俺の辞書に青春と恋愛は載ってない
御家 宅
プロローグ:俺の辞書にはあらゆるものが欠けている
一般的に辞書といえばまず最初に思い浮かぶのが国語辞典だろう。
その国語辞典でも広く知られているものに広辞苑というものがあり、この広辞苑は国語辞典としては小型で収録語数は22万語と言われている。
そしてこれらの辞書の特徴は全ての収録語において文字として記されており、どの人が見ても同じ表記と意味を見ることができる。
しかしその反面、この辞書というものを用いた言葉でナポレオンが語った有名な言葉に『我輩の辞書に不可能という文字はない』という言葉があり、これは自分の中にある解釈、思想、信念というものを辞書という形に形容したものだが、この辞書という言葉が妙にしっくりと収まっている。
そしてここで疑問が一つ浮かび上がる。
広辞苑の小型の辞書ですら22万語もの言葉が文字として記されているのに、何故こうも人の解釈は異なるのだろう?
それは読み手の感性が異なるからではないだろうか?
人は皆、自分の経験や見聞きした事を基準に物事を考える。しかし、この経験や見聞きした事ですら、その人個人の感性を介在して理解していると思えば、全ての人が同じ理解をしていると思う方が間違いではないのだろうか?
では、その上で普通とはなんなのだろう?
人は人の何を知っているというのだろう?
などと、どこぞの分厚い辞書を持ったお偉い方が言うようなことを並べてみたが、そんなことは俺にはさっぱり分からない!
というか俺に分かる訳はないのだ。何故ならナポレオンの言葉を引用するなら俺の辞書は非常に薄い。
厚さだけなら電子辞書より薄いまである。ペラッペラだ!
もし俺の辞書をうちわ代わりに使おうものなら、確実に折れる自信があるからな。
しかし分かっていることが一つだけある。
それは俺の辞書の薄さ故、俺の普通は他の人のそれとは明らかに違うみたいだということである。
とは言っても、俺には他の人の普通がどういったものかは全くわからないので、違うようだと言うことしか分からない。
では何故、俺の辞書がペラッペラで俺の普通が人と異なっていると思うかというと、それは俺の生活環境自体に起因する。
それは………、
◇◇◇
あれは小学3年生の朝のホームルームでのことだ。
「今日は朝ご飯を食べてきた人、手を上げてくださ~い♪」
担任の先生は教壇に立ち、にこやかにそう問いかけてきた。
今思えば何気ない質問だ。
だが当時の俺はまったく意味が分からなかった。
えっ?朝ご飯?なにそれ?といった感じである。
今まで聞いたことがない言葉だった。
普通に考えれば朝にご飯を食べるってことなのかと思いながら周りを見てみると半分ぐらいの生徒が手を上げている。
……なんで?
手を上げていない生徒も、
「えー。朝から食べられないよ~」
「ご飯食べるんだったら寝てたいよ~」
などと文句を言っていはいるが理解はしているみたいだ。
朝ご飯というのは普通にある物なの?知らないの俺だけ?俺だけなのか?
俺は内心パニック状態だった。
だがそんな混乱はよそに先生は話を続ける。
「はいはい。静かにしてください~。朝ご飯は大事なんですよ。朝ご飯を食べないと体も頭も動かなくて元気が出ないのですよ。」
って、待て待て待て!さっきのだけでも大混乱なのに再びスルーできない言葉が飛び出してきたぞ。
俺がやる気が出ないのは朝ご飯を食べないからの?またもやかなりの衝撃である!
先生の言葉で皆も食べないとダメだと思ったのか、明日は皆さん朝ご飯を食べてきてくださいねという先生の言葉に『は~い!』と元気よく声を出していた。
いや、そもその朝ご飯が何か知らないんだけど……。
帰ったら母に聞いてみないと。
その日は一日中朝ご飯とやらのことが頭から離れなかった。
◇◇◇
最後の授業が終わると俺はすぐに教室を飛び出した。
朝ご飯が気になって仕方なかったのだ。
急いで家に帰ると、部屋では母親は内職に励んでいた。
余談ではあるが、俺の家は母と俺の2人暮らしで、母は病弱のせいもあって、家で内職をすることで生計を立てている。いわゆる超ビンボー!ジリ貧というやつなのだ。
俺は母親の横に座るとさっそく今日の先生の言っていた事を伝えた。
すると、うちの母は、
「一斗(かずと)、うちの家には『朝ご飯』という言葉はないんだよ」
と微笑を浮かべて柔かに答えた。
俺はその言葉で子供ながらに『そうか!だから知らなかったんだ!』と妙に納得していた。しかし、そうすると別の問題も出てくる。
「先生が『明日は食べてくるように』って言ってたけど良いのかな?」
そうなのだ。食べてこいと言われたが家に無いのではしょうがない。
どうしたものかとそう思って言った俺の言葉に、母はまたまた、にこやかに返答してきた。
「大丈夫だよ。一斗は元気に育ってるでしょ。昔から『寝る子は育つ』って言う言葉があるんだよ」
なるほど。昔の人が言っているなら間違いない。何と言っても昔の人は先生より偉いのだ!うん?偉いのか?まぁ年上とご先祖様は敬えと言うから正しいのだ!と再度納得し「分かった!」と母に返答した。
◇◇◇
翌日、朝の朝礼で先生が、昨日のことについて質問した。
「今日は皆さん朝ご飯は食べてきましたか~?」
『は~い』
昨日と違い今回は俺以外の生徒が全員元気良く手を挙げている。
あれ?食べてないのは俺だけ?昨日母と話して納得したものの、1人だけだとさすがに不安になりそうになる。
まるで、食べてこなかったことが悪いことのようにさえ思えてくる。
…それにしても、みんな何故手を挙げるのだろう?先生にあてて欲しいのかな?
