第4章−[5]:求める想いが動かすもの

生徒指導室へと移動した夏川先生と伊織はテーブルを挟んで対峙する形で椅子に座っている。

しかし椅子への座り方は両者で全く異なっており、夏川先生の方は椅子に深々と腰掛けリラックスしてるように見えるが、片や伊織の方はというと、椅子に浅く腰掛け前のめりの姿勢で机に手を突き今にも飛び掛かりそうな勢いが感じ取れる。

この伊織の姿勢を見る限り、聞きたいことが伊織にとって相当重要な事柄なのだということが推測できる。


「伊藤、そう急くな。そんなに迫られると話しずらい」

「あっ……、すみません」


ここでようやく伊織は自分の姿勢がどういう状態になっているのかを悟り、椅子に腰掛け直した。


「で、聞きたい事とはなんだ?」

「そ、その………、すみません。是非とも教えて頂きたいことがあります!」


伊織はガタッっと椅子を鳴らせて再度前に体をずらすと、テーブルに両手と頭を付け土下座でもしているかのような体制で懇願する。


「おいおい、いつもの伊藤らしくないが、どうしたんだ?」

「あっ、いえ、その………」

「………」


夏川先生は腕を組んで椅子に凭れ掛かりながら、伊織が話すのを待っているが、その伊織はなかなか話出そうとはしない。

伊織の雰囲気から察するに話さないのではなく、話すことを躊躇っているように思える。


「あっ、そ、その………」

「………、ふむ。どうも言い難いことのようだな?いいから遠慮せず言ってみろ」


夏川先生は伊織が躊躇っている様子から聞きたい事の内容が言い難いことだと推測したのか、話を進めるために伊織に切っ掛けを与えてくれたようだ。


「あっ、いえ、そうではないんです……、ただ……」


しかし、当の伊織の言葉にはいつものような歯切れの良さは戻らず口籠った喋り方のままになっている。一体何が伊織をここまで躊躇わせているのだろうか?


「ただ、なんだ?これでは話が進まんが……」

「………」


ここで伊織は下を向いたまま口を閉じてしまう。


「ふむ。言い難いことではないと言うことは……、聞き難いことか?」

「あっ、はい……」


伊織は夏川先生の一言にパッと顔を上げると、躊躇いながらもそれに同意した。

言い難いことではなく聞き難い事となると、聞いても答えて貰えるか分からない、もしくは、聞くこと自体憚れることなのだろう。

そういう事であればここまでの伊織の態度も頷ける。


「うむ。聞き難いことか……、学力テストの問題とかなら教えられんが、そんなことではなかろう?」

「そ、そんなテストの問題などではないです!」

「あはは。分かっているよ。冗談だ」

「じょ、冗談にしては過ぎます!」

「いやいや、悪かった。しかしあのままでは埒が明かなかったものでな。どうだ少しは体の力が抜けたか?」


伊織は緊張と焦りで頭の中が真っ白になっていたことに今更ながらに気付いたのか、『はっ』とした表情を浮かべる。


「あっ、……すみませんでした」

「構わんよ。それより話を戻そうか。で、何を聞きたいんだ?」


夏川先生は伊織の緊張が幾分和らいだのを見て取ると、話の内容を本題に戻しに掛かる。

この辺の生徒を気遣った話の進め方は流石としか言いようがない。


「じ、実はニートのことなのですが……」

「ニート?はて、君が将来無職のヒキコモリでも考えている……、という訳ではないよな?」


夏川先生は『ニート』という言葉に対して、おそらくは他の誰しもが取ると思えるような至って普通の反応を見せる。


この夏川先生の反応からしても、新見がこの称号で呼ばれていることに殊更涙が込み上げてきてしまう。

新見君、御愁傷様です!


「あっ、すみません。ニートとは新見君のことです」

「新見?新見はニートと呼ばれているのか?」

「はい。にいみ かずとを縮めてニートと……」

「あはは。なるほど。それもあだ名の付け方としてはありだな。まぁ、本人的には心外だろうがそれも愛着があっていいだろう。で、そのニートについて何か聞きたいと言うことかね?」


ここでも新見の知らない所で『ニート』が布教されたようだ。重ね重ねお悔やみ申し上げます。


「は、はい……」

「しかしニート………、いや、私がニートというのはマズイな。うむ。で、新見のことだとすると私より彼の担任の若林先生に聞いた方が良いんじゃないのか?若林先生なら伊藤もよく知っているだろう」


