第3章−[2]:俺の下駄箱とゴミの投棄

生徒会に入ってから数日が経過したが、今のところ俺の日常を脅かすようなことは起らず俺は平穏な日々を送っている。

これも生徒会のメンバーに生徒会室以外で俺に声を掛けないように納得してもらった成果だろう。

おかげで琴美も此方をチラチラ見ることはあるが、教室で声を掛けてくることはなくなったしな。

ただ、相変わらず地味子だけは休み時間に俺の教室に来ては、教室の後ろの窓側隅に擬態化して突っ立ている。しかし、こう毎休み時間ともなると、さすがに他の生徒も慣れたのか誰も驚かなくなっている。人間の適応力というのは目を見張るものがあるな。

それにしてもこれだけ平穏な日が続いたのだから、そろそろ俺の教室に来るのを止めても良いと思うのだが。


まぁ、地味子のことは気にせず、俺はいつも通り情報収集に勤しもう。

今日はどのグループから情報を得ようか?

まぁ、情報収集と言ってもボッチの俺が話せる訳もないので聞き耳を立てるだけなのだが。

おっ、丁度、女子の上位カーストのグループが近くで話しているのでここにしよう。


「ねえ、今日、帰りにケーキ食べに行かない」

「ええ〜、また〜?美里(みさと)、太っちゃうよ」

「里依(りえ)は気にし過ぎでしょ」

「ダイエットは油断が禁物なんだよ」

「部活があるから大丈夫でしょ。なんなら晩御飯いらないし」

「また。そんなこと言って〜。あとで泣いても知らないからね」

「大丈夫だって。茅乃(かやの)はどうする?行くでしょ?」

「あっ、あぁ…、私は、どうしよっかなぁ……」

「茅乃、用事あんの?」

「えっ?うっ、ううん、特にないけどぉ……」

「じゃあ、茅乃は決まりね。里依も行くでしょ」

「ええ〜、仕方ないな〜」


どうも、このグループの話題は帰りにケーキを食べに行くかどうかのようだ。

女性は甘いものが好きという話はよく聞くが、ケーキとはそんなに甘い食べ物なのか?俺は一度もケーキというものを食べたことがないので分からない。なんといっても実物を見たことすらないからな。


それにしても、あの茅乃とかいう女生徒は妙に言葉に詰まっていたが、行きたくないのか?それとも単に優柔不断なだけなのかもしれないけどな。結局行くみたいだし。

俺はそんなことを考えていた所為か、どうもその茅乃という女生徒の方を見てしまっていたようだ。会話の途中で彼女が美里という女生徒から視線をずらした際に俺と目が合ってしまった。とはいえ、彼女は一瞬で俺から視線を外したので、目が合ったと言えるかどうかは微妙だが。

しかし、目が合った瞬間、彼女の目が鋭く細められ俺を睨んだように見えたぞ。

まぁ、中学でもこういったことは普通だったし、これもボッチの宿命なのだろう。

でも、そんな気色悪がらなくても良いんではないでしょうかね?ボッチの扱い酷くないですか?ボッチにも心はあるんだよ。

ふぅ、これだけで地味に心が折れてしまう。


「じゃあ、部活終わったら正門に集合ね」

「うん。いいよ」

「うっ、うん…」


美里という女生徒はそれだけ言うと、携帯を弄りだした。

あっ、もう終わりなのか。今日はあまり情報はなかったがこれくらいにしとくか。


俺もトイレにでもいって、次の授業に備えよう。

そして、俺が男子トイレに入ろうとした時、一緒に入ってくる人影が見えた。

俺が条件反射的にそちらを見ると………、


「………、えーっと、愛澤さんや?ここは女人禁制ですが?」


そう。愛澤は無言で何の問題もないかの如く男子トイレに入ろうとしている。


「………」

「えーっと、そんなに睨まれると入り難いから、向こう向いててもらえないか?」

「そうですか」


怖い!怖過ぎだろ!なんでここで冷気吐くの?トイレで喧嘩なんかしないから。そんな漫画みたいなこと起きないから!

