第4章−[7]:モブへの道も命懸け
さてさて、試合開始の挨拶も済ませてしまい、いよいよ試合が始まってしまった。
俺が助っ人に入ったチームは後攻ということなので、本来であればベンチに座ってまったりとしたいところだが、未だ釈然としていない俺はその原因について考えさせられている。
う〜ん。原因究明のためには差し当たって野球を知ることから始めないとだよな。
そうすると試合観戦が一番なのだろうか?
俺は釈然としないことの理由と打開策を求めて先ずは試合観戦をすることにしてみる。
『プレイボール!』
審判のコールと共に相手ピッチャーが振り被り第1球目を投げる。
『ボール!』
相手ピッチャーはストライクゾーンギリギリを狙ったのか判定はボール。
球速は投球練習の時と同じようなスピードなのでそれ程速くはない。
これだと投手戦ではなく打撃戦になりそうだ。まぁ、投手戦になるようなピッチャーがそうそう社会人野球にいる筈もないが。
それにしてもストライクゾーンを外れたら何故『ボール』と言うのだろう?
日本語にすると『たまー!』ってなるのかな?
あれ?そうすると『プレイボール』は『たまで遊べー!』とかになるのか?
うん。これは思春期の青少年には刺激が強すぎてダメだな。
でも、俺だったらこんなコールをされたら試合に集中できないと思うんだが、外国の人は大丈夫なのだろうか?
っと、こんなくだらないことを考えている場合ではなかった。試合を観ないとだ。
そして第2球目。
カキーン!………、アウト!
ああ、残念!
一番バッターが相手ピッチャーの球を打ち返したのだが、惜しくもサードゴロに倒れてしまう。
それにしても、相手ピッチャーは、なかなかに際疾いコースに投げているように思う。
今、一番バッターが打った球も内角ギリギリの球でサードゴロを打たされたって感じがするし。
この辺りは流石と言ったところか。
………
って、あれ?
おぅ?おお? 俺の頭の中で何かが引っ掛かり俺の思考が何やら騒めいている。
うん?う〜ん?
………
ああ、ダメだ。
何が引っ掛かっているのか分からない。こういうのって何気に気持ち悪いんだよな。
少し冷静になって、もう一度さっきまで考えていたことを思い出してみるか。
『相手ピッチャーは際疾いコースに投げ分けてて、流石だよな………』
………って、ちょっと待て?!
相手ピッチャーはピッチャーだよな?だから際疾いコースに投げ分けてるんだよな………?
「新見君、大丈夫かね?」
「えっ?」
何やら思案気にしている俺を心配したのか、会長さんが俺に声を掛けてきた。
あっ、会長さん、今、すごーく重要なことに気付きそうなんですよ。
悪いですけど、邪魔しないでもらえますか?
「そうだぞ。何か呻いていたが大丈夫か?」
俺が会長さんから声を掛けられて少し訝しんだ表情をしていると、会長さんの向こう側から伊織先輩が顔を覗かせ俺の思考妨害に追撃を加えてくる。
えっ?呻いてました?声に出てました?一人でブツブツ言ってました?
うわぁー!それチョー恥ずかしい!
俺ならこんな奴がいたら絶対近寄らないし! あっ、でも、自分だから離れられないんだよな。幽体離脱するしかないのか?それなら伊織先輩に頼めば臨死体験させてもらえそうだけど。
って、あれ?そういえば………、伊織先輩と会長さん?
伊織先輩と会長さん………、それにピッチャー………?
おぅ?おぉ?
………
おお!そうか!そういうことか!なるほど!
「うん?急に清々しい顔をしてどうしたんだ?」
「あっ、いや、別に大したことじゃないですよ。俺の頭の中を這いずり回っていた害虫を捕まえただけですから」
「頭の中を害虫が?」
「はい。これから退治するんですけどね」
「ふむ?よく分からんが………」
伊織先輩、あなたは分からなくても良いです。
むしろ分かってもらってはいろいろと困りますからね。
「あっ、気にしないでください。こっちの話ですから」
「う、うむ。まぁ、大丈夫なら良いんだが」
「はい。もう大丈夫です」
俺に声を掛けてきた会長さんと伊織先輩は何やら不思議そうな表情をしているが、今はそれどころではない。申し訳ないが二人の相手はこの辺で切り上げさせてもらおう。
よしっ!それじゃあ、早速害虫退治の方法を考えないとだな。
それから暫くして1回表の攻防が終わりを告げると同時に、俺の頭の中でも害虫退治の方法が纏まった。ナイスタイミングだ!
