『テーベの東』神の手を持つ学者たち

1年と言う時間、皆さんには長いですか?


ここしばらく物置の雨漏りがひどいので、はしごを掛けてみると屋根の穴を塞いでいたパテが劣化してひびが入っていました。

新しいパテで水止めしましたが、去年も同じ時期にパテで応急処置した気がします。

きっと来年もこの穴を応急処置するのでしょうね。


一日の長さにしても同じです。

その翌日に雨漏りのチェックを兼ねて物置の片附けを始めました。

手始めに古い本の段ボールを開けたのが運の尽き、読みふけっただけでまた日が暮れました。


さあ、時間の大切さをボードゲームで思い返しましょう。

今回のゲームは『テーベの東』です。

始めに時間の話を申し上げておきます。

プレイ時間は初めての人への説明込みでの4人プレイで2時間といった所でした。

ついでにプレイ人数は2~4人用、やや重めでしょうか。


パッケージにはエジプトのファラオのマスクを持った発掘者の姿が描かれています。

あれは少年王ツタンカーメンのマスクでしょうか。


ん……タイトルはテーベの東でしたよね、

王家の谷は確かテーベの西にあるのではなかったかと疑問が湧いてきましたが、貴重な時間が押しているので先に進みます。


箱の中にはゲームボード、カード類、「5つの布袋」「謎の円盤」と言ったものが入っています。


まず4つ折りのゲームボードには西はロンドンから東はメソポタミアまでのヨーロッパ、北アフリカ、西アジア地域の地図が書かれています。

その中央にはゲームの年代が1901~1903と入っており、ゲームボードの外周を52のマスが囲んでいます。


この1マスが1週間を表していますので、20世紀初めの数年間の遺跡発掘競争を週刻みで行うゲームと言う事が分かります。


そして5つの布袋にはそれぞれにギリシャ・クレタ・エジプト・パレスチナ・メソポタミアといった古代文明のシンボルが描かれています。


ちゃらりっ

セッティングが終わっていれば、袋の中からは何か軽やかな音がするはずです。

そう大切なのはこの袋の中身です。

胃袋、給料袋に堪忍袋とスピーチを始めたくなりましたが、布袋の中身はそんな陳腐なものではなく人類史上の宝です。


バビロニアのハムラビ法典碑、クレタ島の牛跳びの壁画(アルテウスの冒険に思いを馳せましょう)、死者の谷のツタンカーメンの仮面、パレスチナのクムラン文書。

丸い厚紙のトークンにはこれらの発掘物が描かれ、袋の中で我々に掘り出されるのを待っています。


発掘物には1から7の点数が付けられていますが、その評価は歴史学的評価によるものなのか腑に落ちないものがあったりもします。

ネフェルティティの胸像やミロのヴィーナス、パラスアテネ像といった美人さんが全部2点とは許せません。


それはともかく、これら秘宝を布袋の中から発掘する事がゲームの目的となります。


取り敢えず全プレイヤーのコマをワルシャワに置いてゲームスタートしてみましょう。

今すぐヨーロッパを離れて発掘現場に向かいたい所ですが、ルール上いきなり発掘をする事は許されていません。

遺跡を発掘するためには、各遺跡の最低限の知識を持っていなくてはならないのです。


言われてみれば当たり前の話で、基礎知識や共通認識なしでの自分勝手な発掘は「遺跡破壊」とか「盗掘」と変わらない行為です。

こうした行為でトロイのシュリーマンも、毀誉褒貶の激しい人物ですね。


知識はカードによって表され、山札から引かれるとヨーロッパの大学都市に置かれます。

プレイヤーは欲しいカードの置かれた都市に赴き、カードを取得していく事でしょう。

移動する度にゲームボード外周の時間経過マスの自分のマーカーを進めていきます。

これはカードを取得する時も同様で、カード毎に決められた時間を掛けなくてはなりません。

少年老い易く学成り難し。

高い知識の単位……じゃなかったカードほど取得するには長い時間が掛かりますし、全ての文明の発掘で有効な「一般知識」のカードなら尚更です。


ここで『テーベの東』のユニークなルールが出てきます。

「ゲームの手番は残り時間のもっとも多いプレイヤーに回ってくる」

大量の時間を使う行動を取ると、当分自分に手番が回ってくることはありません。