夏川先生が言ったことも最もである。

若松先生と言えば、同じ生徒会メンバーの若松双葉の姉でもあるので、伊織からすれば面識があるどころの関係ではない筈だ。


「そ、それは……」

「本人や若松先生には聞けないようなことか?」

「は、……はい、そのぉ……、できれば夏川先生にお聞きしたくて……」


なんとも歯切れが悪い回答で、しかもその理由までもが定かではないが、若松先生には聞き難いことだということは間違いないようだ。


「しかし、私が新見について知っていることなどほんの少しだぞ」

「………」


ここで伊織が再度黙り込んでしまう。

聞きたい内容がやはり聞き難いことだからなのか、それとも別の何かによるものなかは分からないが、夏川先生の話を受けて再度伊織自身が逡巡しているように伺える。


「………、まぁいいだろう。話してみろ」

「………、は、はい、ありがとうございます。じ、実はお聞きしたいことというのは……、新見君の運動神経について……です」


夏川先生の『話してみろ』という言葉の後押しに少しの安堵を得たのか、伊織は躊躇いながらも幾分緊張が和らいだような面持ちで聞きたいことを話出した。

しかしこの内容からすると、伊織が聞きたかった内容以前に、やはり聞く相手が間違っているように思えるのだが………。


「新見の運動神経についてか?………、それは彼の体育の成績を教えろと言ってるように聞こえるが、さすがに彼の成績を教える訳にはいかんぞ」

「あっ、いえ、そうではなくて、そこまでは……」

「『そこまでは』と言われてもなぁ………、私は女子生徒の体育は見ているが男子生徒は受け持っていないし、しかも新見は運動部系の部活をしている訳でもない。そのことを考えれば私に聞かれても答えようがないがな」


夏川先生の言う通りである。

本来、夏川先生は新見の運動神経について知る由もないのだ。

しかしこれを伊織が知らない訳はないということを考えると、伊織が求めているのはやはり体育の成績を元に話を聞きたいということに他ならないことになってしまう。

さすがにこれは教師として許容できることではない。


「伊藤、君がそこまでの判断しかできないとは思わんが?」

「………」


伊織は本日何度目かになる沈黙を選択する。まぁ、選択したというよりは言葉が見つからないと言った方が正しいように思われるが。


「ふむ。何か事情があるようだな。聞いてやるから話してみろ」


このままでは先に進まないと判断したのか、夏川先生が直接の本題ではなく、それに至った事情から話を進めるよう施してくる。

これにはその事情から本題を導き出そうという意図もあるのだろう。


「は、はい………、実はーーーー」


伊織は昨日の誕生日パーティーの際に行われた新見と父との握手、新見との練習試合、それと今日の昼休みに新見と交わした会話を頭の中で思い出し整理しながら夏川先生に語りだした。


