十二日目(水曜日)

寄書

 今朝も、青白く光る女性の夢を見た。

 もし、ミモリの花の謎が解き明かされれば、この女性の正体も分かるかもしれない。

 なぜならこの夢は、僕が花畑で倒れてから発現したのだから。

 それなら女性の様子をよく覚えておこう。ちゃんと覚えておけば、ミモリの花の謎を解き明かす手がかになる可能性もある。

 そんな風に考えれば、悪くない目覚めだった。


 僕は朝食を食べ、シリカに手を振って家を出た。そしてネフィーを迎えに行く。

 彼女は昨日の言葉通り、スケッチブックを抱えていた。



 学園に着くと、僕達はグラウンド越しに校舎の三階を見上げる。

「ジンク先生……」

 そこには先生の研究室があった。

 僕がこの街やラジウムについて学んだ場所。初恋の素晴らしさを教えてもらった場所。そして、ジンク先生が消えてしまった場所……。

 もう二度と訪れることは無いだろう。


 そんな感慨にふけっていると、掌に温かい感触が宿る。見ると、僕の横で同じように三階を見上げるネフィーがそっと手を差し伸べてくれていた。

 ――先生が僕達に遺してくれたもの。

 それは、お互いを大切にする心とミモリの花の種だった。


 僕達がミモリの花の謎を解き明かすことができたなら、ジンク先生も喜んでくれるに違いない。

 だから僕は、まず図書室に向かった。

 芽に近づけないのであれば、なにか知識で役に立てないかと思ったのだ。


 図書室に着くと、まず『トリティの里』で資料を検索する。すると、ジンク先生の寄書がヒットした。市の情報誌に寄せられたものだった。

「こ、これは……!」

 寄書のタイトルは『ミモリの森は神の里!?』。まさに僕が探していた内容だ。

「ネフィーにも見せてあげなくちゃ」

 心躍りながら寄書をコピーする。


 二時限目は自習室で、ジンク先生の寄書を読むことにする。

 その寄書は、次のような文章で始まっていた。


『みなさん、このミモリ市では、誕生してから六年くらいで異変を訴える若者が多いことをご存知だろうか。彼らは、普通の人のように消えてしまうのではなく、青白く光ってからトリティの姿に変身してしまう。これは、このミモリ市にあるミモリの森に関係があると、私は考えている』


 えっ、青白く光る人って……?

 まさに僕の夢の中に出てくる女性のことじゃないか。

 ついに、僕の夢とミモリの森が繋がった。

 僕はドキドキしながら続きを読む。


『青白く光って変身するレディウ人は、神の里を追われたレディウ人と呼ばれている。しかし、このミモリ市の近くには神の里は存在しない。では、このレディウ人はいったいどこから来たのだろうか?』


 それはきっと、僕たちが『天使のレディウ人』と呼んだ人達だろう。

 マイカさんとジンク先生は、天使のレディウ人の出身地がミモリ市に集中していることを突き止め、この森の調査を始めたんだ。


『一方、このミモリ市のミモリの森には沢山のトリティが住んでいる。私はそのトリティを丹念に調査したところ、神の里にしか住んでいないと思われていた種類のトリティを発見したのだ』


