第1章−[2]:なければ作ればいい

入学式から数日の間、俺は部活一覧からお金の課からなさそうな部活を幾つかピックアップする作業をしていた。

囲碁部や将棋部などの部活は競技系なので遠征が必要になるから除外。文学部も論文発表会などがあるから競技系として扱う。美術部や吹奏楽部は絵の具やキャンパス、楽器など自前で用意するものがあるから除外。天文部や生物部は野外活動があり遠出を強いられるので除外。といった具合だ。

もちろん、運動部などは端から考えていない。

そして、俺は今、教室棟から部室棟に向かう渡り廊下を歩いている。

なんとか3つの部活に絞ることができた俺は、これからその部に説明を聞きに行こうとしているのだ。


◇◇◇


まずは新聞部からだ。

俺は新聞部と書かれた部室をノックし扉を開ける。


「すいません。入ってもいいですか?」

「なんの用だ?」


一番奥の席に座っていた少し貫禄のある人が返答した。


「あのー。少し部活の見学をさせて欲しいんですが…」

「あっ、入部希望者か!まあまあ入ってくれ」

「それじゃ、失礼します」


俺が入室すると、その人 ー 三人称は分かりずらいので少年Aとする ー は、入り口近くの空いている椅子に座るよう勧めると、自分はテーブルを挟んで向かいの席に座った。


「それで、君は中学では新聞部とか写真部に入っていたのかね?」

「いえ。帰宅部でした」

「では新聞部は未経験ということだな。それじゃ、まずは新聞部の活動から説明しようか」


と、少年A先輩が説明を開始した。

そして………、開始から20分!

今は『どんなカメラがいいのか?どういったアングルが一番綺麗に撮れるか?』など新聞部の活動とは違った話が続いている。

って、長い長い長〜い!どんだけ喋るんだ?

カメラは一眼レフが良いとか、斜め下から撮るとちらリズムが本能を刺激するとかどうでもいいし。これ趣味の話だろ。お前の性癖聞いてないし!

なに?日頃誰も話を聞いてくれないのか?ボッチなのか?もうほんと勘弁してくれ!あっ、でもちらリズムは良いと思いますよ。うん!

と、もうこれ以上は耐えられないので、強引に割り込んでやる。


「先輩!先輩っ!ちょっといいですか?」

「う、うん?どうした?」


どうしたじゃねーよ。少しは空気読め。空気を!あっ、新聞部は活字を読むのか!?って、そうじゃなーい!


「えーとですね。要するに、カメラは自前で準備して、良い記事を作るためには情報収集が大事で、そのためには人間関係が重要だということですよね?あとは足で情報を集めるということですね?」


俺は自分にだけ必要な要点をまとめて確認した。


「あっ、ああ。まあそういうことだな」

「なるほど」


はい。アウト〜!

俺はそれだけ確認するとそそくさと席から立ち上がり「ありがとうござまいした。」とだけ礼を告げ部室を後にした。これ以上人の性癖知りたくないし。

部室を出る時背後から、「ちょっと待ってくれ〜。もう少し話を聞いてくれ〜」という謎の言葉が聞こえたが、ここは華麗にスルーしておく。無理!

それにしても無駄な時間を取ってしまった。要約するとたった2行ちょっとのために30分も時間を取られてしまうとは思ってもみなかった。次からは作戦を練らなければだ。


続いて物理部


「すいません。入部希望ですが、部活の見学をさせてもらえますか?」

「おお、よく来てくれた。さあ、入って入って!」


先輩と思しき人 ー 少年Bとしておこう ー が、入り口近くの席を進めてくれ、テーブルを挟んで前の席に座る。


「早速だけど、君は中学では物理部に入っていたのかね?」

「いえ。帰宅部でした」

「では物理部は未経験ということだな。それじゃ、まずは物理部の活動から説明しようか」


新聞部と同じ質問だ!?

この学校には新入部員見学対応用マニュアルでもあるのか?進学校だからな。マニュアル化されていてもおかしくはないが…。これ偏見か?偏見だな。ごめんなさい。

さて、ここで先輩のペースに流されないようにしなければ、今度は何を聞かされるか分かったもんじゃない。

こいつの性癖なんて知りたくもないし。


「いえいえ。説明は結構ですので、俺の方から何点か質問させてもらっていいですか?」

「えっ?あっ、ああ、まあ構わないけど…」


おしっ!これで俺のペースだ。さすが俺!

