『バナナ共和国』の大統領選『フンタ』

もう一月ほど前。

私はわくわくしながら赤と青のマーカーを交互に握っていました。

卓上にはプリントアウトしておいた全土50州の白地図。

PCやタブレット、ケーブルTVの準備も万端です。

ついでに言うと冷蔵庫ではミラービールが冷えてますし、デュワーズとワイルドターキーも控えています。

「赤勝て!青勝て!」

不謹慎は承知の上で、亡国じゃない某国大統領選の私的実況兼軍師様ごっこです。

実際この大統領選はゲーマーとしては大変心惹かれるものがあります。

第一に賭けられている賞品が世界最強国家のリーダーの地位。

そしてゲームのルールは開票(あけ)てみるまで分からない選挙人制度。

一票でも多ければ(大半の)州の得票を総取りと言うなんとも男らしすぎるシステムが不確定要素を強めています。

「くっくっく、我が方は優勢だな」

「まだだ、まだ終わらんよ」

などと戯言を言いながらTVニュースや速報サイト、SNS上の識者やみんなの最新情報をチェックしながら白地図を塗っていったらきっと楽しいぞぉ。

無邪気だった私はそんな風に思っていました。

…………


さて今回のネタは昔懐かし『フンタ』

これは男の子の大好きなもの3つ!それをみんなで取り合うゲームです。

ではその3つを皆様、声を高らかに~ご唱和ください。

【権力】【暴力】そしてぇ~【金】!!