………


「ふむ。しかし今の話の内容に何処もおかしなところはなかったように思うが?」

「はい。一見おかしなところがないのがおかしいんです」

「? それはどういうことだ?」

「私は自分で言うのも何ですが空手では全国3位になったこともあります。その私が理性が飛んだ状態で本能のままに攻めたにも関わらず怪我をしていないのは不自然なんです」

「それは君の説明にもあったが防具をしているからではないのか?」

「防具をしていても無傷はおかしいんです」


伊織は少々熱を帯びたような勢いで、無傷だったことをおかしいと連呼した。

どうも伊織は新見が無傷だったことに疑問を抱いているようだ。

しかし逆に言えば、無傷ではすまされない攻撃をしたことの裏返しとも言えるのだが。伊織はここまで理解した上で昼休みに土下座までして新見へ謝罪したのかもしれない。


「しかしそれだと新見は何故怪我をしていないんだ?」

「………そこがハッキリしないんです。私の攻めは確実に新見君を捉えてました。それは間違いないと思います………」

「ふむ。攻めは当たっているのに怪我はしていない。しかしそれは防具をしていたからではないと言いたいのだな。だからおかしいと」

「はい。その通りです」

「しかし、伊藤はそれについて何か思うところがあって私のところに来たのだろ?それが新見の運動神経とどう関係するんだ?」

「それは………、もし仮に新見君が私の攻めを受けた瞬間に飛ばされたのではなく自ら飛んでいたとしたら………と思いまして………」


伊織の最後の言葉は徐々に萎んでゆき、最後は聞き取れるかどうかという声量まで落ちていた。

それもそうだろう。

普通ならば只でさえ防具を着けていたとしても怪我をするような攻めを受けておきながら、それを受けたと同時に同じ方向に自ら飛んだと言っているのだ。

それは全国3位の実力者の攻めを見切っていることを意味している。

それこそ普通に考えれば伊織の攻めを受けて無傷だったことがおかしいと思う以上に難しいことだと思えるからだ。


「なるほど。それで君は新見の運動神経について知りたいという訳だな」

「はい。そうです………」


難しいことと思いながらもそこに辿り着くあたりは、さすがは伊織といったところか。

しかし、そうだとしても大きな疑問が出てくる。

それは………、


「うむ。しかし伊藤はそれを知ってどうしたいんだ?」


夏川先生がその疑問を口にする。

正にこの疑問こそがこの話の焦点とも言うべき根幹なのかもしれない。


「!?」


伊織はその夏川先生の質問が予想外だったのか、大きく目を見開き夏川先生を眺める。


「そ、それは………、そこまではまだ………」

「それは君が好奇心で知りたいだけと受け取って良いのかな?」

「そ、それは違います!」

「だとしたらどうしてだ?………もしかして、新見に惚れたか?」

「………、そ、それは………、そ、そ、そんなことは、な、ないです」


伊織は急に頬を赤らめると右往左往とした様相で否定と取れないような否定を口にし、最後は夏川先生の眼を見続けることができずに俯いてしまう。


「じょ、冗談のつもりだったんだがな………、すまないことをした」

「い、いえ、ほ、惚れていませんから!」


夏川先生はそんな伊織を見て少々気まずさを感じたのか素直に謝罪したが、この謝罪に対しても伊織は頑なに否定してくる。

この伊織の純情さこそが、彼女の誠実で真っ直ぐな性格の裏付けなのかもしれない。

そして、こういった可愛らしい側面を持ち合わせているところも伊織の魅力なのだろう。


「ま、まぁ、その話は置いておくとして………」


ここで夏川先生が何やら思案気な態度を見せ、目を瞑り黙考し始めた。

夏川先生はこの学校において、新見がスポーツ万能で彼がその能力を隠していることを知っている唯一の人物だ。

それを考えれば、夏川先生がこの会話の中で早々にそれが関係していることを察知していても不思議ではない。勿論、伊織が辿り着いたこの解答にも早い段階で気付いていただろう。

この状況でそんな彼女が思案することと言えばそう多くはない。それこそ容易に想像できてしまうのだが………。


「うむ。少し待っていたまえ」


夏川先生はそう言うと座っていた席を立ち生徒相談室を出て行く。

そして待つこと数分の後、夏川先生は1枚の紙を手に持ち生徒指導室に戻ってきた。


「本来これは教師としては有るまじき行いなんだがな。かといって今の君達のことを考えると放っておくのも教師としては許されることでもない。ここは伊藤、君の口の堅さを信じてこれを見せよう」


そう言うと、夏川先生は持ってきた1枚の紙を伊織に差し出した。

伊織はその紙を受け取ると、それが何なのかを確かめるべくその紙を眺める。


「!! 夏川先生、これは!?」

「大きい声を出すな。君を信じると言っただろう」

「あ、ありがとうございます!」


伊織はお礼の言葉とともに夏川先生に向かって深々と頭を下げた。


夏川先生が伊織に手渡した紙の一番上には『体力測定表』と記載されており、その右下には『1年C組 新見 一斗』と綺麗な字で書かれている。

そして名前の下に、この紙の本来の目的である『種目、測定値、何名中何位』といった内容が種目ごとに上から順に書き綴られていた。

そう。この紙は先日行われた体力測定の結果が記されたものだ。


伊織は再度その紙に視線を向けると、他には何も見えていないと言わんばかりに喰入り、真剣な眼差しでそれを読み始める。


………


そして伊織が読み始めること数分、伊織の目がある種目の行で止まる。

伊織は暫くの間、紙に穴でも開けるかの如くその行を凝視していたかと思うと、突然、顔を上げ、


バンッ!


