第2章−[4]:闇に紛れて生きる大作戦初決行

先程まで双葉先輩の2度目の襲撃を受けかなり疲労困憊している状況の中、俺は今、体操服に着替え校庭にいる。

今日の午後は、体力測定だ。

この学校では、1学期の初めに体力測定が行われているらしい。1年の初めに測定して1年間でどれだけ伸びたかを比較するためだろう。

体力測定は校庭と体育館で行われる。計測種目によって測定場所が変わるのだ。まずは校庭で数種目を計測し、その後、体育館に移動し同様に数種目を計測する。

そして、終わった者から帰宅して良いというシステムだ。

普通であれば、疲れて憔悴し切っているボッチの俺としては早々に計測を終え帰宅したいところだが、今回はそうはいかない。

何故かというと『闇に紛れて生きる大作戦』のためだ。

上過ぎず下過ぎずのためには、全員の平均値を見定めなければならない。

このため、俺は今、校庭横の階段に腰掛け、100m走を走る生徒を観察している。

まぁ、これだけ疲れていれば元気も出ないので、観察しなくとも良いかもしれないが。


「ん?」やけに早い奴が走っている。2位以下をかなり引き離して断トツだ。

あれは確か、同じクラスの………、は…、はや…、林?いやいや、そうじゃない。そうだ。思い出した。速水(はやみ)とかいう奴だ。

奴は俺と同じクラスでトップカーストを率いるリーダー格のリア充であり、相当目立つ存在なので、さすがの俺でも覚えてしまう。うろ覚えだけど。

しかも今の走りを見る限り、運動神経も相当良いようだ。

天は二物を与えずというが、あれは嘘だな。神様は時々速水みたいな異質物を生産したがる。あっ、遺失物じゃないぞ!漢字間違ってないからな。

ところで、今の速水のタイムは11秒フラットといったところか。おそらくこれがトップタイムと考えていいだろう。

まぁ、こいつのタイムは無視しておこう。

あっ、嫌いとか、リア充死ねとか、そういう悪感情じゃないからな!

俺が知りたいのは平均タイムだ。間違ってもあいつと同じタイムで走ってしまっては目立ちまくってしまう。

そんなことを考えながら見ていると、ほとんどの生徒が走り終えていた。

俺もそろそろ走るとしよう。

観察の結果としてはおそらく13秒後半といったところだ。

といっても俺の体内時計での話なのだが、それでも問題ない。俺が走る時の基準になれば良いのだから。


そして俺がスタートラインに立った時、ふと、双葉先輩との追い掛けっこが頭を過る。そういえば生徒会入りをどうするか考えないと…、


「ヨーイ、ドンッ!!」


『誘ってもらったのは嬉しいが、やっぱり、生徒会は目立つしなぁ…』


……っと、いけない。今は100m走の最中だ。

俺が40m辺りで我に返ってふと前を見ると誰も走っていない。眼だけで左右を見ても人影がない。

マズい!考え事をしていたせいで、いつものペースで走ってしまっているようだ。このままでは速過ぎる。

仕方がない。ここは残り50mで13秒後半になるように速度を落とさなければ。

そして、後半50m………。

おお、抜かれる抜かれる。気持ち良いぐらいに抜かれていく。そう。平均よりも速い奴に抜かれているのだ。そーかい(爽快)!!

そしてゴール!体感速度で13秒後半ぐらいだ。おしっ!完璧!幸先の良い滑り出しだ。

さて、次の種目に移動しよう。………とした時、ふと誰かの視線を感じた。

あれ?誰か見てるのか?俺は周りをキョロキョロと見渡すが、俺を見ていそうな生徒はいない。

それはそうだろう。ボッチに視線を向ける奴なんている訳がない。気のせいだ。


そして次は走り幅跳びだが、俺が走り幅跳びの計測場所に来た時には既に飛び終えている生徒が多いので、観測はアテにならない。

ここは先生に聞くのが一番だ。


「先生、みんなどれくらいの距離を飛んでるんですか?」

「うん?みんなか?そうだなぁ……、一番は速水の6m50cmだな。それ以外は……、4m50cm〜5mといったところだ」


先生は記録表を見ながら答えてくれた。

クソッ!ここでも林が高スペックを見せ付けてやがる。この遺失物が!

