとは言ってない!

はぁ、それにしても妙に疲れてしまった。ここは早々に退却するに限る。

俺は「すみません。そろそろ教室に戻りますので、失礼します」とだけ伝え、その場を後にした。


そして、俺が先輩の教室を出る時、先輩達の方から「あれ?新見君?」と呟きが聞こえたような気がしたが、気のせいだろう。今更名前を問い掛けれることもない。

とうとう疲れ過ぎて、幻聴が聞こえてきたみたいだ。

今日は帰ったら何も考えずに寝るとしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る