第39話 女王様の掌の上②

 残虐な方法で暗殺を行う事で、東方の国々で恐れられている者が居た。快楽殺人者のイーヴェルだ。

 彼がこれまでに殺した人族の数は500人を軽く超えている。元々は騎士をやっていたのだが、戦いの中で人を殺す快楽に目覚めてしまった。

 ある日、何を思ったのか上官や部下達を斬り殺しお尋ね者となった。それ以降は国を飛び出し、暗殺者として活動していた。


 イーヴェルは依頼さえあればすぐに殺しに行く。人を殺して金が貰えるなんて、彼にとっては最高の仕事だ。

 特に若い女性を斬るのが、彼にはたまらない快楽だった。明らかな異常者なのだが、一部の貴族達も依頼を出す為に特別扱いを受けていた。

 必ず成功して帰って来るので、いざと言う時に残しておきたいのが庇っている貴族達の共通認識だった。


「ヒヒッ。所詮は田舎の怠け者、まるでなっちゃいねぇな」


 夜も更けた頃に、イーヴェルはアニス王国の王城に忍び込んでいた。意図的に穴を開けてある警備だとは知らずに、イーヴェルはどんどん進んで行く。

 美しい庭園の木々や茂みを利用しながら、奥へ奥へと進む。魔法による隠蔽も使用してはいるが、決して過信はしていない。

 王城の様な重要施設では、警備の者が必ず対策をしている。常に隠蔽を見破る効果を持つ魔道具を所持しているのが普通だ。

 イーヴェルはアニス王国を田舎者の集まりだと見下してはいるが、流石にそこまで馬鹿だとは考えて居なかった。


「ヒヒヒッ、こりゃ楽勝だな」


「いいや、ここまでだ」


 突然聞こえて来た若い男の声に、イーヴェルは即座に反応した。瞬時に飛び退いたまでは良かったが、見えない壁に阻まれてそれ以上は後ろ下がる事が出来ない。

 何か魔法によるものだとイーヴェルは考え、壁を破壊しようとするも何故か魔法が使えなかった。

 イーヴェルは馬鹿ではない、魔法が使えない時に備えて魔道具も用意している。予め設定しておいた場所に瞬時に移動出来る、転移の魔道具を起動する。

 しかしそちらも効果が見られない。全てが想定外で焦るイーヴェルの前に現れたのは、短い金髪に眼鏡を掛けた美丈夫。暗闇の中から、彼はイーヴェルに問いかける。


「この中では魔法も魔道具も使えない。こんな技術をご存知とは、流石イリア様は素晴らしいと思わないか?」


「ヒヒッ、何だぁ、お前」


「素晴らしいと思わないかと、尋ねたのだがな?」


 アニス王国騎士団長、カイル・マリットはスラリと剣を抜き放つ。アニス王国中の女性陣から高い人気を誇る整った顔は、今は鋭い表情をしていた。

 そんな彼はただ1人の女性に心酔していた。それ以外の女性からの評価など、カイルには必要無かった。

 そんなカイルの噂と容姿は、街中にいれば幾らでも知る事が出来る。その特徴的な整った容姿が、月明りに照らされる。

 流石にイーヴェルも、その瞬間に相対する男の正体に思い至る。街中に貼られた貼り紙には、こう書かれているのだから。騎士団長カイル・マリットと。


「ヒヒッ! 騎士団長とは言え、所詮は田舎者。ここで消えてもらっ」


「やはり害虫には、イリア様の素晴らしさが理解出来ないか」


 カイルに斬り掛かろうとしたイーヴェルは、一瞬にしてカイルに斬り伏せられた。まさに瞬殺、魔の森で鍛えたカイルからすればイーヴェルなど相手にもならない。

 所詮は人殺しを楽しんでいた下衆に過ぎない。己を高める事にだけ専念していたカイルとは、そもそもの経験値が違い過ぎた。

 重症を負って気絶したイーヴェルは、カイルによって捕縛された。




 イーヴェルが城に侵入した時刻とほぼ変わらないタイミングで、大木の様な巨漢の男が城壁の上にいた。

