三日目(月曜日)

学園

『おーい、ホクト。まだ寝てるのか!?』

 ピンポーンという呼び鈴とドア越しのライトの声で目を覚ます。月曜の朝はいつの間にかやって来ていた。

 ミモリの森に水やりに行って来たのが、ついさっきの事のようだ。

『すぐに起きないと、学園に連れて行ってやらないぞ~』

 えっ、学園!?

 そ、そうだっ、今日は学園に行く日だった!

 僕はベッドから飛び起きて、ライトに聞こえるように返事をする。

「ゴメン、ライト。今準備するから待ってて!」

 慌てて服を着替え、筆記用具をバッグに入れて、部屋を出ようとすると――ライトの忠告が耳に入ってきた。

『それと身分証を忘れるなよ。電子マネーになってるからな。忘れると授業に出ても金をもらえねえぞ』

 おっと、危ない。忘れるところだった。

 身分証を入れて、シリカを連れて……。ん? シリカ?

 そういえば学園ってシリカを連れて行っても大丈夫なのか?

「おーい、ライト。学園にシリカを連れて行けるのか?」

『ダメに決まってるだろ。置いてけ、置いてけ。シリカには悪いけど』

 ――ゴメン!

 僕は一度抱き上げたシリカを床に降ろすと、申し訳ないと手を合わせる。

「きゅるるるる……」

 シリカはとても悲しそうな顔をした。


「おまたせ、ライト」

 僕が玄関のドアを開けると、ライトはかなりイライラしている。

「遅いぞホクト。これじゃあ遅刻しちまうぞ。遅刻するともらえるお金が減っちまうんだ」

 そうなのか? それは悪いことをした。

「ゴメン、走っていくよ」

「当たり前だ。じゃあ、ちゃんとついて来いよ」

「分かった」

 僕達はアパートの階段を駆け下りた。


 ――ミモリ市第三学園。

 見覚えのある門。誕生した日、アパートに向かう途中で見かけた学園だ。やはりここが僕達の通う学園だった。

「じゃあ、俺はそのまま授業に出るからな。ホクトは事務室に行って手続きをしろよ」

 ライトは正面の建物を指差した。入り口に『入学手続きはこちら』と書かれている。

「それと、これは今週俺が受ける授業のリスト。参考にしてくれな」

 小さな紙切れをホクトに渡し、手を振りながらライトは右側の建物に駆けて行った。

 僕は早速、その紙切れを広げてみる。


『一.自習、二.読書、三.サッカー、四.レディウ文学、五.フィットネス』


 なんだこれ……?

 僕はあ然とする。

 まずは一時限目。紙には『自習』と書いてある。というか、自習って何だ? 自習に遅刻があるのか?

 次に二時限目。『読書』って……授業?

 三時限目のサッカーはわかる。昨日、買い物に行った時にライトから話を聞いた。

 問題はその次だった。

「レディウ文学ぅ~!?」

 なんだそりゃ?

 どう見てもライトが受けるような授業ではない。彼はなんでそんな授業を受けているんだろう?

「もしかしてこの授業リストって、昼寝と運動だけなんじゃないのか……?」

 僕は笑いをこらえながら事務室を目指した。


『ようこそミモリ市第三学園へ』

 建物に入ると、入り口に歓迎の看板がかけられた部屋があった。どうやらここが入学の受付らしい。

 ノックをして部屋に入ると、カウンターに女性がやってきた。

「入学希望の方ですか?」

「はい、そうですが……」

「では身分証をお願いします」

 僕が身分証を差し出すと、女性が表のバーコードをピッと機械で読み込む。

「はい、これで登録終了です。そしてこれが授業案内。よく読んで下さいね」

 えっ、これで終了? 

 ぽかんとしていると、身分証と一緒に厚めの冊子を渡される。表には『ミモリ市第三学園 授業案内』と書かれてあった。パラパラとめくると、学園の教室の地図や授業のリストが載っている。冊子の後半は、各授業ごとの詳しい内容説明だった。

「あのぅ、すいません。ちょっと聞いていいですか?」

「はい、何でしょう?」

 僕は早速、ライトの授業リストを見て疑問に思ったことを聞いてみる。

「自習って授業はあるんでしょうか?」

「ええ、ありますよ」

 えっ、あるんだ、本当に。

「それはどうすればいいんでしょう?」

「えーと、四号館の五階に自習室というのがありますので、そこに行って自習していただければ結構です。場所は、先ほどお渡しした授業案内の十四ページに載っています」

 それって自習室で自習をしていればいいのだろうか? それで本当にお金がもらえるのか?