あぁ、気楽にトイレも行けないのかよ。それにしてもこいつは中学の時以上に側にいる気がするのは気の所為か?まぁ、生徒会メンバーという責任感が上乗せされているのかもしれないが、それにしてもなんとかして欲しい。

今日の放課後の生徒会の時にでも、地味子はやめてクリアブルーの美少女に戻るように勧めてみても良いかもな。そうすれば盟約に従って俺に近付けないだろうし。うん。良いアイデアだ。


◇◇◇


その日の放課後、俺は生徒会室の扉を開け挨拶をすると中に入った。


「おはようございます」

「ニート君、はっふぉー!」

「おぉ、ニート、はっふぉーだ」

「ニート、はっふぉーです」

「新見君、おはようございます」


愛澤以外がいきなりディスりに掛かってくる。

何故、生徒会室に一歩踏み込んだけで心を折りにくるんだ?夏川先生、この試練の先に何があるんですか?俺には生きた屍しか見えませんが。


「ニート、何を萎んだような顔をしているのですか?教室では寝てばかりな癖に、まだ足りませんか?これはもう末期ですね」

「おい、琴平良く聞け。俺は寝てばかりじゃない。ちゃんと情報収集もしているんだ」

「ほほう、ニートが席を立ったところを見たことがありませんが、エア会話でもしてるんですか?」

「エア会話ってなんだ?英会話みたいに言うな。俺の母国語は日本語だ。大体そのエア会話ってのは妄想ってやつだろが。紛らわしい言い方するな」

「チッ!ニートの癖にエア会話の意味が分かりましたか?」

「チッってなんだよ?ひょっとしてお前、この前のブーメランの仕返しにわざわざそんな言葉を考えたんじゃないだろうな?」


俺の訝しげな眼差しとその一言に、琴美は顔を真っ赤にして下を向きプルプル震えだした。

あっ、当たりか?!以前、琴美がブーメランの意味が分からずに俺が教えたことを根に持ってるみたいだ。こいつは負けん気が強いからな。


「そんな簡単なやつだとすぐ分かるわ。もっと捻れよ」

「何ですか?それは私の知能が足りないと言っているのですか?いいでしょう!その喧嘩買って……………………」


琴美がそんなことを言っていつもの如く俺の胸倉に掴み掛かろうとした時、双葉先輩が突然声を上げた。


「あぁ〜!そっか、一人で会話してるから妄想かぁ。双葉はてっきり幽霊と会話してるんだと思ったよ」


「「アホか!遅い!黙れ!割り込むな!」」


俺と琴平は思わず同時に双葉先輩に突っ込んでしまっていた。


「うん?アホじゃないよ。だってちゃんと分かったしね」

「そうじゃない。『アホか』は次の言葉にも掛かるんだ!」

「え〜、そんなにいっぱいに掛けちゃダメだよ。それじゃあ双葉がアホみたいだよ」

「だからアホだと言ってるだろ!」

「え〜、でも分かったからアホじゃないんだよ」


あぁ〜、出たーーー!これは双葉先輩の必殺ブロック会話だ。

この必殺技は一言一言が完結しているようで繋がっていて、かといって、会話が繋がっているようで実は一言一言が完結しているという摩訶不思議な会話なのだ。

会話の相手は廃人になるか逃げるかの選択肢しかないという恐ろしい必殺技だ。


この会話の恐ろしさを知っている俺達は当然、


「「双葉先輩、この話はまた次回にしましょう」」


逃げの一手を選択した。


そして俺はこのタイミングですかさず話題を切り替えに掛かる。

多少強引な方法だが、双葉先輩から逃げ切るにはかなり離れた話題に持っていくのが一番なので、俺はここだとばかりに例の話をチョイスする。


「そういえば、愛澤、いつまでその格好をしてるつもりなんだ?」

「??? いつまでって、ずーっとこの格好のままのつもりですが」

「えっ?」


どういつことだ?こいつは俺が事案を起こすまで付き纏うつもりなのか?そんなことをしたら3年間そのままだぞ。何しろ俺には『闇に紛れて生きる大作戦』があるからな。


「愛衣君、私も不思議に思っていたのだが、どうして元に戻さないんだ?」

「うん。あいあい、前の格好の方が綺麗だよ」


ここで伊織先輩と双葉先輩が話に追随してきてくれた。おし、双葉地獄回避完了!

