転生先には選んではいけない世界『ウォーハンマー』
*残酷無残な架空世界を扱っています、グロテスクな表現があるかもしれません*
前回からの続きですが、人間誰しも食べなくてはいけません。
『ウォーハンマーファンタジーRPG』を開くと、
「渇きと餓死」なんてルールが目につくところに書かれていますし。
でもってルールの食料の項目を見ると【最高】【良好】【普通】【劣悪】なんて分類があります。
こんなのフレーバーだから【劣悪】でいいや。
私の前に運ばれてきたスープは都市のドブのような匂いがして、中の肉(だったもの)の欠片から小さくて白い何かが蠢いていますよ。
酒場の親父と化したゲームマスターは乱杭歯を剥き出して「本当にこいつを食べるのかい、金さえ払えば別メニューもあるよ」と笑いかけてきます。
食べますか、これ?
ちなみにルールによると【劣悪】な食料はありとあらゆる不快な混ぜ物がしてあって食べると死ぬそうです。
聞きましたか「食べると死ぬ」
食料の説明でこんな言葉が出てくるゲームは初めてです。
私が捕ったネズミの行く末が容易に想像できますね。
飯を食うだけで命の危険があるのですから、戦闘の恐ろしさは推して知るべし。
『ウォーハンマーRPG』の戦闘はリアリティと遊びやすさが程よいバランスでブレンドされた後に真っ赤なトマトを投げつけたちょっぴりビターな味わいです。
特にダメージ処理はお馴染みのHP(ヒットポイント)が残っているうちは軽傷。
HPが0になってから有効打を受ける度に、ひどい後遺症を被ったり、死亡する可能性が出てくるというシステムです。
回復魔法が普及した世界なら切断された手足も生えてきたり、死者も蘇るかもしれませんが、『オールドワールド』ではおそらく無理。
仮にそんな奇跡に恵まれた場合、異端審問官や魔女狩りによって火刑に処されるのがオチです。
戦闘が終われば、傷口に包帯を巻いて「化膿しませんように」と聖人に祈ったり、例によって不快な素材から作られた軟膏を傷に塗り込んだりができれば御の字。
ルールブックにはやけに細かく義手や義足、入れ歯の記載があります。
もちろん生身の手より優れた魔法の腕ではありませんから、生き残るためにハンディをいかに克服するかというツールです。
義手を着ける以前の話、応急手術を村の藪医者にジンと猿ぐつわとノコギリでやられて悶死という可能性も十二分にありますよ。
いやはや戦闘は恐いですね。
ネズミ捕りたる私は手持ちの罠を仕掛けたり、連れている犬をけしかけたりしてから慌てふためいた相手に飛び道具で止めを刺そうと思います。
いくら戦闘がイヤでも暴力から離れられないのがこの世界。
戦乱の時代ですから、孤立した村や居住地は略奪され滅ぼされていきます。
家族や財産を守るため、村を襲う獣人やオークとは命がけで戦わねばなりません。
全てを捨てて、身一つで都市の城壁の中に逃げ込んだとしても、次に待っているのは人間同士の争いです。
暴徒や盗賊たちは上着や靴を奪うためだけに、難民の頭に棍棒を振り下ろしてきます。それどころか運命によっては私自身がそうした所業に手を染めるかもしれません。
早いところ上流階級の仲間入りをして、下劣な貧民街を見下ろす立場になりたいと切実に願うはずです。
ただ成り上がりと言う幸運の果実を掴み取ったとしても、その甘さは儚く、つかの間の倖せに終わるかもしれません。
なぜならこの『オールドワールド』自体が混沌(ケイオス)の大津波に飲み込まれる小島の様なものだからです。
鮮血と殺戮のコーン
異常な美と快楽のスラーネッシュ
腐敗と疫病のナーグル
変異と陰謀のティーンチ
多くの人々が名前を聞く事すらないままに、その犠牲者となる混沌の神々。
彼らは黙示録の騎士たちの様に戦争・堕落・業病・不信の形をとって人類を滅ぼさんとしています。
北方から攻めよせる混沌の大軍勢の前では皇帝の軍勢や城壁も不敗とは言えません。
ミニチュアゲームの方の『ウォーハンマーファンタジーバトル』はこうした世界での英雄的かつ絶望的な人類の奮戦を描いています。
ですが、こちらは『ウォーハンマーファンタジーRPG』、戦場の武勲より戦乱の中の個人がフォーカスされる訳です。
最近では辺境の大都市が陥落し、住民の運命は酸鼻を極めるものだったと伝えられています。
必死の思いで溜め込んだ財産も邸宅も領地さえも戦火の前では灰塵と化します。
戦地から離れた都市にいても疫病は定期的に蔓延しています。
ひどい下痢に見舞われたり、体中を掻きむしるはめに陥ったり。
ルールブックにはうんざりするような症状が克明に描かれてます。
おまけに旧世界では正しい防疫知識などほとんどありませんから、感染源として自警団の私刑にあう恐れさえあります。
戦乱、疫病、暴動、こうした悲惨な現実から逃れるために、異国から伝わってきた麻薬や美しい少年少女を使った淫靡な儀式に耽溺しましょうか。
えっ、これなら大歓迎ですか?