逆に軽い行動だけを取っていれば、連続で行動出来たりもする訳ですね。


さて、各人それなりの大学生活を過ごしているでしょうか。

多くのプレイヤーは象牙の塔に残るどころか取り敢えずの知識だけを慌てて身に付け、

自分の得た知識を現場で試すべく、遺跡へ急いだのではないでしょうか。


とは言え、この時代の交通手段は鉄道(オリエント急行の黎明期です)、蒸気船や馬車です。

ロンドンからトルコまで一月掛かるのも仕方がないでしょう。


いざ遺跡までたどり着いたら「布袋」と「謎の円盤」の出番です。

「謎の円盤」の外輪を「知識」の能力値に合わせるようにくるくる回してやると

何週間の作業で発掘が何回行えるのか計算してくれます。

当然高い知識を持ち、十分な時間を掛ける程、多くの発掘が行えるわけです。


発掘回数が決まりましたら、おもむろに「布袋」の中身を見ないで手を入れます。

「こいっ、クムラン文書こいっ」「あたれえっ!」「おらあっ!」

学術者とは程遠い叫び声を上げながら、中のトークンを次々に引いていきましょう。

袋の中には価値ある発掘品と無地の瓦礫が入っています。


どれだけ学校で学び知識を積み上げようと、どれだけ時間を掛けて発掘しようと、

ここで袋の中から「当たり」を引けなければ無価値なのです。

我に神の手を与えたまえ……

発掘が終わったら発掘品は手元に残し、瓦礫は袋に返します。


ですから誰かが発掘品を掘り出すほど、袋の中は瓦礫だらけになっていきます。

遺跡発掘競争の意味がお分り頂けたでしょうか。


のんびりオクスフォードでミノア文明の講義など受けている内に、ライバルたちがクレタ島で価値のある発掘品を引きまくれば「特殊知識」カードなど無意味です。


逆もまたしかりです。

前準備もなしに運を天に任せて引きまくったところで時間当たりの効率は低下します。

おまけに各人同じ遺跡は一年に一度しか発掘できません。

拙速でしくじったあなたの後ろから準備を万端に整えたライバルの発掘団が追ってきます。


遺跡からの発掘品はそのまま勝利点になりますが、勝利への道はそれだけではありません。

ヨーロッパの各都市では「展示会」が開かれる時があります。


それぞれの「展示会」カードには必要とされる各文明の発掘品の数が書かれていますので、自分が条件を満たす発掘品を持っていればカードを取得して勝利点を得ることが出来ます。


他にも「学会発表」の勝利点カードがありますが、このカードは前提条件なしでその都市に滞在して時間だけ掛ければ取得できます。

一枚だけなら低点数ですが、枚数が増えるたびに点数が上がりますので学会コンプリートを狙うプレイヤーも出るはずです。


このように限られた時間をやりくりしながら、学習・発掘・展示会等の手段を駆使して勝利点を稼いでいきます。

時間は貴重ですので、直接勝利点にならなくとも、発掘で引けるトークンそのものを増やしてくれる発掘道具、自分の知識を増やしてくれる助手、移動時間を短縮してくれる自動車や飛行船といったカードを入手した時の嬉しさも格別です。


しかし、カードには、やけにかっこいい自動車や飛行船が描かれている気がするのですが、時代を数年先取りした幻のテクノロジーでしょうか。


最新鋭の試作飛行船を操り、噂話と、勿論自らの「神の手」を頼りに古代の秘宝を探し出すトレジャーハンター。

あちこちの遺跡にいの一番に駆けつけて、拾い集めた玉石混交の発掘物をヨーロッパで展示して回る口八丁手八丁の実業家。

エジプト研究の専門家。発掘年数は少ないものの、優れた設備と知識で実績を積み上げる学会の若き新鋭。


あなたのプレイスタイルはどうでしょうか。


でもこのゲームの真の主役は布袋であなたを待つ発掘物です。

世界史の写真資料集をプレイ後に眺めると、きっと楽しいですよ。

「あっ、俺の発掘したものが載っているぞ」なんてね。


古代の文明に思いを馳せつつ、自分の数年間の行動をプランニングしていく『テーベの東』いかがでしょうか。


頭脳も努力も神の手には及ばない?

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