どこか暖かそうなところにありそうな架空の国家【バナナ共和国】

この国の各有力一族の代表にプレイヤーは扮します。

共和国の重責を担う大統領閣下、内務大臣、空軍・海軍司令官、陸軍旅団長たちです。

パッケージに描かれた彼らの勇姿ときたら……軍服の胸には盛り沢山の勲章、その下のお腹は贅沢三昧でぽっこりと突き出し、目には悪趣味なサングラス。

ちなみに腕組みして偉そうにしている大統領の背後からは『ダモクレスの剣』よろしくナイフが迫っていたりします。まさにゲーム内容を如実に表したパッケージ。


と言うより国名の【バナナ共和国】自体が政治用語ですね。

産業経済は一次産業の輸出に偏重、政治は縁故主義の寡頭制で政情は不安定、外交は大国に従属的でその見返りは権力者個人へのリベート……こうした国々。


ゲームは【国家予算審議】から始まります。

「こっかよさんしんぎー~?」小難しそうですか?いえ簡単です。

大統領役のプレイヤーが、他のプレイヤーに「おう取っとけ!」「これな」「お前はこれじゃ」とか言いながら札束を(額面を伏せて)渡していくだけですから。

国民から掻き集めた血税やら、天然資源を海外企業に売り渡した収入やら、国連で大国のご機嫌取りで得た海外開発援助金やらを有力者とそのファミリー企業でみんな山分け。

配られた札束の中身を見た後、各プレイヤーは予算案に賛同するか否決するか投票します。

当然分け前が多いプレイヤーは賛同(予算成立しなければ、この取り分が貰えませんから)少ないプレイヤーは否決に票を投じるはずです。


この『フンタ』の勝利点は金、正確に言うとスイス銀行の預金額ですから大統領は平等になんて配りません。

自分とナンバー2である内務大臣にはしっかり手厚く、不満気な旅団長には微妙な額を、前回盾突いた海軍提督には冷や飯を食わせます。


大統領お手盛りの予算案が不満を残しながらも多数決で国会を通れば良し、そうでない場合は内務大臣に命じられた警官隊が国会を閉鎖した上で強行採決です。

ひどい?いえ最悪の展開は予算案否決です。

大量の予算が大統領の手元にまるまる残り、内務大臣さえ含めた全プレイヤーが飢えたオオカミと化して大統領をねめつけています。爆発寸前。


予算が無事通った際にも、安心していられません。

なにせこの【バナナ共和国】の通貨であるバナナペソの信用度など国際社会では紙きれ同然です。たぶんドルペッグ制とか採用してるんじゃ……

さっさとスイスフランや米ドルに換えて海外に出金するとしましょう。

先ほど書いたように『フンタ』の勝利点は海外口座の預金です。バナナペソなどいくら持っていたところで何の価値もありません。

さあ銀行に着いた?Kaboom!Bang!Bang!Bang!あなたは死にました。


残念なことにバナナ共和国の危険スポットナンバー1は銀行です。

予算審議後、ホイホイと銀行に来たプレイヤーは他プレイヤーの放った暗殺者に殺され現金まで奪われる事になります。

ここでも猛威を振るうのが大統領の懐刀役の内務大臣。何しろ警察組織は内務大臣の管轄です。

隙あらば反乱分子や私怨の在るプレイヤーを暗殺に掛かります。

暗殺手順はとっても簡単、どこで誰を狙うか宣言してマッチすればヒットてな具合です。

ですから陸軍第一旅団長が3番目の愛人宅でまとめてタルタルステーキにされちゃうとか、ナイトクラブで豪遊中の内務大臣を狙った銃乱射事件が起きるやらは、共和国では日常茶飯事です。


一通り札束と血しぶきが飛び散りましたが、バナナ共和国の動乱はこれからが本番なんですよ。

【クーデター】

予算案に不満があるの、有力者が暗殺されたの、総司令部が決起したの、なんやかんやと理屈を後付けして内戦が始まります。

首都を舞台として各陣営が部隊をぶつけ合うウォーゲームにゲームの様相は早変わり。

「我々は腐敗した独裁大統領の退陣を強く要求する」学生運動家を配置。

「ああ暴徒から首都の治安と国民の安全を守らなくては」武装警官隊を配置。

「陸軍第2旅団はこれより救国のため決起する!」兵士を配置。

みんなで勝手な事を言いながらマップ上に着々と部隊を配置していきます。


この部隊が放送局や国会議事堂、大統領官邸と言った重要施設を占拠しあい、現大統領派と革命派のどちらが権力を掌握するのか決定するのです。

いざ実戦が始まってしまうと腰抜けの大統領警護隊や、内務省の警官隊より陸軍旅団の実弾や空挺部隊の強襲が優勢でしょうか。


ウォーゲームではありますが、ユニークなのは裏切りと駆け引きがここでも出てくるところ。何せ負ける側に忠誠を尽くしても1ペソにもなりません。

たまたま同じ旗のもとにいるだけで旧怨つのるあいつを背後から撃ってやる、そんなプレイヤーだって出るかもしれません。


重要施設を占拠しておけば、どちらの勢力にも重要なキャスティングボートの地位に立つことができます。

「大統領にも恩義がない訳ではないが、国を思って兵を挙げた革命軍の気持ちも分かるよ、うんうん(流し目)」

戦後のポストや現金を餌に自らを売り買いする人間たちの醜さがこれでもかとばかりに見られることでしょう。


クーデターが終われば負けた側への粛清、そして新旧いずれかの大統領の下で人事ポストが決定され、そして再び国家予算の奪い合いが始まるのです。


先ほどから処刑とか暗殺とか剣呑な言葉が飛び交っていますが、プレイヤーの受け持つ有力者がぶち殺されることがあったとしても、しばらくすればその兄弟やら息子やら従兄弟やらが次々現れます。

権力の後釜に座りたがる奴は幾らでもいますので、プレイヤー自身がゲームから外される心配はありません。安心ですね。


幾度ものクーデターと何人もの大統領の退陣の末にもっとも私腹を肥やしたプレイヤーのみが勝者となります。


この『フンタ』はかなり時間が掛かる(半日掛かり級)上、各ポストが十分埋まるくらいの人数(5~7人)が揃わないといまいち面白くないゲームです。

逆に言えば手の合う仲間が集まればサイコーに楽しい。

しかしながらゲーム好きの良い仲間をたくさん必要とするこの『フンタ』の渾名は【サークルクラッシャー】!!

まあ今までの説明を読んで頂ければだいたい想像がつきますよね。

裏切るのは楽しいけれど、裏切られた方は忘れないんですよ!!


…………

さて現実の大統領選は「この国が『バナナ共和国』になったようだ」

だとか『レッドミラージュ』だとか『ドミニオン』だとかの私の馴染みの単語が違う用法で使われるような状況になりました。


新型コロナが落ち着いた暁には『フンタ』をのんびりプレイして遠くて近い『バナナ共和国』に思いを馳せるのも有意義かもしれません。









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