パラグラフとサイコロで神話を語ろう『ギリシャ神話アドベンチャーゲーム』
前回書きました様に、今回は懐かしの『ギリシャ神話アドベンチャーゲーム』3部作をお話しします。
これは『アルテウスの復讐』『ミノス王の宮廷』『冒険者の帰還』この三冊からなる連作ゲームブックです。
サイコロの準備はよろしいでしょうか。
迷宮のミノタウロスの逸話に名高い英雄テセウス。その彼が道半ばにして倒れていたらと言うIfから始まる物語。
読者はテセウスの弟アルテウスとして兄の仇を討つべく、その足跡をたどる旅を始めるのです。
牛頭人身のミノタウロスは地下迷宮と糸玉のエピソードで思い出す方も多いのではないでしょうか。
そしてテセウスの弟であり、我々が演じる事になるアルテウスとはどういった人物なのでしょうか。
まず彼はいわゆる「オリ主」オリジナル主人公です。
またゲームブックですから、彼の人となりは我々の行動が決めるのです。
『ギリシャ神話アドベンチャーゲーム』では読者の選択とサイコロの運によって我々が知っている神話とは異なった道のりや結果にたどりつきます。
正々堂々と歩む英雄でも、欲深で残酷な英雄でも、お好きなアルテウスになってみて下さい。
ゲームブックの主人公は能力的に他の人物より優れたものを与えられるのが大半です。
『ファイティングファンタジー』や『ドルアーガの塔』シリーズではドラゴン以上の異常に高い体力、『ドラゴンファンタジー』では強力な「火の玉」と名剣E・Jなど。
しかしアルテウスはそうした数値的な優位をあまり持っていません。
英雄の弟でありながら、そこいらの盗賊と同等の攻撃力と防御力です。
かつ戦闘はデッドリーで無傷>軽傷>重傷>死亡と3回殴られれば死ぬ、それどころか重傷になれば振れるサイコロの数が減るので絶望というシステムです。
おまけにアルテウスは名剣どころか、防具も付けず棍棒一本を担いだだけの恰好でこの旅を始めるのです。
攻撃力と防御力は所持している武具に大きく影響を受けます。
武器は一つ、防具は部位が被らなければ複数装備できます。
生き延びるためにも早急に武具を手に入れたい所ですが、その入手方法の多くは叩きのめした相手を降伏させて剥ぎ取る……ギリシャはラジカルですね。
こうした状況からアルテウスを救ってくれるのが「名誉点」です。
名誉を減らすことによって戦闘時のサイコロの目を操作できるのです。
ヒーローポイント、ラック、フェイトの先駆け的存在でしょうか。
名誉点は堂々たる戦いでの勝利や神々の好意で上昇します。
名誉の高い英雄ほど危険を生き延びやすく、しかし名誉を得るためには危険を冒さなくてはならないというデザインになっている訳です。
「名誉点」と対をなすのが「恥辱点」
降伏した相手を殺す、ギリシャの神々を侮辱する、下民の侮辱に報いない。
こうした行為で一度得てしまった恥辱はほぼ減らす事が出来ません。
そして恥辱が名誉を上回ってしまえば、アルテウスは行き恥をさらすより自害するしかありません。
重要なステータスですが、これが意外なほど簡単に増えていきます。
考えてみればギリシャ神話の英雄たちは、みな恥辱点を貯めていますね。
ヘラクレスの妻子殺し、アキレウスのヘクトルの死体損壊、兄たるテセウスにしても子殺しに幼女誘拐となかなかのものです。
これは英雄たる者は恥辱から逃れらない、ならばそれ以上の名誉を積み上げよ、という作者の考えなのでしょうか。
「名誉点」によるサイコロ操作に加えて、アルテウスの英雄性を示すものが守護神です。
ギリシャの神々より一柱を選び、特別な加護を授けてもらうのです。
ポセイドン・ヘラ・アテナ・アポロン・アフロディーテ・アレス
有名どころばかりですね。
選んだ守護神は神格に応じて攻撃や防御の能力を底上げしてくれたり、有利な選択肢を増やしたりとアルテウスを文字通り守護してくれます。
かくして名誉を胸に、守護神の加護を受け、ただ棍棒一本を担いだ田舎の若者アルテウスとして、我々はギリシャ神話の中に入っていくのです。
『アルテウスの復讐』