そして相手の選手達が自陣のベンチに引き揚げるのと交代で俺のチームの人達が守備に着く。
俺がピッチャーマウンドまで移動して諸々の確認を終えた時にはホームベースの向こう側でもキャッチャーミットを構えて田村さんがスタンバイを終えている。
うん。田村さんがキャッチャーだと安心感があるな。
さて、それじゃあ、一丁ピッチャーでもやりますかっ!
害虫退治の方法も纏まったのでスッキリとした気分でピッチャーに臨めそうだ。
『プレイボール!』
審判の合図と共に1回裏が始まり、俺は田村さんのサインを確認した後、人生初登板初投球の第1球目を投げる。
ビュッ! カキーン! バシッ!
………
えっ?あれ?どして?
俺が今しがたキャッチャーに向かって投げた初球は何故か俺の顔面前のグローブの中に収まっている。
ここで今、何が起こったかと言うと、
俺の初球は一番バッターに見事に打ち返され、しかもその球は俺の顔面目掛けて飛んできたのだ。
えーっと、これって狙い撃ちですよね?
でも、俺がピッチャーをやった理由って狙い撃ちを避けるためだよね?
俺が思わず会長さんの方に視線を向けると、会長さんはニッコリと微笑み親指を立てた拳を俺の方に向けて突き出している。
いやいや。会長さん?『グッジョブ』とかしてる場合じゃないですよ?
今、軽く死にましたからね。綺麗なお花畑が見えましたよ?
分かります?俺に向かってビュンってボールが飛んできたんですよ。
ねえ?ホントに分かってます?ビュンですよ!ビュン!『ビューン』じゃなくて『ビュン』ね!?
しかもね、こーんなにチョー至近距離で!
って、これ危なくね?
俺が会長さんの方に視線を向けながら驚きと困惑と訝しさが混ざった顔をしていると、田村さんが俺の方に向かって走ってくる。
「新見君、大丈夫だった?」
「は、はぁ。まぁ、顔を庇ったグローブに偶然ボールが入ってくれたので、少し手が痺れるぐらいですみましたが………」
「ああ、それは良かった」
いやいや。良くないですけどね。
結果良ければ全て良しって訳じゃないからね。俺の命が懸かってるから。
まぁ、そうは思ったものの、ピッチャー返しを打ったバッターを見ると、先程から俺に向かって頻りに頭を下げているのでわざとという訳ではなさそうだ。
それにこのピッチャー返しも俺の自業自得な面もあるしな………
「あと、球速が投球練習の時より落ちてるけど、どうかした?」
田村さんは俺の無事を確認すると、続け様に俺の投げた球について質問してきた。
う〜ん。やっぱり気付きましたか。
そうなのだ。これこそが俺が考えた害虫退治の対策で、ピッチャー返しを招いた原因でもある。
そもそも投球練習の際は、俺は相手ピッチャーの平均的な球速と同じ球速で投げていたのだが、これはあくまで俺が平均的な子であることを示すためにしたことだ。
では、試合になってから何故俺が球速を落としたかと言うと、俺の中で釈然しなかったものの原因、即ち害虫が判明して、投球練習の時のままだと俺の計画に支障を来すことが分かったからだ。
しかし、俺が原因に辿り着くまでに何故にこうも苦戦したのか?