っと、いかんいかん。つい悪感情に流されてしまった。

まぁ、俺には関係ない。俺が求めるのは平均値だ。

先生の話だと、4m75cmぐらいを飛んでおけば良いだろう。

俺はスタートラインに立つと走り出した。いざチャレンジ!

とりゃーー!

………、っと、いかん!少し勢いがつき過ぎだ。

どうも、どれだけ力を抜けば良いかの感覚が掴みきれていない。何せ今回の体力測定が初めてのスペック低下のチャレンジだから、力加減が難しい。

このままでは、手加減はしたものの優に5mを超えてしまう。

仕方がない。ここは………、

俺は空中で体を伸ばして右足に全体重を傾け、

更に右足の爪先までもを伸ばし、

そのまま爪先を強引に砂に絡めて着地!


「バダンッ!」


この所為で俺はうつ伏せ状態で顔面から砂場に倒れ込んでしまった。痛い!口の中がジャリジャリする(泣)

でもまぁ、努力の甲斐あって4m80cmで止められたようだ。おしっ!完璧!

そして俺が倒れこんだ後の砂場には見事な『シェー!』の人型が描かれている。おぉ!ついでに俺の芸術家の才能が開花したぞ。

俺が意気揚々としていると………、

あれ?また視線が…?って、どうせ気のせいだろう。どうも初チャレンジで緊張して周りを意識し過ぎているようだ。


その後、俺は残りの種目も半ば強引にだが平均値で切り抜けた。


『パンパカパーン!あなたは校庭種目で目的を達成しました!』


そんなナレーションが聞こてきそうだ。おしっ!


俺が校庭での計測を終わる頃には、ほとんどの生徒が体育館に移動していた。

全生徒の計測が終わった種目担当の先生も、体育館に移動を始めている。

それにしても、慣れないことをすると身体中の彼方此方に無理が祟っているのか少し痛みを感じる。

しかし、おかげで大分コツも掴んで慣れてきたし努力の成果は確実に感じられるので、この分なら体育館での計測は余裕だろう。俺って優秀。


◇◇◇


俺は校庭から体育館に移動する最中も、生徒会への入会について考えていた。

さすがに期限まで時間がない。部活の入部期限が迫っているのだ。

今のところ、一番安価な部活は物理部だ。月に1回、大学までの往復の交通費が掛かるが、それだけで済みそうだ。とは言っても充分死活問題なのだが。

そういえば、物理部には壮大な夢を持つボッチ先輩がいたなぁ。そのうち『少年よ大志を抱け!』などと言い出しそうだ。どこのクラーケンだよ!あっ、クラーケンは烏賊だったか?クラークだ。

まぁ、生徒会にも双葉先輩というとんでもない奴がいるから、どっちもどっちだ。ドングリの背比べだ。でも何でドングリなんだ?ミジンコでもいいだろうに?

あっ、いや。昨日の双葉先輩襲撃時の周りの反応を考えれば、目立ち過ぎる分、生徒会の方が分が悪い。しかもあれは俺の計画にかなりの影響を与えるレベルだ。

まぁ、既に昼のお弁当を交換することになっているので、時既に遅しとも言えるけど。

あと他に考えないといけない事は……、思い付かないなぁ…。と言うよりも、どちらもやった事ががないので想像ができないというのが正しいか。

まぁ、なんとなく生徒会の方が大変そうな予感はするが…。

仕方ない。現状分かっていることだけで比較しよう。

そうすると…、『物理部の交通費』と『生徒会は目立つ』のどちらかを選択すれば良いということになる。

要は『300円』vs『目立つ』の闘いだ。

って、これ、比較するまでもないじゃないか!だって『300円』は月に2日晩飯を我慢すればいいが、『目立つ』は毎日校舎裏に呼び出されて、結果、毎日母の説教を受けるということだ。

そう。『2日』vs『毎日』の闘いだ!