ちょっとした好奇心や淫ら心から始まった堕落が進むにつれて、自分の心がどれだけ腐敗しおぞましい行為を嬉々として行うことになるのか思い知る事となります。
それに『美と快楽の混沌神』の邪教団にはまり込み、火刑台に送られる最期は避けたいですよね。
ちょっとゲーム的な話をしますと、みんな大好きな【狂気点】はありますが【精神分析】はありませんから自らの狂気を治療するのは難しい世界です。
延々と救いのない話を書いて来ましたが、転生してみたいですか『オールドワールド』?
今すぐに!と言う方は地元のゲームサークルに突撃しましょう。
……大抵の(まともな)方は「なにが面白いんだ、これ?」と思われたかもしれません。
ただ単にプレイ開始して5分で、無意味に死ぬだけなんじゃないかと。
ところが『ウォーハンマーファンタジーRPG』は実際に遊んでみると非常にプレイバランスの良いゲームとなっています。
判定もD100下方ロールで分かりやすいし。
さんざんディスってきた<ネズミ捕り>にしても、病気に対して強いという特殊能力は強力です。
疫病が蔓延した屍都で最後に生き延びる人類は私かもしれません。
下水道を逃げまどい、ネズミの肉に噛り付いても生に縋りつく。
多種多様なキャリアをめぐり得た人生経験は決して無駄にはならないのです。
またサイコロ運が悪いだけの無意味な死からの救済策として、【運命点】と言ういわゆる残機制も取り入れられています。
この【運命点】が残っている限り、哀れなネズミ捕りも決して死ぬことはありません。
私はネズミを求めて下水道を探索中、狂信者たちの生贄の儀式に出くわしてしまいました。
生贄の娘の身なりの良さに気が付いて、英雄気取りで救出に向かったものの狂信者の棍棒が私の頭にフルスイング!
猛烈な頭痛で気が付くと、【運命点】が1点減っていただけで脳味噌は無事でした。やったね!
ささやかな問題点と言えば、私の目の前には心臓をえぐり出された娘の死体があって、私の腕には奇妙な刺青が入れられている事でしょうか。
そうです。【運命点】は死から救ってはくれますが、事態を好転させてくれる訳ではありません。
そして運命は徐々にすり減り、人生目標は終着駅に近づいていきます。
百戦錬磨の剣士は片目や指の何本かを失っているかもしれませんし、半裸で自らを鞭打つ狂気の苦行者はかつて新進気鋭の神学者でした。
「人は年齢を重ねることによって老いるのではない、運命点を失うことによって老いるのだ」
オールドワールドにはどっかで聞いたようなニセ格言がきっとあります。
ところで現在の私はネズミ捕りから身を起こし、とある貴族のお屋敷でお世話になっております。
もっとも私の住んでいるのは離れの地下で、いわゆる地下牢の看守ですが。
ご主人様に盾突いた愚か者どもに悲鳴を上げさせたり、その結果の不快なものを沼地に捨てに行ったり、ネズミ捕り以上の汚れ仕事の様な気もします。
これもご主人様に「使える奴」と思って頂くためです。権力のおこぼれにあずかって、領地代官の地位をかすめ取るのです。
なんのためにって、いつか<大貴族>になるため。
そして何度も言うのが憚られますが、アレですよ。……美少女メイドハーレム。
キャリアの中にもちゃーんと侍女とか召使とかありますし……えへへ。
そう言えば従僕たちが新しい女召使たちがご主人様のお屋敷に来ると言ってました、こっそり覗きに行きましょう。なにせ忍び歩きはお手の物です。
貴族の邸宅の中庭には近隣の村からリクルートされてきた若い娘さんたちがずらりと並べられています。
いずれアヤメかカキツバタ……あれ?かなり微妙と言うか、何というか。もう少し美少女がいてくれた方が嬉しいというか。
ルールブックによりますと「人間なんだからイボがあったり、皮膚病の治癒痕があるのが普通」だそうです。
まあ、そりゃあそうなんですが。
看守たる私自身も頭蓋骨に鉄板入れられているわ、耳が裂けているわ、結構なご面相ですし。
「傷一つないなめらかな肌の様に周りと異なった容貌は排斥される」
この旧世界での『排斥』ですから追放とか密告とか魔女裁判とか、ロクなものじゃありませんよね。
当然貴族様へ奉公に出す対象からは外されるでしょう。頭抜けた美少女がいないわけです。
美少女への逆淘汰まで(きっと)行われているオールドワールド。
やはり転生先には向いていない世界の様です。
私も<大貴族>ではなくて、もう少し違う職業を目指したくなってきました。
<大商人>とかどうしょう。看守から大商人への道のりは……
取り敢えずはご主人様のお屋敷から、今までの未払い賃金分を少々拝借して元手にするとしましょうか。
…………次のキャリア<盗賊>または<恥辱に満ちた死>
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