その紙をテーブルに叩きつけるように置き、夏川先生の方に向かって険しいまでの表情を向けると、


「夏川先生、これはおかしいです!」


と声を発した。

伊織は先程までの躊躇っていた様相とは一転、かなり興奮しているようだ。


「おい、どうした?少し落ち着きたまえ」

「あっ、す、すみません」


伊織は夏川先生の指摘に自分が冷静さを欠いていたことに気付かされ、数度深呼吸をして自分を落ち着かせようとする。


「どうだ、少しは落ち着いたか?」

「はい。すみませんでした」

「うむ。落ち着いたなら構わんよ。それより何がおかしいんだね?」

「こ、この種目の結果がおかしいんです!」


伊織は落ち着いていたのも束の間、夏川先生の質問にほんの少しの冷静さだけを残し勢い良く体力測定表のある種目の行を指差しながら返答した。

その伊織が指差している種目はというと、


「うん?握力がどうかしたのかね?私には別段おかしくは見えないが。至って普通の平均的な値だ」

「いえ、ここに書かれた数値だとおかしいんです!先程もお話した通り、昨日新見君はうちの父に掌を握りつぶされそうになっています。でも、この結果だと新見君があれに耐えられた筈がないんです。そうです!いくら父が手加減していても、これだとすぐに根を上げていなければおかしいんです!」


伊織は先程の勢いそのままに捲し立てていた。

余程、新見の握力の結果値に納得がいかなかったのだろう。


「うむ。私にそう言われてもなぁ。私が分かる範囲はそこに書かれていることが全てだ。そしてそれを見る限り、新見は全ての種目において平均的としか言いようがない」

「そ、それは確かにそうですが………」


伊織は夏川先生の裏打ちされた言葉を聞いてもまだ納得できないまま佇んでいる。

夏川先生はそんな伊織の様子を見て何を思ったのか不敵とも思える笑みを浮かべると………、


「どうも納得していないようだな。伊藤、君がそう思うなら君自身の手で再度確かめるしかないんじゃないか?まぁ、普通に確認したところで結果は変わらんだろうがな」


こんなことを口にした。


「???」

「………………」

「………………」

「………………」


伊織は、その夏川先生の不敵な笑みに対してなのか、はたまたその言葉の内容に対してのかは定かではないが、何かに引っ掛かりを覚えた様子で、その原因を求め思考の渦に飲まれているようだ。

そして夏川先生はそれを静かに見守っている。


おそらく、その引っ掛かりの原因に辿り着くためには、不敵な笑みと言葉の内容の両方に考えを巡らせる必要があるのだろう。

ヒントは言葉の中に隠れている。

『普通に確認したところで結果は変わらない』

では、普通以外の方法で確認すれば結果は変わるのだろうか?

そこに辿り着いた時、そこで初めて夏川先生の不敵な笑みが意味を成してくる。

それは夏川先生が意図したことかまでは分からないが………


そして察しの良い伊織がそこに辿り着かない筈がない。


「夏川先生!ありがとうございます!」


伊織は夏川先生に向かって突然深々と頭を下げながらお礼の言葉を述べる。


「ん?私はお礼を言われるようなことはしていないが?」


夏川先生は変わらず不敵な笑みを浮かべながら返答する。この笑みの中には先程までとは少し異なる別の何かが含まれているように思われる。


「いえ、そんなことはないです!本当にありがとうございました!」


伊織は本日3度目となるお礼を言うと、早々に踵を返し生徒指導室を後にしようとした。


「おい、伊藤、ちょっと待て!」

「???」

「すまんが、その紙を返してくれないか?それを持って行かれると私は明日から職を失うことになる」

「あっ、すみませんでした」

「いや、返して貰えれば問題ない」

「ありがとうございました。それでは失礼します」


伊織は自分の掌の中に体力測定表があることに気付くと苦笑しながらそれを夏川先生に手渡し、今度こそ本当に生徒指導室を後にした。


そして生徒指導室に残された夏川先生は伊織の背中を見送ると、「君を信じているよ」とボソリと小さな声で呟き和かに微笑んだ。

それは誰に向かって呟き微笑んだのか………、本人以外知る由も無い。


◇◇◇


俺は今、今更ながらに伊織先輩の存在の意義を噛み締めながら生徒会室に向かっている。

結局、昨日の生徒会では伊織先輩が不在だったために、愛澤の冷凍庫を止める術もなく開け放たれた冷凍庫がフル回転フル稼働する中、寒さに耐え忍ぶしか手がなかった。

その原因を作った琴美が机の下に隠れたまま頑なに出てこようとしなかったのも冷凍庫に電源を供給し続けた一端だろう。

あいつ等仲が良いんだか悪いんだか、本当に巻き込まれる身になって欲しいというものだ。


「おはようございます」

「ニート君、はっふぉー」

「ニート、はっふぉーです」

「新見君、おはようございます」

「おぉ、ニート、はっふぉーだ。良かった。君を待っていたんだよ」


俺が生徒会室に入って最初に通る関門のディスペナを受けた直後、伊織先輩からいつもとは少し違う調子の挨拶と共に声を掛けられた。

う〜ん。何故か嫌な予感しかしない。この1ヶ月間で培ってきた俺の対魔女教警戒センサーがウィーンウィーンと唸っているのがその証拠だ。センサー舐めるなよ!


