番外編Ⅰ
番外編:若松家の日常
今回は、主人公、新見(にいみ) 一斗(かずと)君のリクエストにお答えして、若松(わかまつ)家家族の団欒模様の1幕をお届けします。
少しばかり双葉ちゃんの過去の話もあります。
ここは街から少し離れた場所にある高級住宅地の一角にあたる。
その中でも一際目立つのが、ヨーロッパ調の白い豪邸だ。
周りは純和風の家屋か、ちょっとしたビルとも思えるコンクリート壁の家屋が多い中、この家屋だけが異なる様相を呈しているのだ。
この家に住む住人はというと、
父親が『若松 葉一(よういち)』、見た目にもやり手のビジネスマンだ。如何にも高級腕時計などが似合いそうなイケメンである。
母親は『若松 木葉(このは)』、髪型はナチュラルなウェーブの掛かった黒髪ロングで、スタイル抜群の超綺麗なお姉さんといった感じだ。
そして、これに娘が二人。
長女は『若松 若葉(わかば)』、高校の新米教師をしている。髪型はハーフロングで清楚なお嬢様系の可愛い女性である。
最後に、次女の『若松 双葉(ふたば)』、姉の勤務している高校の生徒で、生徒会長をしている。髪型はふわっとした黒髪ロングで、姉と同様、清楚なお嬢様風の美少女だ。
この計四人が住んでいる。
まぁ、見た目にもヨーロッパ調の家屋が似合いそうな面々だ。
そして、春の4月ともなると夕陽が西の空に沈みかける頃から、この若松家でのいつもの日常たる団欒が始まるのである。
「ただいま~」
「あっ、双葉、お帰りなさい~」
双葉は帰宅すると、最初に居間の隣にあるキッチンに向う。
そして、この時間はキッチンには料理をしている母親がいる。
双葉はキッチンに着くと鞄からお弁当箱を取り出し、母親にお弁当箱を差し出す。
これが双葉が学校から帰った際に最初に行ういつもの日課だ。
「あら、双葉、今日もおかずを残してるじゃない」
「だって~、おかずがお米じゃないんだもん」
「ダメですよ。それでなくても家ではお米ばかり食べてるんですから、お弁当ぐらいは栄養のバランスを取らないと」
「大丈夫だよ。お米と卵があれば生きていけるんだよ」
「もう。またそんなことを言って。ダメなものはダメです」
「お母さんのケチ!」
これも帰宅後のいつもの一コマである。
実は、この少女、何を隠そう、大のお米好きなのである。
放っておくと、ご飯を主菜にご飯を食べるという強者なのだ。
所謂、一種の偏食家という奴だ。
しかし、これではさすがに栄養が偏り過ぎて体を壊してしまう。
それを危惧した母親が取った策が、お弁当のご飯を減らすという策だ。
かといって、偏食家というのは周りが思う程、簡単に強制できるものではない。
双葉も例に漏れず、お弁当のおかずを残して、その分、家での夕飯の際にお米を食べるという策で対抗していたりする。
「お母さんのことをケチとか言ってると、本当に夕飯のご飯のお代わりの回数を減らしますよ」
まぁ、娘が策を労しているとはいえ、そんなことは母親も心得たもので、対策として、お昼のお弁当に加えて夕飯のご飯のお代わりの回数も1回に制限しているのだ。
しかし、お代わりの回数が1回だけに制限されていることを考えると、この場合の母親の言葉としては『回数を減らす』ではなく『お代わりをなくす』が正しいと思うのだが。こんなことはこの母親にとっては些細なことなのだろう。
それにしても、最近ではめっきり減ったが、年頃の少女を持つ家庭であれば帰宅時間の門限を設ける家はあるかもしれないが、ご飯のお代わりを制限している家庭はそうそうない。
だが、これでもこの母親からすればかなり譲歩しているのである。
かつて、双葉が中学生になるかならないかの頃、ご飯のお代わりを禁止したことがあるのだが、その時、双葉が取った行動が、おかずには一切箸を付けず、お茶碗一杯のお米しか食べないという強硬手段だったのだ。
これを機に、母と娘の家庭内お米争奪戦争が勃発したが、まぁ、結果は予想通り、双葉が救急車で病院送りになるという、なんとも迷惑極まりない結果だった。
これこそ救急車と消防署員の私的流用である。ホント勘弁してほしい。
さすがの母親もこの時ばかりは根負けし、ご飯のお代わりの回数を1回だけ許可したのだ。
とまぁ、双葉はこのように、かなりのお米好きなのだが、その程度であれば世間に迷惑を掛けずに勝手にしてろって話だ。
しかし、こんなどうでも良いような偏食が、後々、とある生徒の人生を変えることになってしまうのだから、世の中はなんとも数奇なものである。
まぁ、この辺のお話は本編にて。
そして、この双葉、実はお米好きだけではなかったりする……。
「え~、ダメなんだよ。大人が子供を脅しちゃ、良い子は育たないんだよ」
「もう、いつもいつも、あなたはそういうことを言って。子供がお米ばかり食べてると、母親も、良い母親には育たないのよ」
「そうなの?お母さんの年でも成長するの?」
う~ん。『育つ』と『成長』の示しているものが全く違うのだが?