そんなバカな疑問を抱くも、今はもっと大事なことがある。
昨日の俺とは違うのだ。
食べなくても正しい事を証明してみせる!
決して俺は間違ったことも悪いこともしてないし、俺一人だけだと除け者にされた気分がハンパないとかではないぞ!本当だからな!?
そんなことを思いつつ、俺は「先生!先生!」と大きな声を出して手を挙げた。
「新見(にいみ)君どうしたの?」
「昨日、お母ちゃんに朝食の話をしたら『うちに朝食という言葉ない。昔から寝る子は育つって言うから大丈夫』って言われたよ。昔の人は偉いんだよね?」
先生は俺の思わぬ質問に微笑みながらも頬を引きつらせた。
少し汗も滲んでいるように見える。
「…そっ、そうね。昔の人は偉いよ。…でも朝食は大事なのよ。……うっ、うう……、で、でも、新見君の家は特別だから食べなくても…大丈夫…かな。はははっ」
先生はしばらく考えた後奥歯にものが詰まったような喋り方で、シドロモドロになりながらそう言った。
よしっ!やっぱり母が言ったことは間違ってなかった。
別に朝ご飯を食べたくない訳ではないのだが、食べなくても問題ないみたいだ。俺は除け者ではなくなった。だって正しいのだから!
俺がガッツポーズをしていると、周りの生徒から
「新見君だけズルい~」
「どうして新見君だけ食べなくて良いんですか?」
などと文句が聞こえてくる。
先生は更に顔を引きつらせて狼狽え始めたように思えたが、俺はそんなことはお構い無しに、何故か一人特別な存在になった気になって、腰に手を当て仁王立ちで踏ん反り返っていた。えっへん!ニパァッ
俺ってバカだったんだな~(苦笑)
◇◇◇
しかしこの時の俺は知らなかったのだ!
小学生低学年の頃はみんな純真で無垢だ。
だが小学生の高学年ともなってくると事情が変わってくる。
遊びは鬼ごっこや缶蹴り、かくれんぼからボードゲームやテレビゲームに変わり、コミュケーション手段に携帯電話が登場する。
こうなってくると超ビンボーには手も足も出ない。そんなお金はうちにはない!
近代文明のなんて恐ろしいことか。20世紀よ消滅しろ!
そして近代文明を持たない俺は友達から、
「新見はゲーム機持ってないから、遊んでもつまらないんだよな~」
「新見は携帯持ってないから、連絡取れないからな~」
などと言われ、気がつけば一緒に遊んでくれる友達はいなくなっていた。
画してボッチの出来上がりである。なんだよ。それ、悲しい!
そして、中学生ともなると、遊びは更なる変化を遂げる。
そう。自宅での遊びに飽き足らず、ゲームセンターやカラオケ、果てはファミレスや喫茶店など施設を利用するようになる。
カラオケなんて3時間歌うだけで1500円だぞ!?10日間晩飯が食える。
ましてや喫茶店なんて同じご飯なのに1食数千円。何がしたいんだという話である。
まぁ、既にボッチだから施設代とか関係ないけどな!ええ、関係ないですよ!
決して悔しいなんて思ってない!思ってないったらない!
でも、頼めるなら娯楽施設の皆さん、これ以上発明しないでください。お願いします!
どうかこれ以上は俺を苦しめないで。
だがこれはまだまだ可愛い方なのだ。
うっ、うう、書いてて心が折れてきた…… orz
いやいや。めげてなるものか。世界が壊れるその日まで!うん?長生き過ぎか?
気持ちを切り替えて続きを書く!
俺は正直自分で言うのもなんだが、高スペックだと思う。
成績優秀、スポーツ万能、顔もそれなりにいい方だと思う?