そしてお二方共ナイスフォローです。


「別に深い意味はありませんが。何か問題でもありますか?」

「いや、別に問題がある訳ではないんだが、そうだな………、せ、折角の…び、美少女が、勿体無いと……思って…な」


その言葉と同時に、伊織先輩がちらっと此方を見た。

俺の先日の美少女発言はそんなに不自然だったのだろうか?あれから美少女という言葉が出る度に見られている気がする。

これだけ度々見られると、美少女という言葉はボッチが決して口にしてはならない禁句なのではないかとさえ思えてくる。

確かに『街で不審然にキョドッているおじさんが、小学生に『可愛いね』と声を掛けたシーン』を想像してみると、俺も間違いなくそのおじさんを要注意人物だと認定しまうだろう。

この話をこの生徒会のこのメンバーに当てはめてみると、『ビンボーボッチでモテない男子学生が、美少女4人を目の前に『美少女ですね』と声を掛けたシーン』に匹敵するわけだが………、

うん、これは間違いなく要注意人物だな!自分で想像して初めて自覚したがこれはダメだ。犯罪の臭いしかしない。捕まる前に俺の辞書から『美少女』という文字は消しておこう。

それにしても、ビンボーボッチは悲しいぞ。心が粉砕骨折したぞ(泣)


「そうですかぁ、び、美少女…ですか…」


愛澤もちらっと此方を見た。あぁ、これは間違いなく要注意人物になってるな。

ブラックリストに確実にランキングしていそうだ。ホントに死に戻りたい。


「そ、そうですね。び、美少女…もそうですが……、こほんっ!…愛衣さんが休み時間毎にうちのクラスに来ているのもどうかとは思っていたのですよ」


おっ、琴美が流れを断ち切っていきなり核心に触れやがった。

それにしても、こいつはいつもいつも段取りというものを無視しやがる。結果から入るのも大事なのだが、外堀を埋めるのも大事なんだぞ。今度じっくり教えないとダメだな。

まぁ、しかし言ってしまったものは仕方がない。それに俺の要注意人物疑惑の話からも反らせられるし、ここは話に乗って一気に畳み掛ける方向に切り替えるか。


「えっ?愛衣君は、休み時間毎に琴美君のクラスに行っているのか?」

「はい………」

「「「………」」」

「そ、それは………、少しマズいかもしれないな………。あっ、いや、私も他のクラスに行くことはあるが、休み時間毎となるとな………。ふ、深い意味はないのだが……、な、何か事情でも…ある…のか?」

「そ、それは………」


あっ、また愛澤が此方を見やがった。

俺の美少女発言の所為で不審者を前にした時の会話のようなぎこちなさはあるが、この視線の意味は先程のとは違うものだろう。

俺クラスともなると会話の流れから視線の意味することを推察するのは容易なのだ。伊達に人間観察を趣味にしてないからな。

この視線は、『俺が中学では喧嘩することが多かったので高校でも監視しています』とはさすがに言えないといった類の意味だ。それを言ってしまえば俺への牽制の意味がなくなってしまう。こういったことは公開した途端、公の事実となるので効果がなくなるのだ。

とはいえ、公開されると俺も何かとマズい。俺が喧嘩が強いといったことから俺の高スペック情報に繋がらないとは言い切れない。ここは少しフォローしておいた方が良いな。


「まぁ、言い難いことは無理に聞く必要もないんじゃないですか?ただまぁ、事情があるにせよ他所のクラスにいるのはどうかとは思いますよね?」


おっと、フォローのつもりが一言多かったか?

でもこの人なら俺の期待に応えてくれる筈だ。


「そ、そう……だな。クラスというのは勉学の場だけではなく、学生同士の交友を計ったりする場所としても与えれている……からな。生徒会のメンバーがそれをせずに休み時間にクラスにいないというのは多少問題があるな……」

「うん。それはちょっとズルいよね」


おぉ、やはりさすがは伊織先輩だ。俺の期待通り一気に追い詰められた。

異世界ゲームで言えば、バトル開始早々に油断している魔王にいきなり止めの超最上位魔法を叩き込んだようものだ。

これでゲームが終わると考えたらクソゲーだけど。って、この小説もクソ小説?ま、まぁ……、ここは俺の策がバッチリ決まったということで(汗)

あっ、双葉先輩の『ズルい』の意味は分からないが、この人の会話の意味を考えても本人以外誰にも分からないので無視しておこう。


「はっ、はい………」

「あ、あっ、いや、愛衣君、そこまで落ち込まなくても………。そ、それにだ…、せ、折角の…び、美少女に戻ると……思って…な」


あっ、また此方を見た。

というか、そこぶり返さないでください!俺の中でドンドン黒歴史化されていきますから。もうホントにこれトラウマですから。反省してますから。


「そ、そうですかね………。そ、そのぉ………、新見君はこの格好と前の格好のどちらが良いと思いますか?」


えっ?俺に聞いてどうするの?俺には関係ないことなのでどっちでも良いですが?