第一巻であるこの本では「勝ち取る喜び」がテーマになっています。
アルテウスはまだ見ぬ父王に会い王子として認められ、アマゾンの女王との激闘を制します。
その途上で多くの神々と友好的、または敵対的な関係を築いていくのです。
被害者が大男なら足を切り落とし、小男なら足を引き延ばす逸話の拷問者プロクルステス、不死身の青銅の巨人タロスと言った有名な敵役の出演もお楽しみ。
第一巻の冒険を終えて、ミノタウロスの待つクレタ島へ向かうアルテウス。
その冒険記録紙を見てみれば、棍棒どころか数々の冒険で勝ち取った武具で全身をきらびやかに覆い、数多の神々に愛され、幾ばくかの神からは不興をこうむった英雄そのものの筈です。
『ミノス王の宮廷』
第二巻はうって変わってクレタ島の宮廷での人間劇です。
選ぶ道のりにもよりますが、戦闘は数えられる程度しか発生しません。
逆に兄テセウスを知る女戦士や、人懐っこい侍女、そしてクレタの王女アリアドネと女性の登場人物が多く、ほのかなロマンスや別離が待っているかもしれません。
不足していた戦闘分は終盤近く三部作通しての最強の敵ミノタウロスが補ってくれるはずです。
第二巻のテーマは「男としての一人立ち」
残酷さと威厳を併せ持つクレタの王ミノスはもう一人の父と呼ぶにふさわしい存在です。
兄の仇を討ち果たし、伴侶と共にクレタを立ち去るアルテウスは無謀な冒険に明け暮れた若者から一歩前進した姿を見せてくれるのではないでしょうか。
『冒険者の帰還』
この最終巻に関しては多くを語りません。
兄テセウスの冒険をなぞってきたアルテウスは、ここで自分自身のための旅を始めるのです。
今までの「何かを得る旅」から「全てを捨て去る旅」です。
我々は冒険記録紙を見て呆然とすることでしょう。
その旅路の遠さは故郷を求めるオデュッセウスの如く、背に負うものは母殺しのオレステスの如く。
ギリシャ神話の英雄たちの大半には悲劇的な最後が訪れます。
無敵の肉体を持つヘラクレスは、その身体を毒に侵され、自らを焼き払う事となります。
才気煥発の航海者オデュッセウスは帰り着いた平穏な故郷で息子に殺されます。
祖国を救うため我が身を犠牲にしたヘクトルは亡骸を辱められ、妻は奴隷、子は城壁から投げ落とされます。
アルテウスはこの残酷な英雄の道をどのように歩み、物語はどこで終結するのでしょうか。
今見て頂いたように『ギリシャ神話アドベンチャーゲーム』は意図的に3冊全てが異なったテーマで書かれています。
それ故にシリーズものとして作中の時間の経過とアルテウスの生涯をはっきりと感じ取ることが出来ます。
『ソーサリー!』や『ドルアーガの塔』で使われている移動した距離で時間を感じさせる演出。
シャムタンティの丘から城塞都市カーレを抜け~、とか、60階の内ようやく30階までたどり着いた~とは異なった演出方法です。
『ギリシャ神話アドベンチャーゲーム』は今の『ソーサリー!』や『ドルアーガの塔』ほど万人に膾炙する作品ではないかもしれません。
ゲームとしての難点として、残忍なデッドエンドが結構多いとか、サイコロの目が悪いとたちまち戦闘で殺されると言った点もあります。
それを補うために1冊1回はゼウスへの嘆願で命を救われるとか、戦闘で敵に武具を差し出して降伏するのが標準的な行為として扱われている(これはユニーク)なんてのがありますが、どちらもあまりあてになりません。
しかしギリシャの英雄アルテウスの冒険譚を我が事として味わい、最終巻を閉じて現実に帰ってくる時、読者の胸には何かしら残るものがあるでしょう。
確かに物語は終わったのです。
古本ではまだそれなりの値段で入手できますので、試しにプレイしてみようなんて思って頂ければ幸いです。
少年は旅立つ、兄の背を追い、父の顔を見出し王子となる。
王子は海を渡る、王の手の強さを知り、姫君の手を取り復讐者となる。
復讐者は故郷へ帰る、新しい姿で。
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