五日目(水曜日)

半減期

 今日は朝から雨だった。

 昨日と同じようにライトと一緒に学園に着いた僕は、まっすぐジンク先生の部屋に向かう。


「お早うございます、ジンク先生」

「お早うホクト君、今日の授業は、『』についてじゃよ」

 その言葉に驚く。

 ――おおおっ、昨日ライト達が話していた通りだ。

 しかし先生は、僕にすかさず質問した。

「まずは復習じゃ。わしらの体を作っている物質の正式な名前は覚えとるかね?」


 えっ、復習?

 その物質ってなんだったっけ? ラジウムというのはわかるが、後ろに番号が付いていたような……。


「ラジウム……」

 物質名を口にすると、先生が身を乗り出してきた。

「ラジウム、だけじゃないのう?」

 そして、ヒントを言いたそうに口元を横に広げる。


 ――たしか、最初は『に』だったような……。

 に、に、に、に……、そうか!

 やっとのことで物質名を思い出す。


「ラジウム二二六です」


 先生はニコリと笑うと、矢継ぎ早に次の質問をした。

「そうじゃ。じゃあ、ラジウム二二六が変わると何になったっけ?」


 ラジウムが変わるのは……、確かラドンだったな。

 数字は……、そうだ『四』だけ数字が減るから――


「ラドン二二二……、でしたっけ?」


 しかし先生の質問は止まらない。

「そうじゃ。じゃあ、ラジウム二二六はどれくらいの時間が経つとラドン二二二に変わるのかな?」


 どれくらいの時間……って? ええっ、そんなことやったっけ?

 うーん、やったかどうかもわからない。

「…………」

 僕がすっかり固まると、先生は笑い出した。


「はははは。それはまだやってない。よく覚えとったの」

 なんだ、先生も人が悪いなあ……。

 無邪気な先生の笑顔を、僕はしかめっ面で眺めていた。



「今日の授業は、ラジウム二二六がラドン二二二に変わるまでの時間についてじゃ」

 それって、レディウ人が消えてしまうまでの時間、ってことじゃないか。

「例えば百人のレディウ人がいたとするとな、その半分の五十人が消えてしまう時間がわかっておる。それは千六百年なんじゃ」


 千六百年――たしかアンフィもそんなことを言っていた。


「そして、この時間をという」

「その千六百年って、レディウ人の寿命だって聞いたことがあります」

 すると、先生は少し声のトーンを落とす。

「寿命――とはちょっと違うんじゃな」

「えっ、違うんですか? だって千六百年経つと、半分くらいのレディウ人は消えちゃうんですよね。じゃあ、寿命じゃないですか」

「やっぱり違うんじゃよ。どこが違うかと言うとな、千六百年を過ぎても消えずに残る人が沢山いるってことなんじゃ」

「うーん、よく分かりません」

 ジンク先生はタバコに火をつけ、話を続けた。


「じゃあ、逆に聞くが、千六百年が寿命じゃたとして、その約三倍の五千年が過ぎても消えずに残っとる人はどれくらいじゃと思う?」

「ほとんどいないと思います」

 僕は即答した。

 五千年経っても消えずにいる人がいるとは思えない。

「寿命ならそうじゃろ。でもレディウ人は違うんじゃ。五千年後でも消えずに残る人がおる」

「えっ、五千年後にも、ですか……?」

 僕はあ然とする。

「そうじゃ、五千年じゃ。百人のレディウ人がおったらどれくらい残るかわかるかの?」

 いや、残るだけでも凄いのに、何人なんて考えもつかないよ。

「一人か二人ですか……?」

「いや、もっとじゃ」

 えっ、もっと……なのか!?

「じゃあ、五人とか……?」

「違う、その倍じゃ。十人くらいは残るんじゃよ」


 じゅ、十人も!?


「すごいですね……」

 僕は絶句した。

 五千年を越えてもそれだけ消えずに残るのなら、千六百年は寿命とは呼べそうもない。

 もしかして、ジンク先生の歳も千六百年をはるかに超えているのだろうか?


「失礼なことをお聞きしますが、先生はもう五千歳を超えていらっしゃるとか……?」

「はははは。残念ながら、そこまでじゃない。だいたい三千歳くらいじゃ。もう数えるのはやめたがの」

 すごい、ジンク先生は三千年も消えずにいるのか……。

「これで半減期と寿命の違いが分かったじゃろ。わしはもう、いつ消えてもおかしくない年じゃ」

 先生はタバコの煙をぷうっとはいた。


「先生、レディウ人は消えてしまうまでは死なないと聞いたのですが、本当ですか?」

 今度は僕から質問してみる。

 確か、日曜日にアンフィがそんなことを言っていた。

「ああ、そうじゃ。怪我や病気で瀕死の状態になっても、翌日には復活するんじゃ」

「へえ……」

 やっぱりアンフィの言う通りだったんだ。

「まあ、普通はそれを試す人はおらん。恐いし、それに相当な痛みがあるんじゃ」

「じゃあ、怪我したり病気の時はどうするんですか?」

「病院に通うんじゃよ」

「病院?」

「傷みを和らげてくれるところじゃ。医者と呼ばれる先生がおる」

「へぇ、そんなところがあるんですか」


「あと、これは特別なケースじゃが、病院ではも行っておる」

「移植手術?」

 なにやら難しい名前が出てきたぞ。

「ラジウムを取り替える手術じゃよ。たまにの、君みたいな若いラジウムと、わしのような古いラジウムを交換する手術が行われるんじゃ」

「えっ、どうしてですか?」


 全く理解できない。

 若いラジウムが欲しいというのは分かるが、古いラジウムが欲しいという人がいるなんて。


「世の中にはの、年老いてもまだ消えたくないと思う者がおる。その一方で、若くてもすぐに消えたいと思う者もおってな、両者がそろった場合に交換手術が行われることがあるんじゃよ」

 へえ、若者でもすぐに消えたいと思う人がいるんだ……。

 世の中、いろいろな人がいるらしい。


「若いラジウムを得た老人はの、さらに長い間消えずにいることができるんじゃ。一方、古いラジウムを得た若者は、しばらくすると消えてしまう……」

 先生は声のトーンは段々と下がっていく。それはまるで、若者にはそんなことはしてほしくないと言わんばかりに。

「僕はまだ消えたくはありません」

 先生に向かってきっぱりと答える。


 レディウ人としてこの地に出現し、シリカと出会い、ライトやアンフィと友達になった。

 そして、今日もミモリの森に行こうと約束しているネフィー。

 そんな大切な仲間を置いて消えたくはない。


「はははは。普通はそうじゃろ」

 僕の真剣な眼差しを見て安心したのか、先生は大きな声で笑った。

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