 これだ、ジンク先生が消える直前に話していた事は。

 先生はミモリの森のトリティを調べて、神様のトリティを発見したと言っていた。

 寄書に書かれていたのは、その発見に至るまでの苦労話。初恋の相手との約束が研究の原動力だったことも。

 先生は、本当にマイカさんのことを愛していたのだ。

 それから寄書は、ミモリの森は昔は神の里だったのではないか、というマイカさんの説を提唱して終わっていた。

 寄書を読み終わった僕は、早くネフィーに教えてあげたいとコピーを手にカフェテリアに走った。



 カフェテリアに到着すると、ちょうどライトとアンフィが席に着くところだった。僕は自分の食事を買って同じ席に着く。

 少し遅れてネフィーが姿を見せた。


「ネフィー、ネフィー! 見つけたよ、ジンク先生の寄書を図書室で」

 僕はネフィーに見えるよう頭の上にコピーをかざした。

「すごい! 何が書かれているの?」

 それを見たネフィーが小走りに僕の元にやって来る。

「それがすごいんだ。神様のトリティをこの街で発見するまでのいきさつなんだよ」

「ホント!? 読ませて、読ませて!」

 興奮気味に僕の隣に座るネフィー。僕はコピーをテーブルの上に広げた。

「ほら、見て。この部分だよ。ここにちゃんと書かれている」

「どれどれ、ホントだ。やったね、ホクト君」

 そんな僕達の姿を見て、ゴホンとライトが一つ咳払いをした。

「おいおい、なんだよ。俺たちは無視かよ」

 顔を起こしてライトを見ると、彼はなんだか拗ねている。

「いいじゃないのよ、二人はラブラブなんだから」

 アンフィもフォローにならない突っ込みを入れてくれた。

「そうだな、ラブラブだな~」

「もう、ライトもアンフィもからかわないでよ……」

 二人に攻められ火だるまになる僕の横で、ネフィーは真剣に寄書を読んでいた。


「へえ、この街って、する若者が多いんだ……」

 ネフィーがポツリと漏らす。

 ジンク先生は言っていた。青白く光って変身する現象をアクチニウム化と呼ぶことを。

「そうらしいよ。ネフィーは見たことある?」

「ないけど」

「何だよ、そのアクツニュームカってのはよ。俺にも教えてくれよ」

 ライトが話に首を突っ込んでくる。

「アクチニウム化だよ。全身が青白く光って、その後でトリティに変身する若者がいるらしいんだよ」

 僕が説明すると、ライトは目をパチクリさせた。


「えっ、レディウ人がトリティに!? それって逆じゃね?」


 逆……か。

 僕も最初は不思議に思った。レディウ人がトリティに変身するなんてなんだか変だ。

 蝶がサナギに変身する。まるでそう言われたかのように、ライトは驚いていた。


「そ、それで、トリティに変身する前に青白く光るの? 体が?」

 アンフィも驚いているところを見ると、アクチニウム化は誰も聞いたことがないようだ。

 でも僕は見たことがあるんだ。人が青白く光るところを。ただし夢の中だけど。

 そこで僕ははっとする。


 つまり夢の女性は、してるってことじゃないか。


 アクチニウム化は、その後トリティに変身することを示している。

 ということは、青白く光る女性はあの後トリティになってしまったということだ。

 なぜ僕が、そんな女性の夢を見るのだろう……?


「本当にそんなレディウ人がこの街にいるの?」

「そうだよ、ホクト。聞いたこともねえぞ」

 僕の思考を遮るように、ライトとアンフィが声を上げる。二人とも信じられないという表情をしていた。

「ジンク先生の寄書にはそう書いてある。この街には六年くらいで異常を訴える若者が多いって」

「すると俺達もそうなる可能性があるってことか?」

 えっ、ライトが天使のレディウ人? そんなガラじゃないんだけど……。

「その可能性はゼロじゃないのよ」

 いやいや、多分ゼロだよ。

 そんなツッコミを入れようとすると、ライトはぽつりとつぶやいた。

「俺は嫌だね。今さらトリティにはなりたくねえ」

「私も嫌だわ。変身するならレディウ人のまま消えていきたいんだけど」

 アンフィはライトに同調する。しかしネフィーは違っていた。

「あら、お姉ちゃん。私は一度ならトリティになってみたいな」

「トリティになりたいって、あんたも変わってるね」

「だって、もっとトリティのことが知りたいんだもん」

 そう言ってネフィーは遠い目でカフェテリアの天井を見上げる。きっと自分がトリティになった時の様子を想像しているのだろう。


「最近ね、トリティの気持ちになりたいって思ったことがあるの。なぜトリティはミモリの花を育てているんだろう、って。ホクト君ならこの気持ち、わかるよね?」

 そしてネフィーは僕を向く。

 トリティの気持ちか……。

 そんなこと考えたこともなかった。でも、確かに自分がトリティになってみれば、ミモリの花を育てようという気持ちがわかるかもしれない。

「そうだね。ミモリの花を育てるトリティの気持ちは、僕も知りたいよ」

 そして僕達は見つめ合う。

 その様子を見ていたアンフィは、呆れたようにため息をついた。


「はいはいはい、ご馳走様。そんなになりたきゃ、二人にトリティになっちゃいなさいよ」

「はははは、アンフィ。僕達は普通のラジウムなんだから、なりたくてもトリティになんてなれないよ」

「そうよ、お姉ちゃん。トリティになれるのは、選ばれたごくわずかな人達だけなんだから」

 でも、二人でトリティになるのって、それもなんだか楽しそうだ。

 一方ライトは少し怪訝な顔をしていた。


「ミモリの花を育てるって……? お前が倒れた時のあの花か?」

 あの時はライトに大変お世話になった。

 ライトの表情は、あんな目はもうこりごりと言いたそうな感じだ。

「あの時はゴメン。ライトには本当に感謝してる。それでさ、シリカはまたミモリの花を育ててるんだよ」

「そうなの、お姉ちゃん。今度はシリカちゃん、を育てているの」

 ジンク先生の花……か。

 確かに先生のために植えた花なら、そう呼んでもいいような気がした。

「どうでもいいけど、お前、また倒れるなよ」

 ライトは僕に向かって口を尖らす。態度はぶっきらぼうだが、本当に心配してくれている証拠だ。

「大丈夫だよ、花のところには近づいてないから」

「そうなの。ホクト君には花畑の入り口で待ってもらって、私だけ見に行ってるの」

「それなら安心だけど。じゃあな、俺達はもう行くぜ」

「ミモリの森もいいけど、気をつけなさいよ、ネフィー」

「わかったよ、お姉ちゃん」

 そして僕達も午後の授業に向けて席を立った。

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