おお!応用問題に見せ掛けた単純問題じゃねえか。俺って賢い!

よし決まり!生徒会はお断りしよう。

無償という言葉に流されそうになったが、危なかった。『タダほど怖いものは無い』というのは本当のようだ。また一つ学んだぞ。


そんなことを考えながら歩いていたら、そろそろ体育館に着きそうだ。


◇◇◇


体育館での測定は、まずは、握力測定からだ。

これまでと違い、なんら難しいことはない。計測値を見ながら平均値で止めれば良いだけだ。それに生徒会問題も解消したので集中もできる。


俺は先生から平均値を聞き出し、握力計を手に持った。

この学校の握力計はアナログのようだ。握りこむと針が動いて最高値のところで止まる仕様のやつだ。

俺は握力計のグリップを握りこむ。


「ワッ!!!」

「わぁーーーーー!ビックリしたーーーーー!!!」


突然、背後から誰かが声を掛けてきた。

俺は慌てて後ろを振り返る。


「誰だよ!…って、先生?……、何するんですか?いきなり!ビックリするじゃないですか。心臓止まるかと思いましたよ!」


そこには女性の体育教師が立っていた。

あんたホント何してくれてんの?それでなくても人に話し掛けられることのない俺は油断しまくりなんだから。心臓バクバク言ってるよ。


………てか、お前誰?俺が一度も見たことのない女教師だ。

髪型はショートのキリッとした美形の顔立ちだ。服装は体育教師と分かる上下赤のジャージ姿だが、立っている姿がサマになっている。どちからというと女性にモテそうな、そんなイケメン風な感じだ。色に例えるなら爽やかな青と言ったところか。

この学校では、男子生徒の体育の授業は男子教師が、女子生徒の授業は女子教師が担当しているので、俺が知らなくても当然といえば当然だ。俺がボッチだからではない!さすがに俺でも教師ぐらいは覚えるし。


それにしても、見知らぬ教師に突然驚かされる謂れはない。

訝しそうな目で先生を眺めブツブツと文句を言っていると、先生はそんなことはお構いないしに俺の手元を見て、「ほほう」と声にした。

俺も釣られて手元を見る。

えっ?!えぇ!えーーーーーー!何これ?握力計の針が100kg超えてんじゃねえか!

てめえ、バッカ!今、目が飛び出したわ!ついでに鼻汁まで出そうだわ!

