第5章−[2]:休み時間はお腹に悪い

俺は何故か4人という大所帯で学校の廊下を歩いている。

俺の右手には男子生徒、そして左側には琴美とその横には更に女子生徒。


「ニット、ほら、サッサと行きますよ」


何これ? 俺はどうして護送されるの?

これでは晒し者だ。処刑台に向かう囚人だ。

どうぞご自由にディスってくださいと書かれた張り紙をぶら下げて道中引き回しの刑を受ける気分だぞ。


俺はそんなことを考えながら廊下を歩き始めたのだが、周りを見ると意外と衆目を集めていない。

いや。正確には一瞬此方を見られるのだが、すぐに何事もなかったように視線が外されていくのだ。

その原因は俺の右側に男子生徒がいるからだろう。この男子生徒はスレ違う生徒と軽く挨拶を交わしたり、こうやって歩いているのが普通といったオーラを出している。

まぁ、そのオーラの陰に隠れている俺としては助かっているのだが。


しかし、俺が何故こんなことになっているかと言うと、今日の午前中の休み時間に起こった事件が原因だ。


◇◇◇


『キーン コーン カーン コーン』


1時限目終了のベルが鳴る。

普通なら次の授業までの休み時間は俺の大切な睡眠時間に充てられるのだが、今日から暫くの間はそうも言っていられない。

俺は昨日まで授業中に爆睡を貪っていた所為で、少々追い詰められているのだ。

と言うのも、昨日の帰り際に若松先生のところに去年の平均点を聞きに言ったとき、


「若松先生、少し時間を頂けますか?」

「あれ? 新見君、どうしたの?」

「少し教えて欲しいことがありまして」

「相談事? ねえ、相談事でしょ! 絶対そうよね?!」


ああ、ウザい! 最初から全開かよ!

何? 相談事に飢えてるの? 誰も相談してくれないのか? 誰か相談に乗ってやれよ!


「あっ、いえ、違います」

「ええ〜」


何? お前は生徒の悩みを食べて生きてるのか? こいつバクの親戚のバグだろ!

ああ、もう悄気るな! 今度時間のある時に相談に乗ってあげるから!


「いえ。去年の現代文の中間試験の平均点を教えてもらいたくて」

「えっ? 去年の? どうして? ねえ、どうして?」


う〜ん。どうしても悩み事相談室をやりたいらしい。

この若松先生は俺のクラスの担任で実は現代文の教師でもあるのだが、占いの館にでも転職した方が良いんじゃないかな?


「ほら。あれです。頑張ったつもりでも結果が平均点以下でしたなんてショックじゃないですか? やるからには上を目指さないとですからね。そのためにも予め平均点を知っておいた方が良いかなと思いまして」

「うんうん。やるからには上を目指さないとね。凄いね! 新見君はやっぱり凄いね!」


ああ、眼がキラキラしてる。やっぱりバカだわ。

絶対騙されるからそれまでに誰か救ってあげてくれ。でないと俺が救ってしまいそうになるから。お金ないけど。


「えーっとね。私も他の先生に聞いたんだけど去年の平均点は75点だった…かな?」

「えっ? そんなに高いんですか?」

「うん。この高校は進学校だからね」


という出来事があり、何気に平均点が高いことを知らされ追い込まれているのだ。

こんなことなら授業中に寝るんじゃなかったよ。

そんな後悔と反省をしながら俺が机から教科書を取り出し勉強に取り掛かろうとしたとき、ふいに俺の隣から騒がしい雑音が聞こえてきた。


「ねえ。南條(なんじょう)さん、今日は一人なの?」

「は、はい……」

「ふ〜ん。琴平さんいないんだ」

「ねえねえ、南條さんて琴平さんと仲良いよね」

「琴平さんて生徒会役員で目立ってるもんね」

「わ、私はそういうつもりじゃ………」


俺の隣の席で話しているのは、いつも琴美と一緒にいる女の子とこのクラスの女子カーストグループ第3位の女子達だ。

いつもの休み時間なら俺の隣は空席になっている。というのも隣の女子生徒が琴美の席に遊びに行くからなのだが、それが今日に限って俺の隣に座ったままだ。

俺はさり気なく周りを見渡してみたのだが琴美の姿は見当たらない。どうも席を外しているようだな。

あれ? でも確か琴美のグループにはもう一人女子生徒がいた筈だが………、どうもその女子生徒の姿も見えない。


「そう言えば、琴平さんてどういうコネで生徒会に入ったの?」

「琴美はコネとかで入ったんじゃないです」

「ええ〜、本当かなぁ?」


ああ、やだなぁ。俺は勉強したいのになぁ。

琴美、どこ行ってるんだよ? 早く帰って来いよ!

