双葉

「よっこいしょっと」

「やっとたどり着いた~」

 三人と一匹がアパートに戻ったのは午後四時だった。


 あまりに沢山の買い物をしたので、大型バッグも三つ買ってそれに入れて持って帰ることに。

 筆記用具、食料、衣類などなど。学園で使うサッカーシューズやウエアも買った。

 ついには、アンフィにも荷物を持ってもらうことになってしまったけど……。


「はい、これ、今日のお礼」

「ありがとう、ホクト」

 アンフィは、ハンドバッグを嬉しそうに眺めている。

 荷物を持ってもらったお礼として、途中のお店で買ってあげたのだ。


「じゃあ、明日の朝、迎えに来るからな」

 ライトへのお礼はサッカーシューズ。明日の月曜日は、一緒に学園に行く約束をした。

「じゃあねホクト、また学園で会いましょう。シリカちゃんもバイバイ」

「きゅるるるる……」

 シリカはアンフィとすっかり仲良くなったようだ。



「きゅるる! きゅるる!」

 二人が帰ると、すぐにシリカが騒ぎ出した。

「おいおい、シリカ。たった今アパートに着いたばかりなんだから、ちょっとは休ませてくれよ~」

 僕がベッドに腰を降ろしても、シリカはまだ騒いでいた。


 ――もしかして、今日もミモリの森に行くのか?


 それならば、すぐに出発しないと帰りが真っ暗になってしまう。

 でも、一日ぐらい水をやらなくたって、芽はちゃんと育つんじゃないだろうか……。


 やっぱり休もうとベッドに横たわると、シリカの騒ぎがさらに激しくなった。

「きゅる! きゅる! きゅるるるるっ!!」

 たとえ独りでも出かけると言わんばかりの剣幕だ。

「仕方ないな……」

 おもむろに腰を上げ、買い物の荷物の中から小さなジョウロと懐中電灯を取り出す。雑貨屋で買っておいたのだ。

「きゅるるるる~」

 それを見たシリカが嬉しそうに鳴く。

 ジョウロと懐中電灯をバッグの中に入れ、靴を履く。アパートを出るとシリカを抱えて走り出した。

 今日は懐中電灯があるものの、帰りは暗くなる前に森を抜けたかった。



 ミモリの花畑に着くと、今日も夕陽が素晴らしかった。

 赤く燃える夕陽に照らされる青い花々。赤と青の共演の結果、紫色に輝くミモリの花は何度見ても美しい。

 僕はシリカを抱えたまま、しばらく景色に見とれていた。

 が、大人しく抱かれていたシリカはだんだんそわそわし始め、ついには僕の手をすり抜けて小川の方へ走って行く。仕方が無いと、僕もバッグからジョウロを出して小川へ向かった。

 

 驚くことに、昨日の新芽はもう双葉に成長していた。

「やっぱり、この芽、すごく成長が早いんだよ……」

 僕は四つん這いになって、双葉をまじまじと観察する。

 こんなに成長が早いなら、やはり毎日のように水やりが必要なのかもしれない。

 シリカがしきりにここに来たがる気持ちが、なんだか分かるような気がした。


「きゅるるる……」

 まずはシリカが、耳に貯めた水を双葉にかける。

「大きくなれよ……」

 続いて僕がジョウロの水を双葉にかけた。

 双葉の上の水滴に夕陽が反射して、キラキラと赤く輝いている。

 それをじっと見つめるシリカ。その眼差しは、すごく愛しいものを見つめるように優しかった。


「この双葉にシリカを取られちゃたような感じだな……」

 なぜか植物にジェラシーを感じてしまう。初夏の風が、休日の名残を惜しむように僕の頬をなでて空へと帰っていった。

「きゅるるるる……」

 シリカの声で我に返ると、夕陽は森の向こうへ消えていた。もう帰る時間だ。

 僕はシリカを抱き上げて、アパートに向かって走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る