何してくれてんだよ。ビックリした拍子に思いっきり握り込んじゃったじゃねえか。

って、いかん!落ち着けぇ。落ち着けぇ。


「はっ、はははぁ………、えーっと………、そっ、そのう、先生が驚かした拍子に針がどこかに触れた……よう……ですね」


さっきの驚きに加えて動揺が重なりシドロモドロになっている。


「そうか?ずーっと見ていたが触れたようには思わなかったがな?」

「いやいやいや。触れたん…ですよ、きっと。でないと、こんな数値ありえないでしょ」


俺は慌てて握力計の針を”0”に戻し、計測し直そうとする。

おしっ、取り敢えずこれで証拠隠滅完了だ。

そして俺は再度握力計を握りこむと、針をチラチラと横目で見ながら43kgのところで止めた。


「ほら!やっぱり、どこかに触れたんですよ。先生が驚かすから二回も測ることになったじゃないですか。これからは計測中に驚かすのはやめてくださいよ」

「………、そうか?それは悪かったな。それじゃあ、また後でな」


先生はしばらく何かを考え込むように俺を眺めた後、そんなことを言いながら、俺に背を向け立ち去った。

ふう、何とか無事切り抜けられたようだ。

まぁ、最後の『また後でな』の一言は気になるが、どうせ俺がこれから回る種目の担当をしてるとか、そういうことなのだろう。

しかし飛んだ邪魔が入った。


その後の計測にはこの女教師は絡んでこなかったこともあり、次々に平均値を記録し、残っているのは垂直跳びだけだ。

そして、垂直跳びのところまで行くと、そこには先程の女教師が座っていた。

『また後で』とはこういうことだったのか。

それにしてもマズい。先生に平均値を聞かないといけないのだが、俺の脳が『聞いてはダメだ!』と警笛を発している。これは困った。

そんなことを考え、ふと垂直跳びの計測ボードを見ると、今まで計測した生徒の手型がクッキリと残っている。

ラッキー!天は俺に味方した!神様もたまには良いことをするようだ。

俺はその手形の跡を確認すると、列の最後尾に並んで計測の順番を待つ。

そして、次は俺の番というところで………、


「おい。今計測し終わったそこの生徒。ボードが手型で分かり難くなってるから、ボードを拭いてくれ」


待てーーーーー!お前はイジメっ子か!教師だろ!生徒の味方だろ!

俺が最後なんだから消す必要ないだろ。お前が神様に歯向かってどうするんだ!


………


クソッーーーーーー!

俺の心の叫びも虚しくボードの手型が消されてしまった。

でもナメるな。俺は高スペックなのだ。一番手形が多かった位置はちゃんと記憶している。俺が苦手なのは人の顔と名前を覚えることだけだ。

そして俺はボードの前に立つ。すると視界の隅にこちらを凝視する先生の顔が見えた。睨みすぎだろ。羅生門の鬼か!怖いよ!

そんなに凝視されたら緊張して飛べないだろうが!

………とはいえ、固まったまま飛ばないでいると、いつまでも終わらない。

俺は諦めて極力視線を無視しジャンプする。

と、しまった!

やはりというべきか緊張で少し力を入れ過ぎた。このままでは目的の位置の遥か上を叩いてしまう。

俺は自分の指先が目的の位置に差し掛かったところで、そのままボードに触れた。少々強引ではあるが、そのまま腕と手に力を込め、触れたところを起点に急停止させる。


「バンッ!」


急停止させる手前、かなりの勢いでボードを叩いたものだから、結構大きな音がしてしまったが、周りを見るとすでに体育館の生徒は疎らな状況なので問題はなさそうだ。

ふう、なんとか成功した。でも手が痛い!

俺は左手を抑えながら痛みを我慢し不敵な笑みで先生を見ると、心の中で『ザマーみろ!』と呟いた。


そして、若干トラブルはあったものの、これで無事全種目を平均値で終えたのだ。


『パンパカパーン!あなたは全種目で目的を達成しました!これであなたのレベルが”1”上がりました。おめでとうございます!』


そんなナレーションが聞こてきそうだ。おしっ!充実感ハンパない!


その後、俺は足早に教室に戻って着替えを済ませた。

今日は少し疲れ過ぎた。特にあの女教師の所為だ。ホントなんの厭がらせだよ。

はぁ、生徒会入会を断るのは明日にして、今日は帰るとしよう。


そして俺が教室を後にし、昇降口手前の廊下に差し掛かったところで、昇降口手前の壁に凭れ掛かってている女教師の姿を発見した。

あいつは俺に厭がらせをした女教師ではないか。

こんなところで何をしてるんだ?

まぁいい。あいつには関わるなと俺の脳が語っている。これ以上イジメられたら堪ったもんじゃない。先生が生徒をイメジめる学校ってほんとどうよ?!

そんなことを噯気にも出さず俺が軽く顔だけで挨拶をし先生の前を通り過ぎようとした………その時、

後ろから不意に肩を掴まれた。

俺が嫌な予感をさせながら後ろを振り向くと、


「新見、こんなところでバッタリ会うとは偶然だな」


バッカ!お前!どの口が言ってんの?お前、ずーっとそこに居ただろ。

嘘吐きは泥棒の始まりなんぞ!

あぁ、なんだよ?こいつはまだ虐め足りないのかよ?!

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