そうでないと俺のお腹が悲鳴をあげるぞ!


「あ、あのぉ、恵那(えな)さん、ごめんね。私ちょっと席外すね………」


南條という女子生徒に絡んでいるのは、恵那と呼ばれた女子生徒を中心とした3人グループだ。


「ああ、じゃあ私達も一緒に行こうかなぁ」

「「ああ、それいいよねぇ」」


うわぁ、追尾機能付きの嫌がらせかよ。

しかし、琴美の不在を狙ってくるとは、なかなか姑息な奴等だ。

おそらく南條はトイレに逃げ込むつもりだったのだろうが、これだと教室にいた方が安全じゃないかな?

南條さん、我慢できる? 琴美が帰ってくるまで我慢できそう?


と、その時、


「あっ、琴美、お帰りぃ!」


俺が南條の言葉で教室の扉の方を見ると、教室に入ってきた琴美が目に入る。

そして、俺が再度隣の席に視線を向けると………、

既にカースト第3位グループの女子生徒達の姿はない。

はっや! 撤退するのはっや! さすが伊達にトップカーストを張れていないだけある。


ふう、これでようやく俺も勉強に専念できそうだ。

と思ったのも束の間、その直後に2時限目開始のベルが鳴り響く。どうして?


◇◇◇


『キーン コーン カーン コーン』


2時限目終了のベルが鳴る。

今度こそ勉強しなければだ。時間は有限なのだ。家に帰ったら帰ったで勉強している時間はないからな。休み時間は有効に使わないと。


幸い琴美も教室にいるようで、隣の席は空席になっている。

なっている………筈だよね?


「よう、新見、久しぶり」

「はぁ、なんでお前が此処にいるんだよ?」

「おいおい。俺はこれでも優秀なんだぜ。お前と愛澤がいなかったら俺がトップだったんだからな」

「そうじゃない。お前はなんでそこに座ってるんだと聞いてるんだ」

「まぁまぁ、そんなに邪気にするなよ」

「はぁ、どの口が言ってんだ」


今、俺の横に座っているの中学時代に『何一人でカッコ付けてんだ?!粋がってんじゃねえ』と言って俺に喧嘩を売ってきた奴だ。

俺はこいつがどうも苦手で仕方がない。何が苦手とは一言では言えないのだが、一々癇に触れるというか落ち着かないのだ。


「それより新見、高校でも一人なのか?」

「煩い。お前に関係ないだろ! 何? また喧嘩でも売りにきたのか?」

「そんなに怒るなよ。あの頃は俺も若かったんだって」


あの頃って、まだ1年前だろ。お前、どんだけ成長速度が速いんだよ。

さっきの女子生徒達の逃げ足より速いんじゃないのか?


「で、なんだよ? わざわざそんなことを言うために来たのか?」

「あっ、そうだった。悪いけど数1の教科書貸してくれないか?」

「はぁ、なんで俺がお前に教科書貸さなきゃならないんだよ」

「そう言わずに貸してくれよ。昨日教科書持って帰ったら忘れてきたんだよ」

「それなら他の奴に借りたらいいだろ」

「いや、今日、数1があるクラスってここだけで、俺このクラスに知り合いいないんだよ」

「俺も知り合いじゃないけどな」

「そう言うなよ。戦友だろ」

「戦友って、お前が勝手に喧嘩売ってきただけだろ」

「何? 新見、まだそんなこと言ってんの?」

「はぁ、まだってなんだよ?」

「あっ、いや、今はそれどころじゃないんだって。頼むよ貸してくれ」


え〜い、そんなに拝むな。俺は仏さんじゃないぞ。勝手にあの世に送るな!

クソッ! 周りの目が集まってるだろうが! これだと俺が悪者みたいじゃないか。


「本当に返しに来るのかよ?」

「少しは信用しろよ。戦友だろ」


戦友の使い方間違ってるだろ。友じゃなくて敵だ。勘違いするな。


「もし返しに来なかったら、お前のを貰いに行くからな」

「ああ、分かってるって」

「5時限目までに絶対返せよ。あと落書きとかボロボロにしたりするなよ」

「ああ、それも大丈夫だって。4時限目が終わったらすぐに返しにくるから」

「ほら」

「ありがとな。じゃあ、また後でな」


と、ここで3時限目開始のベルが鳴る。

ああ、追い込まれているというのに休み時間を2回も棒に振ってしまった。

こういう妨害イベントは小説の主人公のためのものだろう? 俺はぼっちなんだぞ。頼むから俺に起こさないでくれ。


◇◇◇


『キーン コーン カーン コーン』


4時限目終了のベルが鳴る。


3時限目の後の休み時間は琴美も教室にいたのと予想外の訪問者もなく静かな休み時間を過ごすことができた。

そうだ! 俺はこういう静かな高校生活を望んでいるのだ!

