出会い
中庭のベンチに座り、アパートから持ってきたサンドイッチでお昼ごはんを済ませる。
午後の予定は何も無いので、とりあえず学園内を見学することに。
各教室ではすでに三時限目の授業が始まっており、生徒達が真面目に話を聞いていた。
――すごい、みんな真剣だよ……。
これは後でわかったことだが、それは当たり前のことだった。なぜなら、各授業は生徒が自分自身で選んだものだから。強制的に受けさせられる授業は、この学園には存在しない。眠りたかったら自習室や図書室に行けばいいし、体を動かしたかったらスポーツの授業に出ればいい。
「そうだ、自習室ってどんな風になってるんだろう?」
早速、昨日事務室で聞いた自習室を探してみる。
――確か四号館の五階だっけ?
その場所を見つけた僕は、廊下の窓から教室の中を覗く。中には、テーブル状の大きな机が並んでおり、生徒が本を読んだり参考書を見ながら勉強をしていた。もちろん、机に伏せて寝ている生徒もいたけど。
自習室の隣は図書室だった。ふかふかのソファーも置いてあり、雑誌も読めるようだ。きっとこの図書室の中に規定時間居るだけで、『読書』の授業を受けたことになるのだろう。これはなかなか快適そうだ。
「僕も授業リストに、読書を入れてみるか……」
自分の中で、学園生活への希望が膨らみ始めていた。
五階の廊下からふと窓の外を見ると、学園のグラウンドがよく見えた。
運動着姿の生徒達がボールを追ってグラウンドを走り回っている。どうやらサッカーの授業が行われているようだ。
「そうだ、確かライトはサッカーの授業を受けてるって言ってたっけ?」
彼の授業メモを取り出すと、ちょうど三時限目がサッカーになっている。つまり、今グラウンドで駆けている生徒の中にライトがいるということだ。
「楽しそうだな……」
目を隣のコートに移すと、そこでは女子生徒達がテニスをやっていた。さらに、グラウンドの向こう側には森の緑色が見える。もしかすると、あそこがミモリの森なのかもしれない。
そんなことを考えていると、生徒達が競技をやめて建物の中に入っていく。
「あれ、どうしたんだろう?」
時計を見ると、もうすぐ三時限目が終わるところだった。
――じゃあ四時限目はどうしよう……。
ライトの授業リストを取り出してみる。そこには、四時限目『レディウ文学』と書かれていた。
「そうだ、ライトがなんでこの授業を受けているのか調べてみるか……」
僕はライトに見つからないよう、こっそりレディウ文学の教室に忍び込むことにした。
レディウ文学の授業が行われる教室は、百人くらいが座れる大きな階段教室だった。
恐る恐る教室に入り、ライトの様子が観察できるようにと後ろの方の席に座る。キョロキョロと教室内を見渡してみたが、ライトらしき姿は無い。
もしかして教室を間違えた? と思ったその時、見覚えのある顔を発見した。
金髪の女の子――アンフィだ。
「ははーん、わかったぞ」
僕はピンときた。
「ライトのやつ、アンフィと一緒に居たいということなんだな……」
ライトが自分からレディウ文学を選択するとはとても思えない。
きっとアンフィに「一緒に受けましょ」なんて誘われたに違いない。
なんて分かりやすいやつなんだ、とニヤニヤしながらアンフィの後ろ姿を眺めていた。が、一向にライトが来る気配はない。
どうしたんだろう、ライトの奴……。
アンフィが目当てなら、当然彼女の隣に座るはずだ。
それにアンフィもアンフィだ。ライトが来ないのに、どうして平気で座っていられるのだろう。少しは教室の入り口とかを気にしてもいいのに……。
そんなことを考えていると、目の前のアンフィはなんだか昨日の彼女とは何かが違うような気がしてきた。
どこが違うんだろう……?