少年B先輩は、少し名残惜しそうにしているが、そこは無視する。


「では、物理部で使う機材や薬品って学校のを使うのですか?」


自前だと即アウトである。


「まぁ、簡単なものはそうだね」


簡単?それ以外にもありそうな口ぶりだ。ここは確認しておかなくては。


「簡単なものはですかぁ…、では高度な実験はどうするんですか?」

「ああ、高度な実験は、学校の機材だけでは足りないので、近くの大学におじゃまして実験をさせてもらってるんだよ。月1回ぐらいおじゃまするかな」


これまたアウト〜!

大学といえば一番近いところでも電車に乗って片道30分は掛かる。さすがに自転車ではキツい。そうすると交通費が最低でも往復300円は課かかってしまう。うちの晩飯の2食分だ。死亡フラグ確定だ。

これは早々に退室させてもらわないと。と、そんなことを考えていると、


「ねえ。君、物理は得意なの?僕は物理が好きでね。将来はどこかの研究所に入って実験に明け暮れる生活ができればと思っているんだよ。できれば大学の研究所なんかがいいよね。そこで新しい発見をして教授になるんだ。そうすると、やっぱりノーベル賞なんかも視野に入れた方がいいと思うし…」


おいおいおいおい!こいつ勝手に夢を語り出したぞ。しかもデカイし!

なに?なんなの?俺の作戦無視かよ。というか、このルート回避不能なのか?


「いやいやいや。先輩、申し訳ありません。その話はまたの機会にお願いします」


『また』はないけどな。


「そうか。君も僕の話を聞いてくれないんだね…。いいんだいいんだ…」


あれあれあれ?泣き始めちゃったよ、この先輩。

さすがに泣かれるとキツい。俺もボッチだから気持ちは分からない訳でもない。


「いや。そういう訳ではないですが…、ただ、…今は時間がないといいますか…」

「じゃあ、簡潔に話すから!少しだけだから!」


先輩はそう言うと、急にキラキラ目を輝かせて自分の夢を語り出した。

それから30分!俺はようやく解放された。

結局、作戦通りに進めたが、さっきよりも時間が掛かってしまった(泣)


そして最後に放送部に訪問したのだが、これまたボッチと思しき先輩に捕まるという始末。

結果だけ言うと、部費などのお金は必要ないが、最新の流行情報などを放送するために常に最新情報の収集が必要で、それを自分なりにアレンジする必要があるそうだ。

家にパソコンもなく、携帯電も持ってない俺ではインターネットを使った情報収集はできない。かといって情報誌も買えないので雑誌からの収集も不可。

そう。ガラパゴス諸島で育った俺には無理な注文である。あっ、現在進行形でガラパゴス諸島かっ!

……って、何故かお金以外のことでダメージを受けてしまった。どうして?悲しい(泣)


それにしても新聞部、物理部、放送部といい、文系部はボッチの巣窟なのか?

誰か話聞いてやれよ!俺みたいな犠牲者が増えるだろうに。俺は嫌だぞ!


そして俺はここで心が折れてしまった。粉砕骨折だ。影も形もありません! orz

それにしても、この学校、ボッチ多過ぎだろ。ヒット率100%だぞ!百発百中ってどこの世界のチーターだよ。ノーボッチ、ノーライフか!

ほんともう、部活に入りたくない。帰宅部に入りたい!

まぁ、これ以上、お金が課からない部活はないだろうし、早々に諦めた方が精神衛生上良いだろう。

しかし、そうすると部活動に入部する以外の他の対策を考えないといけない。

だが心配することなかれ!既に案は考えてある。なにせ俺は高スペックなのだ。

こんどこそ完璧な案だ!針を通す穴さえない。見てろよ〜!


◇◇◇


部活動への入部を早々に諦めた俺は次なる作戦にでる。

ただ、その前にやらなくてはいけないことがある。

そのために俺は朝から職員室に訪れている。


俺は職員室の扉をノックし、軽く開けて中を見渡す。

目的の人が居るかを探しているのだ。そしてその目的の先生は簡単に見つかった。

俺は職員室に入ると、そのまま先生の所まで歩いていく。

その先生とは俺のクラスの担任である。

名前は、若松(わかまつ)若葉(わかば)。今年大学を卒業して教師になった新米教師だ。

今年大学を卒業したばかりということもあって、若さが滲み出ている。

見た目はハーフロングで清楚なお嬢様系の可愛い女性である。身長もどちらかというと低い方だろう。高校の制服を着て校内を歩いていても違和感がない感じだ。

しかし、新米教師がいきなりクラス担任になるというのは異例なのだが、どうも担任を予定していた先生が入学式直前に急遽入院したみたいで、その時、空いていたのがこの先生だけだったようである。まぁ、おきまりのパターンだ。深く考えないように!