それは会長さんと伊織先輩の巧妙な『言葉のトリック』に引っ掛かったとしか言いようがない。
勿論、彼等は嘘など言っていないし、むしろ逆に彼等は包み隠さず全てを語っていた。だからこそ言葉のトリックに嵌ったのだが。
会長さんは、俺がピッチャーをやることの妥当性を語る際にこう言っている。
「伊織君のお父さん以外はピッチャーができる程球速が早くないんだ。精々が90キロでるかどうかなんだよ」「うちのチームは誰が投げても速い球は投げられないから、その点も気にする必要はない」
そして、伊織先輩は俺が球速で悩んでいる際にこう言った。
「相手のピッチャーも速くはないな」
この二人の言葉は別々のことを説明するために使われているので二人の言葉の関連性など考えもしない。
しかもそこに、ピッチャーという存在そのものを俺という存在に置き換えるという巧妙なトリックまでもが隠されていたのだから騙されたのも当然の帰結だと言えるだろう。
簡単に言うと、会長さんの言葉は『俺がピッチャーをする』ことへの説明であり、その結果『俺はピッチャー』として位置付けられる。そしてその後、伊織先輩の言葉が『そのピッチャーたる俺の投げる球速』について後押ししたのだ。
ところがだ。その置き換えられた俺という存在を取り除いて前後関係を補完した形で全ての言葉を繋げると、
「伊織君のお父さん以外はピッチャーができる程球速が早くないんだ。精々が90キロでるかどうかなんだよ。うちのチームは誰が投げても速い球は投げられない。(とはいえ)相手のピッチャーも(ピッチャーの中では)速くはないな」
となる。
これは強いて言うなら、会話連結強制接続斬(ワードチェインブレイカー)の逆応用編ってやつだな。こういう時に双葉先輩の必殺技が役に立つとは思わなかったよ。
まぁ、ここまで来ればもう分かるだろう。
俺が投球練習の際に投げていた球は、平均的な凡人に比べて既に優秀な部類に当たる平均的なピッチャーの球なのだ。
ふぅ、もう少し気付くのが遅かったら取り返しのつかないところだったぞ。
「あっ、球速ですか?それは投球練習の時に気合を入れ過ぎたみたいで、全力を使い果たしてもう力が残ってない感じなんですよね。俺はどうも持久力より瞬発力派みたいで。すみません」
「ああ、そうなのか………、いやいや。それも仕方ないよ」
田村さんは俺の説明に何やら腑に落ちない表情を受けべているが、俺の説明にもおかしなところがないことを理解したのか、それ以上は突っ込まずに納得の意を返してくれた。
よしっ!第1段階クリア!やっぱり俺って賢い!
さぁ、このままドンドンいきましょう!
そして続いて二番バッターがバッターボックスに立つ。
先程の一番バッターの際は油断していたが、今度はピッチャー返し対策もしっかりと考えたので大丈夫だ。
俺は田村さんのサインを確認した後、二番バッターに対して第1球目を投げる。
ビュッ! カキーン! バシッ!
………
ねえ?どうして?どうしてなの?
一番バッターで反省した俺はボールを投げると同時にマウンドに屈んで体を小さくし顔の前にグローブを広げていたのだが、バッターの打球はその屈んだ俺の顔面目掛けて飛んできた。
えーっと、屈んでも俺の顔を目掛けてくるっておかしくない?
最近のボールってGPS標準装備?
自動追尾型ボールが開発されたの?
でもそれ、危ないよ?!
俺がまたまた驚きと困惑と訝しさが混ざった顔をしていると、田村さんが俺の方に向かって走ってくる。
「新見君、大丈夫だった?」
「は、はぁ。まぁ、今度も上手い具合にグローブに入ってくれたので、少し手が痺れるぐらいですんでますが………」
「ああ、それは良かった。それじゃあ、俺は戻るね」
えっ?それだけ?
ひょっとしてそれって社交辞令じゃないの?
心配してる?ねえ、本当に心配してる?モブにも命はあるんだよ?NPCじゃないんだよ?
って、どう見ても結果オーライで片付いてるよな。
まぁ、二番バッターも先程から俺に向かって頻りに頭を下げているので、わざとという訳ではないようだし、そもそもこれも俺の急な作戦変更による自爆とも言えるから仕方がない。
おそらく彼等は俺の投球練習を見て俺の球を打つためのイメージを思い描いたのだろう。
ところがいざ本番になってから俺が球速とバックスピンの回転を落としたので、そのギャップに対応しきれていないのだと思われる。
バックスピンの回転を落とした球筋は投球練習の時よりもボールの落差が少しばかり大きい。
球速は遅くなった方なので何とか対応してジャストミートしたようだが、この落差にまでは対応しきれていないといった感じだ。
どこかで小耳に挟んだ話ではボールの下半分を打つと長打になるらしい。しかし、イメージよりも落ちる球筋に対応できずに長打を狙った軌道のままボールを打つと、バットの芯がボールのど真ん中を捉えることになる。その結果、ボールは壁にぶつかった時のように真っ直ぐピッチャーに帰っていくという訳だ。
って、仕組みはそうかもしれないが………
それならそれで初球打ちをするなって話である。ホント、勘弁して欲しい。
しかしまぁ、そういうことなら此方にも対策はある。
モブを舐めてもらっては困るのだ。
よしっ!次の三番バッターの初球は、モブへの道第2段を披露しよう!