授業そっちのけで心当たりを探していたら、終了間際になってやっと気がついた。今日の彼女は髪がショートになっているのだ。
「確か昨日はポニーテールだったよな。髪、切ったのかな……」
今日の彼女の髪は、耳が隠れるくらいの長さでそろえられていた。
結局ライトは教室に現れなかった。
が、アンフィの髪型が気になった僕は授業が終わると彼女に声をかける。
「おーい」
しかし彼女は僕に気付かず、どんどんと廊下を進んでしまう。
「おーい、ホクトだけど、待ってくれよ!」
少し大きな声を出すと、彼女はちらりと僕を振り向いた。
『あっ、ホクト。昨日はどうも!』
そんなセリフを期待していたのに。
プレゼントしたバッグの使い心地も聞きたかった。しかし彼女はすぐに前に向き直り、廊下を歩き始めてしまったのだ。
――ちぇっ、なんだ、無視かよ……。
胸が締め付けられるような寂しさに襲われる。
確かに昨日は僕もアンフィにお世話になった。けど、ハンドバッグにはあんなにも喜んでいたじゃないか。せめて、挨拶くらいはしてくれてもいいのに……。
そのことを伝えようとアンフィを追いかけようとする――と、彼女は立ち止まって振り返り、僕のことをキッと睨みつけた。
「しつこい人ですね。あなたは誰ですか!?」
えええええっ!?
誰ですかって……? 僕のことをもう忘れちゃったの?
僕はその場に呆然と立ち尽くした。
「おーい、ホクト!」
その時、前方から声がする。廊下の向こうからライトがやってくるのが見えた。
助かった。絶妙のタイミング。
しかしライトの歩みがなんだか遅い――と思ったら、彼は松葉杖をつきながら歩いている。そして、隣にはアンフィが寄り添っていた。
目の前のアンフィも、ライトの声に反応して振り返る。
って……な、なんか変だぞ!
――目の前にアンフィ、そしてライトの隣にもアンフィ!!???
目をパチクリさせる。一体どういうことだ?
すると、目の前のショートカットのアンフィが、ライトの隣のポニーテールのアンフィに向かって叫んだ。
「お姉ちゃ~ん、この人がしつこく付きまとってくるの。助けて!」
ええっ? お・ね・え・ちゃん!?
するとライトが腹を抱えて笑い出す。
「あははははは。ハトが豆鉄砲喰らったような顔してるぞホクト。さてはお前、アンフィとネフィーを間違えたな」
えっ、ネフィーって誰?
「ごめんね、ホクト。紹介するわ。こちらは私の双子の妹のネフィーよ」
ライトの隣に寄りそうポニーテールのアンフィが僕に声をかける。
い、妹だって!?
僕はしばらくの間、二人の金髪の女性を交互に見続けた。
「ごめんなさいホクト君。お姉ちゃんがお世話になった人だって知らなかったんだもん。私、ネフィー。よろしく……って……怒ってる?」
さっきまでの鬼の形相はどこに行ったのだろうか?