「自習室にただ居ればいいんですか?」

「ええ、そうですよ。本校のシステムは――まあどこの学園も皆同じですが、身分証のICタグを利用して生徒さんの位置を検知するようになっています。授業が行われる場所に一定時間滞在していただければ、自動的に授業を受けたことになります」

 そうか、そういうことだったのか。だからライトは、朝一番の授業が自習であっても遅刻しないようにと急いでいたわけだ。

「お金をもらえると聞いたのですが……」

「ええ。身分証が電子マネーになっていますので、帰りに校門を通る際、その日に受けた授業の分だけ自動的にお金がチャージされます。ちなみに一つの授業で三百レディがもらえますよ。頑張って沢山受けて下さいね」

 説明してくれた女性がニコリと微笑む。生徒にやる気を出させるような笑顔だった。きっと営業スマイルなんだろうけど、思わず照れてしまう。

「そうそう、ホクトさん。各生徒さんに一人、担任の先生が決まっているんです。何かありましたら、この先生にご相談下さい」

 そう言って女性は、メモになにかを書いて差し出した。

「ちなみに入学した週の午前中は、新人案内の時間として割り当てられていますので、今からぜひ担任の先生を訪問して下さいね。もちろん新人案内も授業の一つですから、ちゃんとお金をもらえますよ」

 そしてそのメモには、こう書かれていた。


『担任:ジンク先生 一号館三二六号室』



「ジンク先生、ジンク先生……」

 僕は、メモに書かれていた担任の先生の名前を口の中で繰り返しながら、一号館の階段を上る。

 その名前は――とこかで聞いたことのあるような気がした。

「うーん、どこで聞いたんだろう?」

 思い出せない。

 ま、いっか。会えば思い出すかも、と僕は三階まで階段を上った。


 三二六号室の前に立つと、ドアに『生物学教授 ジンク』と書かれている。

 ――生物学教授!?

 そこではっと思い出す。

 そうだ、日曜日にアンフィが話していた先生だ。確かレディウ人の進化について研究されているという話だったような……。

 ――もしかして、これってラッキー?

 僕はわくわくしながらドアをノックする。

「どうぞ、ホクト君かの?」

 中から少ししわがれた声がした。

 恐る恐るドアを開けると、部屋の中には白髪の老人が腰掛けていた。

「はい、ホクトといいます。よろしくお願いいたします」

「どれどれ、身分証を見せてもらってもいいかな?」

 身分証をジンク先生に渡すと、先生は老眼鏡をかけてゆっくりとそれを眺める。

「ホクト君は……、ほお、一昨日に誕生したようじゃな」

「はい、そのようです」

「今日は、そのことをあまり人に言わん方がええじゃろ。最近の学生は飢えてるからの」

 えっ、人に言わない方がいいって……?

 僕がぽかんとしていると、ジンク先生は僕の身分証を指さす。

「あれ? ホクト君は知らんのかね? その身分証は誕生から三日間はフリーパスになっとるんじゃよ」

 あっ、そのことか。

 あははは、ジンク先生もライトと同じこと言ってる。

 僕はちょっと可笑しくなった。

「フリーパスのことは友人に教えてもらいました。はい、他の人に言わないように気を付けます」

「ほほお、君にはもう友人がおるんかの?」

「はい、ライトといいます。アパートの隣人なんです」

「ライト君か。わしは彼の担任でもあったんじゃよ」

 えっ、ジンク先生はライトの担任だったんだ。何という偶然なんだろう。

「彼に会ったら、わしの生物学の授業も受けてくれと伝えてほしいんじゃが……」

「はい、わかりました」

 そういえば、ライトから渡された授業リストには生物学は無かったような気がする。

 このリストは先生に見られてはいけないと、僕はポケットの奥にリストの紙を突っ込んだ。

 

 ジンク先生の研究室は、こじんまりとしていた。

 奥行があって細長く、広さは八畳くらい。壁は一面本棚で、ぎっしりと本が並べられている。古ぼけた木製の机が一つ壁に向かって設置されており、部屋の真ん中には同じく古ぼけたテーブルが一つ鎮座していた。研究室の奥には小さな窓が一つ。そこから漏れる陽の光が、薄暗い研究室を照らしている。

「まずは学園について説明しよう。本当は事務室でやってほしいんじゃが、彼らも忙しいようでの」

 先生はゆっくりと自分の椅子に座る。僕はテーブルを挟んで、先生と対面するように腰かけた。

「事務室で授業案内を貰ったかの?」

「はい、ここに在ります」

「じゃあ、まず五ページを開けておくれ……」

 先生からの説明の内容は、次のようだった。

 学園で受ける授業は、何を選んでもよい。

 そして授業を一つ受けると、三百レディが支払われる。

 申請の必要は無く、時間になったら身分証を持って教室に入り、授業を聞くだけでよい。

 教室に入ると身分証のICタグを感知して自動的に滞在時間が記録され、それに応じて受講が判断される。

 スポーツの授業を受ける時は、身分証をロッカーに入れている時間で判断される。

 帰りに校門のチャージゲートを通ると、受けた授業分の電子マネーが身分証にチャージされるという仕組みだ。

「だから、どんな授業を受けるのかは全くの自由じゃよ。そして、週末のテストをぜひ受けてほしいんじゃ」

 金曜日には、すべての教科でテストが行われる。一週間分の総まとめだ。

 このテストに合格すると、一教科につき千レディウが支払われる。

 つまり、週末をリッチに過ごせるかどうかは、テストの出来にかかっているというわけだ。

 そこまで話を聞いたところで、二時限目の修了を知らせるチャイムが鳴った。

「おお、もうお昼か。今日はおしまいじゃ」

 そしてジンク先生は最後に付け加える。

「当分の間は、午前中はここに来るといい。無駄話をしてても授業料はもらえるぞ」

「わかりました。よろしくお願いします」

 僕には聞きたいことが沢山ある。

 とりあえず今週中は、毎日ジンク先生のところに通おうと思った。

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