というか、ここまで違うと明確なボケだ。こんな時の返答なんて一つしかない。小学生でも分かる。
「それが成長するのよ。縦じゃなくて横なんだけどね。だから最近、エクササイズ始めたの」
へぇ~、ツッコまずに乗ったか!?ふ~ん。斬新だねぇ。
でも、これじゃあ、娘が一人でノリツッコミすることになるぞ?
「えっ?お母さん、エクササイズ始めたの?」
あぁ~、そう?娘もナチュラルに追い掛けたかぁ。
でも、これ大丈夫なのか?話か変わったぞ?
まぁ、本人達が良いなら良いですけど………。
「そうなの。この間ね。親切な営業マンさんが来て教えてもらったの」
「へえ、親切な人だね。どんなエクササイズなの?」
「DVDを見ながらトレーナーの人が踊ってる通りに踊ると効果があるんだって」
「それだけで良いの?凄いね」
「でしょう。でも、お父さんに話したら、お父さん泣いちゃったのよ。どうしたのかしら?」
「あっ、それ、お父さんらしいね。お父さんすぐ感動して泣いちゃうんだもん」
「そうなのよね。お父さん、すぐ感動しちゃうから、人に騙されないか心配になるのよ。その営業マンさんみたいに親切な方ばかりじゃないでしょ?」
「うん。私もたまに心配になるよ」
この家庭の父親の心労は計り知れないものだろう。
それを考えると一緒に泣いてあげたくなってくる。お父さんの涙の意味を理解してあげて!
しかし、この会話の流れ、おかしくないか?
母親の疑問→娘の回答→母親の追随???
って、この場合、普通、回答の後はまずは『納得』じゃないか?
何故、追随したの?娘も何故、スルーしたの?
これが阿吽の呼吸という超高等テクニックですか?
「あれ?そういえば家ってDVDのプレイヤーって、あったっけ?」
「ああ、なかったからDVDと一緒に買っちゃった!」
お父さん、頑張れ!
世間の読者はきっとお父さんの味方だから!
「えっ?じゃあ、家で映画とかも観れるの?」
「ええ、観れるわよ。でも、双葉、テレビ観ないでしょ?」
「それが、最近、観なくちゃいけない用事があって、いおりん家に行こうかと思ってたんだよ。丁度良かった」
「そうなの?生徒会の御用?」
「うん。今度、学校で映画鑑賞会があるんだけど、鑑賞会で上映する映画を選ばなきゃいけないんだよ」
「それは丁度良かったわね。でも、映画鑑賞会の前に観ちゃうと当日つまらなくない?」
「そうでもないよ。シリーズ物の1作目を観て、2作目を上映すれば良いもん」
あれ?これは上映する映画の評価と選出になってるのか?
1作目と2作目は別物じゃないのか?
まぁ、監督さんも俳優さんも同じだから良いのか?
「なるほど。双葉賢いわね」
「でしょう!伊達に生徒会長やってないんだからね」
「それで、どういう映画が候補なの?」
「ちは◯ふるとか、ロク◯ンとか、ス◯ーウォーズとかかな?」
そんな2部・3部作構成の2作目だけを観せないで!
そんなの観せられても他の生徒が可哀想なだけだから。帰ってすぐにレンタルショップに行かなきゃいけないだろ!?
ここは少し譲るから、1話完結のシリーズものに留めてやってもらえないだろうか?
しかも、そもそもBlu-ray化されてないものまであるが、そこは良いのか?
「う~ん。お母さんが知らないものばかりね」
「そういえば、お母さん映画見ないもんね」
なら何故聞いた?聞いても意味がないだろ?
答えてから気付く方も大概だが。
まぁ、これぐらいなら大人の対応として、百歩譲って親子のスキンシップと理解しておくけど。
「そうでもないよ。お母さんも昔は映画を見たもの」
「そうなの?どういうの観てたの?」
「え~とね。京都殺人案◯とかかな」
「へえ、お母さんも映画見てたんだね」
それは世間一般では映画とは言わないな。火曜サ◯ペンスとかいうドラマだ!
娘も娘で納得してしまったし。映画業界の人泣いてるぞ!?
しかし、この短い間に目紛しく会話が変化したな。どんだけ曲がった?