目は死んだ魚の目だとよく言われるが、まぁ、そこは自称ということで多めに見てやってください。
ところがだ!この高スペックが曲者なのだ。
ボッチが高スペックだぞ!?そんなの平原に仁王立ちするゴブリンだ!『どうぞ自由に攻撃してください』って言ってるようなものだ。
小学生までなら蔑み程度だったのに、それに加え、妬み、恨みまで含んだ攻撃に晒されるわけだ。
校舎裏への呼び出しは日常茶飯。机や下駄箱の中にゴミが詰め込まれてても驚きゃしない。そんなのは日常の一コマですから!でも辛い!(泣)
あっ、でもこれのおかげで4、5人相手なら負けない程度には喧嘩は強くなった。
俺は好戦的でも争い事が好きな訳でもないが、攻撃されれば話は別だ。
しかもそれが謂れのない理不尽なものなら尚更だ。
まぁ、その度にうちの母が学校に呼び出され先生に注意を受けて、俺が帰宅すると、母からのきつ~いお説教タイムが幕を開けたけど。
でもこれっておかしくないか?だって正当防衛だぞ。何故に俺が怒られるの?
喧嘩売るなら怪我する根性持てよ。負けて先生や親にチクるなよ。
そして先生もそいつらの方についてんじゃねえよ被害者は俺だっての。
しかも、何故、親にまで怒られなければらない?
俺はこの世で母の説教が一番苦手なんだぞ!
病弱の中、育ててくれている感謝もあるが、それだけではない。怒った時の母は恐ろしく怖いのだ。ほんと鬼だからな。危うくオ◯ッコちびっちゃいそうになるからな!
いずれにしても、妬み、恨みを抱くような輩は往々にしてこんなものなのかもしれない。集団で掛かれば勝てるとでも思っているのだろう。『赤信号みんなで渡れば怖くない』というやつだ。でも車が来たら死ぬんだぞ。良い子は真似しないようにね!
しかし、あいつらは何故に自分磨きができないのだろ?それがすごく不思議でならない。
自分を磨ければ、外に向けて攻撃する必要なんてないだろうに?
だって、お金はあるのだから、塾やジムなんかに行けば磨けるだろうに?
友達みんなで仲良く連れ添って行けばいいのに、ほんと不思議だよなぁ。
そういえば、俺が喧嘩に強くなった頃から俺の影に隠れてつきまとってる奴がいたなぁ。
誰だったっけ?
別に会話をしてくる訳でもなく気がつけば近くに居るだけだし、敵意はないみたいだから放置していたのだが、かなりの地味な女の子だ。
名前は………。思い出せない。そもそも名前聞いてたか?
友達がいない俺は人の名前を覚える習慣がないからな……。
まぁ、いっか。
そんなこんなで中学生になって、こんな日常が続いた訳だが、俺も高スペックを自称しているのだ。
決してアホではない。
母のお説教を回避するためにも、この状況を打開しないといけない。
まずは、その上で最も重要なのは、俺にはお金がないということである。
これがそもそもの根源だ。その状況が何を産むかというと、
『人とのコミュケーションのための諸経費がない。故に、友達もできない。』
『ボッチなのに高スペック故に妬み・恨みを買ってしまう。』
『高校・大学などの学費がない。』
…………、おっ~と、これは今まで考えもしなかったが世紀の大発見だ!
進学できねーじゃん!就職一択じゃん!まぁお金が欲しい俺はむしろ都合がいいともいえるか。
うん?でも進学できないってことは…、
勉強できても仕方なくね?俺の高スペック意味なくね?
ちょいちょい待て待て!ここはじっくり考えよう。
進学しないのであれば高スペックは意味がない訳だから、いっそ高スペックを隠してしまえばいいんじゃないのか?
そうしたら妬まれることも恨まれることもなくなるんじゃないのか?
でも、そんな簡単なことじゃないよな。高スペックを隠した場合のデメリットも考えないとだ。
う~ん、デメリット、デメリット…、デメリット…………、って、なくない?
そもそも俺は超ビンボーボッチなので友達もいない。
なので高スペックを活かしたカリスマ的存在など成りようもない。
むしろ悪目立ちになってるぐらいだし…。
それに友達がいないのだから、当然、女子との交友もないわけで、そもそも女子にモテようがない。第一モテたところで、どこにも遊びに行けず話題性もない俺が間違って付き合ったりでもしたら、その後の展開が目に見えてしまう。うっ、少し想像しただけで心が……(泣)
……立ち直り中ですので、しばらくお待ちください
ふう、危なかった。
でも、おかげで一つの結論を得た。
完璧な理論だ。さすが俺!我ながら惚れ惚れする。
名付けて『俺はこれから高スペックをひた隠す作戦!』だ。なんかカッコ悪?
ただ、一つだけ注意するとすると、あまりスペックを下げ過ぎてはいけないということだろう。それでなくても蔑みの目で見られているのに、これ以上、ヘタレ度を上げると逆に悪目立ちして攻撃対象にされかねない。そう。良過ぎず悪過ぎすという匙加減が大事なのだ!これが世間の荒波に揉まれるというやつなのだろう。
うん。俺はまた一回り大きなった気がする。
結果は伴わないけどね。でも成長は成長だ!自己満足だ!
改めて名付けるとすると『闇に紛れて生きる大作成!』といったところか。
どこかで聞いたフレーズだが、そこは大目に見てください。
ということで、画して作戦決行である。
中学3年生になってから気付いても役に立たないけどな!!
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