「は、はぁ、何でしょうか?」

「そんなに構えなくても大丈夫だ。今日はニートに少し頼みたいことがあってな」


そーら来た!やっぱりこういう展開だ。

あぁ、急にお腹が痛くなってきた。男の子はお腹が弱いんだぞ。


「はぁ、その頼みって何ですか?」

「おぉ、聞いてくれるか!さすがはニートだ!助かる」

「ニート君、やるね!」

「さすがは新見君ですね」

「ニートのくせにたまには男前なことをするではないですか!」


えっ?内容聞く前に外堀埋めた?

いやいやいやいや、俺は聞くとは言ったけど、やるとは言ってないよね?

どうして外堀埋めたの?ねえ、聞かせて!お願いだから教えて!

クソッ!こいつ等全員、会話連結強制接続斬(ワードチェインブレイカー)の重症患者だろ。隔離しろ!隔離!


「まだ受け………、で、その頼みって何なんですか?」


あぁ、そんな期待に満ちあふれた眼で俺を見るな!

もし、ここで『まだ受けるとは言ってません』なんてことを言おうものなら、急転直下の地獄絵図が眼に浮かんでくるだろう。


「うむ。実は明日の土曜日に社会人野球の試合があるんだが、私の父の右手が負傷してしまってメンバーが足らなくなったんだよ。急だったもので他にあてがなくてな。助かったよ」


はい?俺がお父様の代わりの助っ人?

それにしてもどうして俺なの?伊藤家は俺に恨みでもあるのか?

此処は伊藤家じゃないよね?こんなところまで追い掛けてきてまで呪いを執行したいのか?

クソッ!伊藤家の鬼門は移動式かよ!


しかし伊織先輩のお父様の右手が負傷ってどうしたんだろう?

先日俺が握手した時は負傷してなかったけどな。まさか俺との潰し合いで負傷したわけもないだろうし。もしそれならそれで自業自得だ。って、俺が報いを受けてない?


「はぁ、野球ですか?俺は自慢じゃないですけど野球なんてしたことないですよ」

「確かにそれは自慢ではないですね。野球は一人ではできませんからね」

「こら、琴平!小声でも聞こえてるからな。無闇に真実で人の心を傷付けるな!」

「あはは。ニート、心配しなくても大丈夫だ。そう思ってルールを知らなくてもできるポジションにしてもらえるよう頼んである」


えっ?頼んである?それって既に俺に拒否権はないことの通告ですか?

しかも俺がボッチで野球経験がないことを見越してますよね?

あぁ、野球のポジションよりも生徒会でのポジションの方が重要問題な気がしてきたぞ。


「それに昼の弁当は此方で用意するから、その心配もいらんぞ」


ああ、何から何まで事前の手廻しありがとうございます。って、言うわけないだろ!

俺からしたら単に外堀を埋め尽くされてるだけだからな!


「それでは、私もお弁当を作っていきますね」

「愛衣君も作ってきてくれるのか?それは助かる」

「そうですか。では、私も作っていきましょう」

「うんうん。それじゃあ、双葉はお米担当で、みんなはおかず担当ね」


えっ?お米担当って何?

重箱をご飯で埋め尽くしてくるの?ねえ、それありなの?

食べても食べても真っ白なご飯が減らないって拷問にしか思えないんですけど。


「うむ。それじゃあ、ニートもみんなもよろしく頼む」


あーあ、決まっちゃたよ。

こいつ等はピクニック気分満々だが、どうしてそんなに楽しそうなんだ?

そんなに俺を虐めて楽しいのか?お前等の心の闇を俺が祓ってやろうか?

いや、頼むから是非とも祓わせてくれーーーーー!


はぁ、それにしても野球の助っ人に拷問飯の地獄絵図、それと伊藤家の呪いしか想像できないんですけど。

どうして?ねえ、俺の何が間違ってるのぉぉぉぉぉぉぉ?!(泣)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る