そして、今回の俺の作戦には打って付けの先生だ。


「あら?新見君、どうしたの?先生に用事?」

「はい。実は折り入ってご相談したいことがありまして」

「あら?それは大変ね。それじゃあ、隣の相談室でお話しする?」


先生は妙に弾んだ声で返答してきた。

いやいや。普通、『相談したい』といえばもっと深刻な顔をするべきでしょ?なんでそんなに嬉しそうなのだ?バカなのか?ねえバカなのか?

まぁ、まかり間違っても教師になったのだからバカということはないだろう。単に教師になったばかりで生徒から相談されるというのが嬉しいのだとは思うが……、それでもねぇ…。

俺は少し訝しげな目で先生を見ながら、


「いえ。ここで大丈夫です」


と答えた。


「あら。そう?それで先生に相談って何?ねえ何?」


この先生、嬉しいのを隠そうともしない。ほんと大丈夫か?少し不安になる。


「相談っていうのは部活のことなんです」

「部活?そういえば、新見君、部活の入部届がまだ出てなかったわね。何か問題でもあったの?」

「はい。実はいろいろ見学したものの、入部したい部がないんですよ」

「そうなの?この学校って部活の数は多かったと思ったけど…」

「それはそうなんですけど、俺、やりたい事がありまして。それが今ある部活じゃできないっていうか…、そんな感じです」


なんともいい加減な答えだが、嘘はついてない……つもりだ。やりたいことはないけどな。でも今ある部では俺の食生活を脅かすものばかりだ。ここは嘘も方便というやつである。あっ、嘘か!?


「えっ!?新見君、やりたいことがあるの?今ある部活ではできない事って、相当大きな夢よね!ねえ教えて!教えて!」


こいつアホだ!

でもまぁ、この先生だからこそ、この作戦が成り立つのだ。ここは多いにアホでいてもらおう。


「いやいや。そんな人にペラペラ喋るものでもないんで。でですね。部活動新設の申請用紙を頂けないかと思いまして」

「ええ?教えてくれないと渡さないから」


ウザい!こいつウザい!アホにウザさが加わって合併症を起こしてやがる。


「え〜と。それはですね。話すと長くなりますから、部活動新設の申請用紙に記載してお持ちしますので、その時にでもお教えします」

「ええ〜?そうなの?」


先生は指で机にのの字を書きながら寂しそうにしている。

おーーーーーーーいっ!お前何してんのぉーーーーーーー!?

それじゃあ俺が幼気な少女をイジメてるみたいだろ!

あぁ〜、でもちょっと可愛い。何故かもっとイジメたくなる。

クソっ!こいつ漢心を抑えてやがる。

………、おっと、いかんいかん。ここで流されては俺の計画が台無しだ。


「それに、ここで話すと周りに聞こえますから。これは先生だけに相談したいことなので、申請書を読んで頂いた方がありがたいです」

「えっ?そうなの!私だけに!!」


こいつキラキラしてがる!

それにチョロい!チョロ過ぎだろ!大丈夫か?そのうち誰かに騙されるんじゃないか?誰か守ってやってくれぇ。


「分かったわ。それじゃあ申請書を取ってくるわね。」

「あっ、できれば2枚貰えますでしょうか?」

「2枚?いいけど、どうして?」

「書き間違えた時の予備です。」

「あっ、そういうことね。新見君はしっかりしてるのね。ニコッ☆」


ああ、こいつあれだ。魔性の女だ。生徒を射止めてどうする気だ?!

俺の辞書に『若松若葉(名詞)、意味:生徒キラー!』が追加された。



先生は席を立つと足早に書棚まで行き、書棚の引き出しから2枚の申請書を取り戻ってきた。


「はい。これ申請書。それじゃあ楽しみにしてるね」


先生は後手に手を組み、少し前屈みな姿勢で俺を見上げながら、ウインクしている。

アウト〜!それは反則だろ!レッドカードだ!

モテないことにかけては右に出る者がいないと自負する俺でなかったら、即落ちしてるぞ。

ほんとに何を考えているのだ?もしかして天然か?天然ならかなり危険な水域だ。絶対被害者が出るぞ。

そして俺の辞書の『若松若葉(名詞)』の意味が『魔世の天然ビッチ!』に修正された。


「ありがとうございます。それじゃあ書いたら持ってきます」


俺は柔かにそう言うと、申請書を鞄に入れ職員室を後にした。

くそ〜、若葉のやつ、手を振ってやがる。

まぁ、恋愛に無縁な俺には関係ないので、放置しておこう。犠牲者が出ないことを祈る。

さて、これにて次のステップに移行だ!

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