っと、そうじゃないな。これはこれからも俺を監視するかどうかの質問だ。

お前は、私が監視しなくても喧嘩をせずにいられるかと聞いてきているのだ。一種の暗号文のようなものだな。

それなら答えは簡単である。


「ああ、高校で最初に見た時の格好が良いと思うけどな」


「「「………」」」


「そ、そうですか………。分かりました。では明日からこの格好はやめます」


おしっ!愛澤も分かってくれたようだ。これで明日から監視の目がなくなる。

やったーーーーーー!

これでまた一歩、俺の理想の温和な高校生活に近付いた。


◇◇◇


今日の生徒会活動も無事終わり、今、昇降口に向かって歩いているとことろだ。

今はまだ愛澤がすぐ後ろを歩いているが、これも今日が最後だろう。

そう考えると少し感慨深いものがある。明日からのことを考えると涙が出るほど嬉しいし。


そして、俺が昇降口で上履きからスニーカーに履き替えようと下駄箱を開けると、靴の上になにやら異物が置かれている。

俺がその異物に手を差し伸べ、下駄箱から取り出してみると………、


「なんだこれ?………、ゴミじゃねえか!?」


それはコンビニの袋にサンドイッチやおにぎりの包装紙、飲み物の空きボトルが詰め込まれた袋だった。

はぁ?俺何かしたか?

俺は最近の出来事を思い出してみるが、ゴミを入れられるような出来事は浮かんでこない。まぁ、日頃ボッチな所為で、俺が何かしなくても何かの腹癒せが俺に向けられることもあるので諦めるしかないのだが。

しかし、先程まで俺の高校生活が温和なものに近付いていると思った矢先にこれはないだろ?神様、娯楽も大概にしてもらえないですかね。こうもアップダウンが激し過ぎるのは心臓に悪いですから。


俺が下駄箱から取り出したゴミを見ながら、そんなことを考えている間に愛澤が俺のすぐ隣まで来ていたようだ。


「誰ですか?新見君にこんなことをする人は」


おぉ、これはヤバいぞ。先程、ようやくのことで納得して監視を解いてくれることになったところなのに、既にもう強烈な冷気を吐きまくっている。

ここは少し落ち着かせなければ、先程までの努力が水の泡だ。ホントに面倒なことをしてくれる奴がいたものだ。


「あっ、愛澤、そんなに問題視することもないと思うぞ。え、えーっとだな……、俺も原因がないかを思い浮かべてみたんだが心当たりがないし、これは、多分、むしゃくしゃしてた奴が下駄箱に適当に放り込んだんじゃないか?それがたまたま俺の下駄箱だった……だけだ」


こうは言ったものの、これは半分正解で半分不正解といったところか。

おそらく適当に下駄箱に放り込むことはないだろう。相手が厄介な奴かもしれないし、放り込む下駄箱は選んだはずだ。

ただ、俺に思い当たる節はないので、むしゃくしゃしてその場の雰囲気というか感情で放り込んだということはあり得ると思う。


「適当にですかぁ………」

「ああ、俺は高校ではさすがに大人しくしてるからな。火種はないはずだ」

「そうですね。私も新見君のクラスにお邪魔していましたが、新見君がこんな謂れのない仕打ちを受けるような場面は見てませんしね」

「そうだろ。だから大丈夫だ。今日、偶然ってだけだ」


これも、半分正解で半分不正解だな。

明日からないという保証はない。一度やって騒ぎにならなければ、次もむしゃくしゃした時にやるかもしれない可能性がある。まぁ、一度やって問題にならなかったという免罪符みたいなものを自分勝手に与えるのだ。

とはいえ、騒ぎにすると騒ぎにしたで、謂れのない妬み恨みを買ってしまうのは明白だし、やはりここはやり過ごすのが無難な選択だろう。それに過激化してきたらその時に考えればいいしな。

愛澤はまだ不服そうに考え込んでいるが、サッサとこの場を離れて忘れさせた方が良い。


「愛澤、俺はもう帰るけど、お前はどうするんだ?」

「………、分かりました。私も帰ります………。あっ、そのゴミは私が駅のゴミ箱に捨てておきますよ」

「あっ、そうか?悪いな」


俺も明日からはもっと細心の注意を払ってより成果が出るように『闇に紛れて生きる大作戦』を進めなければいけないな。

あぁ、それにしても昔の人も一難去ってまた一難とはよく言ったものだ。

まぁ、今は明日からは何も起きないことを期待するしかないが、ただ、明日だけは少し早目に登校するとしよう。


しかし、この時はまだ俺が愛澤に渡したあのゴミがこの騒ぎをややこしくすることを俺は知らなかったのだ………。

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