モジモジしながら僕の顔色をうかがうネフィーは、その豹変ぶりも重なってすごく愛らしく見えた。
「こちらこそ、しつこく追いかけてゴメン。怒ってない、というかビックリしたなぁ……」
僕もネフィーに謝る。
さすがは双子。髪型が違うから区別がつくものの、顔の造りは二人ともそっくりだ。
そして二人とも可愛い。頬を染めながら少しうつむき加減のネフィーに、僕の心臓はドクドクと音をたて始めた。
「何やらかしたのよ、ネフィー」
まるでネフィーが悪いと言わんばかりのアンフィに、僕は釈明する。
「いや、僕がいけないんだ。勝手に二人を間違えちゃって……」
「いいえ、私がホクト君を変な男と勘違いして……」
互いにモジモジする僕とネフィーを見て、アンフィがニヤリと笑った。
「そうだ、ネフィー。そんなに気になるんだったら、あのクレープ屋をホクトに紹介してあげなさいよ」
「えっ、あのクレープ屋?」
ネフィーが顔を上げる。
瞳が輝いているのは、きっとその店のクレープが美味しいからだろう。
「ホクト。ネフィーがお詫びに美味しいクレープ屋に連れて行ってくれるってさ。だからホクトも間違えたお詫びに、ネフィーに奢ってあげなさいよ。それを使ってね」
首から下げられた僕の身分証を見ながら、アンフィがウインクをした。
そっか、僕の身分証はフリーパス期間中だった。
「それで一件落着! どう?」
お奉行様のようなアンフィの計らいに、僕は静かに頷いた。
「お姉ちゃんも一緒に行くよね?」
一方、ネフィーは少し不安そう。
「私? 私は昨日さんざんご馳走になっちゃったからねー。それにライトがサッカーで怪我しちゃってさ、看てあげないといけないのよ。ゴメン、二人で行って来て」
なに、サッカーで怪我だって? だからライトは松葉杖をついていたのか……。
彼を見ると、ペロッと舌を出していた。
ライトが怪我をしてしまったので、僕達は五時限目の授業を受けずにアパートに帰ることにした。
僕がライトに肩を貸し、アンフィがライトの荷物を、ネフィーが松葉杖を持ってゆっくりと歩く。
「あ~あ、昨日食べ過ぎちゃったから、五時限目のフィットネスでダイエットするつもりだったのにィ~。コイツが怪我なんかするから……」
荷物を持ちながら、アンフィはがっかりしている。
えっ、フィットネス? なんかどこかで見たことある授業の名前だな――と思ったら、ライトの授業リストの五時限目がフィットネスだった。
レディウ文学といいフィットネスといい、やはりライトはアンフィ目当てで授業を選んでいたようだ。
学園の門を出る時、ゲートからチャリリ~ンという音が聞こえた。
――えっ、何? この音……。
思わずゲートの前で立ち止まる。
「おっ、ホクト。初めての授業料だな。ほら、そこのゲートに身分証をかざしてみろよ。金額が表示されるぞ」
ライトの言う通り恐る恐るゲートに身分証をかざすと――ディスプレイに『九百レディ』と表示された。
「ほお、今日は三つも授業を受けたのか。初日から稼いでるな」
授業一つで三百レディだから、授業三つで九百レディ。ところで授業三つってなんだったっけ?
えっと、まずはジンク先生と話をしていた二時限分と、そうか、レディウ文学の一時限分か。
「おめでとう、ホクト」
「やったね」
アンフィとネフィーも祝福してくれる。
――九百レディ!
僕の頭の中で、サンドイッチ算がカタカタと音を立てて進行し始めた。九百レディは、サンドイッチ六個分に相当する。
うーん、でも一日にサンドイッチ六個ではちょっと足りない。食料は昨日、大量に買っておいたのでしばらくは心配ないが、この先ちゃんと授業に出ないと大変だ。テストも合格して、ボーナスの千レディを一つでも多く獲得しなくちゃ!
指を折りながらサンドイッチ算に夢中になっていると、ライトが耳元にささやきかけてきた。
「お金が足りないならバイトしようぜ。紹介してやろうか?」
えっ、バイトって?
「ライトはバイトもやってんの?」
「金曜日に八時間。その他にもちょっとずつやってる。自給五百レディだから、週に五千レディ近い収入だぜ。どうだ、魅力的だろ?」
五千レディ!? それはすごいな。
そうか、そういうことだったのか。昨日ライトが授業料の少なさをアンフィに言われても平気な顔をしていたのは。
金曜日にテストを受けずに何をやっているんだろうと思ったら、ライトはバイトをしていたのだ。
「何、二人でコソコソやってんのよ」
僕達の内緒話に気付いたアンフィが眉を寄せる。
「いや、何も」
すかさずライトがうそぶいた。
「はははは……」
バイトのことは、とりあえず心に留めておこうと僕は思った。
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