 剛腕のドリーと言えば、大陸の東側で名を馳せる暗殺者の1人だ。ドリーは他の3人とは違い、静かに侵入して事を成すタイプではない。

 獲物まで一直線に走り抜け、その剛腕で叩き潰すパワータイプだ。隠れて進んだりせず、こうして壁や屋根を走り抜けて目的地に直行するのだ。

 パワーとスピードが全てのスタイルで、これまでに何人もの要人を仕留めて来ていた。護衛が居るなら護衛ごと、それがドリーのやり方だった。


「寝室、あっち」


 ドリーは城壁や屋根の上を走り回り、イリアの寝室を目指した。王城は広く、女王の寝室はかなり奥まった場所に造られている。

 それに王城の造りはそう単純ではない。幾ら屋根の上や壁を利用したとしても、そう簡単には辿り着ける様な構造ではない。

 それもあって、見た目よりも長い距離を移動せねばならず意外と時間が掛かる。地上を隠れながら移動するよりは速いが、だからと言って簡単ではないのだ。


 そして当たり前だがこんな手段では、本来王城には侵入など出来ない。敢えて防御結界が解除されていたのだ。

 そんな事を知らないドリーは目的地を目指す。リーシェが用意したプランでは本来、上空からの襲撃はアルベールの担当だった。

 しかしこの日は予定外の人物が王城には居た。カイルとはまた違ったタイプの、イリアを信奉する騎士が。


「貴様ぁーー! イリア様のおられる王城に侵入するとはこの不届き者が!!」


「ぐっ!? 誰!?」


「このエルロード家当主、マリオンが不届き者に天誅を下す!」


 たまたま会議の為に王城に来ていたマリオン・エルロード辺境伯が、屋根の上まで飛び上がりドリーに斬り掛かった。

 彼は30代半ばながらも、まだまだ20代の若い騎士に負けないだけのパワフルな男だ。燃える様な真っ赤な赤毛が、トサカの様に逆だっているのが特徴だ。

 実力こそが重視されて来たエルロード家では、力こそが何よりも大切だとされて来た。それ故にマリオンもまた、ドリーと同じくパワータイプだ。

 いつも冷静なカイルとは真逆で、太陽の様な暑苦しい男でもあった。先ず筋肉、そして筋肉、最後は筋肉と言う男性だった。

 せっかく顔は良いのに……と言うのが同世代の女性達が常に感じている彼への感想だ。何故結婚出来たかと言えば、夫人もまた似た様なタイプであるからだ。


「ぐっ、俺、負けない」


「ほぅ、貴様不届き者にしてはガッツがあるな!」


 ドリーはその剛腕で全てを解決して来た。それ故に武器の類は一切使わない。金属製の手甲と、己の筋力だけが武器だった。

 そんな力自慢のドリーであったが、先程マリオンの剣を受け止めて以降ずっと押され気味だ。

 2メートルを超える身長と、70kgの体重を持つドリーに比べるとマリオンの方が小さくて軽い。


 身長差だけでも20cm以上あるし、体重差も10kg以上あった。しかしそれでも、優勢なのはマリオンだった。

 何せ彼は、自ら進んでイリアの指導を受けた男だ。イリアの為ならと喜んで魔の森へ向かい、そしてしっかり強くなって帰って来た。

 普通の女性ならば、そんな他所の女性に入れ込む旦那は嫌だろう。だがエルロード夫人もイリアの信奉者だ。見事強くなって帰還した旦那を、喜んで迎え入れた。


「ぐぐ、お前、強い」


「ふん! 当然だそんな事は!」


「うぐっ」


「全く鍛錬が足りておらーーん!!」


 マリオン渾身の一撃により、数メートルは吹き飛んだドリーが大きな音を立てながら城壁にぶつかった。

 裂傷や骨折などで重症となったドリーは、イリア様の盾を自称するマリオンの手により捕縛された。

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