誰にもできる本の壊し方『ファイティングファンタジー・コレクション』

擦り切れるまで本を読んだことがありますか?


指でページをめくるうち小口(いわゆるページの腹です)に色が付き始め、次に本全体がゆっくり広がっていきます。更にカバーの折り返しが摩擦で裂けて落ち、背から糊付けが外れて、最後には数十ページごと本自体がバラバラになる。

それでは読めませんから、あちこちを糊で補修したりセロテープで張り付けたりして元の本とは似ても似つかぬ惨めな姿になってもその文庫本を読み続ける。


ものすごい読書家……いいえ違います。私はただゲームを遊んでいたんです。

タイトルは『火吹山の魔法使い』まあゲームブックと言うやつですね。

普通の本と違ってページを行ったり来たりしますし、ゲームオーバーになれば一からやり直しですから本にかかる負担たるや想像を絶するものになっていたんでしょう。


こいつが何と現代に帰ってきた!

『ファイティングファンタジー・コレクション』と言うタイトルを冠して。

ゲーム機、いやみんなが持っているスマホでフルボイスの3Dキャラクターがグリグリ縦横無尽に動く時代にですよ……

「正気なのか?」

大変失礼な事を口走りながら即座にAmazonあたりのカートに叩き込みます。(予約限定生産だったのです)

お値段8250円という事は……フルプライスの新作ゲームが買える、お気に入りのお店のジンギスカンが11人前食べられる、ああガチャだったら何回引けるんだ~


そんな煩悩を感じたことすら忘れた頃、発送通知が届きました。梱包を開けると頑丈な化粧紙のケースに入った新書が六冊。ずっしりと重いので第一印象は「DVDボックス?いや英和辞典か?」


この『ファイティングファンタジー・コレクション』には五冊のゲームブックが内包されています。

『火吹山の魔法使い』

『バルサスの要塞』

『盗賊都市』

『モンスター誕生』

『火吹山の魔法使いふたたび』


なつかしいタイトルを久方ぶりに見た人も「おや?」と思う方もいるかもしれません。この五冊の中でも『火吹山の魔法使いふたたび』は初めての翻訳なのです。実は私が購入を決めた理由の4割程度はこのタイトルが入っていたからですよ。


でも美味しいものは最後に食べる主義。まずは由緒正しく『火吹山の魔法使い』から遊ぶ準備を始めましょう。机の上に大学ノートと0.7mmのシャープペン、消しゴム、そして愛用のサイコロ2つ。全部スマホで済ませても良いんですがアナログに行きましょう。そしてグラスに好きな飲み物を注ぎ……


第一作だけあって『火吹山の魔法使い』の目的は単純明快です。火吹山の名の通り赤い頂を持つ岩山に刻まれた洞窟。その奥に隠れ住む悪しき魔法使いザゴールを倒して彼の貯め込んだ金銀財宝を奪い取るのです。言ってしまえば、ていの良い押し込み強盗。どっちが悪人か分かりゃしないとか一瞬思ったりしますが「世界の命運をかけた大冒険!」なんて銘打たれたゲームよりワクワクするのは私だけでしょうか。


用意したサイコロを振って自分の分身である冒険者の剣の腕や打たれ強さ、運の良さなんかを大学ノートに書きつけたら冒険の開始です。

カンテラの明かりで洞窟を照らし、腰には剣帯、背負い袋には堅焼きパンと干し肉を詰めて……


……面白い!

これから遊んで欲しいのでネタバレは避けますが、じっくりと面白い。

この手の選択肢をたどっていくゲームブックって、つまらないデッドエンドが多いと興ざめしませんか?

つまり「分かれ道を左右どちらに行きますか」→「右~?不正解、君は死んだゲームオーバー」と言うやつですね。理不尽な作者の脳内当てクイズは全然楽しくありません。

火吹山ではこれらは最小限に抑えられています。つまりどの分岐に進んでも、その選択の是非がその場で問われることは少なく迷宮の奥底へと道は続いていく……

ただし数字の彫られた鍵や奇妙な詩句の書かれた羊皮紙、銀の矢じりの弓矢、切れ味鋭い名剣と言った集めておきたい品々は迷宮のあちこちに散らばっています。

一回で必要なものを集めて魔法使いの財宝までたどり着くのは相当難しいので「次にプレイする時は違う道を探して無事クリアしてやるぜ」と思うはずです。


このファイティングファンタジーシリーズの主人公たちは揃いも揃って非常に無口で内心の声もほとんど発しません。多くの場合、名無しの流れ者で家族や友人を持つことすらせず、ただ莫大な財宝や暗殺任務の遂行のためだけに全力を尽くすプロフェッショナル。

言葉ではなく行動で語り、危険を生業とする男たち。彼(彼女)の行く先には必ず暴力が待ち受けます。

閉じられた木の扉を体当たりで抉じ開け、血まみれの剣をぬぐい、倒した相手の財布から金貨を奪い、自分の傷を睨みながら猛烈な食欲で食料にかぶりつく。

「剣と魔法」と言う少し甘い匂いのする皮を一枚ひんめくれば、現れてくるものはハードボイルド小説そのものです。いえ選択肢を間違え、またサイコロの出目が悪いと言うだけで無残な死を遂げることになるのですからハードボイルド体験そのものかもしれません。


さて、昔とったなんとやらで【真の道】を覚えていたこともあり『火吹山の魔法使い』は一回の挑戦で無事クリアすることが出来ました(えへん)

でも初プレイの人は5回以上は楽しめるんじゃないかと考えています。

悪しき魔法使いザゴールの倒し方だって「技術点を上げて物理で殴る」から始まって色々ありますしね。


そして『火吹山』をクリアしたところで、まだ四冊も残っているんですよ。


魔法を使う刺客として強固な城砦に潜入する『バルサスの要塞』

海賊・魔女・怪物まで闊歩する世界一危険な犯罪都市を散策する『盗賊都市』

シリーズでも異色作、怪物として目覚めて暴れまわる『モンスター誕生』

一作目の後日談。復活したザゴールをめぐる『火吹山の魔法使いふたたび』


素晴らしいのは基本ルールは『火吹山』と一緒、と分かりやすくしておいて味付けが一作ごとに違うという事。

『バルサス』は魔法を使うルールが加わることで正しいルートの選定が複雑になってますし、『盗賊都市』はあちこちで買い物をしたり、変な住民と触れ合ったりが楽しくて仕方ない。『モンスター』は意外にも謎解きと伏線とトリックのオンパレード!最後を飾る『ふたたび』はズルなしでクリアした人が何人いるのか(えへん!えへん!)と言う意地の悪さ。


勿論五冊それぞれ独立した物語ですので、どの巻から始めても問題はありません(でも後半二冊は後回しを推奨しますよ)

一ヶ月以上は寝る前の数時間、血沸き肉躍る冒険(と悲惨な死)を楽しめる事間違いなしです。ジンギスカン11人前以上の価値は十二分にあります。


さて今回長々と書いてきたのは、この『ファイティングファンタジー・コレクション2』が出版決定されたからです。おまけに、今回のコレクションも再版決定!

さあ、私と一緒にAmazonかどっかのカートに放り込みましょう。

お子さまへのクリスマスプレゼントにだって最適です!


流石に今回の立派な新書は裂けたりバラバラになったりしませんでしたが、本の小口には薄い色がつき、元々の化粧箱には収まらないくらいにページも拡がってしまいました。


「さあ、ページをめくりたまえ」















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

プラグレスでゲームしようよっ! グリップダイス @GripDice

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