光の玉
玄関を出ると、僕はお姫様部屋が見える場所へと急ぐ。
陽当たりのよい二階の角部屋。それが、レディウ人となったネフィーを迎え入れるお姫様部屋だった。
しばらく部屋を見上げていた僕は、窓からまばゆい光が漏れ出すのを目撃する。
――ついにネフィーはレディウ人に戻ったんだ。
そういえばシリカがレディウ人に戻った時も、彼女はまばゆい光に包まれた。
しかし。
「えっ!? あれは何?」
予想外の出来事に僕は驚く。
――窓の外にふわりと浮かぶ光の玉。
シリカの時には見ることのできなかった不思議な物体が、窓の外に出現していたのだ。
「ネフィー、お帰り!」
部屋の中から、アンフィの歓声が聞こえてきた。が、彼女は光の玉には気付いていないようだ。
「あんなにまぶしく光っているのに……」
光の玉は、嬉しそうにくるくると部屋の周囲を旋回すると、僕の方に飛んできた。
『こんにちは、ホクト』
そう微笑んだように見えたのは気のせいだろうか。
しばらくの間、僕の頭上を旋回していた光の玉は、やがてゆっくりと風に乗るように移動し始めた。
『私の後を追いかけてね』
そんな声が聞こえるような気がして、光の玉を追いかける。
ふわふわと漂いながらちゃんと道の上を移動していく光の玉は、僕がついて行きやすいように配慮してくれている。
学園の横を通り、住宅街を抜ける。
途中で何人かのレディウ人とすれ違ったが、光の玉を見上げる人は誰もいなかった。
――もしかして、レディウ人には見えないのか?
僕も、レディウ人だった頃にあんな光の玉は見たことが無い。
陽の光の中でもあんなに光っているのだから、見えていたらみんな気付くはずだ。
やがて光の玉はミモリの森の入口に到着する。
すると光の玉は高度を落とし、枝の下をくぐるようにして森の小路を抜けていく。薄暗い小路が光の玉に照らされていた。
『早く、おいでよ』
光の玉に誘われるように、僕は森の中に入る。
――結構明るいなぁ。
光に照らされた小路は歩きやすい。
周囲を見ると、森のトリティはみんなこちらを見ていた。中には、僕と同じく光の玉を追いかけるトリティもいた。
ミモリの森を抜け、花畑に出た光の玉は、まるで翼が生えたように高度を上げる。
僕はその様子を見上げた。
光の玉は、僕の頭上をくるくると旋回したかと思うと、だんだんと高度を落とし始める。
「あの場所は……」
光の玉が着地しようとしている場所は、僕とネフィーが初めてキスを交わした場所だった。
『こっちだよ、こっち』
しばらく地面のすぐ上に漂っていた光の玉は、僕が近寄るのを待って地面に着地する。そして、ぷるるんと震えながら地面の中に吸い込まれていった。
『水をあげてね、水をあげてね』
地中に姿が消える時、光の玉はそう微笑んでいた。
僕は、その場所に水をあげなくてはならない強い衝動に駆られる。
「小川の水を汲んで来ればいいんだな……」
やり方は知っている。
だって、シリカの様子を何回も見ていたから。
僕は小川に近づき、長い耳を水の中に入れた。
「冷たっ!」
朝の川の水はまだ冷たかった。
意を決し耳のほとんどを水の中に入れる。そして上向きにして、水を溜めたまま持ち上げた。
「お、重っ……」
これは重い。
耐えられなくなった僕は、思わず半分くらいの水をこぼしてしまう。
「まあ、最初だから仕方ないか……」
残った水をこぼさないよう、耳に力を込めて一歩一歩進む。これはかなりの重労働だった。
「シリカはよく満杯で運べたな……」
僕が覚えているのは、耳を水で満杯にして運ぶシリカの姿。その時の重量は相当なものだっただろう。
すでに弱音を吐きそうになっている僕は、シリカに負けるものかと歯をくいしばる。
「ミモリの芽のために……」
早くあの場所に水をかけてあげなくちゃ。芽が出るためには水が必要だ。
「まさか、あの光の玉がミモリの花の種だったとは……」
これは意外だった。
でも、光の玉がミモリの花の種であるならば、今までの出来事はすべて合点が行く。
ジンク先生が消えた時に、何かを追いかけたシリカ。
シリカがレディウ人になった時にも、ネフィーは何かを追いかけたってライトが言ってた。
あれは、光の玉を追いかけて、着地したところに水をあげてたんだ……。
やっとのことで光の玉の着地点に着く。僕は耳に溜めた水を撒いた。
「ふう、これで夕方になれば芽が出てくるのかな?」
毎日水やりをすれば、一週間後に花が咲く。
――ミモリの花。
これは一体、何なんだろう?
『ミモリの花にはね、トリティにしか感じられない香りの効果がある』
ネフィーはレディウ人に戻る前、こんなことを言っていた。
その効果については、実際に香りを嗅いでみればわかるはずだ。
「まずは、シリカが守った花の香りを嗅いでみるか……」
そこから僕の物語が始まったのだから。
僕は早速、自分が誕生した場所に行ってみることにした。
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