第6章−[2]:こうして道は切り開く

「おはようございます」


俺は生徒会室の扉を開け、いつものように挨拶をして中に入る。


「ニット君、はっ………」

「あ、ニット、待ってい………」

「………」


しかし生徒会メンバーからの挨拶は最後まで返ってくることはなく、代わりに彼女達の視線が俺の左横に向けられた。


「み、みなさん、はっ、はっふぉー………です」


俺と一緒に入ってきた琴美はそのいきなりの視線に怯んでいるようだ。


えーっと、みなさん? どうしたんですか?

愛澤に至っては冷酷無比な氷の女王の異名を遺憾無く発揮し、冷凍庫の扉が紛失したかの如き大量の冷気を噴出している。


「ことみん?」

「琴美君?」

「琴美ちゃん? どうしてあなたがそこにいるんですか?」


俺が琴美の方に視線を向けると琴美が微かに震えているように見える。

この光景だけを見ると琴美が何かをやらかしたようにしか思えない。

こいつはいったい何をしたんだ?


その刹那、琴美が俺の背後へとテレポートした。早い! 素早い! 潔い!

そして、必然、彼女達の視線は俺へと向けられる。


いやいや。愛澤さん? 俺が琴美を匿った訳じゃないですからね。

て………、待て待て。漏れてる漏れてる! 液体窒素が漏れてるから! 俺が瞬間冷凍されちゃうからやめてっ!


そして気付くと、彼女達とは異なるもう一つの視線がその光景を微笑ましそうに眺めていた。


………


う〜ん。この状況はあまり歓迎できる状況ではなさそうだ。

入るなり痛い怖い辛いの三拍子が揃っている上、今日は女難の相まで出てるしな。


俺はすかさず踵を返すと琴美と対峙し、琴美に一言告げる。


「琴平、俺は急用を思い出した。あとは自分でなんとかしろ。以上!」


俺はその言葉と共に生徒会室を後にしようと………。


「新見? 君は今さっき私と目が合ったよな?」


………………

………


俺の背中を一筋の雫が流れる。

もし他の人間がこの光景を見ていたら十人が十人とも口を揃えて『捕食者に睨まれたいたいけな少年少女が怯え、震え、恐怖のどん底に叩き落とされようとしている』と答えるだろう。


「合ってません! それでは失礼しま………」

「ほほぅ。そうか? 急用とはそれほど大切な用事なのかね?」


当然です。あなたから身を守るという大切な使命です。これは最重要任務です!

って、この時点でその使命も崩壊してるけど。

というか、最近頻繁に登場し過ぎでしょ?


「はぁ、で、夏川先生、今日はどうしたんですか? 暇なんですか? お茶なら他に行ってください」


俺は仕方なく声のする方に体を向けると一言だけ迎撃を試みた。


「ああ、なんと嘆かわしいことか。折角人が表敬訪問したというのにこの扱いようとは、私の教育は何を間違ったんだ? 私にはなんの努力が足りていないのだ?」


ああ、頭痛がしてきた。

お前はどこの宝○ェンヌにかぶれたんだよ。大袈裟だろうが。


「何を仰々しい言い方をしてるんですか? それより表敬訪問って、どうせお土産にトラブルを持ってきたとかじゃないんですか?」

「おっ、察しが早いな! うんうん。さすが私の教え子だ!」


って、変わり身はやっ! さっきまで嘆いてたんじゃないのかよ?

大体、俺はあなたの教え子になった覚えはないですよ。

そもそもあたなは女子生徒の体育教師でしょうが。どうして俺が女装して女子の体育の授業に参加してることになってるんですか? 想像させるなよ。さすがにキモいわ!


「はぁ、やっぱりトラブルを持って来たんですね?」

「まぁ、そう言うな。今もちょうど彼女達とその話をしていたところだ」

「そうですか。なら俺にお構いなく続けてください。俺は急用がある………」


………


俺が再度生徒会室を後にしよとした時、双葉先輩と伊織先輩、そして愛澤がこぞって哀しそうな、それでいて助けを求めるような視線を向けてきた。


えーっと、みなさん? なんですか、その眼は?

あなた達はバカですか? どうしてトラブルと分かっていながら巻き込まれに行く奴がいるんですか? 此処は即時撤退が原則でしょ?!


