エピローグ

二年後

「ホクト! もう行くわよ」

「ネフィー、待ってくれよ」

 玄関でネフィーがしびれを切らしている。僕は慌ててトリティ用の滑り台を降り、後を追った。

 僕たちは今日も調査に出かける。伝説のトリティを探すために。

「よっ、ホクト。今日もネフィーと行くのか?」

 玄関ではライトが話しかけてきた。

「きゅるるるる(ああ、今日も一緒だよ)」

 僕の声は、ライトには全部同じ感じに聞こえるだろう。でも、実はいろいろな意味があるのだ。

 もちろんトリティ同士だったら、ちゃんと意味が通じるようになっている。

 僕は小さなトリティ用のドアを開けて、玄関の外に出た。

「きゅるるる!(ホクト、遅いわよ!)」

 ネフィーはご立腹だ。今日も空が青い。



 僕たちがトリティになって一年十ヶ月が経つ。

 ミモリの森でシリカが消えてから、一週間後に僕は焦げ茶色のトリティになった。

 トリティになると身が軽くなるのはいいが、歩く速度が遅くなってもどかしい。耳をばたつかせれば少しは飛べるが、その後の疲労感は相当なものであることをトリティになって初めて知った。

 レディウ人の時はトリティって気楽でいいなって思っていたが、実際になってみると意外と大変なのだ。

 まずは住居。

 今まで住んでいたアパートは、トリティにとってとても住めるものではない。玄関のドアが開けられないし、中の物もほとんど使えない。仕方が無いので僕はライトの部屋に居候することになった。

 計画していた『みんなの家』造りは着々と進んでいた。ライトとアンフィを中心にして、設計図の作成が始まったのだ。

 ――トリティ用のドアや部屋、そしてレディウ人に戻った時のネフィー専用のお姫様部屋。

 ライトたちはちゃんと設計図に入れてくれた。そしてそこには、トリティ用の滑り台も盛り込まれていた。

 一か月後には家の建築が始まり、半年後に完成した。

 それもこれもジンク先生の遺産があったおかげだ。僕たちは先生に感謝する。

 

 ジンク先生といえば、ミモリの森の調査を思い出す。

 ――ミモリの森は伝説の『トリティの里』であったのか?

 このテーマは、マイカさんが調査を始めて、ジンク先生が後を継いだ研究だ。

 今は、ネフィーと僕が引き継いでいる。

 今日もその調査のために、ミモリの森へ出かけることになっていた。


 僕たちには大きなメリットがあった。

 トリティだから、トリティの言葉が分かる。

 当たり前のことだけど、そのおかげでレディウ人の時には不可能であった調査も今なら可能となっていた。

 しかし残念なことに、僕たちには時間がない。

 僕たちが変身したトリウム二二八の半減期は一年十一ヶ月だ。

 あれからすでに一年と十ヶ月が経っている。そろそろ記憶を失って、レディウ人に変身してもおかしくはないのだ。だからネフィーは、すぐにでも調査を完結させようと躍起になっていた。



「すいません、ちょっと教えて欲しいのですが……」

 ミモリの森に着くと早速、出会ったトリティに聞き取り調査を開始する。

「暗黒の十年って、体験されていますか?」 

 ――暗黒の十年。

 これが僕たちの調査の切り札だった。

「なんだい? その暗黒の十年というのは?」

 質問を受けたトリティが不思議そうに訊く。僕たちは暗黒の十年について説明を始めた。

「今から六千五百万年前くらいのことなんです。十年くらいの間、ずっと夜だった時代があったそうなのですが」

 なんでも六千五百年前に小惑星の衝突があって、舞い上がった粉塵の影響で十年くらい日光が遮られていた時代があったという。

 レディウ人時代に、ネフィーが授業で習っていた知識によるものだ。

「十年くらい夜が続いたって? うーん、そういえば昔、そういうことがあったような気もするなあ……」

 その答えを聞いて僕たちは小さくガッツポーズをした。

「ありがとうございます。これは貴重なデータになります!」

「そ、そうかい? そりゃ良かった」

「よろしければお名前をお聞かせいただけませんか?」

 僕たちは、聞き取り内容を復唱しながら記憶に刻み付ける。

 このようにして、暗黒の十年を体験した人の数を調査しているのだ。


 僕たちの作戦は次のようだ。

 もしミモリの森が伝説の『トリティの里』であったのであれば、付近には半減期が百四十億年の神様のトリティが住んでいるはずだ。つまり、トリティの年齢を一人一人調べていけば、トリティの里であるかどうかがわかることになる。