よし! このままこのペースで頑張ろう! 神様分かってるよね?


「ねえねえ、南條さん、お昼も一人? 私達と一緒にお昼食べない?」

「そうそう。私達と一緒に食べようよ」

「そうそう。朝の話の続きしようよ」


俺の隣の南條のところに女子カーストグループ第3位の女生徒達が再襲撃してきた。

うん。俺は見事にフラグを踏んだみたいだ。


辺りを見回してみるも琴美の姿は見当たらない。

おそらく双葉先輩との弁当交換会のために既に生徒会室に向かったのだろう。

俺はというと、いつもなら琴美と一緒のところを見られないように少し遅れて生徒会室に向かうのだが、今日はそれ以外にも教室を出れない理由があり未だ教室にいる。


おい、こら! 早く教科書を返しに来い!

でないと俺のお腹がム◯クの叫びみたいになるだろうが!


「あ、あっ、ごめんね。今日は本を読みながらゆっくり食べようかと思って………」

「ええ〜。何? 私達と食べられないってこと?」

「あ、そういうことじゃなくて………」

「じゃあ、どういうこと?」

「いえ、ゆっくりと本を読みたいなって………」

「ふ〜ん。そうだよね。琴平さんと一緒じゃゆっくり本も読めないもんね」

「あ、そういうことじゃなくて………」

「そうだよね。琴平さんチョー偉そうだもんね」

「うんうん。生徒会役員だって感じだもんね。コネなのにね」

「こ、琴美はそんなんじゃないよ」


ほら。始まっちゃったよ。俺の腹痛が!ピーキュルルルルルルーーーって言ってるよ!

それにしても、そういうことは琴美本人に言えば良いのに。


「ええ〜、でも生徒会って学年成績上位者とか言ってるけど、実は見た目重視みたいなぁ」

「うんうん。そうだよね。アイドル軍団とか言われてるしねぇ」

「小さくて私可愛い!みたなぁ」

「何それ? キモ〜い」

「そうそう。今度の中間テストが楽しみだね〜。実は見た目でした〜とか」


ああ、もうダメだ。限界だ。チビッちゃうよ。


「あれ?恵那さんは今度の中間テストのトップ狙ってるのか?」

「はぁ、何? あんたに関係ないでしょ!」


怖い!怖いですよ!恵那さん!

豹変しすぎですよ! 愛澤ほどじゃないけど。


「いや。俺も生徒会だからさ。俺も勉強できなくて肩身が狭いんだよな」

「はぁ、バカじゃないの? あんたなんかと一緒にしないでよ」


うんうん。恵那さんよ、気付いてるか?

俺の第一声で教室中の衆目を集めていることを。

そして、その一言を待っていたことを。その絶対言うであろう定番の一言を。


「そうなんだよ。俺バカだからさ。その様子だと恵那さんは自信満々みたいだな。凄いわ! 俺とは違うよな。本当尊敬するよ!」

「はぁ、あんたなに………」


ああ、恵那、気付いたか。

そら気付くよな。俺の言葉で教室中がざわめき出している。


「いや〜、恵那さんみたいなライバルがいると、琴平もウカウカしてられないな」

「だから、なにを………」

「恵那さんが勝てば、琴平が見た目で生徒会に入ったっことも証明できるし」

「………」

「そう言えば確か成績上位20人が貼り出されるんだよな。勿論目標はトップだろ?! 中間テストの後の成績発表楽しみだよな。期待してるよ」

「………」


恵那よ、もう遅い。お前が周りを見渡して牽制してもざわめきは止まらいぞ。

とはいえその実、『恵那さんて賢いのか?』『本当にトップ狙ってるとか?』といった声は1割2割程度で、8割か9割方は『あいつってあんな奴だったのか』『あいつ酷いな』といった俺を責める声だ。

しかし1割2割もいれば充分。少しでも自分のことを言われている言葉が耳に入ればそれ以外の言葉は聞こえていないだろう。いや。ひょっとしたらそれらも自分のことを言われているように思っているかもしれない。特に焦っている奴は。


俺には友達も仲間もいないが、それでも一時的な賛同者なら作ることはできる。

これこそ秘技『骨を切らせて肉を断つ』ってやつだ。俺の方が重症だけど。


どうだ? 恵那、自分が日頃やっていることをやり返された気分は?