そして三番バッターがバッターボックスに入ってくる。
うんうん。三番バッターも初球からやる気満々の目をしているな。
あはは。甘い!甘いぞバッター!モブの魔球に畏れおののけ!
俺は単なるルーチンワークと化している田村さんとのサイン確認作業をした後、田村さんに向かって第1球目を投げる。
ビュッ! チッン! スパッ! ブン!ブン!ブン!ブン! ビュン!!
………
へぇーーー、そうですか。そうですか。今度はそう来ましたか。
ピッチャー返しの次はバットの投擲ですか。
なるほど。いよいよバットにもGPSが搭載されましたか。文明とは恐ろしい!飽くなき探究心はここまで来たのか。
って、バッカじゃないの?真面目に股の間がキュン!ってしたからね!
ねえ、分かってる?胸キュンじゃないよ?!玉キュンだからね!
流石にバットまでは予想していなかった所為もあり俺が冷や汗混じりの呆然とした顔をしていると、田村さんが俺の方に向かって走ってきた。
「新見君、今の球ってどうやって投げたの?」
えっ?そこから入るの?ねえ、俺の心配はどこにいったの?
今ね、バットが飛んできたんだよ?分かってる?ねえ、分かってます?
ああ、こりゃダメだ。既に田村さんの関心はそこにはないようだな。
俺の返答だけを待ち侘びている目をしている。
まぁ、バットが当たらなかったのは見た目に分かるし心配する必要もないけど。
「ああ、今の球はすっぽ抜けです」
「えっ?すっぽ抜け?」
「はい。すみません。これだけ沢山ボールを投げた経験がなくて少し手の力が抜けてきたのかもしれません」
「あっ、ああ、そうなのか………、いやいや。それも仕方ないよ………ね」
田村さんは先程と同様に何やら腑に落ちない表情を受けべているが、俺の説明を聞いて渋々といった体ではあるが納得の意を返してくれる。
う〜ん。流石の俺もこれには少しばかり心が痛むな。
本当はすっぽ抜けではないだけに尚更だ。
今し方投げた球はピッチャー返しのような事態を避けるために意図的にバックスピンを掛けずに投げたのだ。
これによってボールは重力に逆らえず物理法則に則り先程までよりも更に落差が激しくなる。
俺が何故このような球を投げたかというと、一番・二番バッターが球筋にまでは対応できていなかったことを考慮して、それ以上の落差があればバットに当たらないと思ったからだ。しかもすっぽ抜けというモブ演出までできる優れものときている。
まぁ、その予測通りに三番バッターのバットがボールを真面に捉えなかったまでは良かったのだが、三番バッターが強引に球筋に合わせようとしてきた所為で体制が崩れ手からバットが離れた結果がバットの投擲に繋がったという訳だ。
これも俺の自爆といえば、そうなのかもしれないな。
「それじゃあ、ベンチに戻って次の回まで肩と手を休めると良いよ。さあ、戻ろうか」
田村さんはグローブの中に収まっているボールを俺に見せると、ベンチに引き揚げるよう促してきた。
ああ、そう言えば、三番バッターのバットはボールに掠ってたな。俺は飛んできたバットに夢中でそれどころではなかったのだが、それを田村さんがキャッチしていて、それがキャッチャーフライと判定されたみたいだ。うん。田村さん、グッジョブです!
「はい。戻りましょうか」
そして俺達がベンチに戻ってくると、何やら伊織先輩が不満気な顔で此方を見ているのが目に入る。
うん?伊織先輩の様子が不機嫌っぽいけど、一体どうしたのだろう?
ひょっとしたら俺へのピッチャー返しとバット投擲に苛立ちを抱いていくれているのだろうか?
そうだとしたらその眼は相手チームに向けてやってください。
何しろ俺は今完璧にモブを演じられたことを褒めて欲しい気分ですから。エヘッ!
結局1回裏はピッチャー返し2回とバット投擲事件1回があったものの、結果的には3球で三者凡退に終わらせられ、しかもモブアピールも完璧だったことを考えると、モブピッチャーとしてはなかなかの滑り出しと言えるだろう。
うんうん。いつの世もモブが進む道程は厳しく険しいものなのだ。
そうだ!身を挺して茨の道を切り開くからこそのモブ道でありモブ道に犠牲は付き物だ。
俺のモブ道舐めるなよ!突き進め俺のモブ道!!
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