 しかしここで問題が生じる。

 トリティは、自分の年齢を全く覚えていないのだ。

 それは仕方が無いだろう。神様のトリティは半減期が百四十億年だし、普通のトリティだって半減期は七万五千年だ。

 そんな長い期間ちゃんと年齢を数えていられるかと聞かれたら、僕だって自信はない。

「困ったわ……」

「そうだな、皆さん、自分の年齢を覚えていないし……」

 調査を始めた当初、僕たちは途方に暮れた。

 普通のトリティと神様のトリティを区別する方法が他に無いからだ。

「なんとか、年齢が分かればいいんだけど」

「それは仕方がないよ。僕たちだって、数万年も経ったら年齢なんて絶対分からなくなるって」

「そうよね。せめて、七万年と百億年くらいの違いが分かればいいんだけど……」

 調査は八方塞がりか。

 そう思われた時だった。

「あっ、そうか!」

 ネフィーが何かを思い出したのだ。

「どうした? ネフィー」

「ねえホクト、暗黒の十年って知ってる?」

「暗黒の十年? なんだそりゃ」

「ジンク先生の授業で習ったのよ。大昔にね、十年間くらい夜だった時があったそうなの」

「えっ、十年間も夜だって!? そりゃすごいな。いったいどうして?」

「なんでも小惑星が衝突したそうよ」

 その昔、小惑星がレディウ星に衝突し、地面の岩石と小惑星が一緒に細かい粉塵になって大気に舞った。それが陽の光を遮り、地表は真っ暗となったそうだ。その粉塵は十年間くらい大気中に漂っていたという。

「それでね、その暗黒の十年が起きたのはおよそ六千五百万年前なの。つまり、暗黒の十年を体験できたのは、伝説のトリティだけってことになるのよ」

 普通のトリティは半減期が七万五千年だから、六千五百万年の間にすでにレディウ人になってしまっているはずだ。

「すごいぞ、ネフィー」

「えへへへ、これもジンク先生のおかげね」

 照れたように笑うネフィーは、トリティになってもとても可愛かった。

 それにしても、先生の功績は本当に偉大だと思う。

「わかった、ネフィー。出会ったトリティに、暗黒の十年を経験したかどうかを聞けばいいんだ。それで、体験したのならその方は伝説のトリティってことなんだ」

 こうして僕たちは再び調査を開始した。


 しかし、聞き込み調査は大変な作業だった。

 百回、声をかけても、誰も暗黒の十年について知らないという日もあった。しかしミモリの森に近づくにつれて、暗黒の十年のことを知っているトリティに出会うことができるようになったのだ。

「あの時は嫌だったなあ。ずっと真っ暗でさ。しかもだんだん寒くなってきて、この世界が終わっちゃうんじゃないかと思ったよ」

「急に空が暗くなったのよ。すごい風も吹いてくるし大変だったわ」

「毎日毎日夜だったんじゃよ。空から灰のようなものが降ってきての、だんだん積もっていったんじゃ」

 だんだんと証言の数は増えていく。

 そして、話を聞けば聞くほど、暗黒の十年はすごい事件だったことが分かってきた。

 嬉しいことに、このような体験をしたトリティは、ミモリの森に近い場所ほど多いことが判明したのだ。

 つまりそのことは、マイカさんの説――ミモリの森がかつて伝説のトリティの住む『トリティの里』であったことを支持する。

 僕たちも元気が湧いてきた。そして、明日も調査を続けようと決意を新たにするのだった。


 僕たちの調査は、ミモリの花畑には足を踏み入れないようにしていた。

「またホクトが倒れたら大変でしょ? 今の私では、ライトやお姉ちゃんを呼びに行っても言葉が通じないんだから」

 ネフィーはそう言っていたが、僕も別の理由で花畑には近寄りたくなかった。

 だってあの場所に行くと、どうしてもシリカのことを思い出してしまうから。

 ――不思議な青いミモリの花。

 その謎がすべて解ける日がもうすぐやって来ようとは、僕は思いもしていなかった。

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