………

………

………


ああ、クソッ! 分かりましたよ。

どの道ボッチに拒否権はないですからね。

決してこいつらに協力する訳じゃないぞ。俺も生徒会メンバーだから仕方なしにだ。


そして。


「ニット君、ありがとう。だい バチンッ!! ずぅぅぅぅぅぅ、うぅ」


両脇から伊織先輩と愛澤の掌が容赦なく双葉先輩の頬を挟み込んだ。


わぁ、すげえ! 双葉先輩の顔が蛸みたいになってるぞ。折角の美少女が台無しだ。


って、それどころじゃなーーーい!

ねえ? どうして? 突っ込みは俺の領分だよね? どうして俺より先に突っ込んだの?

えっ? 何? こいつらいつの間に俺を超えたの? ねえ、頼むから俺の存在意義を奪わないで!


「いおりん、あいあい、ひど〜い!」

「それは双葉先輩が変なことを口走るからです」

「うむ。そうだな。双葉が悪い!」


??? 一体全体、双葉先輩は何を言おうとしたんだ?

どうせボッチには分からないようなネタなんだろうが、しかし分からないのはツッコマーとしては非常に悔しい。

うん。俺も一から出直そう(泣)


「それじゃあ、全員揃ったところで話をさせてもらってもいいか?」

「あ、ああ、そうでしたね。ではどうぞ」

「それじゃあ、琴平と新見も加わったことだし最初から掻い摘んで説明しようか」

「お手柔らかにお願いします」

「うむ。任せておけ。では先ず君達は2年に佐藤という生徒がいるのは知ってるかね?」


うんうん。いっぱいいるでしょうね。なにしろ全国1位の苗字ですから。誰かは知りませんが。

って、そこから? 掻い摘むって言ったじゃん!


「えーっと、そこは飛ばしてもらえますか?」

「あ、ああ、そうだな。実は先日、その生徒の母親が学校に来た」


ああ、もうやだ。先の展開が見え見えじゃないか。

どうせモンスターペアレンツとか言うんでしょ。


「うむ。新見、その通りだ」

「………、って、俺、何も言ってませんよね? あんたはエスパーか!? 怖いわ!」

「君はバカか? それだけ明確に顔に書いてあれば誰でも分かる」


あれ? そんなに顔に出てました?

でもまぁ、出したくなくても出ますよね。仕方ないよね。


「はぁ、それで?」

「それでだ。その母親が言うには自分の息子もスポーツ大会に参加させろと言うことだ」


出た! どうせその言い方だと去年は出させてもらえなかったとかそういうノリでしょ?


「ああ。新見、その通りだ」

「だ・か・ら。一々人の心を読まないでください! 大体、それのどこがトラブルなんですか? その佐藤とかいう生徒のクラスに行って参加させるように言えばいいだけでしょ?」

「うむ。普通ならその通りなんだが、そうもいかなくてな」

「???」

「その佐藤という生徒の担任の先生が応対に出たんだが、その対応が少しまずくて話が拗れてな。その母親が『本来なら全生徒が参加すべきだ。全生徒が参加しなければ教育委員会に訴える』と言い出したんだよ」


ああ、範囲魔法というやつですか。学校全体を対象領域にして爆裂魔法を放ったと。

って、バカか! 爆焔に晒すのは自分の息子だけにしとけよ。他の生徒まで巻き込むんじゃねえ!

ホント巻き込まれる方のことも考えて欲しいものだ。


「しかしこの母親の言うことも的外れという訳でもない。スポーツ大会は体育の授業の一環だからな」

「それで学校側もその言い分に乗っかったという訳ですか?」


確かに学校側としては渡りに船というやつだろう。

生徒の親の賛同というこれ程強い後押しはないからな。


「乗っかったという言い方は頷けんがな。まぁ、そういうことだ」


頷けないけど否定はしないんですね。言質は取りましたよ。


「それで、俺達にどうしろと?」

「ああ、そこでみんなにはスポーツ大会に全生徒が参加できるようにしてもらいたい」


なるほど。今日のホームルームで若葉先生がスポーツ大会の競技が決まっていないと言っていたのはこのためだったのか。

でもまぁ、普通はそうなるでしょうね。ふ・つ・う、は!

しか〜し、だ! 俺を舐めてもらっては困りますよ。


「どうしてですか?」

「えっ? 新見、どうしてとはどういうことだ?」

「うむ。ニット、そうだぞ。スポーツ大会の競技選定は生徒会の仕事だからな」


はぁ、どうしてこいつらはこうもバカなんだ?