さて、とどめを刺しに行きますか! 俺の!


と、その時、『ポンッ!』と俺の机の上に教科書が置かれ、それと同時に俺の肩に腕が回された。


「へえ、恵那さんもトップ狙ってるのか? じゃあ、俺ともライバルだな」

「あ、あんた誰なのよ」

「ああ、俺? 俺はこいつの戦友。俺も上位狙ってるから負けないぜ!」


ウザい! 俺の肩に手を回すな。突然出てきて爽やかな笑顔で俺のフィニッシュを横取りするんじゃねえ。

大体、お前が教科書を返しに来るのが遅いせいでこうなったんだからな。

まぁ、おかげでざわめきの大半が恵那のトップ狙いの話題に移ったけど。


「ニット、何をしているのですか? 遅いので若松先輩が………」


俺が訝しい顔で俺の肩に腕を回している男子生徒を見ていると、またまた俺に声を掛けてくる奴が現れた。

それと同時に教室内の生徒の視線が声の主に一気に集まる。

まぁ、今まで此処で話題になっていた人物だしな。視線が集まるのも当然だ。


その集まる視線と雰囲気から琴美は何かを悟ったらしい。

これも当然だろう。俺の横の席にはオロオロとした南條、そして彼女の目の前には琴美グループを敵視しているカースト第3位グループの女生徒達がいるのだ。

しかも彼女達の顔色は琴美が現れたことによって更に青褪めている。


「琴美ぃぃぃぃ!」

「南(みなみ)、どうしたのですか? まさかニットに何かされたのですか?」


えーっと、琴美さん?この状況でどうして俺なんですかね?

まぁ、琴美の俺を見る顔が微笑んでいるので冗談のつもりなのだろうが。


「ううん。そうじゃないよ」

「そうですか。まぁ、冗談はさておき、大体のことは分かりますが………。南、あなたもお弁当を持って着いてきてください。生徒会室で一緒に食べますよ」

「えっ、でも私生徒会に入ってないよ?」

「気にする必要はないです。そもそもお昼は生徒会活動ではないですからね」

「えっ? そうなの? じゃあ、俺もお邪魔しても良いの?」

「あなたは誰ですか?」

「あっ、俺? 俺は此奴の戦友。で、恵那さんと琴平さんのライバル、かな」

「そうですか………」


違う! 琴美違うぞ! 此奴は赤の他人だ。勘違いするなよ。

俺のアイコンタクトで察しろ! 俺の眼を信じろ!

というか、どうしてお前が一緒に飯を食うんだよ!? 爽やかに微笑んでんじゃねえ!

ああ、本当にお腹が痛くなってきた(泣)


「良いでしょう。私も南を誘いましたからね」


あっ、察してくれなかったの?

ねえ、俺とお前の仲ってそんなもの? って、接点すらなかったな。図に乗りました。ごめんなさい。


「って、待て! どうしてお前が一緒に来るんだよ?!」

「ええ、いいじゃないかぁ。俺も助けただろ」


ああ、こいつわざとフィニッシュを掻っ攫いやがったな。

しかも助けたってなんだ? 誰を助けたんだよ?!

何? もしかして琴美に恩を売って生徒会メンバーとお近付きになりたいの? でも、それだけは止めておいた方が身のためだぞ。


「俺も教科書貸してやっただろうが」

「まぁ、そういうなよ。それじゃあ行こうぜ! ね、琴平さん」


なんだよ。サラッと周りの空気まで巻き込んでんじゃねえ!

クソッ! これじゃあ、阻止できないじゃないか!

って、あれ? でもどうして俺は阻止しようとしてるんだろ?


「ニット、何をしているのですか?! 早く行かないと若松先輩が膨れてますよ」

「ああ、悪い。今行くよ」


今は考えている場合じゃないな。これ以上遅れると双葉先輩が走って教室まで襲撃してきそうだ。そんなことは想像もしたくない。

でも、この状況を考えると自然と脚が重くなるんだよな。


「ニット、ほら、サッサと行きますよ」


と、ようやく話が追いついたな。

こういう経緯があって、俺達4人で生徒会室に向かって廊下を歩いているという訳だ。

ああ、この後のことを考えるとトイレに逃げ込みたくなってきた。ピーキュルルルーーー!

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