しかも、ここまで迷いなく流れるように会話が継続したからな。とんでもないスキルだ。
そして、これこそが双葉、いや若松家のもう一つの特徴なのだ。
だが、これで驚いていてはいけない!若松家の特徴はまだあるのだ。
って、ここまで来たら、まだあると言っても、どんなことも些細なものだが。
そして、もう一人玄関を潜って、帰宅するものが現れる。
「ただいま~」
「あっ、若葉。おかえり~」
「あっ、お姉ちゃん、家にDVDのプレイヤーが来たんだよ」
「ええ~?お母さん買ったの?」
「ええ!買ったの。お父さん、感動して泣いたのよ」
お父さんは、たぶん、プレイヤーではなく、むしろエクササイズのDVDの方に泣いたんだと思うぞ。そこを飛ばしたら大きく意味が変わるぞ?
まぁ、涙の意味を履き違えている時点で大した差ではないか。
「へえ、じゃあ、私も学校で使うe-learningの確認に使わせてもらおうかな」
「e-learning?最近は先生もそんなのを使うの?」
「そうなんだよ。教師の世界も近代化されてるんだよ。凄いでしょ!」
うん。今の時代、凄くないな!感動するところでもないし、一般的だし。
というか、それを感動している若葉に感動するぞ!
「へえ、じゃあ、買って良かったね」
「うん。丁度今日、学校から渡されたの。ねぇ。今から見ても良い?」
「うん。良いよ」
そして、若葉がテレビとプレイヤーの電源を入れ、e-learningのDiscをプレイヤーにセットする。
………
「あれ?お母さん、これ映らないよ?壊れてるんじゃない?」
「そんなことないわよ。今日観たもの」
そして、母親が、e-learningのDiscからエクササイズのDiscに差し替えると、
『ワンー、ツー、スリー!さあ、今日も頑張ってエクササイズを楽しもう!♪』
と、テレビには妙に痩せこけたトレーナーと小太りのアシスタントの女性陣が楽しそうにステップしている動画が映し出される。
これパチもんですね。誰が見ても分かる程、見事なまでの完成度のパチもんだ!今時、これ程の精度はどこぞの国でも見当たらない。
それにしても、この母親はこのDVDを観ながら良くもエクササイズをしているものだ。まずは頭のエクササイズからした方が良いぞ。
「ほら、映るでしょ!」
「ほんとだ」
「うん?お姉ちゃん、このe-learningのDisc、Blu-rayって書いてあるよ?」
「えっ?DVDとBlu-rayって違うの?」
なるほど、DVD専用のプレイヤーを掴まされたみたいだな。
果たして幾らで買ったのだろう?
お父さんはDVDプレイヤーにも泣いてたんだね。
「あら、でも、それは大変ね。ちょっと待っててね」
そう言うと母親は、DVDを売りに来た営業マンの名刺を持ってきて、電話の受話器を取ると、そこに書いてある電話番号をタッチした。
『ピボパピポ…』
『トゥルルルルルー、トゥルルルルルー、…、カチッ!』
そして、受話器から聞こえて来たのは、年配の女性の嗄れた声で、
『ただいま電話が大変混み合っております。お時間を置いてもう一度お掛け直しください』
「あら?電話が混み合ってるみたいね。あの営業マンさん親切だったから、たくさん売れてるのね」
それは間違いなく永久に繋がらないと思うぞ。
残念だけど、感動してるところ悪いけど、その営業マンさん、親切じゃないからね。
電話代が勿体無いから早く無料の110番に掛けた方が良いと思うよ。
「あっ、そうなんだぁ。じゃあ、今日は観れないね」
「大丈夫だよ。お姉ちゃん、明日はちゃんと電話繋がるから、観れるようになるよ」
いやいや。永久に繋がらないし、観れないと思いますよ~。
待たない方が良いと思うけどな~。
「そうだね。じゃあ、明日にしよっか」
あーあっ、待っちゃったよ。
ちなみに、双葉ちゃんは、映画鑑賞会のDiscはDVDにするんだよ。
決してBlu-rayはダメだからね。待ってても観れないから。
「そうね。じゃあ、ご飯にしましょう」
「「そうだね」」
とまぁ、この若松家、このような会話が終始限りなく続くのである。
そう!もう一つの特徴はバカだ。天然のバカだ!名前をバカ松家に改名してあげたい!
しかし、当人達はこれで会話が成立しているつもりなのだから、ある意味、幸せな家庭なのかもしれない。『幸せな』のルビは『おめでたい』だけど。
決して彼女達とは一緒には住みたくないが、端から見ている分には楽しい家庭だ。
そして、最後にこの家の玄関を潜る者がいる。
「ただいま~」
………
………
………
あぁ、みんな寝ちゃったんだね。社畜は辛いですね。
これだけ苦労して稼いでも、奥さんや娘達は詐欺に気付かず貯蓄は増えず、そして挙げ句の果てには、お父さんの帰りを待たずに寝ちゃうとは、一緒に泣いてあげるから頑張って!
まぁ、世の中の父親とはこんなものだろう。
そうして、バカ松家の1日は終わるのでした。
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