十三日目(木曜日)

手術

 足に何かが当たる感覚。僕は目を覚ます。

 見ると、一匹のトリティが僕の足にじゃれていた。

 それは――きつね色の可愛いトリティ。

 愛しそうな眼差しで僕を見つめている。その輝きを僕は覚えていた。


「ネフィー? 君はネフィーなのか?」

 そう呼ぶと、そのトリティは嬉しそうに顔を寄せてくる。

 そうか、ネフィーはトリティになったんだ。そして僕のことをちゃんと覚えていてくれてたんだ。

 嬉しくなった僕がトリティを抱きしめようと手を伸ばした瞬間、トリティの動きが止まる。

「きゅるる!」

 急を告げる鳴き声とともに、きつね色のトリティは一瞬にしてまばゆい光に包まれた。


 えっ!?

 一体何が……!?


 光が弱まると――そこには裸の女性が目を閉じてうずくまっていた。その容姿、ネフィーに間違いない。

 でもこれはどういうこと? ネフィーはトリティになったばかりというのに!?

 不思議に思いながらも僕はベッドの毛布を持って彼女に近寄り、後ろからそっとかける。

 すると彼女は驚いたように僕を振り向いた。

 歓喜に震える声で彼女に呼びかける。

「ネフィー。本当にネフィーなんだね。レディウ人の君にまた会えるとは思わなかった……」

 ぽろぽろと涙がこぼれてきた。

 どんな理由なのかはわからないが、とにかくネフィーは彼女本来の姿をしているのだ。

 しかし彼女は僕に対して怪訝な表情を浮かべる。

 そして、出会いの時と同じセリフを口にした。

「あなたは、誰ですか?」



 ビックリして目を覚ますと、そこはネフィーの病室だった。僕は、ベッドに寄りかかったまま寝てしまっていたのだ。

 彼女はアクチニウム化したままベッドの上に横たわっている。

「なんだ、夢か……」

 やけにリアルな夢だった。まるで、ネフィーが本当にトリティになったかのように。

 いや、これからトリティになるんだから、もしかしたら予知夢なのかもしれない。

 それにしても、僕のことを忘れてしまった彼女の言葉はショックだった。


『あなたは、誰ですか?』


 将来、聞くかもしれないネフィーの言葉。

 その時、僕は耐えられるだろうか?

 違う違う、そうじゃない。

 先ほどの夢が予行練習だと思って、ちゃんと準備しなくちゃいけないんだ。来るべきその日のために。


「ネフィー、頼むから僕に力を与えておくれ」

 彼女の手をぎゅっと握る。

 固くなったその手から伝わる暖かさ。その温もりは、僕の心をじんわりと和らげてくれる。

 安らかなネフィーの寝顔を見ていると、手術に対する不安は次第に消えていった。



 朝八時。いよいよ手術の時間だ。

 僕はネフィーに最後の挨拶をして病室を後にする。そして看護師の指示に従い、手術着に着替えて手術室に入った。

 隣のドアからはアンフィが入って来る。

「えっ!?」

 白い手術着一枚をまとい、髪をまとめたアンフィ。その姿はネフィーにそっくりだった。

 さすがは双子。僕の胸は高鳴る。

「なに、ジロジロ見てんのよ……」

「ご、ごめん、だってネフィーにそっくりだったから」

 不機嫌そうなアンフィは、僕が謝ると急にしおらしくなる。

「ゴメン。謝るのはこっちよね。ホクトに感謝しなくちゃいけないんだから。私、恐いの。手術が失敗したらどうしようって……」

「僕だって恐いさ。だから手術が終わって訪れる楽しいことだけを考えているんだよ」


 ネフィーと一緒にトリティになって、ミモリの花畑を駆け回る光景を思い浮かべる。

 これから僕達を待ち受けているのは、楽しい出来事に違いない。


「そうだ、アンフィ。僕達の家のことを考えようよ。僕は五百万レディを投資するんだからさ、ちゃんと建ててくれよ」

 昨晩、アンフィが提案した僕達みんなの家。

 その建設費には、ネフィーの二千五百万レディと僕の五百万レディが当てられる。五百万レディは、手術代を差し引いた僕の全財産だ。

 するとアンフィの瞳に輝きが戻る。

「そうね、どんな家にするか考えればいいんだわ。ありがとう、ホクト」

「どういたしまして。素敵な家を楽しみにしてるよ」

 それから僕達は手術台に上がり、全身麻酔で深い眠りに落ちた。

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