第46話 両親との再会

 イリアが18歳になった日、彼女はアルベールと共に魔の森を出た。商人に売れば換金出来る幾つかの希少な素材と共に。

 時間としては、そろそろ夜になると言う頃だ。イリアはロッジに残されていた成人女性用の、簡素な服装に身を包む。その上に探索用に作られたケープを羽織れば準備は完了だ。


「行きましょう、アル」


「分かった。君の家で良いんだね?」


「ええ、お願いね」


 さてこれから実家に帰るぞと言うのに、下調べもせずに向かうのではない。既にハーミット家の場所や、ハーミット領についての基本的な知識は得ていた。

 主にミアによる情報提供や、受け取った地図などを元に。イリアの実家であるハーミット家は、代々武に長けた家系である。

 そしてハーミット領の位置だけを見れば、辺境伯の地位にあっても不思議ではない。魔族領と国境が面しているアニス王国の端なのだから。


 では何故今も公爵家を名乗れているのか、それはアニス王国になる前の国で王族の地位にあったからだ。

 500年前にアルベールを封印した後に、最も被害を受けた2つの国が統合して出来たのがアニス王国だ。

 つまり実質的には、イリアは姫の立場にもある。アルベールの封印が解けた事もそこから来ている。

 その血筋からして、正当に王となる資格を元々ハーミット家は有している。今の当主であるイリアの父親には、そんな風格など微塵も残されていないが。


「お世話になりましたわ」


 元々ロッジを所有していた者への礼を述べ、イリアはロッジを出た。10年以上もの間、イリアの生活を支えて来た魔の森にある木造住宅。

 アルベールを除けば、最もイリアを守ってくれた存在だ。この建物が無ければ、イリアはとっくの昔に死んでいただろう。

 そんなこれまでの人生と共にあった、第2の家に別れを告げてイリアは出発した。新たな戦いの日々に身を投じる為に。

 イリアはアルベールの転移能力により、ハーミット家本邸へと一瞬で移動した。イリアの記憶が確かならば、ちょうど夕食の時間と思われる。


「ただいま帰りましたわ」


「なっ!? ば、ばかな……」


 正面玄関のドアを勢い良く開け放ったイリアを見て、たまたま玄関に居た執事長の男は驚愕した。

 大陸で一番危険な魔の森に放置した筈のハーミット家長女が、成人して帰って来たのだから当たり前だ。

 ハーミット家に仕えて来た男には、すぐにイリアだと分かった。ハーミット家の人間とすぐ分かる顔立ちに、忘れもしない紅い瞳に漆黒の髪。


 絶句して固まる執事長を無視して、イリアは邸内を進んで行く。他にも居る古参の執事やメイド長などは驚愕のあまり固まるばかりだ。

 そして新参のメイド達は何も知らないので、何者なのかとイリアとアルベールを遠巻きに見ている。

 あまりにも堂々と迷いなく歩む2人を、誰も止めようともしない。食堂に到着したイリアは、再び堂々と扉を開け放った。


「…………ば、ばかな!? 生きていたのか!?」


「そ、そんな……アナタ!?」


「あら? 娘が帰って来たというのに、随分な反応ですわね?」


 食卓についていたハーミット夫妻は、豪華な椅子が倒れるのも気にせず立ち上がっていた。

 イリアの事を知っていた中年の給仕が、驚いて落としてしまった水差しが床に落ちて砕ける。

 先ほどまで和やかな雰囲気で行われていた夕食は、一気に冷え切った空気に変わっていた。

 それも仕方ないだろう。まだ幼い子供を魔の森に放置させた親と、それを黙認した者達なのだから。

 悪魔の使いと恐れられた存在が、信じられないほど美しい女性へと育ち帰って来たのだ。彼らの頭の中に真っ先に浮かんだのは、報復という二文字だ。


「ち、違う、あれは仕方なかったんだ!」


「そ、そうよ! どうしようも無かったのよ!」


 我先にと言い訳を始めた男性は、イリアの父親であるヴィンス・ハーミット。もうそろそろ40歳が見えて来た長身の男性だ。

 ハーミット家の者らしく、体格だけは恵まれた男だが覇気は全くない。イリアの祖父である先代ハーミット家当主による、厳しい鍛錬から逃げ続けた男。

 その成れの果てに相応しい威厳の無さはいっそ笑える程だ。そのすぐ近くに居る青い髪の女性はメリル・ハーミット。

 イリアの母親であり、元々は子爵家の令嬢であった。容姿に恵まれた事でヴィンスの興味を引き、見事玉の輿に乗った女性だ。

 そしてただそれだけの存在だ。特に何が得意なわけでもなく、これと言った欠点もない。

 辛うじてイリアにも、その恵まれた容姿の片鱗を感じさせるだけ。可もなく不可もなく、何者でも無かった。


「そうですか……娘に言いたい事はそれだけですか」


 イリアを捨てた事への罪悪感など微塵もない。ただ娘を怖がって言い訳を並べ立てるだけ。

 せめて後悔を感じさせる対応や、謝罪の意思でも見せるのならばまだ違った。もしかしたら、両親も後悔しているかも知れないという淡い期待。

 それは最後の最後まで残っていた、イリアの人間らしさ。それが今目の前で、儚く砕け散ったのをイリアは感じた。


 本当にこの2人は、自分の事など愛していなかったのだと改めてイリアは実感させられた。ただ怯えるだけの両親の姿を見て、イリアの頬を一筋の涙が伝う。

 どうしようも無いぐらいに、自分達は家族では無かったのだと。ならばもう、どうでも良いという諦観がイリアに最後の壁を壊させた。

 もしここで、両親が謝罪なりしていれば。そうすれば未来はまた違ったのだろう。最凶の暴君にも、慈しみの心ぐらいは残ったかも知れない。

 結局のところは、イリアと言う魔女を生んだのは両親だった。最初から最後まで、全てはイリアの両親が元凶だったのだ。


「アル、お願い」


「ああ」


「な、なんだ、これは!?」


「だ、誰か助けて!?」


 アルベールがイリアの頬を優しく拭い、その力を行使する。いつもアルベールが使う、転移の門がヴィンスとメリルの正面に現れる。

 漆黒の円は一瞬にして2人を吸い込み、転移させてしまった。その行き先は、魔の森である。

 それも浅い位置ではなく、中層とでも呼ぶべきそれなりに進んだ位置だ。イリアが10歳を超えた頃に漸く行ける様になった場所であり、強力な魔物が犇めく危険地帯だ。


「お父様にお母様、これがわたくしからの返礼ですわ」


 魔の森に幼い娘を放置する、そんな非道な真似をしたイリアの両親。そんな2人は12年の時を経て、娘と同じ目に遭う事となった。

 ハーミット家の人間として、相応しい存在と言えるイリアでも苦戦した場所だ。戦闘力など無いに等しい2人では、1日と生きていられないだろう。

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