自ら死地に飛び込む必要なんてないだろうに。


「伊織先輩、確かに競技の選定は生徒会の仕事ですが、一度は選定した競技を提出してますよね?」

「あ、ああ、一度は提出したが………、それがどうかしたのか?」


やっぱりそうだ。彼女達は一度は競技を選定し学校側に提出している。

まぁ、言っても去年と同じ内容のまま出したんだろうが。

でも、それで充分です。


「だったら俺達の仕事はそこで終わってますよ」

「「「「えっ?」」」」

「ですよね。夏川先生?」

「あ、いや。それは………、どういうこと、かな?」


おお、これ程動揺する夏川先生は初めて見たかも。少し気持ちいい。


「そうですねぇ………。伊織先輩」

「は、はいぃぃぃ」


??? どうしてこの人はそんなに緊張してるんだ?

そんなに怖がらなくても怒ってませんから。質問するだけです。


「スポーツ競技で負けると悔しいですか?」

「あ、ああ、それは勿論だ。やる以上は勝ちたい。いや。勝つためにやる!」


うん。そんなに気合い入れなくていいですから。

間違いなくこの人に勝負を挑んではいけない。なんなら野放しもいけない。非常に危険だ。


「じゃあ、双葉先輩」

「うんうん。ニット君、何?」


??? どうしてこの人はこんなに嬉しいそうなんだ?

まぁ、姉妹だからな。この前のめりに聞いてくるあたり若葉先生を彷彿とさせる。


「勝つためにはどうしたらいいですか?」

「う〜ん。最強チームを作る? でもぉ〜………、うん!ご飯をいっぱい食べる!」


うん。お米から離れましょうか。

まぁ、銀シャリ脳で前半の答えが出てきただけ良しとしておこう。


「それじゃあ、愛澤」

「はい。新見君、なんでも聞いてください」


いやいや。そんなに襟を正さなくていいから。これ授業じゃないから。

ねえ? すごいプレッシャーを感じるんですけど、やめてもらえません?


「おぅ………。と、最強チームを作ると余った人はどうなる?」

「順当に野次馬と言ったところでしょうか?」


うんうん。愛澤、言葉に気をつけようね。今、ものすごーーく敵を作ったから。


「ああ、まぁ、そういうこと………」


トントン!


うん?

俺が最後の締め括りに入ろうとした時、誰かが横から俺の腕を突いてきた。

そして俺がその方向に視線を向けると、そこには琴美が満面の笑みを携え立っていた。


………


「琴平、あとで出番はちゃんと作ってやるからそれまで大人しく待ってろ」


俺は琴美の頭をポンポンと軽く二度ほど叩いてそう言った。

すると琴美はうんうんと頷いて席へと戻っていく。

う〜ん。今日の琴美は何を拗らせたんだ?


「えーっと、話を戻しますけど、そういうことです」

「ニットく〜ん。双葉、分からないよ〜」


??? こいつも何かを拗らせた? ひょっとして伝染病? 幼児化菌とかが流行ってるのか?

あっ、新見菌にこんな効力はないからな! 間違っても新見菌の所為にするなよ!


「えーっと、簡単に纏めるとですね。スポーツ大会はクラス対抗戦です。当然生徒は勝ちたいと思いますよね?」

「うむ。そうだな。やるからには勝ちを目指すべきだ」

「するとどうしてもスポーツができる奴でチームを構成することになるわけです」

「うんうん。ご飯をいっぱい食べるんだね」


バカは放っておく。


「で、残った奴は参戦できないので観戦と応援ということになります」

「そうですね。順当に野次馬ですね」


順当じゃないけどね。これも放っておく。


「うん。まぁ、そういうことだな。でだ、琴平。これは誰の意向だ?」


琴美は俺が問いかけるとそれを待っていたかの如く意気揚々と答えてきた。


「勿論、我々生徒会です!」


ないわぁ〜。俺の努力が水の泡だわぁ〜。

生徒会がそれを望んで何の得があるんだよ? ある意味お前達が最強だろ。頭の中診てやろうか?


親指を立てた拳を突き出してドヤ顔をしているところ申し訳ないが、お前にはバカの称号をくれてやる。


「おい、琴美。お前は本当にバカだな! ここは生徒の意向だろうが!」

「「「「!!!」」」」

「あ、いや。私はバカではないですが………、今日はゆ、許してやりましょう………。へへ。へへへ」


あっ、いや。そこは『喧嘩を売っているのですか!』って言うところだろ? こいつは本当にどうしたんだ?

琴美の顔が少し赤らんでるが、本当に風邪でも引いたんじゃないか? 大丈夫か?

