肉を捨てよ、ストリートへ出よう……『サイバーパンク2020』

前回からの続きです。さあ絶望と暗黒の2020年へようこそ。

**不愉快で残酷で現実とは共通点が少ない(事を祈ります)ゲームの解説です**


『サイバーパンク2020』は暗黒の時代、正確には暗黒の時代への対処がさらに社会を歪めた後の時代を描いています。

温暖化による異常気象に始まり、全世界規模での人畜感染症、金融市場の崩壊、食糧危機、限定核戦争・内乱……

もう笑ってしまうしかないような悪夢のドミノ倒の後、国家体制は大きく変わりました。

ちなみに地球の人口はわずか15億人。

現実の2020年現在は77億人ですからどれだけの混乱期だったのかが、うかがい知れます。


残ったのは強権・独善・懲罰を振りかざす政府と、政府を凌ぐ力を持つ国際企業でした。

……今となっては、ちょっとありがちですか?

近未来ディストピアものの映画や漫画で見慣れた風景かもしれません。

ただ『2020』が今でも色褪せないのは、ディテールの細かさです。

直接ゲームのルールになっていない世界の解説やコラムが本当に面白い。


例えば世界の人々を社会階層で分類するコラムがあります。

世界的大企業のCEO(って事は世界の支配者の一人と同義語)パワーディーラー。

そして一般的大富豪のコープゾナー、ヤンエグ(死語)のムーバー、

絶滅危惧種の中間層モールプレクサー、勤労者の大多数であるビーバー、

そして存在しているとみなされていないストリートスカム(路上の屑!)

この様に分類された人々がきれいにピラミッド配置されている社会構造なんですが、最底辺のストリートスカムは日毎に人数を増していきます。

「技術革新」や「効率化」の度にピラミッドの上層から余剰人員が転がり落ちてくるからです。


一流大学を出て国際的大企業に就職し、コープゾナーとなるべく、資料作成、会議に接待、徹夜徹夜の勤務を続けた若きムーバーがいました。

ところがたった一回のミスで昇進ラインから外され、閑職のモールプレクサーに。

数年が経ち、自分の人生にも何とか折り合いをつけようとした頃、業績悪化による部門閉鎖。関連の中小への出向を命じられビーバー暮らし。

慣れない環境で働くうちに遂に身体を壊し、あっさり解雇。ストリートスカムへ。


……書いていて気が重くなってきました。セーフティーネットも最低限の社会保障もない自己責任社会を煮詰めたような社会設定です。


当然世の中の大多数であるストリートスカムの胸の内には怒りがたぎっています。

自分たちの正当な権利や財産を奪われた怒りは、時たま大規模な暴動として燃え上がる!

ただ暴動の被害者の大半は手の届くところにいるビーバーであり、結局ストリートスカムの人数が増えるだけなのですが。


こうしたやりきれない現状から抜け出すには【力】が必要です。

最も分かりやすい力は【サイバー化】ですね、うんようやくサイバーパンクになってきた。

身体の一部を高機能な機械=義体に置き換えて、自分を人間以上に変える技術は2020年では珍しいものではありません。

ファンタジーRPGで武器や防具を買い替えるように、自分の生身の肉体を躊躇いもなく脱ぎ捨てましょう。

ルールブックにも書いてあります。

【鋼(メタル)は肉(ミート)より良い!】そして【未来は使い捨てできる!】と。


内部に鋭い戦闘用鉤爪を仕込んだクロームメッキされた銀の腕、汚染スモッグで澱んだ路地すら貫く紅い義眼。

ですがサイバー化は単なる強力な戦闘手段と言う訳ではありません。

究極の美容整形【人体彫刻】(なんて甘美な響き!)によって、理想の自分になってみませんか。


ショーン・ヤングでもオーランド・ブルームでも、いっそのこと二次元キャラにでも!

……生きてて良かった2020年。お金さえ払えば理想の容姿が手に入りましたよ。


でも意外に周りのみんなの反応はクールです。

考えてみれば外側が整っただけのお人形は街にいくらでも代わりがいます。

私が買えるものはみんなが買える。


ならば!行動模写チップをインストして理想のあの人の口調や癖が無意識のうちに出るようにしましょう。

いっそのこと人格改変クリニックに通ってクソみたいな過去の記憶まで改竄しちゃえば、より良しですね。


それとも人真似じゃなくて、もっと凄い方に行きましょうか。

スプリットタンどころか、縦に長い瞳、滑らかで冷たい蛇の鱗を身にまとった「スネークレディ」なんて如何でしょう。

もちろん口腔内には薬物注入機能の付いた牙をインプラント。強烈な催淫剤でも即効/遅効の猛毒でもマルチパーパスで参りましょう。


つまらない人生に無限の可能性を与えてくれるサイバー化ですが、その果てには破滅が待っています。

誰もが振り向く理想の容姿、軽トラックを放り投げる無敵の筋力、100メートルダッシュ後に息も切れないスポーツ用心臓、苦痛が身体を蝕む前に人工エンドルフィンを注入する対ストレスシステム……

こうした優れものをインストールする毎に、あなたは周りの人間とコミュニケーションが取れない存在に変貌していきます。

ゲーム的にはEMP(共感性)の低下と言った形で処理されますが、たどり着く終着駅はひとつ。

【機装化精神病】(サイバーサイコシス)。

自分以外の、いや自分を含めた人間ってヤツが「非力で無能なウスノロで、ちょっと小突いたり、抱き寄せた程度で潰れてしまうウザったい血袋」程度にしか感じられなくなる症例です。


毎日の様に暴走したサイボーグが周りの人々(多くは家族や職場の同僚です)を無造作に引きちぎり、対サイボーグ犯罪対策班によって射殺される事件が発生します。

その事件報道の直後に最新サイバーパーツと美容クリニックのCMが朗らかに流れる。


2020年はそんな時代です。

人間としては生きていけず、機械としても生きられない。

もうひとつの人生をTRPG『サイバーパンク2020』で体験してみませんか。


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