いつものように絡まれるのも困りものだが、今みたいな反応も調子が狂うのでやめて欲しい。早く治せよ。


「しかし、ニット、私は伊織だが、そのぉ………、生徒の意見としてはそうだが、学校側としては違うだろう?」

「何故、伊織、と名乗られたかは不明ですが、そうですね」

「「「「!!!」」」」

「ニット君、私は双葉だけど、それだとやっぱり競技の選定はし直さなきゃダメじゃないかな?」

「えーっと、皆さんが何故名前を名乗るのかは置いておいて、双葉先輩、それは違います」

「ブゥーーー!」


??? うん? どうして膨れるんだ? そんなに否定されたのが気に入らないのか?


「新見君、私は愛衣ですが、どう違うんですか?」


ああ、まだ続けるのね。

でも、それだと第三者が聞いていたら絶対話の内容が頭に入ってこないと思うぞ。


「此処は生徒会だぞ。生徒の自主性を重んじる場所であって、学校側の僕(しもべ)じゃない」

「「「「あっ!」」」」

「そういうことだ。全生徒を参加させたいのは学校側の意向であって生徒の意向じゃない。生徒の意向はむしろ逆だ。だから俺達がそれに協力するのは反逆行為なんだよ」


大丈夫かな? 頭に入ってくれたかな?

特に………。


「夏川先生、そうですよね?」

「に、新見。き、君といつ奴は………、そ、そうだな。いろんな意味でお前を敵に回してはいけないことが良く分かった………」


えっ? 知らなかったんですか? テヘッ!


「それはお褒めに頂きありがとうございます」

「褒めとらん! ………で、だなぁ、新見」

「なんですか?」


「私とお前の仲だろ〜。なんでそんなことを言うんだ? なあ、頼むから私を見捨てないでくれ! 私も辛い立場なんだよ〜〜〜! グスン」


夏川先生はその言葉と共にその場に崩れ落ちた。


いや。だから、みんなどうしたの?

何? 最近そういうノリが流行りなの?

それは俺の守備範囲外なんですけど。頼むからツッコマー殺しはやめてくれ!


「はぁ………、夏川先生。分かりましたから。頼みますからもう勘弁してください」

「おぉ、新見よ。分かってくれたかーーー!」


だ・か・ら!

目をキラキラさせて俺の手を包み込むように握らないでください! 全然似合ってませんから!

本当にもうそのノリやめましょうよ。何気に辛いから。


それに………、

喜ぶのはまだ早いです。


「その代わり、1つ条件があります」

「えっ? じょ、条件? こ、此の期に及んで、き、君という奴は………」


ええ〜? 俺がこういう奴って知ってましたよね? テヘッ!


「そんなに難しい話じゃないですから。どうです? 飲んでくれます?」


俺のその言葉に合わせて夏川先生が再び崩れ落ちた。


うんうん。なんとも爽快な気分だ。

飛んで火に入る夏の虫とはこのことだろう。これで俺の悩みは全て解消したも同然だ。

返済は早めのうちに! これ、鉄則です!

これで枕を高くして眠れるぞ。


「そう言えば、琴美ちゃんはどうして新見君と一緒に入ってきたんですか?」

「ビクッ! そ、それは………」

「ああ、此処に来る途中に茅ヶ崎に声を掛けられたんだけど、それを琴平が見掛けたらしくて、それでこいつが声を掛けてきたんだよ」

「ということは………」

「解禁? 解禁か!?」

「うんうん。解禁だね」

「そうですね。琴美ちゃんグッジョブです!」

「はい、です!」


何故か彼女達は固い握手を交わし、はしゃぎ始めた。

う〜ん。何が解禁したんだ? ボジョレーヌーボーでも解禁したのか? でも未成年にはお酒は早いぞ?


「って、ちがーーーう!」


俺は颯爽と彼女達の間に割り込み手刀で彼女達の握手を叩き斬る!


「「「「どうしてですか〜〜〜!」」」」

「煩い! 解禁なんぞしてねえ!」


あっぶね〜。危うく空気に流されるところだったわ。


「それより、今から条件と全員参加の対策を説明するから聞け!」

「「「「ええ〜」」」」


ええ〜じゃねえ! それが今日の本題だろうが!

クソッ! どうしてこいつらはボッチを奈落の底に落とすことに全力を注ごうとするんだ?

ねえ。やっと枕を高くして眠れるんだよ。頼むからボッチを強化しないでくれないかな?

それに、そこで魂が抜けてる人も放っておけないし、ね。

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